青い薔薇に棘があろうと握った手だけは離さない   作:ピポヒナ

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 超お久しぶりです。ピポヒナです。生きてます。
 三月中に上げたかったのに上げることができず、その上過去一に沼った結果こんなに久しぶりの更新に……前回の話を上げた時点で、今回の冒頭は一応書けてはいたんですけどね……見事にバラしました。
 
 それまでの間のバンドリは凄かったですね、特に氷川家が。
 アプリ四周年記念のドリフェスに紗夜さんが来て、その直後に紗夜さんと日菜ちゃんの誕生日、日菜ちゃんバナーのイベント。
 ホント、運営さんやり手ですよね……おかげさまで今までで一番課金しました。

 なお、ドリフェスは120連で星四がゼロ人でした!あはははははは……紗夜さん欲しかったです……。

 ということで(?)今回は紗夜さんのお話です。
 前回の後書きに「紗夜さんと和也の会話は次回の冒頭で!」とか言ってましたが、あれは嘘です。全部紗夜さんです。
 
 それでは、流石に長々とし過ぎたので、本編どうぞ!





18歩目 あなたにとっての

 ――友希那がスカウトを断り、メンバー全員の気持ちが一つとなったことで、『【Roselia】の復活』改め再始動が決まった。

 

「よかった……」

 

 つくづくそう思った。

 自然と綻んでいた唇にはどうやら感情を塞き止める効果は残っていなかったらしく、全身を満たしても足りないほどの量の安堵感が口から溢れ出る。

 そのことに気が付き、苦笑しながら息を吐いたのは少しでも衝動を抑えるため。

 別に聞かれてまずいことでは決してないので、抑えきれず呟いたところで何も問題は無いのだが、表に出し過ぎないようにしているのは単なるプライドのようなものだ。

 

 リサも友希那も、誰も悲しむことのない、目指していた最高の結末を迎えることができたのは本当に本当に、心底嬉しいのだが――、

 

「――湊さんと今井さんが悲しまずに済んでよかった、とでも言いたそうな顔をしているわね」

 

「いきなり出てきてサラッと人の心読むのやめてくれね? 抑えるのに必死だった俺が馬鹿みたいじゃねぇか」

 

「あら、それはごめんなさい。あまりにも安心しているオーラが外に出ていたので、そう指摘して欲しいのかと思いました」

 

「んなわけねぇだろ! つーか何の用だよっ! 話し合いが始まる前に煽ったことへの復讐か!?」

 

 バッ! と。

 和也は両手を前にして構え、姿勢を低くし臨戦態勢。

 隠していた心を看破されていたからでもあるが、やはりこの宿敵――紗夜が目の前に立つと反射的に身構えてしまう。もはや癖だ。

 へっぴり腰で全く様になってないファイティングポーズを取る和也に対して、紗夜の方は「何をふざけたポーズを……」と白けた目を向けながらも、それが彼だと気を取り直し、

 

「復讐だなんて、そんなことしません。私はただ、稲城さんに謝りに来ただけです」

 

「謝りに来たって?」

 

「ええ、宇田川さんからスカウトのことを聞いた時、関係無いあなたにも怒りをぶつけてしまいましたから。あの時は、すみませんでした」

 

 要件を伝え、紗夜は和也に頭を下げる。

 これまでの彼女の和也に対する態度からは思い難いような、ちゃんとした謝罪だ。 

 同じく話し合いが終われば紗夜に謝ろうとしていた和也は、そんな彼女の言動に衝撃を受け、「お、おう」と言葉を詰まらせながら耳の裏を掻いた。

 

「俺の方こそ悪かった。ついカッとなって本気で怒っちまって、氷川さんには怖い思いをさせたと思う」

 

 リサが止めてくれなければ、間違いなく紗夜に手を上げていただろう。

 激怒した本人だからこそわかる、ギリギリ起こらなくて済んだ過去に罪悪感を感じ、和也は顔をしかめる。

 だが、和也の反省を紗夜は「いえ……」と否定し、

 

「それは元々、湊さんを侮辱するようなことを言えば稲城さんが怒るとわかっていたからこそ言った私が原因です。……ですから、稲城さんが謝ることはありません」

 

「――。つまり、意図的だったってことか……?」

 

「はい……理由はありません」

 

 ただの八つ当たりです、と紗夜は最後に付け足すが、和也が呆気に取られているのは変わらない。

 自分があの時怒ったのは彼女の誘導によるものであり、しかもそのための手段として、大切な人を侮辱されたという衝撃の事実をカミングアウトされ、和也は息を詰める。

 

 衝撃的だった。

 このことに関しては紗夜が謝ってきたら許すと、そう決めていたことさえ虚ろになってしまうほどに。

 

「――――」

 

 紗夜をどうするのか、和也の中で葛藤が生まれる。

 友希那をわざと侮辱されたことを流せるほど、和也の器は大きくないのだ。胸がジリジリと苛立ってきているし、気分が良いとは言えない。

 それでも――、

 

「全て私の責任です。言い逃れるつもりはありません」

 

「…………全部氷川さんの責任な訳がねぇだろ」

 

 全て自分のせいだという紗夜の主張を、見過ごすことはできなかった。

 ひとまず「はぁ……」と大きく息を吐きだしては吸い、新しい空気を無理矢理にでも胸にいれる。

 

 全て彼女のせいにして、自分は何も悪くなかったと反省しない。

 動揺と憤りが頭の働きを阻害する中、唯一それだけは絶対に間違っているとわかっていたから。

 

「何でそんな考えになったかは知らねぇけど、今度こそ氷川さんの思惑通りにはさせねぇからな」

 

 意図的に怒らされたことへの仕返しという訳ではないが、やられっぱなしは性に合わない。それに、全ての責任を一人で背負おうとするなんて思考の持ち主は、どこかの不器用な幼馴染でもう十分だ。

 

「……どうしてですか? 私が八つ当たりで湊さんを侮辱するようなことを言わなければ、稲城さんが怒ることも無かった」

 

 と、反抗的な態度を取り続ける和也に嫌気がさしてか、紗夜は懐疑的な視線を向けてくる。

 確かに紗夜が言っていることはおおむね間違っていないのかもしれない。

 スタジオから泣きながら飛び出してきたあこと、その彼女を必死に負う燐子を見てかなり焦りを覚えてはいたが、紗夜が言ってこなければ和也が激怒することはなかった。だから、和也が激怒する原因となった紗夜の行為こそが責められるべきだと思うことはわかろうとすればわかる。

 わかりはするが、わかるからこそ――、

 

「氷川さん一人のせいにするわけにはいかねぇ。謝るべきなのは、氷川さんだけじゃなくて俺や友希那もだからな」

 

「……そうなる意味がわかりません」

 

「氷川さんが謝ってくるのは、俺が怒る原因になったからだろ? なら、氷川さんが八つ当たりする原因になった友希那だってそうだし、友希那が選択できずに悩んでいることを知っていながら何もできなかった俺だって責任を負うべきだ」

 

「原因が悪いと言うのなら、その原因を作った原因も悪いはずだと……そう言いたいのですか?」

 

「そういうこと。最初の選択を間違わなければ、そもそもこんなことにはならなかったんだよ」

 

 もし友希那がどちらを取るのか決断できるようなことを、相談された時に言えていたなら。

 もし友希那が悩んでいることを、リサに共有して一緒に悩むことができていたなら。

 

 思い返せば思い返す程、あの時こうしていたらと悔やむことばかり浮かんでくる。

 結果的に【Roselia】が解散せずに済みはしたものの、もっと良い道は必ずあったはずなのだ。そして、その道を進むことができなかったのは、誰か一人のせいではない。

 かといって、この話に参加していない友希那を巻き込んでしまったのは少々申し訳ないとは思うが。

 

「私を……私がしたことを責めようともしないのですね……」

 

「あ?」

 

「湊さんを侮辱する。その行為は稲城さんにとって相当許せないもののはずです。……何も思わないのですか?」

 

 ふと気が付くと、紗夜が表情を歪めていた。

 細められた目の奥から覗くその黄緑の瞳から読み取れるのは、彼女の心情が良い方に傾いていないという、誰が見てもわかるであろう最低限の情報のみ。

 もう少し読み取れればとは思うが、読み取れたところで言うことは恐らくあまり変わらないだろうし、それで紗夜の機嫌を取るようなことを言ったところで、その場しのぎにしかならないだろう。

 

「思ってるよそりゃ。何も思わずに流せるなんて器用なこと俺ができる訳がねぇ」

 

「なら……なぜそれを言ってこないのですか……? 思っていることは全て言えと、今日ここに来た私にそう言ったのは稲城さんですよね……?」

 

「確かにそう言ったけど……」

 

 それとこれとは少し違う。

 そう続けようとした和也だったが、言い出す直前でグッと踏みとどまった。

 いつもの紗夜ならまだしも、今の彼女は冷静さを欠いているように思え、きっと説明したところで分かってもらえない可能性が高い。

 ――それに、今言うべきなのはきっとそんなことではない気がする。

 

「俺は氷川さんに友希那を侮辱されて、スッゲー腹が立ったよ。後になって、氷川さんの立場になって考えてみて、どれだけ傷ついていたのか俺なりに分かって同情しても、それでも許し切ることはできなかった」

 

「それなら……尚更っ……!」

 

 痺れを切らしたかのように。

 紗夜は奥歯を噛み締めて、キッと視線を鋭くする。

 しかし、和也は少しも臆する様子もなく「でも」と続け、

 

「俺は氷川さんを責めようとは思わない。だって、氷川さんはスッゲー反省してるから本当のことを言ってくれたんだろ?」

 

「――。違う…………私は……」

 

 和也が言いながら見やった瞬間、紗夜は更に表情を歪ませた。

 信じられないといったようにブレる瞳を伏せ、か細い声で何度も呟く。

 

「私は……あなたを…………だけなのに……」

 

「――――」

 

 紗夜の様子の変化に、和也は舌を巻いた。

 全くの予想外と言ってもいい。いいや、予想外もいいところだ。

 紗夜の呟きは酷く小さい上に不鮮明で、途切れ途切れにしか聞き取れず、彼女がこうなった原因を探す当てに成り得ないだろう。

 

 ものすごく反省しているからこうなったのか、あるいは何か別の理由があるのか。

 このどちらか――恐らく後者の方ではあるとは思うが、そんな大雑把な絞り込みだけでは、紗夜が求めている言葉を和也が導き出すことはできない。

 

「まぁ、あれだ。せっかく【Roselia】が解散せずに済んで、また走りだそう! って感じでめでたい日でもあるんだしさ、いつまでもしょげてないで元気出そうぜ? な?」

 

「…………」

 

「……。…………。謝ってくれたし、さっきの話のことはもう気にしていない。俺はもう割り切った。割り切ることにした!」

 

 元々謝ってこれば許すと決めていたことだ。多少予想外のことが判明しはしたが、まだギリギリ許容できる範囲。本当にギリのギリのギリギリではあるが。

 

「だから氷川さんももうそんなに気にしなくって良いって」

 

 と、和也は言ってみるものの、紗夜に変化は無し。

 それには流石に和也も困り眉になる。

 

「……それでも氷川さんは気になるってんなら……そうだな、お詫びとしてギター弾いてくれよ。久しぶりに聴きたい」

 

「――――」

 

「あー……ダメだこりゃ」

 

 目を伏せた状態からうんともすんとも言ってくれない紗夜に、和也はお手上げ状態。

 一応復活してもらえるように頑張ってはみたものの手応えは一切なく、もはや為す術がない。

 これは間違いなく和也の手には余る。早めに友希那達に助けを求めた方が良さそうだ。

 

「――。氷川さん?」

 

 背中の方から引っ張られた感覚。

 他の四人に助けを求めるべく紗夜から背を向けた和也だったが、すぐに後ろから微弱な力を感じ取り、立ち止まっては振り返る。

 すると、案の定、裾を握っている紗夜の姿があって、先程まで伏せていた目を上げた彼女は言ったのだった。

 

「稲城さん……あなたにとってこのバンド――【Roselia】とは何ですか?」

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

「――へぇー、氷川さんって弓道やってんだ。なんかスッゲーしっくりくる」

 

「そうでしょうか……? そんなこと言われたのは、稲城さんが初めてですよ」

 

 夕暮れ刻。

 車道側を歩いている彼が感心そうなリアクションを取り、それに対して私は微妙な反応で返す。

 直前にあったことへの安堵感と幸福感で気分が良かったことを覚えている。だから、それまでなら流している筈の彼の質問に答え、こうして話し相手になっていたのでしょう。

 彼と一対一でこれほど会話をするのは、思えばこの時が初めてだった。

  

 これは確か、一ヶ月ほど前。

『ライブハウスCiRCLE』で自主練習をし終えて料金を支払おうと思ったら、なぜかまりなさんと話していた彼に捕まって帰路を共にする羽目になり、その帰路の途中で遭遇した子犬の飼い主を仕方なく彼と探すことになったという、イレギュラーが続いた日のこと。 

 

「どうして、あなたはそこまで私と仲良くなろうと思うのですか?」

 

 足を止め、私は彼にずっと抱いていた疑問を問いかけた。

 

 私には、それまで彼に一度も愛想よく振舞った覚えは無く、それどころか彼にはあえて突き放すような態度ばかりを取っていた。

 それは、彼との初対面での印象が恐らく互いに悪く、時折彼から感じる苦手オーラを不快に思っていたことが理由でもあるけれど、一番の理由としては彼と親しくなる必要性を感じなかったから。

 

 私にはギターしか残されていなかった。

 そんな中、ようやく見つけた最高のボーカル。彼女(湊さん)の歌声は、これまで聴いてきた音楽で最も美しく、志の高さも相まってこの人とバンドを組むしかないと思えた。

 そして、その後に集まった他のメンバーも決して悪くはなかった。彼女(湊さん)と比べてしまうと見劣ってしまうものの、各々にやる気と根性と技術が備わっており、伸びしろも感じた。

 この四人と組むことになったバンド――【Roselia】は、これまで私が組んできたどのバンドよりも期待を込めることができた。

 

 だから、技術も知識も経験も、音楽に関わる何もかもを持ち合わせていない彼が【Roselia】に関わってきて、邪魔になるようなことだけは何としても避けたかった。

 

 だから、私は彼と親しくなろうとせず、彼が【Roselia】に関わってこようとするその度に彼を拒み続けた。

 

 それなのに、彼が折れることは無かった。そしてあまつさえ、いつからか彼は私に対しても友好的になろうと接してきた。

 何故そんなにも諦めないのか。何故、私と仲良くなろうと思えるのか。

 それが、わからなかった。彼の考えがわからなかった。

 

 その全ての謎を込め、私は彼に問いかけた。

 きっとこの答えを聞けば、彼の行動の理由が少しでもわかるだろうと思って。

 

 しかし――、

 

「そうだな……まぁ、主な理由としては、氷川さんが【Roselia】のメンバーだからかな? これからも【Roselia】には何かと関わっていくつもりだし、そうなるとメンバーとは仲良くしておくが吉だろうし、毎回バチバチな雰囲気は流石にごめんだからな」

 

「……では、どうして必要以上に【Roselia】に関わろうとしてくるのですか?」

 

「それはリサと友希那がいるからだ。あの二人が夢に向かって頑張っているのなら、俺は何があってもその応援をする。そう昔から決めてるんだよ」

 

「…………そうですか」

 

 ――私は、彼に幻滅した。

 元々の狙いだった彼の行動理由については知ることができたけれども、それ以上に彼という人間を理解した気がした。

 

 彼の言動全ては、幼馴染のためでしかなかった。

【Roselia】に関わってくることも、私と仲良くなろうとしてくることも、【Roselia】結成のためにメンバー候補を探していたことも、彼にとっては手段でしかなかった。

 

 彼がどうして、それほどまでに幼馴染のために動くのかはわからない。

 何か事情があるのだとは思う。普通に考えればそう、それなりの理由が彼にもあるのだろうと。

 

 だけど、そんなこと知ったことではない。どうだっていい。

 

 不快だった。最悪な気分だった。

 稲城和也という男の存在を受け入れることは到底不可能だとさえ感じた。

 

 それなのに――、

 

「――和也を【Roselia】に関わらせないようにしたい?」

 

「はい。彼がいたところで私達に良い影響があるようには思えないですし、それどころか彼がいると今井さんや宇田川さん達の緊張感が緩んでしまいます。ハッキリ言って、彼という存在は【Roselia】にとって害でしかありません」

 

「……和也に何か酷いことでもされたの?」

 

「……いえ、そういう訳ではありません。私は、彼が【Roselia】にとって不必要だと感じたので、こうして湊さんに言っているだけです」

 

「そう。和也が紗夜の恨みを買うようなことをした訳ではないのね。良かったわ」

 

「それで……どうなんですか?」

 

「そうね。紗夜の言った通り、和也がいると緊張感が薄れているのは私も感じているわ。――だけど、私は紗夜のその意見には賛成できない」

 

「――っ!? どうしてですか湊さん?!」

 

「紗夜、落ち着いて」

 

「私は落ち着いています……! 湊さんの方こそ冷静に考えてみてくださいよ……っ! 音楽素人である彼が【Roselia】の音楽に何か良い影響を与えるとでも思っているのですか……っ?」

 

「その可能性は低いでしょうね。そもそも私は、和也に音楽のことを一切期待していないわ」

 

「それなら尚のこと、彼の介入を許す意味がわかりません……! 音楽のことで期待していないと言うのなら他に何を――まさかっ、この前のライブの後に稲城さんは変化によく気が付くと言っていましたが、それですか……?」

 

「確かにそれもあるけれど………言葉では説明しにくいわね。でも――きっとそう遠くないうちに紗夜にもわかる時が来るわ」

 

 

 それなのに――、

 

 

「――今井さん」 

 

「ひょわっ!? も、もう~驚かさないでよ紗夜~」

 

「別に驚かせるつもりは……また、そのキーホルダーを握り締めてるんですか?」

 

「え? ああっ、うん! アタシ流の上手く演奏するための秘訣みたいな感じかな?」

 

「何を言ってるんですか……上手くには、ひたすらに練習をするしかありません」

 

「あはは……相変わらず厳しい~。でも、ひたすらに練習するための力になってるんだから良いじゃん良いじゃん♪ あっ、もしかして紗夜もこれ気になった感じ? ウサギ好きなの?」

 

「別に好きでも嫌いでもないです。……それにしても、なんとも異質な組み合わせですね。ウサギとベースだなんて初めて見ましたよ」

 

「わかるわかるっ。ライブ前に和也から貰ったやつだから、アタシもビックリしちゃってさぁ~。ほーんとどこでこんなの見つけたんだろうね~? まぁ、アタシは可愛いから好きだけど☆」 

 

「…………」

 

「……紗夜?」

 

「いえ、もうそろそろスタジオに入れる時間なので行きましょう」

 

「あっ、ほんとだ。って、置いてかないでよ紗夜~! ちょっと待って~」

 

 

 それなのに――、

 

 

「――。いつの間にCiRCLE(ここ)へ……【Roselia】の練習はもうなくなったというのに、私はどうして……」

 

「あーー!! もうわかんないっ!!」

 

「っ!?」

 

「友希那さんが【Roselia】に残って、カズ兄がそれに協力してくれるならもうそれがいいっ!!!!」

 

「……今の声……宇田川さん? まさか宇田川さんもここへ……一緒にいるのは白金さんかしら? あともう一人いるようだけど……、――っ!? あれはっ……稲城さんね……」

 

「――だから、そうなるように一緒に頑張りましょう……っ!」

 

「あの白金さんがあんなにも熱くなるなんて……。……そんなに……彼のことが……っ」

 

 

 ――それなのに、彼は私以外のメンバーから受け入れられていた。

 今井さんも宇田川さんも白金さんも、それに湊さんまで彼に信頼を寄せていた。

  

 そうなってしまえば、もはや私では彼を止めることはできない。

 私一人がどれだけ拒み続けたところで、きっと彼は他のメンバーを盾にして【Roselia】に関わってくるでしょう。

 実際に今回のスカウト騒動でも、彼は宇田川さんと白金さんと協力して何かしらの行動を取っていたようだった。

 そんなの、もはや手に負えない。

 

「友希那がどっちを選ぶにしても、このまま何も言わずに黙っているなんてそんな馬鹿な真似、氷川さんがする訳ねぇよな?」

 

 ――うるさい。

 

「言うなら思っていること全部言ってこい。お前のその溜めに溜め込んだ言いたいこと全部だ! ――俺も、リサも、あこちゃんも白金さんも、それにきっと友希那だってそれ以外は望んでねぇからよ」

 

 うるさいうるさいうるさい――うるさい!

 知ったような口をしないで!

 ここへ来たことも、その言葉も、あなたの言動は全て幼馴染のためでしかないのに、私達を巻き込まないで!!

 もう二度と【Roselia】に関わってこないで!!

 

「――――」

 

 そう叫ぶことができたら、どれほど楽だったでしょう。

 そう叫ぶことで全てが解決するのなら、私はどれだけ苦しまずに済んだでしょう。

 

 いいえ、そんなこと考えたところで何の意味もない。

 やめよう。

 

 言ったところで彼が改心するとは思えない上に、彼ではなくメンバーにこの気持ちを伝えたとしても、きっと上手くいかない。かなり高い確率で、反発が起きてしまう。そもそも、湊さんにはすでに拒否されている。

 

 それに、もし仮に運よくメンバー全員を味方につけ、今後一切彼が【Roselia】に関わってこないようにできたとしても、それで失った時間は『FUTURE WORLD FES.』のコンテストへ出ようとしている【Roselia】にとってかなりの痛手になってしまう。 

 

 つまり、彼を追放できてもできなくても、【Roselia】は何らかの被害を受けてしまうことは確定事項。

 そして、私はそれほどのリスクを背負ってまで、彼を追い出すために動こうとは思わない。

 

 ――あの天才から逃げるためにギターを初めた自分に、ようやく見つけることができた自分の居場所を危険にさらす勇気なんてもの持っている訳が無い。

 

「――湊さんと今井さんが悲しまずに済んでよかった、とでも言いたそうな顔をしているわね」

 

「全て私の責任です。言い逃れるつもりはありません」

 

 だから、私は話し合いが終わった後、彼に全てを洗いざらい話してから謝罪した。

 今後彼が【Roselia】に関わって来た際に、彼との間に角が立たないようにするために。

 

 そう。

 私は、彼のことを諦めた。

 私情を抑えるだけで済むならと、彼を受け入れることにした。

 

 大丈夫。 

 受け入れると言っても、彼と仲良くなる必要は無い。極力彼と関わらないようにして、上手くやり過ごせばいいだけ。

 彼には何の期待もいていない。

 

 彼が幼馴染を思って行った行為が、回り回って【Roselia】全体にも利益をもたらしてくれる時が来ればそれでいい。

 それで【Roselia】(自分の居場所)に居続けることができるなら、またこの五人で演奏ができるなら、いい。

 

 それでいい。

 それで、いい。

 

 それで――、

 

「――きっとそう遠くないうちに紗夜にもわかる時が来るわ」

 

 それで――、

 

 それで――――、

 

 

 △▼△▼△▼

 

 

 ――それでいいはずだった。

 

「稲城さん……あなたにとってこのバンド――【Roselia】とは何ですか?」

 

 和也のことは手に負えないと、今後も【Roselia】にいるために私情を殺して和也のことを受け入れようと、そう決めていたはずなのに。

 

「…………いきなりだな、さっきまで我ここにあらずって感じだったのに。大丈夫なのか?」

 

「……大丈夫です。なので、早く答えてください」

 

「何か強引じゃねっ?」

 

 そうやって和也が答えるように急かしているのは、ハッキリとさせたいから。

 ボロボロ、ガラガラ、と紗夜の中にあった稲城和也という人物像が壊れていく中、彼がどう答えるのかわかっている――わかっていたはずだった質問をして、それに対する答えを聞くことで、彼のことも自分の決意ももう一度改めてハッキリとさせたかった。

 だから――、

 

「答えてください……!」

 

 十センチ程背の高い彼を少し見上げ、紗夜は答えるよう再び催促する。

 すると、和也は半身にしていた体を完全に紗夜の方へと向き直し、話し始めた。

 

「もし、友希那が【Roselia】じゃなくてスカウトを受けることを選んでいたとしたら、俺はそれを応援するって決めてた。氷川さんやあこちゃん達には悪いと思うけど、それでも俺はあいつが悩んで出した決断を尊重してやりたかったんだ。……そのはずだったのに、俺が今日までにしたことはそう思ってるやつがする行動じゃなかった」

 

「…………宇田川さんと白金さんと協力して、何かしていたことを言っているのですか?」

 

「――。何で氷川さんが知って……って、今そのことは何でも良いか。ああ、氷川さんが言ったそれもその一つだな。あこちゃんが撮ってた練習の動画を使って、友希那や氷川さんの心が【Roselia】から離れないようにしたかった」

 

 あこから送られてきた動画――【Roselia】の何気ない練習風景を映したそれは、紗夜と友希那の心情に大きな影響を与えた。

 その動画に写っている笑みを浮かべている自身の姿を見るまで、紗夜も友希那も【Roselia】の中にいる自分を知らなかったのだ。

 故に、和也の狙い通り紗夜と友希那の心は【Roselia】継続へと大きく動いたのではあるが――、

 

「どうしてそんなことを……?」

 

「どうしてって……また皆の演奏が聴きたかったから。……その気持ちも大きくって、あこちゃんと白金さんの優しさに甘えちまったし、今思えばさっきだってそうだ。友希那が責任を取るために【Roselia】を抜けるって言った時、俺はあいつを止めようとした。皆の演奏が聴けなくなるのが怖くなって……責任を取るために抜けるってのも友希那の決断だってのに」

 

「――――」

 

 情けねぇなぁ、と苦々しく笑った和也に、紗夜は唇を噛んだ。

 もういっそのこと、あこと燐子と協力して【Roselia】が再始動できるように何か動いていたことも、逆鱗に触れたにも関わらず紗夜を許したことも、全て幼馴染のためだと即答してくれれば、一周回って紗夜も楽に見切りをつけることができていたというのに、彼はそう答えてくれなかった。

 ――ああ、やはり彼のことは苦手だ。彼は、紗夜()に楽をさせてくれない。

 

「――――」

 

 いいや、違う。

 それは彼のことを苦手に思うために無理矢理作った理由でしかない。

 紗夜()はただ――、

 

「……稲城さん」

 

「ん? 今度はなんだ?」

 

「あなたは……変わったのですね。――【Roselia】の音楽を好きになった」

 

 ――和也が幼馴染のためではなく、【Roselia】のために動くようになった。

 そのことをただ単に認めたくなかっただけだ。

 和也は変わったのに比べて、紗夜は何も変わっていないことから目を背けたかっただけ。

 

「――。俺って、【Roselia】の音楽が好きだったのか?」

 

 ふと、そんな間抜けた声が前からして、紗夜は考え事を一旦停止し、そちらに気を向ける。

 すると、絵に描いたような間抜け面がそこにはあって、紗夜は眉をひそめた。

 

「どうして稲城さんが驚いているのですか? ……驚きたいのはこちらの方です」

 

「い、いやぁ、何つーか、今までの人生、音楽とは全くの無縁……ってのは流石に言い過ぎだけど、それに近い道を歩いて来たからさ? そうやって一つのバンドを好きになったことが自分でも意外で意外で信じられないと言うか……」

 

 そう言いながら、誤魔化すように頭の後ろを掻いて苦笑する和也。

 しかし、そのぎこちない笑みも「でも」と言うと同時に消え、澄み切った空をそのまま閉じ込めたような空色の瞳で紗夜を見返し、

 

「――【Roselia】を好きだってことは絶対に間違っていないと思う」

 

「――――」

 

「そっか、俺って【Roselia】が好きだったんだ。だから皆の演奏が聴きたくってあんなに必死になってた訳か」

 

 あー納得、と和也は今度こそ清々しく笑う。

 自分の感情を理解し、それを心の底から嬉しく思っているように笑う彼の姿が、紗夜には受け入れられないもので、言葉を失い――、

 

「って……スッゲー恥ずかしくなってきた。つーかなんっで氷川さん何も反応してくれねぇんだよ……っ!」

 

「………………稲城さんにも羞恥心があったんですね。歯が浮きそうな言葉を平然とよく言ってくるので、無いと思ってました」

 

「う、うっせぇ……っ! んな訳あるかよっ!」

 

 しかし、カァー、と赤くした顔を必死に手で隠して物言いしてくる和也に呆気に取られ、紗夜の口は思いの外すぐに開くことになった。

 なんだか毒気を抜かれた気分だ。

 

「私達の演奏が聴きたい、聴けなくなるのが怖い。あれだけあからさまなことを言っておいて何を今更恥ずかしがることがあるんですか?」

 

 冷静になればなるほど、馬鹿馬鹿しく思えてくる。だから、紗夜がため息交じりにそう言ったのはもはや必然のこと。

 

「まったく、本当にあなたのことがわかりません」

 

 いや、初めから何も知っていなかったと言った方が正しい。

 何も知っていないのに彼はこういう人間だと知った風になり、それ以上知ろうとしてこなかった。

 そうする価値も無いと勝手に決めつけ、呆れ、幻滅し、本当の意味で稲城和也という少年と向き合おうとしてこなかったのだ。

 

 しかし、今だって和也が【Roselia】に関わってくることを許すことに対して、紗夜は疑問を抱いている。

 そりゃそうだ。和也の気持ちが変わって【Roselia】のために行動するようになったとしても、彼が音楽の技術も知識も経験も、何も持ち合わせてないことは変わらない。それだけは変わることはないのだ。

 それでも――、

 

「近いうちに私にもわかる時が来る。……本当にそんな時が来るんですかね? 私には、どうして貴方が稲城さんのことをあんなにも買っているのか少しもわかりそうに無いですよ」

 

 それでも、友希那がそう信じているのなら。あこ、燐子、リサがそう信じているのなら。

 もう少し、彼と向き合ってみよう。彼が【Roselia】にとっての障害となるのかどうか判断するのは、それからでも遅くないはずだ。

 だから――彼を信じるメンバーを信じてみよう。

 

「今は少し気分が良いですし」

 

 そう、紗夜が僅かに綻ばせた唇から零した直後のことだった。

 

「――私とお父さんのこと、あこと燐子にどこまで話したの?」

 

 未だにごにょごにょと何か言っている和也の背後から、神妙な面持ちの友希那がそう尋ねてきたのは。

 

 

 




 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
 元々この話は冒頭にやるぐらいのボリュームで考えていたんですが、無理でした。終わりが前回とほぼ一緒ですね、はい。
 私の悪癖が出てしまいましたね。本当に前に進まない。
 投稿ペースを上げるしかないってのはわかってるんですが……頑張ります。書きたいところがまだまだ先に沢山あるのに、書けないなんて嫌ですし、この作品が完結するより先にバンドリが終わるのも嫌ですから!
 
 と、活きこんだところで、後書きはこれぐらいですかね。
 ちょっとした設定の小話を入れるなら、和也が「可愛い」とかを普通に言えるのは、リサにそうしろって言われてそうしているうちに耐性が付いていたからです。リサ姉ドンマイ。

 それでは、今回はこの辺で!
 また次回!頑張って書くので!!ばいちっ!

 

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