青い薔薇に棘があろうと握った手だけは離さない   作:ピポヒナ

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 こんにちは、ピポヒナです。

 はい。すみませんでした。1月中に上げたかったです……。
 けど、言い訳ですが、その分詰まってるはずです。……多分。

 そういえばRoseliaの箱イベ来ましたね。
 冷静に状況を解説していって皆を恐怖へと陥れる友希那さんが個人的には良かったです。
 あと、星4リサの瞳にハイライトが無いのはなんか……良かったです。あこちゃんも可愛かった!

 では、これぐらいにして、本編どうぞ!



 
 
 


16歩目 悩んで悩んで悩み抜いて、ようやく見つかって

 

 

 西に傾いた陽の光が、見境なく当たるもの全てを橙色に染め上げる。

 コーヒーを片手に携帯を弄る大学生も、和気あいあいと笑い声が飛び交う女子高校生の集団も、そしてそれは神妙な面持ちで話す二人の少女すらも例外ではない。

 『ライブハウスCiRCLE』のカフェテラスにて。

 

「今日……ほんとは……練習の日だね……」

 

「ん……。りんりんからオフ会誘ってくれるの、初めてだよね?」

 

「うん……、家にいても……落ち着かなくて……」

 

「わかるっ。あこも、なんか、どうしたらいいかわかんなくて……だから、りんりんに会えて、ちょっとホッしてるんだ~」

 

 あこは不安が少し和らいだことで、強ばらせていた表情を緩める。

 その笑みは微かなものではあったものの、今日初めてあこが笑ったことに燐子は安堵し、「ありがと……」と言って、珍しく自分からあこを呼び出したもう一つの理由を伝えた。

 

「それに……衣装……完成したから」

 

「えっ! ほんとっ!? 見たい見たい!!」

 

「写真で……よければ……」

 

 これなんだけど……、と燐子は衣装が完成した時に保存していた写真をあこに見せた。

 すると、わぁっ!と。

 あこは目を輝かせて、驚きのままに大きく口を開け、

 

「凄いよりんりん!! めちゃくちゃカッコイイよ!! やっぱりりんりんは天才だよっ!」

 

「あ、ありがとう……」

 

 見せられた携帯の画面に映し出されたのは、胸元に大きなリボンがついた黒と紫を基調とした衣装(ドレス)

 手作りとは思えないその出来栄えの良さ、そしてカッコ良さに、あこは衣装の製作者である燐子を褒めまくる。

 しかし――、

 

「こんなにカッコイイ衣装、五人で着たらきっと……」

 

「――。……あこちゃん…………」

 

「きっと……」

 

 これを五人で着たらきっと、【Roselia】はもっともっとカッコ良くなる。

 以前までなら気にすることなく言えていたその言葉が言えなくて、あこは下を向いた。

 

 燐子が作ってきた衣装(ドレス)が例えどれだけバンドのイメージに合っていて凄かろうが、【Roselia】のメンバー全員で袖を通さなければ、何の意味も無い。

 

「……ねぇ、りんりん。あこ、みんなに余計なこと言っちゃったのかな? あこがあんなこと言わなかったら、きっとまだ【Roselia】は……」

 

「それは、ちがうよ」

 

 知りたいという気持ちを抑えられず、友希那がスカウトを断っていないことを暴露してしまったせいでこんなことになってしまったと、自分を責めて涙声になるあこに、燐子は首を横に振って、全てあこが原因ではないと否定する。

 

「……友希那さんが……本当に【Roselia】を辞めるなら……いつか……わかっていたことだと思う……」

 

「じゃあ……このまま【Roselia】はなくなっちゃうの……?」

 

「それは………………」

 

 言葉が続かなかった。

 これから【Roselia】がどうなるのか、それは燐子にも分からないのだから。

 だから、何も言うことができなくって、話が途切れてしまう。

 

 知れる術があるのなら、あこだって、燐子だって知りたい。

 【Roselia】が再び揃って、並んで演奏することはあるのか、ないのか――、

 

「――それは正直どうなるか分からない」

 

「「――!?」」

 

「けど、俺はこのまま終わらせるつもりは全くないぞ」

 

 あこのものでも、燐子のものでもないその声が聞こえ、二人が揃って声のする方へと振り向くと、

 

「カズ兄……っ!」

「稲城さん……!」

 

「よう、2人とも。久しぶりだな」

 

 数日振りに会った二人の少女に手を振る少年、和也がそこにいた。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

「――まさか休憩中に二人に会えるなんてな。すっげービックリした。あ、ここ座ってもいいか?」

 

「ど……どうぞ……」

 

「あざす。……はぁ、やっと落ち着けた」

 

 燐子の許しを得て、二人が座るテーブルの余りの席に腰掛ける和也。アルバイトの制服である緑色のエプロンの上に白いパーカーを羽織り、数時間振りに吸うことができた外の空気を全身で堪能する。

 その一方で――、

 

((ど……どうしよう……))

 

 あこと燐子は困り果てて、同時にお互いの方を見やっていた。

 

 二人が和也と会ったのは、【Roselia】がバラバラになってしまったあの時以来。

 それまでならこの三人になっても気まずい思いには決してならなかったのだが、最後に会った状況も良くなかった上に、友希那のスカウトの事を知っていたという和也の立ち位置が気になってしまって、どんな感じで話せば良いのやら――。

 

「そういえばさっきちょっと話聞こえちゃったんだけど、あこちゃんと白金さんは【Roselia】がこのまま解散するのは嫌だって思ってることでいいんだな?」

 

「えっ?」

 

「ん? 違ったか?」

 

 和也が急にそう確認してきて、あこは一瞬頭をフリーズさせながらも「う、ううん」となんとか首を振る。

 

「あこ、また【Roselia】のみんなで集まって演奏したいっ」

 

「……あこちゃんならそう言ってくれるって信じてた」

 

 あこの答えを聞いた和也は、安堵しているようで、それでもって少ししんみりとしたように表情を緩めた。

 すると、一度瞬きをしてから燐子の方へと目を向け、

 

「で、白金さんは?」

 

「……わ、わたしは……」

 

 あことは違い、燐子は咄嗟に答えることができずに尻込んでしまう。

 だが、そこからは早く、まるで何かが喉に突っかかった感覚を払いきり、燐子はいつまでも待ってくれそうな優しい空色の瞳を見返した。

 

「――わたしも……わたしを変えてくれたこの人達と、もっと……もっと、もっと、音楽がしたい、です……っ!」 

 

「そっか。――うん、ありがとう」

 

 和也の口元に幸福感が滲む。

 あれほどのことがあったにも関わらず、そう思ってくれていることが嬉しかった。

 

「稲城さんは……どう思ってるんですか……?」

 

「やっぱり聞き返されるよな。そうだな……俺は――」

 

「――カズ兄は……カズ兄はあこ達の敵じゃないの……?」

 

 和也が答えようとした時、それよりも先に震える声が訊ねてきた。

 和也はその声の持ち主である少女、あこの怯える目を見やって、

 

「なんでそう思ったんだ?」

 

「……だって……カズ兄は友希那さんがスカウトを受けていたこと、知ってたから……」

 

 そう答え、あこはグスンと鼻を鳴らした。

 

 ハッキリとしない態度を取り続けていた友希那にカッとして、スタジオから飛び出したあの時。

 その直後にぶつかった和也にあこは助けを求めた。

 頼りにしてくれと言ってくれた彼なら力になってくれると信じて。

 

 しかし、現実はそうではなかった。

 

 友希那がスカウトを受けて断っていないことを和也は知っていたのだ。

 誰よりも早くに知っていたのにも関わらず、友希那がスカウトを断るように動いている様子は無く、それどころかスカウトのことをあこ達に隠すことに協力していた。

 

 それが裏切られたように思え、あこには悲しくて悲しくて仕方のないことだった。

 

「……ああ、そういうことか」

 

 あの時、手も取らずに走り去って行った理由がようやく分かった。

 和也は、また自分が知らないうちに期待を裏切っていたことを察し、不甲斐ない自分に対して拳をグッと握る。

 

「――あこちゃん」

 

 和也は、今にも泣き出しそうな少女の名前を呼んだ。

 その声にあこは反応して恐る恐る視線を上げると、映ったのは名前を呼んだ彼が首を横に振っているところだった。

 

「違う。俺はあこちゃんの敵なんかじゃない」

 

「えっ――」

 

「俺は友希那にスカウトを受けて欲しいなんてちっとも思ってない」

 

「そ……それじゃあ……カズ兄は、あこ達の味方……?」

 

 視線だけでなく顔もハッキリと上げ、最悪の想像を否定した和也に希望を見出すあこ。涙ぐみながらも光を蘇らせた洋紅の瞳は、まるで彼が自分と一緒に戦ってくれると言ってくれることを待っているかのようだ。

 しかし、そんなあこの期待通りにことが進むことはなく、和也は顎に手を当てながら「うーん……」と唸り、

 

「どうなんだろうな……味方……え? 味方であってるのか?」

 

「え……味方じゃないってことは……やっぱりカズ兄は敵なの?」

 

「いやいや、あこちゃん達の敵じゃないってことは言い切れる。だけど、味方っていうのはなんというか……ちょっと違う気がするんだよなぁ」

 

 依然として、和也はなんだか歯切れが悪い。

 それでも、彼はあこの敵ではないということだけはしっかりと否定する。

 そのことにとりあえず一安心したあこは、悩み込む彼と一緒に首を傾げた。

 

「ちょっと違うって、なにが違うの?」

 

「あこちゃん達の味方になるってことは、友希那の敵になるってことだろ? それだと違うんだよ。俺は友希那の敵になるつもりもねぇし」

 

「それじゃあ……カズ兄はどっちの敵でもないってことだから……なんだっけ? りんりん?」

 

「えっと……中立……かな……?」

 

「あっそうそう! それじゃあカズ兄はチューリツなの?」

 

「中立か……どうなんだろ? それも多分ちょっと違う気がする。なんというか、ほら、えっと……うまく説明できねぇけど、とりあえずしっくりこねぇ」

 

「――? 整理すると、カズ兄はあこと友希那さんのどっちともの敵でもなければ、おそらく味方でもなくて、だけどチューリツでもないってことだよね? ……えぇっと…………どういうこと?」

 

「さぁ……どういうことなんだろな……?」

 

 頭がこんがらがってはまたこんがらがり、訳が分からな過ぎて頭がパンクしそうになる和也とあこ。

 和也が言った通りにあこが頑張ってまとめてみたものの、あまり良い効果は得られなかった。

 

 和也自身、今回の自分が着くと決めた立ち位置が、このように超がつくほど中途半端であり、矛盾しているようにも思えるということを理解している。

 しかし、その立ち位置を適切に伝えられる言葉が見つからないのだ。

 

「ほんと、なんて言ったら伝わるんだろうな」

 

「――それなら……稲城さんの気持ちを…………教えてください……」

 

「へ……?」

 

「そう思った理由を……聞けば……きっと、わたしもあこちゃんにも…………伝わると……思います……」

 

「――――」

 

 どうでしょうか……?と窺ってくる燐子を尻目に、和也はハッとしていた。

 

「ああ、そうだよな」

 

 そんな適切な単語を探すよりも、その思考に行き着いた過程を、理由を話した方が、きっとより伝わるだろう。

 尊敬する先輩に自分の気持ちを伝えることも大切だと教えてもらった自分が、あれだけ友希那に自分の気持ちをと言っていた自分が、その提案を持ちかけられてしまうとは。

 

「本来、それって俺から切り出すべき話なはずだよな……」

 

「なにか……言いましたか……?」

 

「いや、ただの独り言。ちょっと考えてたんだけど、白金さんのさっきの提案でいくことにするよ。多分、そうやって気持ちを全部言った方が、今はプラスに進むと思う」

 

「そうですか。……では、わたしは……その、準備は……できているので……」

 

「あこも大丈夫。だからカズ兄、いつでもいいよ」

 

「そこまで身構えられるとなんか恥ずかしいな。――でも、すっげーありがたい」

 

 真剣に聞こうとしてくれているあこと燐子に、和也は素直に感謝を伝える。

 そして、真っ直ぐ向けられる洋紅と紫の双眸に一回ずつ改めて視線を交錯させ、言った。

 

「俺は、あの五人の演奏をまた聴きたいって思ってる。だけど、もし友希那がスカウトを受けることを選んだら、その時は頑張れって言ってやって、全力で背中を押してやりたいんだ。……それが、リサやあこちゃん、白金さん達からしたら、敵対するような行為になるとわかっていても」

 

 友希那がそう決めたのであれば。

 友希那の心が、それで悔いはないと思ったのであれば。

 

 ――その決断を尊重したい。

 

 もう一つの思いを諦めてしまうことになる可能性があろうとも。

 それも君の大切な気持ちなんだと、言ってくれた先輩の言葉が胸の奥にずっと在り続けている。

 

「――それは……どうしてですか?」

 

 見守るような紫瞳が。

 心に染み込んでゆく鈴のような声音が。

 和也の心に歩み寄ろうと、問いかける。

 

「……稲城さんは……どうしてそう思ったのですか?」

 

「友希那には、自分の気持ちに正直になって欲しいから。……その思いが、もう一つの思いと同じぐらい強くて、無視したくない。それに、友希那があんなにも悩んでるのに……ようやく見つけた気持ちを否定するようなことはしたくないんだよ」

 

「……友希那さんが……悩んでいる?」

 

「ああ。すっげー悩んでるよ、あいつは。あいつにとって『FUTURE WORLD FES.』で歌うことは何よりも優先すべきことなのに、それが確実に叶うチャンスが目の前にあるっていうのに。多分、スカウトを受けた時からずっと悩み続けてる」

 

「――。それじゃあ……友希那さんは……」

 

「友希那は【Roselia】のことを――皆のことをちゃんと想っている」

 

 燐子が目を見張らせた結論を、和也はすんなりと口にした。

【Roselia】を見捨てたと思っていた友希那が悩んでいるという事実が――希望が告げられ、あこと燐子は息を呑む。

 胸内、様々な感情が湧き出てきて落ち着かない。

 だというのに――、

 

「だから……もし友希那がスカウトを受けることを選んだとしても、わかってやってくれ。あいつは……友希那は、ちゃんとお前らのことが好きだ。――頼む」

 

 そう追い討ちをかけるように、和也は頭を下げた。

 

 和也があこと燐子に頼んだそれは、自分勝手な懇願だった。

 友希那が【Roselia】に残ることを願っている二人に対して、それが叶わなくても憎まないでくれという、なんともなんとも都合の良い懇願だった。それを言った和也自身でさえ、呆れてくるほどの。

 

 その懇願が、一つ前の話でいっぱいになっている今のあこと燐子には収まりきることはなく、現に今、頭を下げる和也を直視することはできずにあこはオドオドと目を泳がせ、その隣では燐子が静かに瞼を閉じていた。

 しかし、燐子が閉ざしていた瞼をゆっくりと開き、

 

「…………それが……稲城さんの気持ちなんですね」

 

「……ああ、そうだ」

 

「……わかりました」

 

 質問を和也が頭を下げたまま肯定すると、燐子は胸の前でギュッと自分の手を握った。

 意を決したように。

 

「――わたしも、できる限り頑張ってみます。だから……その代わりに、わたしから稲城さんにお願いです……。顔を……上げてください」

 

「――。……白金……さん……」

 

「あ、あと……もう1つお願いしてもいいですか……? 友希那さんが決断するまで……よかったらわたしとあこちゃんと一緒に……考えてください」

 

 下げていた頭を上げる和也。その表情は驚嘆一色で、顔を上げたのも、燐子がお願いしたからというより、そのお願いに対する不可解さが勝ったことが何よりの理由で――、

 

「本当に……いいのかよそれで……? 俺、友希那がスカウトを選んでも止めないんだぞ……? もっとちゃんと考えた方が良いんじゃないのか……?」

 

 頼みを受け入れられて喜ぶ立場であるはずの和也だが、素直に喜べるはずもなく、そう聞き返さずにはいられなかった。

 だが、動揺する和也とは相反し、燐子は少しも臆することなく答える。

 

「ちゃんと考えました。……ちゃんと考えて、そうするって決めたんです」

 

「――。で、でも……」

 

「それにきっと……友希那さんのことを……それだけ大切に思っている、稲城さんが一緒に考えて……それでもダメなら、きっとそれは……仕方のないことなんじゃないかな? って、思います」

 

「……俺が協力することが、最善だって言うのかよ」

 

「はい……。なので……もし、ここで稲城さんの協力が得られないなら……凄く、心細くなりますね」

 

「……その言い方は卑怯だぞ、白金さん」

 

「それで協力してくれるなら……卑怯でいいです……」

 

「――――」

 

 意思を曲げない燐子に、和也は表情を苦々しくした。

 

 彼女の意思は強く、きっとこれ以上言っても変えられない。

 決意を宿らしたその紫瞳は、和也にそう悟らすには十分で、だからこそ、そこまで言ってくれることへの嬉しさと申し訳なさと尊敬が渦巻く。

 

 そして、葛藤の末に、和也は「はぁ」と諦めるように大きく息を吐いた。

 

「……俺だけじゃ力不足だって思ってたから、正直、そう言ってくれるのはすっげーありがたい。けど、あこちゃんはどうなんだよ? 俺が一緒に考えてもいいのか?」

 

 和也が気にしたのは、まだ何も意見を言っていないあこのことだった。

 一言も発さずに、和也と燐子とのやり取りを傍で聞いていた彼女は、今もなお悩んでいるように見える。

 どうしたらいいのか、どうすることが一番いいのか、自分はどうしたいのか、和也のことも、彼が話した友希那の事情も、他にもまだまだ考えなければならないことが多くて多くて、頭にも段々と熱が籠っていって――、

 

「あーー!! もうわかんないっ!!」

 

「ひぇっ!?」

「っ!?」

 

「友希那さんが【Roselia】に残って、カズ兄がそれに協力してくれるならもうそれがいいっ!!!!」

 

 考えることが多すぎて、キャパオーバーしたあこは叫んだ。

 和也と燐子が目を大きく開き、カフェテリアにいた人々が一斉にこちらに疑問の視線を向け、電線に止まっていた雀たちが一羽残らず飛び去っていくぐらいの大声で。

 わからないなりに自分が一番望んでいることを、形にして伝えた。なんかもうそうしないといけないような気がして、ワーって言っちゃった。

 

「【Roselia】の演奏をまた聴きたいってことは、カズ兄も友希那さんには残って欲しいって思ってるってことでしょ? なら、りんりんがお願いしたみたいにカズ兄もあこ達と一緒に、どうしたら【Roselia】が復活できるか考えようよ!」

 

 ねっ!!と、あこは手を差し伸べた。

 最後まで協力できないかもしれない彼を誘うその手を取れば、きっと彼女は全幅の信頼を置いてくれるだろう。そう感じ取るのは、決して難しいことではない。

 それはもはや暴力のようだった。有無を言わせず、ただただ勢いだけで気持ちの全てを込め、どこまでも眩しい、暴力的に愛嬌に満ちた笑顔だった。

 

「そうですよ……! それに、友希那さんの心が【Roselia】に傾けば……それは友希那さんが自分の気持ちに正直になったって言えますし……みんな、幸せです……! だから、そうなるように一緒に頑張りましょう……っ!」

 

 稲城さん……!と、燐子は胸の前でグッと拳を握った。

 気持ちを受け止めてくれた彼女から送られたその激励には、どうしても応えてやりたいという気持ちが自然と湧いてくる。

 基本的に大人しい彼女が珍しく身を乗り出して、だけどもやっぱり少し恥ずかしいのか、唇を綻ばせながらもポッと花咲くように赤く染まった頬はその白い肌によく映える。

 

 あこと燐子。二人の少女の笑みは、和也を呆気に取らせるには十分過ぎるほどだった。

 見ているだけで心が満たされるように感じるその二人の微笑みを、和也は呆然とした状態のまま見つめ――、

 

「――二人とも、すっげーかわいい……」

 

「えっ?! か、かわっ!?」

 

「もうカズ兄? ちゃんとあこ達の話聞いてた?」 

 

「――っ!や、やべっ、声に……っ!? 悪い間違えた。……いや、別に間違ってはないか? じゃなくて! とりあえず今のはナシで!」

 

 和也が二人の微笑みに見惚れて思わず溢してしまった場違いの『かわいい』に、燐子は顔を真っ赤かにして目をぐるぐると回し、あこはぷくーっとほっぺたを膨らました。

 そんな二人の対照的な反応もまたかわいいなと思いつつも、流石に二回目は怒られるだろうからと今度は決して口には出さずに、和也は「ゴホン」と咳払いをする。

 

「えーっと、仕切り直してと。……本当に俺でいいのか? こんな俺なんかで」

 

「カズ兄がいいって何回も言ってるじゃん」

 

「は、はい……。稲城さんだからこそ……です……」

 

「……そっか」

 

 わかった、と和也は即答してくれた二人に苦笑する。

 

「……俺もそこまで言われたのに強く断る理由も無いし、俺からしてみても二人が協力してくれるとできることも増えるから、だから……って、何言ってんだ俺。そうじゃねぇだろ」

 

 なよなよしている自分に対して嫌気が差し、――パチンッ!と。

 和也は両頬を強く叩いて、活を入れる。

 弱々しかった自分を無理矢理追い出して、そうして空いたスペースには代わりに気合を入れて、「よしっ!」と前を向き、

 

「頑張るよ、俺も。だから、俺の方からも二人に協力を頼みたい。友希那がどっちにするか選択するまでにはなるけど――【Roselia】がまた揃うために一緒に考えよう」

 

「カズ兄!」

「稲城さん……!」

 

「だから、よろしく! あこちゃん、白金さん。俺も二人のことすっげー頼りにしてるから!」

 

 そう言い、和也は二ッと笑って見せた。

 友希那がスカウトを受けていたことを聞いてから、これほど自然に笑ったことはなかった気がする。

 それほどまでにあこと燐子が頼もしかった。そして、言葉にしたことで心が整理されたことが大きかった。

 

 ――それに、進みたいと思える道がようやく見つかった。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 そんなこんなでややあって。

 あこちゃんと白金さんと互いに協力を結ぶことになり、無事に二人とのわだかまりも無くなったことで、ようやく次のステップへと進むことができるようになった。

 

 その始まりの合図の代わりに、あこちゃんが「よーしっ!」と元気よく気合を入れて、

 

「【Roselia】が復活するために、これからどうしたらいいか三人で考えよう!」

 

「うん……、頑張ろうね……!」

 

「カズ兄も一緒に考えてくれるんだから、絶対にいい方法が思い浮かぶよね!」

 

「おう! 任せろ! ……って言いたいとこなんだけど、ちょっと聞いてもいい?」

 

「ん? どうしたの?」

 

「さっきからちょくちょく気になってたけど、なんでそんなに俺への信頼厚いんだ? なにか二人のこと助けてたっけ、俺って?」

 

 話の腰を折るようで申し訳ないが、二人から寄せられる俺への信頼が何を根拠にしているのかがとてもとても気になっていた。

 信頼されることは満更ではないのだが、それほど信頼されるようなことを二人にした覚えは無いし、何より後の反動が怖い。だから、ついでにここで聞いておきたいのだが――、

 

「うーん、なんでだろ? カズ兄だから、かな?」

 

「それ、あんまり理由になってねぇぞ、あこちゃん。……で、一応聞くけど白金さんは?」

 

「なん……でしょうか…………、言われてみると……あまり……パッと思いつきませんね……」

 

「信頼の根拠がないって……それってもしかして、それだけ俺がカリスマ性に満ち溢れてるってことか?」

 

「…………」

 

「否定してくれない優しさが逆に辛いっ!」

 

「あっ、いえっ、そのっ……!い、稲城さんが……優しい人だって……ことは……初めて会った時から……感じてました……!」

 

 求めていた答えを得られず自虐に走った俺に、最初は無言の笑みを浮かべていたが、次には手をパタパタと慌てさしてフォローを入れようとする白金さん。そんな彼女の心遣いが心に染みる。

 

 と、まあ、俺自らふざけてしまったものの、分からないのなら仕方がない。

 今すぐに知らなければならないものでもないし、また今度機会があればそのまた聞こう。――と、そう思っていたら。

 いきなりあこちゃんが「あっ」と何かに気が付いた様子で、

 

「リサ姉かも」

 

 そう言って、俺が「リサ? リサがどうしたんだよ?」と聞くと、俺が求めていた答えっぽいものを話し始めてくれた。

 

「練習の休憩中とかに、リサ姉がよくカズ兄のこと話してくれるんだ。小さい頃に友希那さんとも一緒にセッションごっこやってた話とかぁ、最近だとライブ前にカズ兄からキーホルダー貰った話とか!」

 

「へー。それでそれで?」

 

「それでね、その時にリサ姉がよく『カズ兄に応援されると元気になる』って言ってて、あこも前にカズ兄に応援してもらったことあるから超ーっわかるんだ!」

 

「うおっ、なんかすっげー照れるなその話!?」

 

 思わぬ情報が飛び出てきて、モロに面食らう。話すように仕向けたのは俺だけど。

 

 恥ずかしい思いをしたおかげか、とりあえずあこちゃんに関してはなんとなく分かった。

 リサが俺の良いところをあこちゃんに話してくれているから、その分普通よりかは評価が高いということだろう。あと、あこちゃんとリサがオーディションに受ける前に三人でした練習(特訓)の時に頑張った効果が残っている、と。

 

 にしても、リサが俺のことを話している、か。

 俺は二人の共通の知り合いだし、リサともあこちゃんとも仲良くしてる(と俺自身は思っている)訳だから、俺のことが話題に上がることは決しておかしくはないけど……すっげー気になる。

 

「あっ、キーホルダーのことで思い出した」

 

「え、まだあんの?」

 

「これはちょっとあこもよくわかんないんだけど。リサ姉、カズ兄からもらったウサギのキーホルダーをベースケースに着けてて、ベースを取り出す時にいつもこうやって、目を瞑ってギューッ!ってしてるんだ。それでその時のリサ姉がなんだかほわほわしてて……」

 

「ほわほわ?」

 

「――! あ、あこちゃん……その話は……た、多分、辞めた方が……」

 

「白金さん……?」

 

 あこちゃんの話の途中でいきなり焦りだした白金さん。

 どうしたのかと様子を窺ってみると、「え、えっと……その……」と顔を赤らめながら目を泳がせて、

 

「い、今井さんっ……今井さんが友希那さんのスカウトのこと……どう思ってるのか、知ってますか……?」

 

「それあこも知りたい! ……リサ姉もカズ兄みたいに、スカウトのこと先に知っていたのかも気になるし」

 

「ああ、そっか。二人からしたらまだそこも不透明だったな」

 

 せっかく二人に協力してもらうんだ。それならしっかり持っている情報を共有しておかなければ。

 白金さんに上手いこと話を逸らされた気がしなくもないが、今はリサのことを話してあげる方が明らかに優先すべきことだ。

 

「まず、リサに関しては心配しなくても大丈夫だ。リサは、友希那に【Roselia】に残って欲しいって思ってるから、完全にあこちゃんと白金さんと同じ。あと、リサがスカウトのことを知ったのは多分、あこちゃんが言った時だと思う」

 

「そうなんですね……。なんだか……ホッとしました……」

 

「あこもすっごいホッとしてる……。リサ姉に後でメッセージ送らないと」

 

「そうしてやってくれ。リサもリサで何かと動いてるみたいだし、きっと喜ぶ」

 

 リサの気持ちと知っている近況を少し伝えたら、二人はとても安堵していた。

 それもそうだ。同じメンバーの一人であるリサの心が【Roselia】から離れていないことを聞いて、安心しないわけが無いだろう。

 

 それに、【Roselia】が再び揃うには、友希那だけが残れば良いという訳ではない。

 メンバー全員がもう一度【Roselia】で演奏したいと思わなければならないというのが大前提としてある。

 

 あこちゃん、白金さん、氷川さん、リサ、そして友希那。

 

 この五人が揃ってこそ、ようやく【Roselia】になるのだから。

 

「となると、俺的にはすっげー氷川さんの状況が知りたいとこなんだけど……二人のところに何か連絡来てたりしてる?」

 

「ううん……。あこもりんりんも、あれから紗夜さんとは連絡取れてないんだ……」

 

「やっぱりそうか……。まぁ、ダメ元で聞いてみただけだからあんまり気にすんな」

 

 力になれなかったことを気にしてか、しょんぼりするあこちゃんに大丈夫だと伝える。 

 

 氷川さんの状況が分からない。

 これに関しては、彼女の性格からして大体予想できていた。 

 偏見ではあるけど、氷川さんは見切りが結構早そうだし、喧嘩別れという最悪な別れ方をした訳だし、そうなんだろうと。

 

「つーか……全部無事に終わったら氷川さんにも謝らねぇとな」

 

「氷川さんとなにか……あったんですか……?」

 

「……まぁ、ちょっと喧嘩をな」

 

「わたしとあこちゃんが……出て行った後に……そんなことが……」

 

「大丈夫。氷川さんからしてみれば友希那が取った行動は裏切ったみたいなもんだから怒るのも当然、って今は納得してる。けど、向こうはどう思ってるかわからねぇからなぁ……次会った時絶対気まずくなるだろうな……」

 

 想像しただけで、ため息が出てきそうだ。

 氷川さんは、友希那が最初に見つけたメンバーだ。志と技術が高い者同士、惹かれ合ったのだろう。

 だからこそ、友希那がスカウトを断らなかったという事実が、氷川さんに与えたダメージはかなり大きい。

 

 『裏切られた』という点に関しては、俺の目の前にいる二人も同じではあるのだが……、こうしてまた【Roselia】で! と考えてくれているわけで、本当に感謝しかない。全部無事に終わったら何かお礼をしよう。そうしよう。

 

 それはそうと、誰だって一番信じていた仲間が裏切ったら、取り乱してしまうものだろう。

 だから、あの時氷川さんが怒って、その怒りを俺にもぶつけてきたことは仕方のないことだと目を瞑ることにすると決めている。

 友希那を馬鹿にしたことは、謝ってこない限り許さないが。

 

「ともかく、友希那だけじゃなくて氷川さんに対しても何かしらの策を考えておいた方が良さそうだな。……恐らく、今、一番【Roselia】から心が離れているのは氷川さんだと思うし」

 

「う~ん……そうなってくると、どうしたらいいんだろうな……?」

 

「……どうしたら……いいんだろうね……?」 

 

 白いテーブルを囲みながら考えにふける三人。その真面目な雰囲気は、和気あいあいと会話を楽しむ周囲とは少し浮いていることだろう。

 

 正直、あまり上手く進んでいるとは言えない。

 情報共有も終えて、考えるべきことを整理したまでは良かったのだが、そこから先が難色を極めている。悪戦苦闘中だ。

 

 チラリと腕時計を見れば、いつの間にか休憩時間は残り十分を切っていた。もちろんアディショナルタイムがあるわけが無いし、戻るための準備があったりして逆に少し早めに戻らないといけないから、かなりまずい。

 けど、そんな思いとは裏腹に良さそうな案は何も思い浮かばず、焦燥感だけが着々と募っていく。

 

 ――どうすればいい?

 

 昨日リサに学校での友希那の様子を聞いてみたけれど、友希那は終礼が終わるとすぐに帰ってしまうらしく、なかなか捕まらなくてリサの方も結構苦戦しているようだし――、

 

「ああくそッ。焦って全然考えがまとまらねぇ。友希那と氷川さんになんて言葉をかけたら……いや、そもそも言葉だけじゃ難しいのか……?」

 

「言葉だけじゃ……! ――ねぇ、りんりん、カズ兄」

 

 呼ばれて思考を一旦止め、声のした方に顔を向ければ、何か思いついた様子のあこちゃん。俺と白金さんの意識が完全に自分へ向いたことを感じ取ると、「あのね。あこ、思ったんだけど」と切り出してからその続きを口にする。

 

「言葉だけじゃ伝えることが難しいんだったら――音で伝えてみる、っていうのはどうかな?」

 

「音で?」

 

「……伝える……?」

 

「うん!」

 

 そして、元気よく返事をしたあこちゃんは携帯を取り出して、「えっと、どこだったっけ?」と呟きながら数回スクロールし、その後すぐに「あ、あった!」と声を弾ませると、俺と白金さんに画面を見せてきて、

 

「――!」

「こ、これって――」

 

「りんりんが加わったから、新しく撮ってたんだ♪」

 

 そう、笑みを浮かべながら言うのであった。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 ――動画が届いた。

 

 五人の少女達が会話し、演奏し、高め合い、笑う――とあるバンドの、いつかも分からない日の練習風景を切り取っただけの何の変哲もない動画が、少女達の下に。

 

「あれ? あこから動画だ。……ふふっ、またこうやって皆と一緒に演奏するためにも、アタシももっと頑張らなきゃ!」

 

 その動画は、少女の覚悟をより一層強くさせるきっかけとなり。

 

「宇田川さんから動画メール……? ――!! ……私……いつから……こんな風に、笑って……。もし、このまま解散したら……私は……」

 

 その動画は、少女が自分の気持ちに気付くきっかけとなり。

 

「――。…………もしもし。……はい。……決めました。…………はい。お願いします」

 

 その動画は、少女が悩み続けていた選択を決断するきっかけとなった。

 

 それは、とあるバンドの練習風景を映した動画。

 それは、練習中の少女達の姿を映した動画。

 

 トラブルも、ハプニングも、笑いどころも、オチも、変わったことは何も起こらない、ただただ少女達の過ぎ去った日々をほんの少しばかり残しただけの――しかし、少女達にとっては特別な動画だった。

 

 そして、その動画が届いた日の夜。

 四人の少女達と一人の少年宛てに、一件のメッセージが届いたのだった。

 悩み続け、決断した少女によって。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

「――あっ、和也」

 

「リサ。……と、あこちゃんと白金さん。もう来てたのか」

 

 星形のガラスが付いた黒い防音扉を開けると出迎えてくれたのは、三人の少女。三人ともどこか落ち着かない様子だというのが見て取れる。

 かくいう和也も同じだ。今朝起きた時からずっとそわそわしている。

 こうも落ち着かない理由は、決してアルバイト以外でこのスタジオに入るのが久しぶりだからではなく――、

 

「やっぱり友希那、和也のことも呼んでたんだ」

 

「ああ。どうするのか決めたから、俺にも聞いておいて欲しいんだとよ。ほんと友希那って、こういうとこ律儀だよな。メンバーだけで話し合ってもよかっただろうに」

 

「……それだけ稲城さんが……友希那さんの選択に……影響を与えたのだと……思います……」

 

「そうだよ! もし友希那さんがカズ兄のこと呼んでなかったら、あこが代わりに呼んでたと思う!」

 

「予想以上にフォローされて、始まる前から嬉しさと恥ずかしさでいっぱいになりそうなんだけど」

 

 友希那がバンドメンバーではない和也を呼んだ理由。

 それは、数日前に和也の下に届いたメッセージの中に記されていた。

 

 和也は、友希那がスカウトを受けていたことを直接話した唯一の人物、いわゆる当事者である。そして、当事者であると同時に、燐子が言ったように和也がかけた言葉の数々は多少なりとも友希那の思考に影響を与えていた。

 友希那が、己が下した決断を聞かせておかなければならないと思うほどには。

 

「それに、あこがあの動画を送った時も和也がいたってあこから聞いたよ? 呼んでくれたらアタシもすぐに行ったのに」

 

「そう言われても時間がなかったし、そもそも2人に会ったのも偶然だったからなぁ。ま、次からは呼ぶようにするよ」

 

「お願いね☆ それにしても、あの動画っていつの間に撮ってたの?全然気が付かなかったや」

 

「えへへ。いつもの【Roselia】を残したくって、こっそり撮ってたんだ♪」

 

「だからあんなに皆自然だったのか。なんつーか、俺的にはあの氷川さんが練習中はあんな表情してたことが意外で――と、噂をしてれば」

 

 ガチャリ、と扉が開かれる音がし、そこから入ってきたのは翠髪の少女。彼女が加わっただけで、空気が引き締まったのは気のせいではないだろう。

 

「や、やっほー、紗夜。……久しぶり」

 

「…………湊さんはまだ来てないようですね」

 

「う、うん。でも、まだ集合時間より全然早いし、そのうち来ると思うな」

 

「……そうですか」

 

 明るく接しようとしたリサをあまり相手にしないまま、紗夜はそそくさとイスに座った。

 そこで会話が止まった。誰も喋らなくなった。

 

 先に声をかけたリサも、いつもなら何かしらの話題を振ってそうなあこも、この話しかけづらさに押し黙ってしまう。燐子はこの空気感に堪えられずにオロオロとしている。

 

 しかし、その沈黙を破ったのは意外にも紗夜だった。

 

「――宇田川さん」

 

「はっ、はいっ!? なんですか紗夜さん!?」

 

 急に話しかけられたあこはビクッ!と肩を弾ませて、紗夜を見やる。

 紗夜は視線だけをあこの方へと向けたまま、

 

「宇田川さんが送ってきたあの動画、いつ撮っていたの?」

 

「え、ええっと、ライブよりも前だから……その……勝手に撮っちゃってごめんなさい!!」

 

 紗夜が投げかけたのはリサと同じ質問ではあったが、先程と同じように「えへへ」と笑えるはずもなく、あこは咄嗟に謝ってキュッと肩をすぼめる。

 紗夜は一瞬眉をひそませると、「そう」と簡潔に返して、また視線を戻そうと――、

 

「――つーことは、氷川さんもあの動画をちゃんと見たってことだな」

 

 しかし、紗夜の視線は、終わった会話に乱入してきた和也へと向けられた。

 不満しかない、物言いたげな眼光で。

 

「おっと。先に言っとくけど、どうして俺がここにいるのかって質問はするなよ? するとしても、まずは俺の質問に答えてからだ。――氷川さんはあの動画を見たんだな?」

 

「…………」

 

「沈黙ってことは、肯定してるって勝手に受け取るぞ」

 

 改めて訊ねるが、紗夜は口を開かない。

 ただその代わりに紗夜から和也へと送られるのは、剣のように鋭い視線。まるでこれが答えだと言わんばかりに和也を穿つ。

 

 その露骨な紗夜の態度を和也は「怖い怖い」と流しはしてはいるものの、それも胸奥に生まれた苛立ちを悟らせないためのカモフラージュ。

 現に、表には出さないようにと和也は心がけているので若干ではあるが、その唇は引きつっていた。

 

 和也と紗夜。元々あまりそりが合わない2人ではあったが、両者の間にあった溝は喧嘩したことで更に深くなっていた。

 紗夜があの時怒ったのは仕方のないことだと、和也は分かっている。だから、大切な幼馴染を馬鹿にされたことは心底腹立たしいが、それも割り切って水に流して接しようと思ってはいた。

 

 だが、こうして鋭利な視線をぶつけてくる紗夜を目の前にすると、次こそは喧嘩腰をやめると決意していても、どうしても苛立ちを覚えてしまう。敵意、抵抗感を拭え切れない。

 

 それは、和也だけに限った話ではないが。

 

「んじゃ、答えなかったからもう一回俺から質問。――氷川さんはあの動画を見て、どう思った?」

 

 和也は続けて紗夜に問いかけるが、もちろんそれに対する回答は返って来ない。

 ただそんなことはもとより分かっていた。この質問をしたのも、紗夜が答えてくれることを期待したからではなく、あの動画――【Roselia】の練習中に笑みを浮かべていた自身の姿を見たであろう彼女の心をほんの少しでも揺らすため。

 

 もちろん、もしここで紗夜が自身の気持ちを打ち明けてくれるのであればそれ以上はないのだが、今は一言も発しなくても何も問題ない。

 なぜなら――、

 

「友希那がどっちを選ぶにしても、このまま何も言わずに黙ってるなんてそんな馬鹿な真似、氷川さんがするわけねぇよな」

 

 それはもはや信頼していると言っても大差ないだろう。それ以外に無いと、強く確信している。

 だからこそ、和也は言ってやれる。

 

「言うなら思ってること全部言ってこい。お前のその溜めに溜め込んだ言いたいこと全部だ! ――俺も、リサも、あこちゃんも白金さんも、それにきっと友希那だってそれ以外は望んでねぇからよ」

 

「…………黙っていれば、よくもまぁ好き放題言ってくれるわね」

 

「そりゃこっちは全力だからな。導いてくれた先輩のためにも、後で後悔するわけにはいかねぇんだよ」

 

「本当に……この前と何も変わってない。稲城さん、あなた呆れるほど自分勝手ね」

 

「自分勝手ってその言葉、今回のことを通して俺自身が一番痛感してる。――けど、お生憎様と効かねぇな。自分勝手な俺のことを信頼してくれる女の子が三人もいるんだ。なら、カッコつけないわけにはいかねぇだろ?」

 

「よく回る舌ね」

 

「褒め言葉として受け取っとくよ」

 

 あんがとさん、と紗夜の嫌味に和也がそう強気に口角を上げて返してやった。

 その時だった。

 黒い防音扉が開かれ、最後の一人である銀髪の少女が入ってきたのは。

 

「――友希那」

 

「ようやくきたか、友希那」

 

「……湊さん」

「友希那さん……」

「……友希那さん…………」

 

「全員、揃っているわね」

 

 その姿を見た途端、グッと息を呑んだ紗夜とあこと燐子。視線を巡らせ、その三人の他に幼馴染二人がいることを確認した友希那は冷静にそう言い、ドアノブから手を放して歩いてくる。

 

 こうして、一つのスタジオに【Roselia】のメンバー全員が久々に集結したのだった。

 

 

 




 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
 
 ちょっと長かったと思います。ええ、だって前回長いからと分けた16000文字を分けずに出したので。
 長すぎるのは嫌なのでまた分けようかと思ったのですが、切りどころが見つからず……それならもういっそのこと、いっちゃった方が良いかな?って思った次第です。

 次回こそは2月中に上げられるように頑張ります。
 それじゃあ皆さん、ばいちっ!

 
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