青い薔薇に棘があろうと握った手だけは離さない   作:ピポヒナ

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23歩目 純粋であるためにただ叫ぶ

 

「――楽しんでこいよ」

 

 抑えきれない音量と熱量が床から伝わってくる。そんな、いつもとは違うライブハウスのロビーで、俺は目の前にいる3人の少女達との別れ際にそう言った。

 するとその鼓舞に応えるように、目の前にいる3人の少女はニッと口角を上げる。

 緊張で頬を固くしながらも、応えようと不器用な笑みを浮かべる白金さん。

 いつもの無邪気な笑顔を見せ、これから立つステージへの楽しみを膨らませるあこちゃん。

 そして――、

 

「ありがと。――うん、楽しんでくるね!」

 

 自分に言い聞かすように、そして強くそう口にするリサ。

 そんな幼馴染の姿に少し安堵を覚える。少しでもリサの緊張を解せたのなら良かった、と。

 

「……きっと大丈夫だ」

 

 そうして、別れの言葉を交わし、歩いていく3人の背中を見送りながらそう呟いた。

 

 友希那の部屋から『LOUDER』のカセットテープが見つかり、コンテストで演奏すると話し合ってから2週間。その短い期間の中で、新曲を自分達の物へとし、コンテストで通用するレベルまで引き上げるために、【Roselia】は来る日も来る日も練習に明け暮れた。

 

 その努力が報われることを祈り、俺は漆黒の勝負服を身に纏う少女達と思いを馳せる。

 

 今日は『FURTHER WORLD FES.』のコンテスト当日。

【Roselia】が目指すステージに立てるかどうか、そして長年の友希那の悲願が叶うのかどうか――その全てが1時間後に行われる演奏で決まるのだ。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 ――友希那は冷静だった。

 

 今日、この場所で。数十分後に回ってくる自分達の出番で披露する演奏の出来次第で、『FURTHER WORLD FES.』に出場できるのかどうかが決まる。

 

 もし出場権を掴み取ることができれば、【Roselia】を結成した際に立てていた目標が達成できる。そして、『FURTHER WORLD FES.』の舞台で歌うことで父親の音楽を認めさせるという、友希那の夢を叶えるチャンスを得ることにもなる。

 

 だから、絶対に、何がなんでも。

 最高の演奏を披露し、『FURTHER WORLD FES.』の出場権を掴み取らなければならない。

 

 しかし、その思いの強さとは裏腹に、緊張はあまりしていなかった。

 それどころか、自分達の出番が来るのを今か今かと待ちわびてさえいた。

 

「そうそう、和也からの伝言。――楽しんでこい、あといい加減ライブ前にも顔見せろ〜だって」

 

「……ライブ前は準備で忙しいのよ」

 

「さっきまでずっと猫の動画見てたくせに」

 

 よく言うよ、とリサは苦笑地味た顔を浮かべる。

 痛いところを突かれ、少し気まずくなった友希那は隣で笑う幼馴染からプイッ、と顔を逸らした。

 コンテスト会場の控え室。他の出場バンドとも共同で使っている部屋で、メンバーとそんな他愛もない話などをしながら時を過ごす。

 もちろん、これから立つステージに向けての話もしているが、友希那の目には不安を抱えているメンバーはいないように見えた。

 

【Roselia】の目標である『FURTHER WORLD FES.』。その出場権を賭けた大一番を前にしても不安を持たず、過度な緊張も感じていないのは、メンバー同士が互いに信頼し合い、バンドの結束が強くなったからだろう。

 

「湊さん」

 

「ええ、わかってるわ」

 

 控え室の扉が開き、運営スタッフに呼ばれた。その声を聞き、紗夜が視線を送ってくる。――出番だ。

 友希那は頷いて立ち上がり、【Roselia】の出番を待つステージへと歩みを始めた。

 

「――いくわよ、皆!」

 

 このメンバーとならきっと大丈夫。

 そう思いながら。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

「――――!!」

 

 最後の準備を終え、友希那がステージ中央へと立つと歓声が上がった。

 これまでライブをしてきた中で観客数は1番多いだろうか。だが、観客の多さなど気にならないほど――、

 

(空気感が違う……!)

 

 マイクを持った友希那が真っ先に感じたのは、まるで敵意にも似たようなものだった。

 今までいくつものライブハウスで歌って来た友希那ではあるが、そのいずれでも感じたことのない空気感に思わず生唾を飲む。

 これは、 観客から伝わってくるものではない。観客は【Roselia】より前のバンドの演奏で暖まっており、向けられる視線には期待が含まれている。

 となれば、このピリついた空気を生み出しているのは――コンテストに参加する他のバンド全てか。

 

(――面白い)

 

『FURTHER WORLD FES.』は、日本最高峰音楽フェス。その頂点のステージに立つことは、全バンドマンにとっての夢だ。

 ここにいる全てのバンドマンがフェスのステージに立つことに憧れ、強い思いを抱いているのだろう。そして、そのために色々なものを犠牲にして、多くの努力をしてきたのだろう。

 

 全てのバンドマンにドラマがあり、負けられない理由がある。

 

 しかし、それは友希那――【Roselia】も同じだ。

 決して出場権を譲るつもりはない。

 

 ならば――、

 

(どのバンドよりも良い演奏をして、私達こそが出場権を得るに相応しいと示すのみ……!!)

 

 友希那は覚悟を改めて固め、マイクを強く握る。

 そして、準備はできているかとメンバー一人一人に視線を送ると、全員がこちらを見返して頷いた。

 皆、覚悟はできているようだ。

 

「【Roselia】です。では、聴いてください。――『LOUDER』」

 

 MCは最低限に。【Roselia】のことは、演奏を聴いて知ってもらえればいい。

 友希那がMCを終えてから間もなくして、紗夜のギターが鳴り響く。そして、そこからあこが、燐子が、リサが音を重ね、世界を作り上げていく。

 

 その演奏は、まだまだ荒削りだ。改善点も沢山ある。

 できる限りの努力をしたとはいえ、僅か2週間しか時間がなかったのだ。技術も、この曲にかける想いも、何もかもがまだまだ足りない。

 カセットテープに入っていた本物の演奏と比べれば、【Roselia】の演奏する『LOUDER』は未熟でしかないだろう。

 

 しかし、それでも。

 それでも、未熟でしかなくても。

 かつての父親のような、音楽に対する純粋な気持ちを持っていなかったとしても。

 

「――――」

 

 友希那は歌う。

 不安も、悩みも、憧れも、何もかも。全ての想いを歌声に込めて言の葉を紡いでゆく。

 

「――――ッ!!」

 

 それだけが、未熟な歌姫が純粋な気持ちを持つためにできる唯一の方法なのだから。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

 その瞬間から、ガラリと空気が変わった気がした。

 

 観客が【Roselia】に対して抱いていた興味や好奇心が歌姫の叫びによって確信と変わり、魅了された皆が次々に口角を上げる。

 曲が進むにつれ、会場のボルテージが高まっていくのを和也は感じた。

 

「友希那って……あんな風に歌えたのか……」

 

 熱気の中心で歌う幼馴染の姿はどこか苦しそうで、それでいて楽しそうで、和也の目が止まる。

 

 今まで何度も友希那の歌を聴いてきた。それこそ本番前の練習期間もサポートをする傍ら耳にしていた。

 しかし、そのどれとも違う。

 

 不安も、葛藤も、この曲への想いを全て乗せているかのように歌う友希那の歌声に、和也の心がこれまで以上に揺さぶられていく。

 だが、思わず呆気に取られているのも束の間。

 

『――――!!!』

 

 観客達が一斉に歓声を上げた。

 演奏が終わったのだ。

 曲が終わり、静かになっていく会場を許さんとばかりに、会場中の観客が興奮をステージ上の5人の少女らに届ける。

 

「――――」

 

「――――」

 

 肩で息をしながら、【Roselia】の少女らは互いに顔を見合わせ、満足そうに笑みを溢す。

 その光景を見て、幼馴染二人を誇らしく思うと同時に和也は安堵を滲ませた。

 

 ――なんとか間に合った。

 本番の約二週間前に演奏が決まった『LOUDER』は、その準備期間の短さから出来栄えに不安があった。

 しかし、周りの観客達の表情を見れば一目瞭然。しっかりと観客達の心を動かすレベルにまでクオリティを上げることができた。

 これも、彼女達が一丸となって努力を続けてきたからこそだ。

 

「だから何としてでも選ばれてくれよ……!!」

 

 勝負の世界は残酷だ。

 努力したとしても報われないことの方が多い。

 そのことを、和也は身をもって知っている。

 

 だからこそ、【Roselia】の努力を一番近くで見ていた和也は、湧き上がる観客の中でただ一人静かに祈るのだった。

 

 

 △▼△▼△▼△

 

 

「うぅぅ〜、緊張する……。あこ達、フェスに行けるのかな?」

 

 そして時間は流れ、今は結果発表を待っている最中。

 面持ちと声色を滲ませながらあこは、燐子の袖をギュッと握る。

 燐子も表情を固くし、震えた声で、

 

「どう……だろうね……? 今までで……1番上手く演奏できたと思うし……きっと大丈夫だよ」

 

「そ、そうだよね! あんなにカッコよく演奏できたんだし、きっと大丈夫だよね!! それに、もし1位じゃなくても3位以上だったらフェスに出ることはできるし……」

 

「そんな弱気な考えでは掴み取れるものも掴み取れませんよ。目指すのは優勝、ただそれだけです」

 

「それはもちろんあこだってわかってますけど……紗夜さんだって緊張で震えてるじゃないですか!」

 

「ふ、震えてなんかいません! これは武者震いです!」

 

「それって結局震えてるじゃん」

 

 と、全然逃れられていない言い逃れをする紗夜。そんならしくもない彼女の様子に、リサは思わず苦笑を溢す。

 とはいえ、普段はあまり緊張しない紗夜が緊張してしまうのも無理はない。

 なんせ、場内にいるほぼ全てのバンドが直に始まる結果発表に対する不安と緊張を抑えられず、伝染に伝染を重ね会場中に充満しているのだから。

 

 リサの胸内も、緊張でずっとバクバクと音を立て続けている。

 

「ゆ、友希那はどう思う? 選ばれてると思う?」

 

「わからないわ。……でも、出せるものは全て出し切った。だから、後は結果を待つだけよ」

 

 そう友希那が言った直後、ザワザワっと前方の列にいるバンドがざわめき立った。

 なにかと思い前に視線を向けると、ステージ脇から50代ぐらいの女性――恐らく審査員の代表がマイクの前に立っており、

 

『それでは、結果発表を行います。まずは審査員賞の発表です。審査員賞はエントリーNo10――』

 

 結果発表が始まった。

 審査員の声に会場中が反応し、全員の表情により濃い緊張が刻まれる。

 

「……っ!」

 

 この発表の結果次第で、フェスに出られるのかどうかが決まる。

 フェスに出られるのは上位3バンドのみ。一つのバンドが二種類の賞に選ばれることはないため、今は名前を呼ばれてしまうとアウト。来年までフェスはお預けになってしまう。

 そう思うと、一つ一つ違うバンドの名前が呼ばれるたびに、安堵と緊張で心臓が張り裂けそうになる。

 

『いよいよ、上位3バンドの発表です。上位3位までのバンドには、9月頃開催となる『FURTHER WORLD FES.』の出場権が贈られます』

 

「いよいよ……ね」

 

 友希那は息を呑んだ。

 視界の端に映るあこはギュッと両手を握り、祈っていた。その隣では燐子が呼吸すらも忘れ、紗夜も固唾を飲んで見守り、リサの頬には緊張で汗が垂れる。

 

【Roselia】の名前はまだ呼ばれていない。

 つまり、ここで呼ばれる可能性はあるということだ。

 

 ――呼ばれて。

 その思いが強くなるのと比例するように、時間の流れが遅くなっているように感じた。

 

 そして、体感100秒以上の10秒を経て。

 ステージに立つ審査員の女性は各バンドを一瞥し、僅かに口角を上げた。

 

『3位は――エントリーNo18【Roselia】』

 

 

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