青い薔薇に棘があろうと握った手だけは離さない   作:ピポヒナ

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 皆さんこんにちはこんばんは、お久しぶりです、ピポヒナです。
 前書きで語ることは、更新が遅くなったことへの謝罪以外ございません。
 申し訳ございませんでした……。

 というのをほぼ毎回しているので、今回の前書きは本当に短めに。
 それでは、本編どうぞ!(次は早めに出したい(n回目))




21歩目 勉強会

 それは、学校から帰ってきてすぐの出来事だった。

 

「――和也」

 

「ん? おぉ、友希那おかえり」

 

 あと数メートルで我が家に着くとところで前方から呼び止められ、意識をそちらへと向けると、昔から知っている綺麗な銀髪の少女、友希那がいた。

 彼女も和也と同じく学校から帰ってきたばかりなのだろう。通っている高校の制服を身に纏い、その手には学生鞄が握られている。

 

 このように、学校から帰ってくるタイミングが重なることは偶にあることで、特別珍しいことでは無い。

 しかし、今日の友希那はいつもと違っていた。

 

「和也っ、良かった……会えて良かったわ」

 

「お、おう。どうしたいきなり?」

 

 和也を見るなり走り寄ってきて、和也と会えた喜びを噛み締める友希那。そんな彼女の異様な言動に、和也は目を丸くしながらもとりあえず何があったのか尋ねる。が、友希那がそれに答えることはなく、それどころか逆に質問を返された。

 

「和也、あなたこの後何か予定はあるかしら?」

 

「え? ……別に何もねぇけど?」

 

「流石和也だわっ! ――それじゃあ、付いてきて」

 

「いやいや、話の展開が――って、ちょっっ……!!」

 

 待って、と言おうとした時にはもう遅い。

 キョトンとしていた隙に手を握ってきた友希那にグイっと引っ張られ、和也はそのまま連れていかれる。

 

「ゆ、友希那!?」

 

 乱暴だった。強引だった。

 手を引いてくる幼馴染の少女は、どれだけ和也が尋ねても振り返ることなく進み続ける。

 

 その勢いを止めることは、それほど難しいことではないだろう。

 和也が進行方向とは逆方向に力を入れ、抵抗するだけで、友希那の歩みはほぼ確実に止められるはずだ。 

 しかし、それを実行するよりも先に――、

 

「上がって。靴は適当に並べておいて」

 

 友希那の家へと上がった。

 訳が分からないままだが、一応言われた通り靴を脱いでは並べた和也は、とりあえず行儀として「お邪魔します」と挨拶をする。が、家の中からの反応は一切ない。

 和也の声が聞こえていないとかそんなものではなく、まるで――、

 

「親はどちらとも仕事でいないわ。今、この家にいるのは私と和也だけよ」

 

「えっと…………それってどうゆう……?」

 

「そのままの意味よ」

 

「へ、へぇ……」

 

 友希那の両親が留守で、今この家には友希那と和也の二人しかいない。

 その現状を告げられた和也は、少し表情を引きつらせる。

 しかし、そんな和也のことなどお構い無しに、友希那は反転し、

 

「私の部屋まで来て」

 

「…………へ?」

 

「いいから」 

 

 早く、と友希那は動こうとしない和也の手を掴み直し、再び引っ張っていく。

 そして、そのまま彼女の部屋に入ると、扉を閉め、

 

「強引に連れてきてごめんなさい。……でも、私には、こうするしかなかったの」

 

 こちらへと振り向いた友希那は、恥ずかしそうに目を逸らしながらそう言った。

 彼女の息遣いは少し荒く、きめ細やかな白肌の頬を僅かに紅潮しているのもあってなんだか色っぽい。――なんて、ここまでの話の流れで仕方が無い部分があるにせよ、過ってしまったその邪な想像に嫌気が差し、和也は自分の頭を叩いた。

 

「連れてこられたのはいきなりだったし驚いてる。けど、別に怒ってる訳じゃないから大丈夫。それよりもだ。俺を強引に連れてくるしかなかったって言ってたけど、それってどういうことだよ?」

 

 強引に連れてくるという、らしくない強硬策を取ったことに対して、友希那はこうするしかなかったと言った。

 それが何故なのか気になって、自分がここに連れてこられた理由を含めて、和也は尋ねる。

 その疑問に、友希那は「それは……」と少し溜めてから、

 

「どうしても、和也には私の傍にいてほしかったからよ」

 

「…………は?」

 

 和也は、目を見開いたままフリーズする。

 

「今の私には、和也が必要なの。……あなたがいないと、私はダメになってしまうわ」

 

「ちょ……」

 

「今までは一人ですることでなんとかなっていた。でも……今回はダメなの。一人でするのはもう、限界なの」

 

「ちょっ……ちょ、ちょっと待ってくれ……っ」

 

 投げかけられる甘い言葉たちに混乱し、後ずさる和也。

 しかし、眼前にある魅惑から逃げようとしても、すぐさま背中から壁にぶつかる衝撃が伝わってき、息が詰まる。

 逃げ場を失った和也を更に逃さないように、友希那は和也の手を両手で包み込んでギュッと強く握り、

 

「突然のことだから、和也にはとても迷惑をかけてしまうことになるわ。でも、私は本気なのよ。だから――拒まないで」

 

「――――」

 

 それは縋りつくようで、もう我慢できないとでも言うかのようで。

 琥珀の瞳を僅かに潤ませながら見上げてくる彼女を、和也は直視することができない。

 

 心臓が壊れてしまったのかと錯覚するほど高鳴っていた。ドクドクと加速していく鼓動が耳に響き、うるさい。

 なのにそんなことに構っていられる余裕すら残っておらず、全ての神経は目の前の幼馴染へと向いていた。

 

「――和也」

 

 聞き馴染んでいるはずのその声が、いつもとは全く別物のように聞こえ、体がビクッと反応した。

 手を伸ばさずとも触れれる距離、漂ってくる女性特有のかぐわしい匂いに和也の心は翻弄され、痺れ、掻き乱される。

 

 頭がクラクラする。

 体中から汗が噴き出す。

 息が、できない。

 

 次に言われるであろう友希那の言葉を前に、和也にできる最後の抵抗は情けなく目を瞑ることだけであった。

 そして――、

 

「――お願い、私に勉強を教えて」

 

「………………………………は?」

 

「三日後に期末テストがあるのよ。それで……いつもは一人でできているけれど、今回はフェスのことが気になって全然勉強できていなくて、今のままだと確実に赤点を取ってしまうわ。だから、和也に手伝ってほしくて……」

 

「…………はぁ……?」

 

 強く瞑っていた目を恐る恐る開けると、恥ずかしそうにしながらそう頼み込んでくる友希那の姿。

 そこでようやく彼女の言葉の意味を理解し、

 

「さ、最初からそう言えよぉぉぉぉ!!!」

 

 そんな和也の悲痛な訴えが伝わる訳もなく、友希那は首を傾げてポカンとするのであった。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 ――期末テストが迫ってきている。

 

 友希那やリサ、あこが通う羽丘女子学園。そして、紗夜と燐子が通う花咲川女子学園。その両校では、三日後から期末テストが始まるようだ。

 それにより、テスト五日前からテスト最終日までの間、【Roselia】はバンド練習を休止することになっているらしい。

 

 彼女達の目標である『FUTURE WORLD FES.』に出場するためのコンテスト。それが開催されるまであと一か月と少々しか残されていないのだが――この期間にバンド練習ができないのは、学生である以上は仕方のないことだ。

 

 というのも、学生の本分は勉強をすること。バンド活動は、その本分を問題なくこなせているという前提がある上で成り立っている。

 

 だから【Roselia】にできることは、早めのうちからコツコツと勉強をし始めることでテスト前に少し集まっても大丈夫なようにしながらも、本番のテストでは赤点をゼロで終え、練習時間を少しでも多く確保することぐらいだろうか。

 

「っていう話だったんだけど、一昨日に練習した終わりにあこがまだ勉強できてないってことがわかっちゃってね……。紗夜が怒ってあこに勉強の大切さについて三十分ぐらい説明し始めるし、唯一止められる友希那はビクビクしながら隠れてて動いてくれないしで、ホーント大変だったんだよ?」

 

「友希那……お前なぁ……」

 

「ちょ、ちょっとリサ! 言わないでよ!」

 

「自業自得。フェスが気になっちゃうのはわかるけど、勉強しなかった友希那が悪いんだから」

 

 醜態を暴露され、和也からの視線に居心地が悪そうにする友希那。そんな彼女からの非難を自業自得だと一蹴し、手厳しいことを言ったのは、もう一人の幼馴染であるリサだ。

 

 どうやらリサも友希那に勉強を教えてくれと頼まれていたらしく、つい先程やってきた。

 あと数分、来るのが早ければ、友希那の口下手さの餌食となっている所を見られていたかもしれないので、危なかった。

 もし見られていたらと思うと、怖すぎてゾクリと背筋が凍る。

 

「まさに危機一髪。リサがちょっと遅く来てくれてほんと良かったぜ……」

 

「ん? 何かあったの?」

 

「いや、理系にない科目教える時どうしようって思ってたから、文系のリサが来てくれて良かったなって話。ま、そんなことよりさっさと勉強始めようぜ。時間が勿体ねぇ」

 

「ええ。それじゃあちょっと待っていて。丁度いいサイズのテーブルが押し入れにあったはずだから」

 

 そう言って、友希那は部屋にある押し入れへと歩いていく。

 友希那だけでは心配なので和也も後からついて行くと、積み上げられたダンボールの山と壁との間に挟まっている黒い円形のテーブルが見えた。

 確かに三人で勉強するには丁度良いサイズかもしれない。

 

「――っ!」

 

 友希那はテーブルの縁を掴み、取り出そうと引っ張る。が、抜けない。

 何かに引っかかっているのか、それともただ単純に友希那の力が足りないだけなのか。どちらにせよ出鼻を挫かれた友希那は、困った様子で振り返って、

 

「…………和也、手伝って」

 

「はいよ。危ないかもしんねぇからちょっとどいてろ」

 

 求められた助けに呼応し、和也は友希那と場所を入れ替わる。

 友希那が引っ張ってもビクともしなかったテーブル。それをまずは手始めに軽く引っ張ってみると、抵抗感と同時に奥の方からコンと何かにぶつかっている音がした。

 どうやら、折りたたまれているテーブルの足が他の荷物に当たって、妨害されているようだ。

 

 しかし、手応えはそれほど強くはない。

 おそらく、もう少し強い力で引けば引っ張り出せるだろう。

 

「よっ、と! あ、やっぱり抜けた」

 

 案の定引っ張り出せた成果物を両手で持ち上げ、少し得意げに和也は振り返る。と、幼馴染が二人とも、まるでヤンチャな子どもを見るような目でこちらを見ていて、

 

「そんなに強引に引っ張らなくても、引っかかってる物をちょっとどかせば良かったんじゃない?」

 

「そうよ。もし雪崩が起きていたらどうするつもりだったの?」

 

「うおぉ……思ってた反応と全然違う。ちょっとぐらい褒めてくれてもいいんだぜ……?」

 

「思っていたよりもテーブルが少し小さいわね、大丈夫かしら?」

 

「大丈夫なんじゃない? ちょっと窮屈かもしれないけど」

 

「あれ? もしかしてスルーされた?」

 

「いつまでそこに立っているの、和也? 早く始めましょう」

 

「あ、はい」

 

 幼馴染二人からの非難、からのかまちょ行動を無視された和也は、一人寂しくため息を吐いて、押し入れを閉めた。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

「それじゃあ、一週間よろしく頼むわ」

 

「え、勉強会って今日だけじゃねぇの?」

 

「――? 今日からテスト四日目まで毎日やるって、言ってなかったかしら?」

 

「初耳なんだけど!?」

 

 そんなバラバラな状態から始まった勉強会。

 主催者である友希那が赤点回避することが、この勉強会が行われる目的だ。

 その目的を達成するために、呼ばれたリサと和也がそれぞれの得意教科に分けて担当し、今日からテスト四日目までの一週間、友希那にみっちりと教え込むことになった。 

 

「友希那。数学を勉強する上で大切なのはなんだと思う?」

 

「…………公式を覚えることかしら?」

 

「ああ、公式は問題を解いていく上で欠かせないからな、それももちろん大切だ。だけど、その覚えた公式をどこで使うのか、それがわかってないと数学は解けないんだよ」

 

「……つまり?」

 

「まずは公式とか基本的な考え方を教える。それを全部覚えたらひたすらに問題を解きまくって、答えを導き出すまでの流れを身に着けるんだ」

 

 勉強会一日目、最初に手を付けたのは数学だ。

 副教科を含めた十一教科を月曜から金曜にかけての五日間の中に振り分けて行われる羽丘女子学園の期末テスト。数学はその最終日に行われるということもあり、他と比べてもかなり時間的猶予はある方ではあるのだが、つい先程の友希那の「数学は、何をしているのか一つもわからないわ」という発言によって一番ヤバそうだったので、毎日コツコツと進めることになった。

 

 数学を教える担当になったのは、和也だ。彼は幼馴染三人の中で唯一の理系であり、数学の成績は学年トップクラス。

 友希那とは通っている高校が異なるため、二人のテスト範囲には多少のズレがあるのだが、そんなこと些細な問題にすらならないと意気込んで、「任せろ!」と豪語した。

 共通科目である国数英(国語に含まれる現代文は、教科書が違い題材も異なるため、実質数学と英語の二教科)しか教えることができないので、ここで存在意義を示す他なかったからでもあるが。

 

「もう……無理。頭が、パンクしそうだわ」

 

「丁度切りが良いとこまで来たし、数学はこれぐらいにして少し長めに休憩するか」

 

「そう……しましょう」

 

 勉強を始めてから二時間程経過した頃か、休憩に入ると共にテーブルに突っ伏した友希那。短い休憩は所々に挟んではいたのだが、思っていたよりも彼女の消耗は激しい。

 これを踏まえ、明日以降はもう少しペースを落とした方が良さそうだ。

 

 ともかく、今は少しでも回復できるようにそっとしておいてやろう。

 この休憩が終われば、次はリサが講師の日本史が彼女には待ち受けているのだから。

 

「お疲れ様。はいこれ、友希那のお母さんが食べてって」

 

「ん、ありがと。って、ユキおばさんいつの間に帰って来てたんだ? 全然気が付かなかったんだけど」

 

「ついさっきだったっけ? あ、お茶ももらってるからね♪」

 

 はい、と渡されたお茶が注がれたコップをリサから受け取り、お礼を言ってから一口飲む。

 乾いていた喉が潤ったことで、ようやく一息つくことができた。そしてそれと同時に、気を緩めた瞬間どっと疲れが増した気がする。

 気が付いていなかっただけで、どうやら自分もかなり消耗していたようだ。

 

「友希那に教えたところ、まだ基本的なことばかりだったつーのにどんだけ貧弱なんだよ……ったく、先が思いやられるな……」

 

「それだけ友希那が理解できるような説明をする為に、和也も頑張ってたってことでしょ? 基礎のところで頑張った分、きっと次のところで楽になるって!」

 

「スッゲー前向きなこと言ってくれるな。リサのおかげで、やる気が出てきた気がする」

 

 そう言いながら右肩をグルグルと回した和也に、リサは「ふふっ」と笑い、

 

「褒められたら元気になるなんて、和也って単純だなぁ」

 

「うっせぇ、リサだってこの前俺に褒められて嬉しそうにしてただろうが」

 

「そりゃあ和也に褒められたのが凄く嬉しかったんだもん!」

 

「~~っ! あーくそっ、調子狂う」

 

「おっ、照れてる照れてる♪」

 

「て、照れてねぇから!!」

 

 と反射的に言い返すと、リサはまた笑みを浮かべた。

 上機嫌そうに笑うリサに完全に弄ばれたようで、和也は唇をへの字に曲げながらもんやりとした気持ちのまま頭を掻く。

 そして、まだ照れ臭さを残しながら、

 

「それで、リサはリサでわからない問題とかねぇのかよ? と言っても、数学と英語ぐらいしか教えられねぇけど」

 

「――。アタシのことも気にしてくれてたんだ」

 

「そりゃ気にするに決まってんだろ。二時間弱、友希那の相手をしていたとは言え、ずっとリサのこと放ったらかしにしていたんだし」

 

 当たり前だ、とばかりに和也が言うと、リサは少し目を丸くする。

 しかしリサは丸めた目を緩く細めると、さっきまで使っていたノートや問題集を手際よく整理し始め、

 

「気にしてくれてるのはありがたいけど、今日は大丈夫かな?」

 

「今日は……?」

 

「うん、今日は元々日本史と古典を勉強しようって決めてたからね」

 

 ほら、とリサがテーブルへと顎をしゃくらせ、和也もそちらを見やると、彼女の手元にあるのは言われた通り日本史と古典の問題集とノートのみ。

 しかし、和也は覚えていた。

 

「さっき英語勉強していて何度か詰まってただろ。それにリサが問題集とか後ろに隠してたの見てたぞ」

 

「キャー、和也のえっち」

 

「何でそうなるんだよ」

 

 意味がわかんねぇ、と溜息を吐いた和也だが、流石にこの流れでリサが自分の負担にならないようにしてくれていることはわかっている。

 和也が友希那に教えている間、リサはずっと一人で黙々と勉強していた。それは恐らくだが、邪魔しないようにしてくれていたのだろう。

 そういうことも相まって、リサの気遣いには頭が上がらない。

 けれども――、

 

「気を遣ってくれるのはありがたいけど、やり過ぎだ。ちょっとぐらい俺にも格好つけさせろ」

 

「えっ!? ちょっ、和也……!?」

 

「で、どこで詰まってたんだよ?」

 

 そう言い、リサとの距離を詰める和也。すぐ隣に移動してきた彼の言動と強情さに、リサは顔を赤らめて、隠していた英語の問題集を開き、

 

「そ、それじゃあ……ここお願い……します」

 

「ああ、了解。ここはな――」

 

 それから友希那が起きるまで、リサは和也の優しさに甘えることにしたのだった。

 一人で勉強していた時間を取り返すように。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 勉強会三日目。

 

 明日からとうとう期末テストが始まる。

 そういう訳で今日は数学はほどほどに切り上げ、テスト初日の科目である古典と地学の追い込みをしていた。

 

 教えているのは、友希那と同じ文系であるリサだ。

 しっかりと早いうちからテスト勉強を始めていただけあって、横耳に聞こえてくるリサの説明はしっかりと要点がまとめられていて、非常にわかりやすい。

 しかしそれでも古典特有の文法や言い回しに友希那は苦戦しているらしく、「どうしてそうなるのよ……」と頭を抱えていた。

 

「――ふっ」

 

 そんな平和な光景に、和也は笑いを溢した。

 すると、その笑い声が二人の耳にも届いていたようで、

 

「何を笑っているのよ。和也だって古典をやってみれば、この難しさがわかるわ」

 

「こーら、和也に八つ当たりしないの」

 

 苛立っているのか、ギリっと鋭い視線を飛ばしてくる友希那。その友希那の顔を問題集で隠し、和也へと向けられていた視線を遮断したリサは「もう」と呆れた様子だ。

 和也は「ごめんごめん」と言って、リサに友希那の前にある問題集を退かすようにアイコンタクトを飛ばすと、

 

「別に友希那を笑った訳じゃねぇんだ。なんつーか……こうして三人で勉強会をしてるのが、何かスッゲー不思議だなって思って」

 

 そう言った和也に、友希那は首を傾げる。

 

「――? 勉強会は一昨日からしているじゃない?」

 

「そうだけどさ。この三人で何かすること自体、スッゲー久しぶりだろ? 勉強会だって何気に今回が初めてな訳だし、最後に三人で何かしたのだって多分何年も前で……あっ、友希那がスカウトされた時に話し合ってたか」

 

「あの話し合いを勉強会と同じ扱いをするのはどうかと思うんだけど……。まぁでも、和也が言いたいこと、アタシも少しわかるかも? こうやって三人で勉強してるところ、一年前のアタシは想像してなかったと思うし」

 

「おっ、わかってくれるか! 流石リサだ!」

 

「もう和也ってば、流石リサは俺のことをわかってくれてるだなんて、褒め過ぎだって!」

 

「そこまでは言ってねぇけど!?」

 

 リサにちゃんと伝わっているのか心配になってきたが、ともあれ。

 十年以上幼馴染として付き合いのあるリサと友希那と和也ではあるが、この勉強会のようにその三人だけで何か同じことをするというのはあまりやってこなかった。

 

 三人の仲が悪かった訳ではない。というかそもそも、三人には今までに特に仲が悪かったという時期は存在しない。

 どの時期も、顔を合わせればお互いに挨拶はするし、時間があれば雑談ぐらいはしていた。

 

 リサが話に出した一年前――友希那が『孤高の歌姫』として一人でライブハウスを回り、FWFに出るためのバンドメンバーを探していた時期に限って言えば、友希那だけあまり友好的ではなかったが、それは父親がFWFに出てからずっとそうであり、リサと和也のことを嫌いになったという訳では恐らくない。

 

 思い返せば、この時期が一番三人の距離が遠くなっていた時期であったのだろう。

 しかしそれでも和也と二人にはそれぞれ交流があり、疎遠になっていたという程ではなかった。

 

「そんな大きな喧嘩もしたことがない俺達三人な訳だけど、その割には思い出が結構寂しいんだよなぁ」

 

 記憶を頑張って遡ってみても、三人が揃っている思い出は十年以上の付き合いがあるとは思えない程の量しかない。

 タイミングが重なって一緒に登校したことや、最後の試合を応援しに来てくれたことなど、一応あるにはあるのだが、この勉強会がここ数年の中での一番になってしまうほどの頻度の低さだ。

 どうしてこうなったのだろうか――、

 

「――それぞれが違う道を歩むのに精一杯だったからよ」

 

「……友希那?」

 

 先程は首を傾げていた友希那が、和也の疑問に答えるように語り出し、リサと和也は視線をそちらへと向ける。

 

「私は音楽を、和也はサッカーを、リサは……途中まで私と一緒にいたけれどついていけなくなって、最終的には全員が違う方向を向き、自分のことに必死だった。だから、三人で何かをすることが無かったのは、別に不思議なことでは無いと思うわ」

 

「…………確かにそうかもな」

 

 三人とも自分の道を歩くのに必死だった。

 それは、父親の無念を晴らすために音楽へと身を捧げた彼女の口から言われたからか、妙に説得力があり、納得した。

 誘いさえあれば思い出も増えていたかもしれないが、その誘い自体が無かった理由の一つであると思い、和也は頷く。

 すると、リサが「それならさ」と指を立てて、

 

「勉強会をしている今は、三人とも同じ方向を向いているっていうこと?」

 

「少し前と比べたら、そうなのでしょうね。そもそもリサは今、【Roselia】のメンバーとして私と同じ方向を向いている筈よ。……いえ、テストが終わってから二週間後にあるコンテストを勝ち抜くためにも、そうでないと困るわ」

 

「あはは……そう言うつもりで言ったんじゃないんだけどな。まぁでも、そんな心配はしなくても大丈夫だよ、友希那! ちゃんとアタシもフェスに出るために日々努力してますからっ!」

 

 と、手厳しい回答に苦笑いを見せていたリサだったが、最後には自信満々でそう言い、友希那は「そう」と僅かに唇の両端を上げた

 二人が所属しているガールズバンド、【Roselia】。『FUTURE WORLD FES.』に出場すべく友希那が作り上げたそのバンドは、結成してからまだ半年すら経っていないというのに、様々な変化をもたらしたと言えるだろう。

 

 その一つがこれだ。

 リサと友希那の関係が良くなった。

 

【Roselia】結成する以前は、リサから友希那への一方通行ばかりだったが、今では友希那もちゃんとリサのことを見るようになっている。

 同じバンドのメンバーとしても、友人としても。

 

 リサと友希那の関係が良くなったことは、二人と十年以上の付き合いである和也にとっても嬉しいことである。

 嬉しいこと、であるが――、

 

「おいおい。友希那のその言い方だと、まるで俺だけ違う方向を向いていても良いみたいじゃねぇかよ」

 

 仲間外れはスッゲー寂しいんだけど? と、和也は大袈裟に悲しむフリをする。

 もちろん冗談のつもりだ。友希那がそんな酷いことをするだなんて、和也はこれっぽっちも思っていない。

 リサも同じように思っているのか、「もう、また大袈裟に言って」と少し呆れ気味に笑っている。

 

 しかし、そんな二人の思いとはよそに、友希那は平然としたトーンのまま言ったのだった。

 

「そう受け取ってもらっても構わないわ」

 

「……えっ。ちょっ、友希那、どういうこと? 友希那は和也のこと、仲間外れにしても良いって思っているの……?」

 

「いいえ。誤解を招いてしまったようだけれど、そんな風には思っていないわ」

 

「そ、そっか」

 

「――ただ、私はこの三人が同じ方向を向いている状態が良い状態であるとは、一言も言っていない」

 

 驚きを隠せないリサの勘違いを正すと友希那は、そう言いながら琥珀の瞳を和也へと向ける。

 

「目指したいと思える目標があるのなら、その道を進むべきよ。私達や周りのことなんて気にしないで、なりふり構わず」

 

「…………そう言われても、その目指したいって目標が今のところお前らがフェスの舞台で演奏するところを見届けるってことなんだけど……それじゃ駄目なのか?」

 

「――。――――。それが、あなたの本心であるのなら、今は良いわ」

 

「お、おう……? 良いのか。じゃあ、そうする」

 

「…………そう」

 

 素っ気ない返事をした後、友希那は視線を問題集へと戻し、何事もなかったように勉強を再開する。

 逸らされたその瞳は、怒ったというよりは悲しげで、かつ、改めて覚悟を決めたように真っ直ぐで――その真相を聞けないまま、時間は過ぎていったのだった。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 そして、あっという間にテスト最終日。――その前日の夜を迎えた。

 

「よし。これだけできてたら赤点の心配はないだろ。二人共お疲れさん」

 

「お疲れ~。沢山教えてくれてありがとね、和也。絶対に良い点数取ってくるから!」

 

「ああ、楽しみにしてる。友希那も頑張っていい点取って来いよ」

 

「ええ。赤点は回避してみせるわ」

 

「それも良いけど、平均点ぐらいは取って来い!」

 

 最後の勉強会が終わり、明日のテストへ向けての意気込みを語ったリサと友希那。

 その二人にそれぞれ鼓舞を送った和也は、二人が勉強道具をしまうのを見ると、「よいしょっと」とテーブルを持ち上げた。

 今までは次の日も勉強会があるからとそのままにしていたこのテーブルを、勉強会最終日である今日は片付けなければならない。

 

「友希那、このテーブルって押し入れのとこに直せばいいか?」

 

「ええ。元々置いてあった場所に置いておいて」

 

「和也、直す時気を付けてね。取り出す時危なかったんだし」

 

「あぁ……そんなことあったな」

 

 リサの一言によって、このテーブルを押し入れから取り出す際のことを思い出す。

 中の方で突っかかているとかなんとかで、時間短縮のために強引に引っ張り出していたのだ。

 その時に衝撃で中の物が少し動いていた気がするが、それで中にある物たちがバランスを崩しており、開けた瞬間に雪崩が起きるだなんて、そんなベタな展開あるわけ――、

 

「――あったんだけど!?」

 

 中にあったものがこちらへと倒れてくるのを見た瞬間、叫びながら和也は飛び退く。

 すると直後に、色々なものが床と強くぶつかる音がして、

 

「和也っ、大丈夫!?」

 

「和也、怪我はしていないかしら?」

 

「お、おう……なんとか」

 

 無事だ、と心配して駆けつけてくれた幼馴染二人にそう伝えてから振り向く。と、和也が先程まで立っていた場所には、押し入れに入っていた多くの荷物が散乱していた。 

 

「あちゃ~、派手にやっちゃったねぇ」

  

「悪いけど、リサも片付けるの手伝ってくれる?」

 

「そりゃもちろん。ささっ、和也もいつまでも落ち込んでないで、一緒に片づけるよ!」

 

「あ、ああ。……悪かったな、友希那」

 

「別に気にしなくても大丈夫よ。壊れて困るような大切なものは元々入ってないはずだから」

 

「そういう意味じゃ……いや、何でもない。すぐに片付ける」

 

 申し訳なさでいっぱいの和也だったが、いつまでもしょげてはいけないと切り替える。

 そうしてそこからリサと友希那と協力して、散らかってしまった部屋内を片付け始めた。

 すると――、

 

「これは……?」

 

「どうした友希那? 虫でも出たか?」

 

「へぇっ!? 虫っ!!?」

 

「和也、リサが勘違いするから変なことは言わないで。虫じゃなくて、これが出てきただけよ」

 

「悪い悪い……って、それってカセットテープ?」

 

「ええ。……しかもこの字、恐らくお父さんの物だわ」

 

 片付け始めてから約二十分、あともう少しで片付けが終わるというタイミングで、友希那が一つのカセットテープを見つけた。

 それも、ただのカセットテープではない。

 カバーに書かれてある文字からするに、それは友希那の父親が昔使用したものである可能性が高い。

 ということは――、

 

「ユキおじさんの曲が入ってるかもしれないってことだよな?」

 

「――!」

 

 和也の一言に友希那はハッとし、持っているカセットテープを凝視する。

 夢の舞台で否定され、音楽を辞めた父親の音楽。それが、このカセットテープの中に眠っているかもしれない。

 メジャーデビューし発売されたシングルやアルバムに収録されていた曲たちは、今でも聴こうと思えばネットで聴くことはできるのだが、友希那の胸の鼓動は期待によって早くなっていく一方。

 なぜなら、もしかすれば――、

 

「どうする、友希那……聞く?」

 

「…………ええ。確かめる必要があるもの」

 

 葛藤の末にそう答えると、友希那はカセットテープをプレーヤーに差し、セットする。

 その手は少し震えていてぎこちなく、見ているこっちにも彼女の緊張感が伝わってくる。

 

「俺、ユキおじさんの曲聴くの多分初めてだ」

 

「アタシも何年振りだろ? まぁ、おじさんの曲が入ってるってまだきまったわけじゃないけどね」

 

「静かにして。……壊れていなければ、あと少しで流れるはずよ」

 

 友希那の声は、張りつめられていた。

 和也とリサは息を呑む。

 和也が息を呑んだのは、万が一壊れていて音楽が流れなかった最悪の場合のことを想像して、でもあるが。

 

「――あっ」

 

 突如静寂を切り裂くギターを主としたロック調の前奏。

 カセットテープに眠っていた中身が流れ出し、最悪を回避できた和也は一人安堵する。

 

 しかし、その安堵すらすぐに忘れてしまう程、流れてくるそのメロディーに、熱に、歌声に、聴き入った。

 

「――凄いわ」

 

 その曲の名は――『LOUDER』。

 今はもう記憶にしか残っていない、穢される前の父親の音楽だ。

 

 




 最後まで読んでいただきありがとうございます。
 
 さぁ、ということでようやく迎えたアプリの方(本編)との違いを生むターニングポイントその1、『一回目のFWF前にLOUDERと出会う』です!
 本編では一回目のFWFが終わったあとに見つけてた、はず。もし違うかったとしてもここまで来たら強行します(鋼の意思)
 これが今後の展開にどういう影響を与えるのか、楽しみにしておいてください。
 頑張って早く上げます。

 では、また次の話で!
 バイチっ!

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