すぐに出すって言ってたわりに時間がかかりました……2月終わるの早すぎません?
明日からバンドリ5周年らしいですね! ログインで5000スター貰って、すり抜けリサ姉狙います(^^)
それでは、本編どうぞ!
――父親の部屋を訪れたのは、随分と久しぶりのことだ。
今まで、気になって扉を見つめては通り過ぎるの繰り返しだった。頼まれ事をされた際に扉を叩くことはあれど、中に入ったことはない。
もし家の中で一番入ったことの無い部屋を選ぶとなれば、友希那は少しも迷わずこの部屋のことを選ぶだろう。
もはや意図的に、父の部屋からは距離を置くようにしていた。
それは、アーティストであった父にバンドマンの湊友希那として話しかける勇気が、友希那にはなかったからに他ならない。
「驚いたよ。友希那が自分から私の部屋に来るなんて。しかもその理由が、避けられていると思っていた音楽の話ときた。本当に……驚いたよ」
「……そうね。私も、まさかこんなに早くお父さんに音楽の話をすることになるなんて思っていなかったわ」
そう言いながら、友希那はチラリと内装に目を配らせる。
モノトーン調の家具が揃えられた、仕事部屋だ。必要な書類や本が並べられた本棚に垂直となるようにパソコンデスクが置かれ、やはり音楽に関するものは何も見当たらない。
昔貼っていたバンドのポスターも、当たり前のように剥がされている。
「それで、要件はなんだい?」
パソコンデスクを間に挟み、友希那と相対する形で父が尋ねてくる。
その質問に対し友希那は、ポケットから取り出した物をデスクに置くことで答え、それを見た瞬間に父は目を見開いた。
「それは……!?」
「この中に入っている曲の名前は『LOUDER』。……お父さんがインディーズ時代に歌っていた曲の一つよね?」
「……まさかこれをまた目にすることがあるなんてね。……ははっ、今日は友希那に驚かされてばかりだ」
見開いた目を細めて笑い、父はデスクに置かれたカセットテープを手に取る。
「引退した時に、こういった物は全て処分したと思ってたんだけどね……懐かしい。このカセットテープはどこにあったんだ?」
「私の部屋にある押し入れの中よ。なぜか紛れ込んでいて……それを今日偶然見つけたの」
「そうか……そんなところに……」
過ぎ去ったあの頃を懐かしむように。
父はカセットテープを見つめ、僅かに唇を綻ばせる。
そして少ししてから、邪魔しないようにと黙っていた友希那に「すまない」と言って、
「どうしても思い出すことがあってね。感傷に浸ってしまったよ。……いやぁ、娘の前だと少し恥ずかしいな」
「……別に恥ずかしがることでしょ。少なくとも十年以上も前のことなんだから」
「そうだね、時の流れとは実に早いものだ。……ははっ、今の言い方だとなんだか老人臭くなるね。私はまだまだ若いと自分では思ってたんだが、現実はそうじゃなかったか」
そう一人で笑う父は、実に父らしくなかった。
娘の前で感傷に浸っていたことへの照れ隠しなのか、それとも捨てたと思っていた過去の産物を突然目の前に出されて動揺しているのか。
少なくとも、友希那はこれ程無駄口を話す父を見たことがなかった。
しかし、次の瞬間には父の目の色が一気に変わった。
「……それで? 私を懐かしませるためだけにここへ訪れたわけではないだろ?」
「ええ、もちろんよ」
真剣な眼差しになった父の気迫を感じながら、友希那は首肯する。
『LOUDER』を見せたのは、次の話へと移るための準備。そしてその次の話こそが、友希那が父を訪ねた理由であり、話の本題なのである。
友希那は軽く息を吸い、グッと拳に力を入れ、
「――私は『LOUDER』を歌いたいと思っている。あの時のお父さんがどういう気持ちを込めて歌っていたのか、お父さんが本当にやりたかった音楽であるこの曲を歌うことで、私も感じてみたいの……!」
「――。……なるほど。『LOUDER』を……私の音楽を歌いたい、か」
娘が言葉にした想いに驚きを見せつつも、父は冷静に訊ねてくる。
「歌いたいと思ったのなら歌えばいい。わざわざそのことを宣言しに来ただけという様子には見えないが……いったい、何を躊躇っているんだ?」
「……この曲から感じた、音楽に対する純粋な情熱……それを私の歌声に乗せて歌える自信がなくて……」
「……それはどうして?」
「お父さんの歌声と違って、私の歌声は……純粋ではないから……」
そう口にする友希那の声は、だんだん弱弱しくなってゆく。
――父の音楽を歌う資格。
それが自分にあると、友希那は胸を張って言うことができない。
なぜなら、この曲を歌っていた頃の父の歌声と今の自分の歌声を比べた時、圧倒的に自分の歌声には足りないものが多すぎるからだ。
そしてその足りないものというのは、練習すれば埋められるというものではない。
歌う者の思いや経験などが少しずつ積み重なることでできる『純粋な情熱』とでも表そうか。
なんにせよ、友希那には手が届かない。
音楽が好きだから歌っていた父とは違い、友希那は父の悲劇を嘆き、笑った者を見返すために歌ってきた。
つまりその時点で、友希那は既に道を踏み外していた。
ただ単純に技術が劣っているだけなら、友希那はもっと簡単に前を向けていただろう。
それでも――、
「それでも歌いたいと思ってやまないから、こうして話しに来ているんだろ?」
「ええ……自分には不相応だとわかっていても、諦められなかったからここに来た。だけど……私には歌う勇気も無ければ、諦める勇気もない……。お父さんに……話を聞いてもらったのはきっと――」
どちらも選べない自分の代わりに、選んで欲しかったから。
歌う資格が自分に『ある』のか、『ない』のか。誰でもない父にハッキリと言ってもらって、早く楽になりたかったからかもしれない――。
――その弱音を、友希那は声にすることができなかった。
「それならその思いをのせて歌えばいい」
「ぇ――」
父の言葉に、言葉を失ったからだ。
「今の自分では未熟だという悩みと、それでも歌いたいという気持ち。それが今のお前の、この曲……それから音楽に対する思いなんだろう。どんな思いを抱えたっていい。その思いをぶつけてみろ」
熱くて真っ直ぐで、まるで『LOUDER』を聴いた時にも感じたような情熱を、その言葉からも感じられた気がした。
「――。お父さんは……それでもいいの……?」
そしてその熱は、友希那が抑えていた感情を決壊させる。
「私はまだ、全くと言っていいほど未熟で……また、お父さんの音楽を……汚してっ……しまうかもしれないのに……っ、本当に……いいの……?」
「何を言っているんだい、友希那? 私は、お前のようなバンドマンに私の音楽を歌いたいと思ってもらえたことが何よりも幸せだよ」
「――――」
「それに、完成されていなきゃ演奏できない音楽なんて存在しないさ。ただ……それでもお前がそれほどまでに技術や精神的な未完成さを思い悩むのだとしたら――お前のその思いはとっても純粋で、素晴らしいものだと思うぞ」
そう言い、父は友希那の頭をそっと撫でた。
涙ぐむ少女を慰めるように、下を向く友希那に優しく微笑みかけて。
「――っ!」
友希那はグッと歯を食いしばる。
頭を撫でてくる父の笑みが、昔のことを思い出させたからだ。好きな音楽の傍で過ごした楽しかった日々を――。
――だからこそ、その懐かしさを目を擦ると共に拭い、友希那は
「私は……『LOUDER』を歌うわ。この曲を聴いて抱いた思い全てを、私の未熟な歌声にのせて。『FUTURE WORLD FES.』の舞台で必ず……!」
「――! そうか……やっぱり友希那もフェスを目指していたんだね。ははっ……まったく、血は争えないな。……どうしてか、理由を聞いてもいいかな?」
友希那の宣言に面食らい、頭に手を当てて苦笑した父は、自分と同じ夢を掲げた娘にその理由を尋ねる。
しかし友希那は「それは……」と思い悩んでから首を横に振り、
「ごめんなさい、今はまだお父さんには言えない。……でも、フェスの舞台に立ってからならきっと言えると思う。だから、私がフェスの舞台で『LOUDER』を歌う時――その時が来たら、私の歌を聴きに来てほしい」
「――。わかった。それじゃあ、私の音楽をあの舞台に連れて行ってくれる日が来るのを、楽しみにして待っているよ」
「ええ」
必ず。
必ず『FUTURE WORLD FES.』で『LOUDER』を歌う。
そう、友希那は宣言し、心に決める。
純粋ではない自分が、父の音楽を歌ってもいいのだろうか。その悩みは完全に消えたわけではない。今だって、自分が歌うことが父の音楽を汚してしまうことに繋がってしまうのではないかと不安でいっぱいだ。
しかしそれでも、友希那は歌うと決めた。
穢してしまうかもしれないという不安も、未熟な自身への嫌悪も、歌いたいという気持ちも、父の音楽に対する想いも――全てを歌声にのせて歌うことが、大好きだった父の音楽と向き合うための唯一の方法であるとわかったのだから。
△▼△▼△▼△
「――友希那がそうするって決めたなら、アタシもそれに賛成。アタシも『LOUDER』にちょっと興味あったしね♪」
『ライブハウスCiRCLE』へと向かっている道中。昨日あったことをリサへと伝えると、リサは驚きつつも最後にはそう言って笑った。
少しホッとした。自分は味方だと言ってくれる彼女のことだから、否定されるよりも肯定してくれる可能性の方が高いとは思っていたが、実際にそう言ってくれるとやはり安堵できる。
「――あ、リサちゃん、友希那ちゃん、いらっしゃい! 二人とも久しぶりだねっ」
「まりなさん、こんにちは〜。他のメンバーはもう来ちゃってます?」
「うん、さっきスタジオに案内したところだよ。【Roselia】は今日、Bスタジオね」
と、CiRCLEに入るとまりなの明るい声。人の良い笑みを浮かべて案内してくれた彼女に会釈し、友希那はスタジオへと向かう。
その途中で、
「……和也はまだ来てないのね」
ふと、周囲を見渡し、ここで働く幼馴染の少年がいないことに気が付く。
「俺も明日からまたバイトかぁ」と昨日言っていた気がするので、今日はいるはずだ。今いないのは、ただ単に出勤時間を迎えていないだけで、時間が経てばそのうち現れるだろう。
――彼には一つ、言ってやりたいことがある。
「おっす、おはよ〜。アタシ達が最後か」
「あっ! リサ姉に友希那さん!」
スタジオの中へ入ると、まりなが言っていた通り他の三人が既に居た。
約一週間振りということもあってか、友希那とリサが荷物を置くと、あこがニッと笑みを浮かべながら近寄ってくる。
「ねぇねぇ聞いて聞いて! りんりんって勉強教えるのちょ〜〜うまくて、わかりやすいんだよ! あこ、りんりんのおかげで今回のテストが今までで一番できたかもしんない!!」
「おっ、それは良かったねぇ〜! アタシも次のテストの時は燐子先生に教えてもらっちゃおうかな〜?」
「あっ、いえっ、その……あこちゃんが頑張ってくれただけで……わたしはなんにも……」
「も〜、そんな謙虚なこと言っちゃダメだよ? ねぇ、あこ?」
「うん! りんりんは凄いんだからもっとこう、バーン! って感じで自信を持たなきゃ!」
「はぅぅ……」
悪ノリしたリサとあこに集中砲火され、燐子は真っ赤になった顔を手で覆い隠す。
とはいえ、一番の心配の種だったあこの成績が良さそうなのは朗報だ。リサとあこに加勢する訳では無いが、勉強を手伝った燐子はもう少し自信を持てばいいのに。
そんなことを思っていると、紗夜が「はぁ」とため息を吐いて、
「そう言ってる今井さんはどうなんですか?」
「えっ、アタシ?」
紗夜に突然名指しされたリサは、目を丸くしながら自分の顔へと指を差す。
紗夜は腕を組み、「そうです」と言って、
「私が宇田川さんの次に心配していたのは今井さんです」
「うひゃぁ、見た目からの偏見が凄い気が……。まぁ、勉強が得意って訳じゃないから否定できないんだけど」
「それでどうなんですか? 国語系は得意だと言ってましたが、それ以外の教科の手応えは」
「うん、バッチリだよ⭐︎ テストに向けて、友希那と和也と一緒に毎日勉強会したからね」
ねっ♪ と、こちらに向かってリサがウィンク。
そしたら紗夜も「そうなんですか?」と窺ってきたので、友希那はコクリと首を縦に振る。
すると紗夜は、安堵したかのような表情を浮かべ、
「それなら安心です。湊さんが今井さんに勉強を教えてくれたんですね」
「えっ」
「えっ」
一瞬、時が止まったように感じた。
「――――」
「――――」
「……え? 何かおかしなことを言っていました?」
お互いのことを見合うリサと友希那。
自分の発言に反応してそうなった二人を疑問に思い、紗夜は間違ったことを言ったのではないかと尋ねてくる。
「え〜っと……もしかしたら紗夜、勘違いしてるかもだけど、友希那よりアタシの方が……」
友希那の方が勉強ができると勘違いをしている紗夜に、リサが事実を教えようとする。――が、その途中で友希那が遮るように言った。
「リサに教えていたのは和也よ! 和也はああ見えて、結構勉強できるの。私たち三人の中では、彼が一番賢いわ」
「そうなんですか? 少し意外ですね」
「でも本当のことよ。私も和也には色々と教えてもらったわ」
「あの稲城さんが今井さんだけでなく、湊さんにまで……こう言うのは失礼ですが、勉強の出来不出来は見た目からだとわからないものですね」
「ブフッ」
「今井さん?」
「いやぁ、まぁ、その〜なんて言うかぁ? ほんと、紗夜の言う通りだなぁって思って、さ」
と、笑いを必死に堪えながら言うリサ。そんな彼女のことを不思議そうに見ていた紗夜が視線で尋ねてくるが、友希那はサッと目を逸らし、知らんぷりをした。
友希那にだって、良いイメージを持たれているのならそれを壊したくないという変な意地があるのだ。
「ところで……友希那さん、今日はわたしたちに話したいことがあると……言ってませんでした……?」
「ええ。コンテストに大きく関わる大事な話があるわ」
と、そこで閑話休題。
燐子の問いかけに友希那は頷き、さっそく本題へと入る。そしてそのために、鞄の中からカセットテープを取り出した。
「カセットテープ……? 随分と年季のあるように見えますが、それとコンテストにどういった関係が?」
「単刀直入に言うわ。――私は、この中に入っている曲をコンテストで歌いたいと思っている」
「なっ……!?」
「えっ……!」
「ええっ!?」
友希那の発言に、リサ以外のメンバーがそれぞれ驚嘆の声を上げる。
三人が驚くのも無理はないだろう。
コンテストでやる楽曲は事前に全員で話し合って決めていたというのに、リーダーである友希那が突然その決定を覆そうとしているのだから。
当然、事前に決めた楽曲を全員テスト期間中に自主練習しているため、もし新曲をやるとなれば、完全にとはいかないものの、その練習が無駄になってしまう。
そのため――、
「正気ですか!? コンテストまであと二週間しか残ってないんですよ?」
当然、このように反対の意見が出る。
しかし、そうなることは友希那も想定済みだ。
「残りの時間で、新曲をコンテストで戦えるレベルまでに仕上げることがかなり難しいということはわかっているわ」
「それなら……なぜ……?」
「理由は後でちゃんと話す。だから――まずはこの曲を聴いて欲しい」
「――。……わかりました。湊さんがそこまで言うからには、ただの思いつきという訳ではなさそうですし」
聴けば何かわかるのでしょう、と紗夜は友希那の言った通りに従うことを伝える。
視線をあこと燐子へと移すと、お互いを見合ってから揃ってコクリと頷いたので、二人とも話の流れに異存はなさそうだ。
「それじゃあ、再生するわよ」
スタジオにあった再生機器にカセットテープをセットし、そう一声かけてからボタンを押す。
そうして流れて来るのは、カセットテープの中に眠っている曲――『LOUDER』。
かつて『FUTURE WORLD FES.』を夢見た一人のアーティストが、愛してやまない音楽への情熱を叫んだ、今はもう歌い手のいない楽曲だ。
「――――」
その音楽を聴けば聴くほど、友希那の心は熱くなる。
これが父がやりたかった音楽なのだと。この音楽のために自分は歌ってきたのだと。そして、この情熱を今度は自分たちが紡ぐのだと。
友希那の胸に火を灯し、小さなその身に使命を刻み込む。
そして――、
「これが私がやりたいと思っている曲、『LOUDER』よ。どうだったかしら?」
――そして曲が終わり、カセットテープを取り出した友希那はメンバーに感想を尋ねた。
初めて父の音楽を聴いた三人は呆然としていたものの、友希那が尋ねると紗夜がゆっくりと口を開き、
「――。……凄かったです。特にボーカルの歌声がまるで心を直接揺さぶってくるようで……これ程の衝撃を受けた音楽を聴いたのは、あの時以来……」
「――?」
「いえ、とにかく凄い曲でした」
途中でチラリとこちらを見た紗夜。
その視線に気がついた友希那は彼女のことを見返す。だが、すぐに紗夜にサッと視線を外され、訳が分からず首を傾げた。
すると、「あの……」と燐子の声が聞こえ、
「男性の方の歌声でしたが……この曲はいったい……どなたの曲なんですか……?」
「……私の父よ。前にも少し話したと思うけど、私の父は昔バンドをやっていたの。それでこの『LOUDER』という曲は、父がまだインディーズ時代に歌っていた曲の一つよ」
「ええええええーーっ!? 友希那さんのお父さんが歌ってた曲なのーーっ?!?!」
燐子からの質問に答えると、目を見開いたあこがそう驚愕する。
質問者の数倍大きな反応を見せた彼女は、その次に体を前のめりにし、「ハイハーイ!」と手を高く上げて宣言した。
「あこ、友希那さんに大さんせーです! この曲をコンテストで演奏したいですっ!!!」
「あこちゃん……!?」
「だってだって、超超ちょーーーーっカッコよかったじゃん!? ねねっ、りんりんもそう思ったでしょ?!」
「えっ、う、うん……凄く、素敵な曲……だったね」
「だよねだよね!」
親友である燐子から同意をされたあこは嬉しそうに声を弾ませる。そして、徐ろにスティックを取り出し、準備していたドラムの方へと駆け寄っていくと、
「さっきの曲の感じもいいけど、こうやってババーンッ! って叩くの! そしたらお客さんも絶対ぜ〜ったい、わーって盛り上がるよ!!」
と言いながら、あこは思いついた工夫をドラムで打つ。
楽しそうにするあこに燐子は「ふふふ……」と笑みを浮かべ、ドラムの横に準備していたキーボードの鍵盤に手を置いた。
「だったら……Bメロは……こんな感じとか……」
「あっ、それもいいね! じゃあ、あこはこうしてみよっかな?」
「あこちゃん……カッコイイ……」
「えへへへ、りんりんだって」
「二人とも完全に気に入ったみたいだね。和也の言ってた通りだ」
あこが打つリズムを彩るように、燐子が旋律を奏でる。
そんな二人の試行錯誤している姿は楽しそうで、その光景を見たリサが友希那に「良かったじゃん」と耳打ちしてきた。
「そうね。あの様子だと、二人とも新曲をすることに賛成してくれたと判断してもよさそうね」
そう言うと、友希那は紗夜の方を見る。
「それで……あなたはどうなの?」
紗夜は、難しい顔をしていた。整ったその顔立ちの眉間に皺を寄せ、考え込むように腕を組んでいる。
しかし、友希那からの視線に気がつくと、少し下を向いている顔から覗かせるように碧瞳がこちらを向き、
「……今から新曲を始めることが、どれだけリスクの大きいことなのか、わかってるんですよね?」
「ええ」
「ただ演奏できるようになるだけでは駄目なんですよ、コンテストを勝ち抜けるレベルにまで仕上げなければなりません。……今日を含めて残り15日、可能だと思いますか……?」
「かなり難しいでしょうね。でも、可能性は十分にあると思う。……それに、幸いなことに私たちはテストが終わったことで、明日から学校が午前中のみになっているわ。だから……」
「だから普段より時間が取れて、十分な練習ができる。ですか?」
と、言葉の続きを紗夜に先取りされ、友希那は「……ええ」とやや遅れて首肯した。
今のやり取りからして、紗夜は恐らく否定的な考えのままなのだろう。
彼女のことを悪く言うつもりは無い。彼女が否定的な考えを持っているのは、【Roselia】のことを大切に思ってくれている故だ。『LOUDER』を今から練習し始め、仕上がりが万が一間に合わなかった場合、【Roselia】は未成熟な演奏を本番で披露し、確実に敗れ去ることになってしまう。――その悲劇から【Roselia】を守ろうとしてくれているのだ。
紗夜が【Roselia】のことを思ってくれていることが、友希那は嬉しい。
だが、今の友希那としては、父との約束を守るためにもなんとかして『LOUDER』を歌いたいという気持ちの方が強いため、どちらかと言えば慎重な紗夜の考え方を歯痒く感じている。
そして、それと同時に焦ってもいた。
紗夜が安全な道を求めるのであれば、友希那の提案はかなり分が悪い。リスクまみれで、安全とは真逆の提案だ。
一応、普段よりも練習時間が確保できるということは示したのだが、あんなもの気の安めにしかならないだろう。練習時間が多少増えたところで、コンテストまでに『LOUDER』を確実に仕上げられるという保証はどこにもないのだから。
「はぁ……」
どうして今年のフェスは、コンテストから本戦までの期間が極端に短いのだろうか。例年であればコンテストが終わってから本戦のフェスまではもっと猶予があり、それならばコンテストが終わってから『LOUDER』に取り組んでも、全然間に合っていたというのに。
時間に余裕があれば、紗夜も案外すんなりと賛成してくれるかもしれない――。
――と、不運に思った友希那がため息を吐いたのとほぼ同時だった。
「わかりました。この新曲をコンテストで演奏しましょう」
紗夜が『LOUDER』をやることに賛成したのは。
△▼△▼△▼△
「わかりました。この新曲をコンテストで演奏しましょう」
「えっ――」
「もちろん条件はあります。話しても大丈夫な部分だけで構わないので、湊さんがこの曲を選んだ理由をちゃんと教えてください。例えその理由が私情であっても、私が意見を変えることはありませんから」
「そ、それは元々話すつもりだったから別にいいけど……」
考えが纏まらない頭で受け答えをしようとするも上手くいかず、結局そこから先の言葉に詰まる。
突然紗夜が新曲をやることに賛成したことで、友希那の脳は困惑していた。
一体どうして、紗夜は急に意見を変えたのだろうか――、
「そんなに私が賛成したことが不思議ですか? 私は一度もこの曲を演奏したくないとは言っていませんよ?」
「そ……そうだったかしら?」
「ええ。一言も言ってません」
リスクが大きいとは言っていましたがね、と紗夜は付け加える。
そうして思い返してみると、確かに紗夜は新曲をすることで起こり得る可能性を危険視はしていたものの、明確に否定はしていなかった――ような気がする。
ということはつまり、紗夜は仕上げられるかどうか微妙な『タイミング』に不満を持っていただけで、『曲』そのものには好感を持っていたということだろうか。
「それなら……」
それなら良かったと、そう思うべきだろう。
紗夜が賛成してくれたことで、メンバー全員からの了承を得られた。これで異議を唱える者は誰もいない。
『LOUDER』をフェスで歌わなければならない友希那にとって、それは望んでいた展開だ。
だから、今は細かいことは気にせずに、『LOUDER』を歌えるようになったことを喜んでいればそれで――、
「この曲は湊さんの歌声によく合うでしょうね」
「――ぇ」
紗夜の声が耳に入り、思いがけず友希那は顔を上げた。
碧瞳と視線がかち合い、紗夜がフッと微笑む。
「この曲を聴いた時に思ったんです。あなたが歌うこの曲を聴いてみたいと」
「――――」
「納得のいかない表情をされていたので、つい。それが私の賛成した理由なのですが、まだ足りませんかね?」
そう尋ねてくる紗夜を、友希那は呆然と見つめた。
数秒だったか、数分だったか。事実がどうであろうが、友希那の体感では決して短くない時間を。
――自分の歌声が父の音楽に合う。
そんなこと、今まで歌ってきた中でほんの少しも思ったことがなかった。
『LOUDER』を初めて聴いた時はもちろん、父の音楽と向き合うと心に決めた今でさえ、曲への思い全てを込めて歌うことでようやく指先が届くような未熟な己の歌声では荷が重いと感じている。
だから――、
「わた、しの……歌声、が……?」
「み、湊さん……!? 凄い表情ですよ!?」
今はまだ素直に喜ぶことはできない。
自分はまだ未熟だと思う感情がそれを許さないのだ。
これはきっと、今後もずっと続くことになるのだろう。
『LOUDER』を歌って賞賛される度、まだまだ足りない、こんなものじゃないと貪欲に主張し続け、それに悩まされることになる。
少なくとも、父との約束を果たすまでは――。
「みっともない姿を見せたわね……」
「……いえ」
「…………」
「…………はい、すみませんでした」
「……別に謝って欲しかった訳じゃないわ。紗夜は悪くなくて、これは完全に私の問題。色々と訳あって、ちょっと今は褒められても素直にそれを受け取れないの」
「訳あって、ですか……。その『訳』というのは、この後話すつもりですか?」
「ええ。この曲をやるのなら、私の思いを少しでもあなた達に知っておいてもらった方がいい気がするから」
気まずい静寂を挟みながらも、会話の中で友希那は先程の賞賛を受け取れなかった理由についても後で話すことを伝える。
『どんな思いを抱えたっていい。その思いをぶつけてみろ』
昨晩の父の言葉だ。
この言葉のおかげで、友希那は父の音楽との向き合い方を見つけることができた。
そして友希那はその言葉の通り、憧れも、旧懐も、悩みも、恐れも、好意も、全ての思いを歌声に込め、『LOUDER』にぶつけるつもりでいる。
それならば、演奏を任せるメンバーたちにも友希那の思いを知ってもらっていた方が良いだろう。
【Roselia】全員で『LOUDER』を作り上げるのだから。
決して、友希那一人で『LOUDER』を継ぐのではない。
だからこそ――、
「紗夜。さっきの質問の答え、まだ返していなかったわね」
「さっきの質問……?」
「あなたは私の歌声が『LOUDER』に合うと思った。そして、私が歌う『LOUDER』を聴きたいと思っている。――それが賛成した理由で足りるかどうかという質問よ」
「あ……そう言えばそんなこと言ってましたね……」
改めて言われると恥ずかしいわね、と紗夜は照れ臭そうに頬をかく。
そして、少し頬を赤らめながらめながらも紗夜が「それで、どうなんですか?」と尋ね返すと、友希那はニッと挑発的に口角を上げた。
「ただ単に私が歌った『LOUDER』を聴くだけで本当にいいの?」
「……と、言いますと?」
「私達【Roselia】の目標は『FUTURE WORLD FES.』。そして、私はこの曲を私達の物にできれば、コンテストを勝ち抜く事ができると確信している。だから――」
紗夜に手を差し伸べ、答えの続きを口にする。
「――頂点の舞台で私の『LOUDER』を聴かせてあげるわ」
「――。――――。ふっ、ふふ。ふふふっ……それは、随分と大口を叩きましたね」
「あら? 紗夜は【Roselia】がフェスに行くことを身の丈にあわないと思っているのかしら?」
「まさか」
そんなはずありません、と言い切った紗夜は差し伸べられていた友希那の手を取る。
その表情には、友希那と同じような笑みを浮かべながら、
「それでは、フェスの本戦でのあなたの『LOUDER』を楽しみにしておきます。――残り二週間で必ずこの曲を仕上げ、絶対にフェスの舞台に立ちましょう」
「ええ。私一人では不可能でも、あなた達とならできると信じているわ」
そう言い合って、お互いに信頼を伝え合う友希那と紗夜。
握手を交わし、揃って不敵な笑みを浮かべている二人のことを――、
「うわぁ……二人ともせっかく顔整ってるのに台無し……。というか、アタシたち蚊帳の外でショックなんだけど」
「ム〜、友希那さんも紗夜さんも酷いです! あこ達だって話に入れてください!」
「き、きっと……さっきまで演奏に夢中だったから、気を遣ってくれたたんですよ……たぶん」
と、話の中に入れなかった他の三人が不満げに見ていたのだった。
△▼△▼△▼△
あれから、他のメンバーも集めて伝えるべきことを伝えた。
『LOUDER』をどうしてもフェスで歌いたい理由、そのためには今から取り組まないといけないこと、昨晩した父とのやり取りの要約、自身の歌声に抱いている未熟感――そして、父の音楽との向き合い方。
少し長くなってしまったが、それでも全員親身になって聞いてくれた。本当に良い仲間に恵まれたと思う。
恐らく今回話したことで、友希那が【Roselia】のメンバーに話していない音楽に関することはほぼ残っていないだろう。話すべきだと思ったことは全て伝えたつもりだ。
あと、彼女たちに話していないことといえば――、
「よっ、友希那! おつかれさん」
「……和也」
今は練習の合間の休憩中。飲み物を買おうとスタジオを出ると、カウンター前に幼馴染の少年がいた。
店のアルバイト服である緑色のエプロンをつけたその少年――和也は、こちらに気付くとすぐにニッと笑みを浮かべて手を振ってくる。
「今日のテスト、手応え的にどうだったんだ? 問題は難しかったか? ちゃんと俺が教えた確認方法で見直ししたか?」
「……そんなに心配しなくても、おかげさまで過去最高の出来だったわよ。終わった後にリサと答え合わせをしたけれど、半分以上合っていたわ」
「おぉっ!? そりゃよかったよかった! 毎日勉強頑張った甲斐があったな!」
「ちょ、ちょっと、撫でるのはやめてっ」
別に不快だった訳では無いが流石に恥ずかしいので、頭を撫でてきた和也の手を払う。すると、「あぁ、悪ぃ。嬉しくてつい」と和也はすぐに手を引き、その代わりに安堵感を表情に滲ませた。
心の底から安心してそうに見える。
友希那がテストの感触が良かったことを一番嬉しく思っているのは、友希那本人でも両親でもなく、もしかしたら彼なのかもしれない。
「それはそれでちょっと複雑な気分ね……喜ぶのやめてくれる?」
「いきなり辛辣っ!? つーかなんだよそのぶっ飛んだお願い!」
「自業自得よ」
「自業自得で感情の一つ奪われなくちゃならないとか怖すぎんだろ……」
喜んだだけどぜ……? と大袈裟に項垂れる和也。
彼のその反応は単なる悪ふざけであり、相手をするだけ時間の無駄だとわかっているので、友希那はあえて無視し、自販機に向かおうとする。
――が、和也の前を通過してすぐに立ち止まり、
「『LOUDER』、【Roselia】でカバーすることになったわ」
「えっ――」
項垂れたままの頭に向かって友希那は今日あったことを報告し、和也は驚きで顔をバッと上げる。
「そう言えば昨日、皆にも聴かせてみるって言ってたけど……そうか、結局やることになったんだな。うん、スッゲー曲だし、良いと思うぞ! ライブで聴くのが今から楽しみだ!」
「私はお父さんの音楽を歌うわ。私の歌声はまだまだ未熟で、あの頃のお父さんのようには歌えないけれど、それでも歌ってみせる。それが私の父の音楽との向き合い方よ」
「お、おう……なんつーか、スッゲー気合い入ってるんだな」
思わずビビっちまったよ、と和也は苦笑いを浮かべる。
そんな腑抜けた彼に、友希那はキツく目くじらを立てて、
「――私はあなたとの約束を守るわ」
「……は、約束?」
「あなたが忘れていても、絶対に」
そう言い残し、ライブハウスを出た。
周りの目など気にせず、荒々しく足音を立て、歩いていく。
そして――、
「……バカ」
と、嘆くように呟きながら、自販機のボタンを強く押したのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
今回は久しぶりに話がちゃんと纏めれた気が、自分の中ではあります。(多分全然だけど)
と、そんなこんなでようやく『LOUDER』解禁。
以前の後書きにも書いたように、ここがアプリのストーリーとの大きな分岐点の1つであり、ここからが自分の書きたいストーリーとなります。
ただ、次の話でコンテストが終えるぐらいには持っていきたいんですけど……話の流れがまだ固まってないですので、また時間かかりそうです。<(_ _)>
では、改めて読んでいただきありがとうございました。
また次回お会いしましょう、ばいちっ!
バンドリ5周年おめでとう!