15話の後編です!多分少し読みにくいと個人的に思います。
特に他に言うことはありません!
では本編どうぞ!!
1人のバンドマンがいた。
彼は信頼に足る仲間と共に各地のライブハウスで好きな曲を歌う、典型的なバンドマンだった。
しかし、彼は他のバンドマンとは違った。彼には才能があり、音楽へかける情熱は人一倍に熱かった。
秀でた才能と妥協を許さない絶え間ない努力。この二つが組み合わさったことによって、彼の持つ歌唱力は他の追随を許さない程の圧倒的なものとなり、それはすぐに多くの者を魅了し虜にするほどとなった。もはやメジャーデビューが決まったことも必然的なものであると、周囲が思うぐらいに。
それからも彼の音楽は、人々を魅了し続けた。
メジャーデビューしたことによって彼の音楽は世に知れ渡り、今までとは比べものにならない程多くの人々の心に響いた。
彼は、仲間と共に生み出し、紡いでは伝える。そんな自分の音楽が好きだった。
そして、愛する娘からの憧れを受けながら歌うことが、なによりも誇らしかった。
そんなある日、彼のもとにとある大会への出場権が届いた。
その大会というのは『FURTHER WORLD FES.』。誰もが認める日本国内においての頂点。そして、彼がずっと抱いていた夢の舞台。
彼は心の底から嬉しがった。もういい歳だということなんて少しも気にも止めないで、仲間や娘と共に満面の笑みを浮かべながらはしゃいだ。
自分達の音楽をあの夢の舞台で届けることができる。
そう思っていた。
そう、思っていたのだ。
しかし――、
彼らの音楽が夢の舞台で届けられることはなかった。
「――私は……あの舞台に立って……お父さんに笑って欲しい」
ようやく口にされたそれは、紛れもなく本心だった。
ビジネスのためだけに歌うことを強要され、憧れだったはずの舞台で否定された1人のバンドマン――夢も、好きだった音楽も、愚かな欲望によって全て踏み躙られた父に向けての、長年背負い込んできた切実なる願いだった。
「そっか……父さんのため、か……。その気持ち、よく分かる。ほんと……痛いくらい」
友希那の本心を聞き届けた和也は、思いつめて息を吐いた。
音楽のことや、友希那の父親がバンドをやめることになった当時の細かい話は分からない。しかし、このことに関しては間違いなく自分が1番の理解者なのだろう、と。
「俺も……サッカーをしていた理由は父さんだったしな」
「――。和也……やっぱりお父さんのこと……」
「気にしてないって言ったら嘘になるな。けどまぁ、父さんのことはちゃんと折り合いつけたつもりだから、そんなに心配そうにしなくても大丈夫だ、リサ」
「……ん。それならいいんだけど……」
リサが少し表情を暗くしながらそう言ったのを横目に見ると、様々な感情が湧いてくる。
しかし、今は自分のことよりも友希那のことを優先するべきだ。
そう分かっているから、和也は錯綜する感情の数々を払いきり、友希那との距離を詰める。
近づいてきた和也に、友希那はピクッと体を反応させるが、それからは膝から瞳を覗かせながらジーッと見てくるだけで、特に動きはしない。
「なぁ、友希那」
優しく語りかけるように名前を呼び、和也はスッと友希那の頭の方へと手を伸ばす。
――と、その直後。
「せいっ!」
「――はぅっ……!」
「エエッ!?ちょっ和也っ!??」
和也のかけ声と共に額を指で弾く音がパチッと鳴り、リサと友希那は目を丸くする。
が、そんなことはお構いなしに和也は物言いたげな表情で友希那へと詰め寄った。
「友希那、お前はバカか?――いいや、お前はバカだ!!昔っからホンットーにっ、大バカ者だ!!」
「えっ……えっ……ど、どういう……こと?」
涙目でデコピンされたおでこを両手で抑えながら、和也の言っている意味が分からずに困惑する友希那。
疑問しかないその視線を投げかけると、和也は「ったく」と言いながら、伸ばしていた腕を下ろし、
「友希那がフェスに出たい理由とか、音楽に打ち込むようになった理由はさっきの話で多分そこそこ分かった。けど――」
ビシッ!と。
和也は勢いよく友希那の目の前に指を突き立てる。
「――だからって、また1人で背負い込もうとしてるのが納得がいかねぇ!」
「だ……だからそれは和也とリサがいたら、音楽とちゃんと向き合えないからで……」
「だーかーらー!それが納得できねぇって言ってんだよ!なんでそう頭の固い考え方しかできねぇんだよ!?」
「ま、まぁまぁ和也。一旦落ち着こ?ね?」
「俺はずっと落ち着いてる。だけど、悪いけど、これだけは言ってやらなきゃ気が済まねぇんだ」
そう言って和也はリサの手を振り切り、「こっち見ろ」と無理矢理視線を合わせる。
そして、分からず屋の幼馴染に面と向かって言ってやった。
「バンドは皆でやるもんだろ!なのに、なに1人だけでやろうとしてんだよ?いい加減、少しぐらいは人に頼るってことを覚えろ!」
「――――」
「別に俺とリサに頼れって言ってるわけじゃねぇ。そりゃもちろん頼ってくれたらスッゲー嬉しいけど、今回俺は何もできなかったから頼りないかもしれないし、その時の状況ってもんもあるだろうから、そこは友希那の意志を尊重する。――だけど、お前には頼ってもいい味方がいるってことだけは忘れんなってことっ!」
絶対にだ、と和也は付け加えて念を押した。
小さな体には収まりきらない大きな夢を宿したその日から、ずっと独りで戦い続けてきた不器用な幼馴染に言い聞かせるように。
もう何もかも1人で抱え込む悪い癖は直せ、と。
すると、言い切った和也の右後ろから「ふふっ」と唇を綻ばせる声がした。
「そうだね、うん。和也の言う通りかも」
「リサ……」
「友希那にはもっと人に頼って欲しいって思ってるし、アタシも友希那の味方だよ」
和也の言い方はちょっと悪いけど、とリサは苦笑しながら一つ前に出る。
「アタシは友希那と仲良くなってから今までよく一緒にいたから、友希那の悔しさも知ってるし、フェスに出たいって気持ちがどれだけ強いかも知ってるよ?」
そう言ったリサの脳裏に蘇ったのは、友希那の父親が所属していたバンドが解散を発表してから数日経ったある日の出来事。当時中学生だったリサと友希那が下校途中にCDショップの前を通りかかった時のことだ。
店頭には、解散発表を機に売り出された友希那の父親のバンド最後のアルバムが並べられ、その棚には人だかりができていた。しかし、商品棚を取り囲む人々は一向にアルバムを手に取ろうとしない。
それどころか、アルバムに向けられる視線はどれも冷ややかなもので、失望したことを嘲笑うかのように吐き捨て、人々は去って行く。
その光景を友希那は見てしまった。聞いてしまった。
歯を食いしばり、震える拳を握り締め、自然と眉間にシワが寄っていた。
だから、その姿を隣で見ていたリサは、何も知らない人達に好きだったものを馬鹿にされた友希那の悔しさを知っている。
そして、その時の決意がどれほど強いものなのかも、リサは知っている。
「……なら……私の悔しさを知っているなら……」
「――でも、【Roselia】の5人で演奏してる時の友希那は、和也と友希那のお父さんと一緒にセッションしてた昔みたいに歌ってて、すごく嬉しかった」
「――っ!」
「アタシには、その時の友希那が幸せそうに見えてた。だから、もし迷ってるんだったら、【Roselia】を捨てないで欲しい」
リサは分かっている。
友希那が味わった悔しさを。
必ずやり遂げると決めた決意を。
そのためにはスカウトを受けることが最善の道だということを。
リサは分かっている。
【Roselia】を捨てないで欲しい。そう言ったのは紛れもなく――、
「アタシの……ただの気持ちだけどねっ」
そして、この気持ちを伝えるために自分はここに来たということも分かっている。
だから、リサは笑みを浮かべていた。
これからも友希那と向き合い続けたい。その為に今分かる
そう、心に決めて。
「………………気持ちだけじゃ、音楽はできないわ」
「ん。そうだね」
「――でも、気持ちがなかったら音楽はできない」
「和也……?」
「だってそうだろ?音楽に限らず、始めるきっかけの大半は気持ちだ。だから、自分の気持ちに嘘をついて進んでいけば、きっとそう遠くないうちに後悔することになる」
そう言った和也に幼馴染2人の視線が集まる。
すると、すぐに和也は「つっても」と苦笑した。
「色々と偉そうに言ったけど、ほとんど受け売りだから、俺自身もまだまだ全然できてないんだけどな」
そして、そのことを教えてくれた先輩に心の底から感謝しながら、友希那の方を見る。
「でも、自分の気持ちに正直になることが1番大切だってのは俺も思う」
「自分の……気持ちに……」
「ああ。友希那は自分の気持ちが向いた方を選んでくれ。スカウトを受けるのか、【Roselia】を続けるのか」
「………………」
深く深く、悩み込むように。
いずれ選ばなければならない選択肢を上げられ、友希那は沈黙した。
考え込む友希那の姿を見て、和也は少し口角を上げると、「よしっ」と言って立ち上がり、
「帰るぞリサ。言いたかったことはもう全部言っただろ?」
「うん!全部言ったら、スッキリした☆」
「そうか」
なら良かった、と安堵した表情の和也が座っているリサに手を差し出し、リサはその手に掴まって立ち上がる。
「それじゃ、邪魔したな友希那。一応手加減したけど、デコピンして悪かった」
「付き合ってくれてありがと!じゃっ、バイバイ♪」
そう言うと、和也とリサは窓を開けてベランダへと出て行った。
振り向くことなく、帰ろうとするリサと和也。
友希那は2人の背中を黙って眺めていた。
ガラス越しに視界に映るリサが「よいしょっ」と声を出しながら柵に足をかけ、危なげなく向かいのベランダへと移る。
そして、リサに続こうと和也もまた柵に足をかけた時――、
「――待って」
△▼△▼△▼△
「――待って」
そう声が聞こえて振り返ると、抱えていた足を崩してこちらに手を伸ばす友希那の姿があった。
「ん?どうした友希那?」
「あっ……いえ……その……」
自分が何をしたのか分かっていないように。
不明瞭な声を出しながらサッと目を下に逸らし、友希那は伸ばしていた手をゆっくりと下ろす。
そんな最近の彼女らしくないオドオドとした挙動に和也が不思議に思っていると、友希那はほんのり赤みがかった顔を上げ、たどたどしく言った。
「私とリサは言ったのに……まだ、和也は気持ちを言ってないわ」
それは不公平よ、と友希那は和也だけ自分の願いを言っていないことに不満を表す。
俺の気持ち?と和也は数秒間ポカンとしていたが、友希那が不満に感じた理由を理解した途端、フッと短い笑いを溢した。
「リサ、少し待っててくれ」
向かいのベランダにいるリサに手短にそう言い、和也は友希那の部屋へと戻る。
そして、右手をポケットに入れ、自分を呼び止めた幼馴染の前までゆっくりと歩きながら、
「スカウトの返答の期限はいつまでになったんだっけ?」
「……1週間後」
「で、それまでに答えは出せそうか?」
「…………」
「ま、即決できるんだったらこんなことにまで発展してない訳だし、そりゃ難しいに決まってるか」
そう言い、しゃがみ込んだ和也はポケットに入れていた右手を出して、中から取り出したものを友希那へと見せつけた。
「なら、これで決めてみるのはどうだ?」
「それは……コイン?」
「そう。ご明察の通り、つーか見たまんま普通のコインだ」
キーンッ!と。
和也がコインを指で上に弾いたことで、甲高い音が鳴る。
打ち上げられたコインはすぐに降下し始め、それを和也が危なげなく片手でキャッチすると、コインをもう一度見せつけてニヤリと口角を上げた。
「さ、表と裏。どっちが出たらスカウトを受けることにする?」
「???」
「色とかついてたら決めやすかったんだけどな。ま、どっちにしてもあんまり変わらねぇし、表がスカウトで裏が【Roselia】ってことにするか」
「――っ!あなたまさかっ!?」
友希那はハッと息を呑み、傾げていた首を戻し、カッと見開いた目を和也へと向ける。
「まさかそのコインで決めるつもり?!」
スカウトを受けて【Roselia】を辞める。あるいは、スカウトを断って【Roselia】を続ける。
期限内に選ぶ自信のない友希那に代わり、和也はその選択を運で――コイントスで決めようとしていることに、ようやく気付いたのだ。
友希那は、和也の提案を拒否するために首を横に振った。
「私は嫌よ、そんな決め方。それに……この提案は和也らしくないわ」
「……というと?」
「だって……自分の気持ちに正直になれって言ったのは和也じゃない。それなのに、あなたが私の気持ちを無視して、そんな適当な決め方を提案してくるとは思えないわ」
言動が一致していないもの、と友希那は和也らしくないと感じた理由を説明した。
スカウトを受けた帰り道に、後悔しないようにゆっくり考えようと言っていた。そして、ついさっき――リサを含めた3人で話していた時に、自分の気持ちに正直になれと言っていた。
しかし、気持ちを反映せず、結果によっては後悔するかもしれないコイントスで決めるというバカげた提案をしてくるのは、矛盾している。
――と。
そう指摘された和也は、静かに微笑んだ。
友希那の指摘を肯定することも、否定することもしないで、
「――そう思ってくれてありがとう」
「あっ――」
再びコインが弾かれ、不意打ち気味に打ち上げられたそれを追うように、友希那は上を見上げた。
△▼△▼△▼△
くるくる、と。
光を反射しながら回り続けるのは1枚のコイン。
くるくる、と。
回り続けるコインを、一人の少女が見つめていた。
くるくる、と。
回り続けるコインには、少女の選択を変える力などない。
くるくる、と。
回り続けるコインには、初めから何の力も持っていない。
くるくる、と。
回り続けるコインを、それでも少女は見つめていた。
くるくる、と。
回り続けるコインがその動きを止めた時、どちらの面を上に向けているのか、それは誰にも分からない。
くるくる、と。
回り続けるコインを、少女は見つめていた。
くるくる、と。
回り続けるコインがその動きを止めた時、もし表を上に向けていたら。
少女はスカウトを受け、夢を叶えるために【Roselia】から脱退することになる――かもしれない。
くるくる、と。
回り続けるコインを、少女は見つめていた。
くるくる、と。
回り続けるコインがその動きを止めた時、もし裏を上に向けていたら。
少女はスカウトを断り、【Roselia】で夢を叶えるために歌い続けることになる――かもしれない。
くるくる、と。
回り続けるコインが上昇するのをやめ、重力に抗うことなく落ちてくる。
くるくる、と。
回り続けるコインを、少女は必死に見つめていた。
くるくる、と。
回り続けるコインは、やがて少女の目の前を通過する。
くるくる、と。
くるくる、くるくる、と。
回り続けるコインが通過する時、少女は思った。
もし、表が出てしまったら――。
くるくる、と。
回り続けるコインに――少女の手が触れた。
△▼△▼△▼△
目にも止まらない速さで回転しながら落ちてくる1枚のコイン。
表が出たところで、裏が出たところで何の効力も発揮しないそのコインが友希那の目の前を通り過ぎようとしたその瞬間。
「――っ!」
友希那の体は、動いていた。
和也よりも早く掴み取ろうと、落ちてくるコインに狙いを定め、広げた両手をパチン!と鳴らして包み込んだ――つもりだった。
「あっ……!」
掴み取ろうと出していた手の甲に、コインが直撃する。
運動をあまりしてこなかった友希那の動体視力では、落ちてくるコインを正確に捉えることが出来なかったのだ。
それでも、コインが手に当たった痛みに眉を歪ませながら、友希那はコインの行方を目で追った。
コインは、文字通り友希那の手によって軌道を変えると、床にぶつかって乱回転し、その後はタイヤのようにコロコロと転がって行って――、
「あぁ……」
机と本棚との間。たった数センチしかないその隙間に入り込んでいってしまった。
これではコイントスの結果が分からない。
ずっとコインの行方を追っていた友希那は、自然と声を漏らす。
するとその直後。
「――どうして邪魔したんだ?」
「っ!!?」
意識外から声をかけられ、友希那はビクッと体を硬直させた。
心臓がうるさい。首の後ろに嫌な汗が流れるのを感じる。
幼馴染である彼に何故こんなにも怯えているのか。それは、自分が1番分かっている。
友希那は生唾を飲み込み、声のした方――和也の方を恐る恐る振り向く。
あの時、落ちてくるコインを和也よりも先に取ろうと体を動かしたのは――、
「表、それか裏。どっちかが出たら嫌だって思ったからじゃないか?」
「――――」
友希那は、何も言えなかった。
和也が言った言葉が、雷に打たれたかのような強い衝撃を全身に駆け巡らせ、思うように口が動かなかった。
「もしそうだとしたら――」
和也は友希那の頭に向かって、そっと手を伸ばす。
近づいてくる手を見た瞬間、友希那はギュッと目を瞑り、体を強ばらせた。
ほんの数分前にデコピンされたことが頭を過ぎったからでもあるが、強く瞼を閉じて、全身に力を入れて身構えることが今の友希那にできる唯一の抵抗だったからだ。
しかし、友希那の抵抗とは裏腹に、伝わってきたのは優しい感覚で――、
「――その気持ちを大切にしてくれ」
「――!」
「それがきっと、本当の友希那の気持ちだって思うから」
ポンっ、と。
和也は友希那の頭に手を置いた。
撫でられているようなその感覚に安心を感じつつ、友希那は下ろしていた瞼をゆっくりと上げる。
「……それを言うために、わざわざ嘘をついてまでコイントスを?」
「まー、そういうこと。まさか友希那が邪魔して結果が分からなくなるとは思ってなかったけどな」
「それじゃあやっぱり、初めからコイントスで決めるつもりは無かったのね」
「そりゃ当然。友希那が途中で疑ってきたように、俺はそもそもこんなふざけた決め方は好きじゃねぇよ。ただ、今回は友希那が自分の気持ちに気付くきっかけになったらなって思って、仕方なくやっただけだ」
「……和也って結構不器用なのね」
「友希那にだけは言われたくねーよ!!」
普段はしない行動を取ったネタばらしの末、
そして、そこから「ったく」と吐き捨てると、立ち上がるついでに友希那の頭を少し乱暴に撫でた。
わざと髪を乱すように。
「きゃっ」
「俺は友希那に夢を叶えて欲しいって思ってるし、妥協なんかが原因で後悔するようなことは絶対にして欲しくないとも思ってる」
「え……?」
「あと、それと同じぐらい今は【Roselia】の演奏をもう1度――いや、これからもずっと【Roselia】の演奏を何度も聴きたい。って言っても、ただの我儘だけどな」
「――!」
その言葉を聞いた瞬間。
友希那は遠ざかっていく背中に向かって反射的に手を伸ばし、喉を震わせた。
「ま、待って……っ!!――うっ」
しかし、伸ばした手は僅かに届かずに空を切り、それによって友希那は体勢を崩してしまう。
ガラガラ、と。
友希那の耳に窓が開け閉めされる音が届いた。
友希那はその音に急かされるように、倒れたまま顔を上げる。
しかし、視界に映ったのは俊敏な動きで一気に柵を飛び越える背中で、次の瞬間にはもうその姿は見えなくなった。
△▼△▼△▼△
――もう手遅れだ。そもそもただの我儘だと和也が濁した言葉が、彼自身の本心であることに気が付くのが遅かった。
そう思いながら、友希那は上げていた顔を下げた。
「――――」
ムクリ、と。
和也が去ってから数分後に、友希那は倒れていた体をようやく起こした。
照れ隠しのために和也によって乱され、ボサボサになった髪の毛には気にも留めないで、口にかかった長髪だけを払うと、窓の外を――リサのベランダを見る。
しかし、そこに2人の幼馴染はおらず、ガラス越しに見えるのはいつもと変わらない見慣れた景色だった。
閉ざされた赤色のカーテンの内側からの光が窺えないことから、恐らくもう和也は自分の部屋へと戻り、リサも夕食を取っているところなのかもしれない。
そんなことを考えてしまうのは、2人が伝えてきたそれぞれの気持ちがずっと頭の中でこだましているからだろう。
友希那は息を吐いた。
胸につっかえていた言葉を吐き出すように。
「気持ちだけでは……音楽は出来ない…………」
リサと和也にそう言った。
好きという気持ちだけで出来るほど、音楽の世界は甘くない。気持ちだけはどうしようもならない壁が、そのうちきっと立ちはだかる時が来る。
その壁が何なのかはまだ知らない。が、かつての父がそうであったように、ビジネスという名の醜い欲によって他人に良いように使われ、気持ちを踏み躙られ、挙句の果てにはようやく立つことができた夢の舞台で全てを否定されるかもしれない。
だから、気持ちだけでは音楽は出来ない、とそう言った。
フェスで否定された父の代わりにフェスに出る。
その『気持ちだけ』でここまで進んできたのは、他の誰でもない
「……自分の気持ちに……正直に…………」
幼馴染である彼がそうなってくれと言ってきたその願いを呟いたのは何故だろうか。
ふと不思議に思いながら、友希那は倒れるようにベットに横たわる。
そして、胸に手を当て、できるだけ小さくなるように体を丸めた。
定まりそうで定まらない自分の気持ちに耳を向けるように。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
この15話は元々1話にまとめるはずだったんですけど、前にも書いたように文字数が多くなりすぎてしまい、二つに分けることにしました。
ですから、元々1話のつもりで書いたんで、こうして一日の間に2話を投稿することができたわけです。普通じゃ無理です。
ここで少しだけ今回の話の補足を。
和也がコインを持っていたのは、タイミングがあったら友希那が自分の気持ちに気付くきっかけを作ってやろうと企んでいたからです。ですから、リサがいる時にしなかったのは、単に要らないと思ってたからですね。
あと、もし友希那が邪魔してこなかったとしても、和也は元々どっちの面が表か決めてなかったとかいう屁理屈を使う気満々だったので、どの道結果はウヤムヤになってました。
さて、ここまで来たら一息つくまで後少し!個人的にはできるだけ早くここの話を終わらせたいのでラストスパート(全体で見るとまだまだ始まったばかりですが)頑張ります!
では、皆さんまた次回にお会いしましょう!
次回は多分1月中に出すと思います!というか出したいです!
バイちっ!!