「――素晴らしい演奏だったわ。本大会で、限りなくトップに近いレベルだった。結成してからまだ日が浅いなんて、正直信じられないぐらい心を揺さぶられたわ」
「とはいえ、まだまだ荒削りな部分は多々ある。まぁ、努力はしてきたことは見て取れるし、その辺は自覚しているだろう。フェスの出場権を得たからと言って満足せず、これからも努力を続けること。そうすればビジュアルも良いし、きっとすぐに話題になるだろう。……フェスでも、らしさを出していきなさい」
観客が皆帰り、静まり返ったライブ会場。
2人の審査員が講評を言うと、向かいに立つ5人の少女らは各々お礼をし、踵を返した。
軽そうな足取りで出口へと向かう5人の少女ら――【Roselia】の姿を、2人の審査員は苦虫を噛み潰したような表情で見送った。
なぜなら――。
「本当によかったんですか?」
【Roselia】が出て行ってすぐ。扉が完全に締められたとほぼ同時に、女性の審査員が男性の審査員に尋ねた。
「……何がだい?」
「何が、じゃありませんよ。【Roselia】を選んだことです。このジャンルの成長させることを考えると、彼女達がフェスに出るのは今じゃない方が良かったのでは?」
「まぁ……そうだろうな。せめてあと3年……いや、来年まで待って、もう一回り成長した状態でフェスに出した方がきっと良いだろう。今の彼女達ではフェスに出たとしても、『出演した1バンド』の域を出ない」
「だったら、なおのこと大切に育てるべきでしょ。あんなに伸び代のあるバンドなんて、そうそういませんよ?」
「ほんと、俺もその通りだと思うよ」
俺も去年までだったらそうしてた、と男性の審査員は気を落とすように言う。
そして、「はぁ……」とため息を吐いて仕方がなさそうに、
「でも、新しい主催者様からのご命令だ。見込みのある奴らがいたら上げろって。お前も聞いてるだろ?」
「えぇ、まぁ……。次世代を担う伸び代のあるバンドに大舞台で演奏する経験を積ませるために、とは聞いてます」
「ほんっと何を考えてんだがあの嬢ちゃんは。言いたいことはわかるけど、違うだろ……『FUTURE WORLD FES.』はそこらのフェスとは違う。次世代に経験を積ませるのも大事だが、それは別のコンテストでも事足りるはずだ」
「若い子の考えることはわかりませんね」
そう言って2人はもう一度ため息をつき、揃って頭を抱えた。
抱えた頭を何度も過ぎるのは、芽吹き始めた青薔薇達が踏みにじられる未来。
彼女達には間違いなく実力がある。見込みも、情熱も、才覚だってある。
だから、この思いが杞憂に終わる可能性も十分にある。
だとしても――、
「……【Roselia】には悪いことをしたな」
「ですね……」
そう思わずにはいられなかった。
△▼△▼△▼△
「――ではでは~、【Roselia】の『FUTURE WORLD FES.』出場を祝しまして~」
「「「カンパーイ!!」」」
そう弾むように言って、カシャン! と。
各々の飲み物が入ったグラス同士を卓上でぶつけ合う。
ここは、ファミレス。『FUTURE WORLD FES.』出場の目標を見事達成したので、その打ち上げをしに来たわけだ。
乾杯からの流れで一口ジュースを飲むのはもはや決まりごと。乾いた喉をジュースで潤し、「ぷはぁ!」と上機嫌に声を上げたのは、先程友希那の代わりに音頭を取ったリサだった。
「いやぁ~、それにしてもまだ実感できないや。ついこの間結成したばっかりのアタシ達がもうフェスに出場できるだなんて」
「そんな状態じゃこの先心配ね……と、いつもなら言っているところですが、今回ばかりは私も同感です。フェスに出場するためにバンドを組み、練習してきたとはいえ……まさかこんなに早く出場できることになるとは」
「はい……わたしも、まだ実感が湧きません……。あの時名前が呼ばれたのは……夢じゃないかって……思ってしまいます……」
「それだけ【Roselia】が成長できたってことだよ! 結成したばかりなのにあの演奏は凄いって、審査員の人達にもすっごい褒められたし!! えっへへ~、突然現れては凄まじい成長速度で他を圧倒していく……あこ達、まるで勇者のパーティーみたい!!」
実感が湧かない三人とは打って変わって、嬉しさで一杯な笑みを浮かべるあこちゃん。
目をキラキラと輝かせ、身を乗り出している彼女に白金さんは優しい笑みを向け、リサは「勇者とは大きく出たねぇ~」とニマニマ笑い、氷川さんもどうやら満更でもない様子。
すると、いきなりあこちゃんがこちらにグラスを向けて、
「でもでも、そんなあこ達が短期間でレベルアップできたのはカズ兄のおかげ! カズ兄、ありがとうね!」
「あっ! それ、アタシもお礼言いたかった! 和也のサポートが無かったら、『LOUDER』を仕上げられなくて落ちてたかもしれないし」
「いやいや、それは流石に言い過ぎだろ。俺がいなくたって、皆なら選ばれてたさ」
「そんなことないってば! 和也がスタジオを抑えてくれてなかったら全体練習できなくて詰んでたし、用意や片付けだって先回りしてやってくれて、アタシ達が少しでも長く練習できる環境を作ってくれてたの知ってるんだからね?」
「そうですね、稲城さんのサポートによって練習時間が確保できました。今回ばかりは私も感謝しています」
「はい……! 稲城さん、ありがとうございます……」
「おいおいおい。ちょっ、皆して俺を褒め殺すつもりかよ!!」
恥ずいっての!! と、四人の美少女からの感謝に耐え切れず緩んだ口元を俺は急いで隠す。
大切な幼馴染が二人共所属しているバンド――【Roselia】のために、自分ができることをするのは俺にとっては当然のことだ。こうやって感謝を向けられる程のことでも無い。
とはいえ、こうやって感謝を伝えてくれているんだ。
それを素直に受け取らない程、自分勝手な性格はしていない。
「俺としても、役に立てていたってことは嬉しいしな。――よし! 今日は俺の奢りだ!! 遠慮せず好きな物を頼め!!」
「えっ、ホントに良いの!? いくらバイトしてるとはいえ、スタジオ代も出してくれてたしキツイんじゃ……」
「金の使いどろこがないのにシフト入りまくってる奴の貯金舐めんな。つーか、俺だって皆のことを祝いたいんだよ。いつも特等席で良い演奏を聴かせて貰ってる礼も兼ねて、ここは俺の顔を立ててくれ」
「あっはは、わかった。じゃあ、ここはお言葉に甘えちゃうね? ありがと♪」
「おう! つーわけで、氷川さんも大好きなポテトを大盛りで頼んでもいいからな!」
「べっ、別に好きじゃありません! あっ、いや、その、かと言ってポテトを頼まないというわけではないですが……そう、宇田川さんも好きですし、他のメンバーも食べるでしょうから仕方が無くです!」
「はいはい、仕方が無くでいいから頼んでくれ」
「では、今回は特大盛りのポテトを頼むことにしましょう。確か追加料金を払えばできるとメニューの端に書いてあったはずです!」
「お前よくそれで隠してる気でいられるな!」
もはや隠すことを諦めたのか? と、思ってしまうような言い訳を並べる氷川さんに思わず突っ込む。
いつもならもう少し上手く取り繕いそうな氷川さんが分かりやすいボロが出してしまったのは、それだけ彼女が浮かれているという証拠なのかもしれない。
日本最高峰の音楽フェスである『FUTURE WORLD FES.』。
年齢による区分もなく、全てのバンドが本気で出場を目指すその大会の出場権を、結成してから半年も経たないうちに掴み取ることができた。
そんなもの、もはや偉業と言ってもいいだろう。
もはや、浮かれない方がおかしい訳で――、
「――浮かれるのはまだ早いわ」
そう、一言言ったのは友希那だった。
決して大きい声量ではない。だが、確かに通るその声が発せられた瞬間、まるで時が止められたように、それまで交わされていた会話が中断し、全員が友希那の方に目を向けた。
「今年のコンテストで上位三位までに入り、フェスの出場権を得る。このバンドを結成する時に掲げた目標は達成したわ。――でも、ここはゴールではない」
それはあなた達もわかっているはず、と友希那に視線を向けられた四人はハッとし、息を呑む。
「――。そうですね。確かにフェスに出ることが目標ではありましたが、ここはゴールではなくスタートラインです。今一度気を引き締め直し、明日からフェスに向けた練習をしましょう」
「ここはゴールじゃなくてスタートラインって、漫画みたいなセリフ言うじゃん、紗夜。でも、せっかくフェスに出られるんだから、情けない演奏はできないよね♪ よーしっ、もういっちょ頑張りますか!!」
「ボス戦に向けてのレベリングはゲームでも基本!! たっくさんレベルアップして、【Roselia】のちょーーうカッコイイところを皆に見せつけちゃおうー!」
「わ、わたしも……もっと……頑張ります……! コンテストも三位でしたし……皆さんともっと……いい演奏がしたいです……!」
「――。スゲーな皆。本当に良い仲間に恵まれたな、友希那」
氷川さん、リサ、あこちゃん、白金さん。皆の決意を改めて感じ、俺は舌を巻いて感嘆する。
メンバー全員が同じ方向を向いている。
チームにおいて、それは何よりも大事なことだ。全員の実力を存分に発揮するためにも、これから支え合って成長していくためにも。
それをこの場にいる誰よりも知っているからこそ、俺は二ッと口角を上げてこれからの話をするのだった。
「そうと決まれば、明日からまた練習だな! 今まで通りできる限りのサポートはするつもりだけど、何か他にして欲しいことがあればドンドン言ってくれ!」
「ええ、ありがとう。もちろんそのつもりよ。じゃあ早速だけど、この日とこの日にスタジオを抑えてもらえないかしら?」
「りょーうかい!」
――だが。
『CiRCLE』の予約状況を確認しようと携帯を操作した俺の指は、画面に映し出された『×』の集団を前に固まった。
「……って、あれ? 全然空いてねぇ。つーか、来月始まりまでスタジオの予約埋まってんだけど」
「それは……本当? でも、どうしてそんなに予約が? 今までこんなことなかったのに」
「あっ。そう言えばこの時期は夏休み終盤にかけて学生バンドが殺到して忙しくなるって、まりなさんが言ってた気がする……。悪い、完全に俺のミスだ」
「いいえ、和也が謝る必要は無いわ。自分のバンドの事なのに、和也一人に任せていた私達の責任よ」
「そう言っても……くそっ。ちょっとまりなさんに近くに空いてるスタジオ無いか聞いてみる!」
「ええ、お願い。私達も手分けをして探しましょう」
「う、うん!」
そうして、スタジオを確保するべく探し始めて10分。
なんとかフェス直前の大事な期間に数日分確保できたのだが――。
「駄目だ。まりなさんに聞いてみたけど、どこも同じ状況みたいだ」
「友希那、こっちも駄目だった。直近の二週間はどこも空いてない……」
「これは困りましたね……。個人練習も大事ですが、それだけ期間が空くとなると全体での調整に余計に時間がかかってしまいます。……湊さん、どうしますか?」
「――――」
どうしようもない問題を前に、友希那は眉を顰める。
せっかくフェスに出場できるというのに、練習する場所がないだなんて考えてもいなかった。
万事休すか――、
――そう思った時だった。
「――ん? まりなさんから……って、こ、これは!?」
俺の携帯が通知音を鳴らし、画面が明るくなる。
連絡してきたのは、まりなさん。彼女が送ってきた内容に目を通した俺は、バッと顔を上げ、
「友希那、合宿するぞ!!」
「「「「「合宿!?」」」」」
まりなさん=救いの女神。
そう、心の底から思ったのだった。