和也とその友達の書き分けができねぇんだよ!!!!
あ、先に謝っておきますが、一応水着回ではあるけどそんな期待はしないでください( ˙꒳ ˙ )
――そこには、灼熱に熱せられた黒く光るプレートがあった。
汗を拭い、両手に持った獲物を構え直し、俺はそいつと向き合う。
発せられる蒸気に顔を顰めるが、目線はそいつから離すことはない。
大事なのはタイミング。もうじきやってくる、その一瞬を見逃すな。
熱によって中身が十分に固まり始めた、そう――、
「――今だ!!!」
「おー、綺麗な丸になってる。和也、お前たこ焼き作るの上達したな!」
「ふっ……この俺を褒めたってたこ焼きと焼きそばとイカ焼きとかき氷しか出せねぇぜ?」
「助っ人にしては十分過ぎるだろそれは……って、和也焼きそば二人前追加頼む!」
「おう!」
と返事を返し、俺はすぐさま別のプレートから焼きそばをパックによそい、それを友人――達哉に手渡す。
そうして渡した焼きそばが行きつく先は、水着姿の男女カップル。
そう。
何を隠そうこの俺――稲城和也は友人の達哉に誘われ、彼の親戚が営んでいる海の家のアルバイトを期間限定でやっているのだった。
「それにしても本当にお前が来てくれて助かったよ。想像以上に上達が早いし、おっちゃんもお前のこと気に入ってくれてる。どうだ? 夏休みの間はライブハウスのバイト辞めて、こっち来ないか? ボンキュッボンな女の子の水着、見放題だぜ」
「うっ、それは魅力的な誘い……って、そんな飢えてねぇし、いかねぇよ! 俺はこれでもライブハウスのバイト結構気に入ってんだ。今回来てやってるのも、たまたまシフトが入ってない時期が被ったからだって言ったろ?」
「チッ、振られたか。俺の仕事を押し付けられると思ったのに」
「おいコラ聞こえてんぞ?」
「そう言えば、和也の幼馴染はどうしたんだよ? お前、最近シフトが入ってない時でも幼馴染のバンドを手伝いに行くって言ってただろ? バンドの練習はないのか?」
「あー……まぁ、色々あってな。練習自体はあるけど、俺はいけない感じ」
「あんなに執着していた和也がいけない理由……まさかバンドのメンバーに手を出し――いってぇ!!」
「達哉、お前いい加減にしないと殴るぞ?」
「それ殴る前の奴が言うセリフ!!」
頭をさすりながらそう叫ぶ達哉を「ハッ」と鼻で笑う。
確かにリサと友希那を筆頭に【Roselia】の面々は顔立ちが整っているとは思うが、だからって手を出すわけが無いだろう。手を出した結果、バンド内に悪い影響を与えてしまったらどうすると言うのだ。
全く、失礼極まりない奴だ。
「合宿だよ合宿。女子五人が寝泊まりするってのに、男子高校生が同じ屋根の下に居て言い訳がねぇだろ?」
「それもそうだな。もし行ってたら、小学生から続いてたお前との縁を切らないといけないところだった」
「俺はお前との縁が腐りきって切れないことに辟易としてるよ」
「それで、ちなみにどこで合宿しているんだ?」
「ああ、それなら丁度このちか――と、お客さんだ」
店の範囲に客が二人入ってきたのを視界端に見えたため、俺は「働いて来い」と達哉に接客を任せ、焼きそばと再び向き合う。
入ってきた客は二人共女性だ。しかも、両方共かなり可愛い。年齢も俺と同い年ぐらいか。
片方は胸が少し控えめではあるが、まるで雪のような白い肌には感嘆とせずにはいられない。全体的なスタイルも良く、黒いビキニ型の水着と腰まで伸びた銀髪が、控えめな胸と化学反応を起こし合い、すれ違った者が皆振り返るほど美しい大人の女性のオーラを漂わせていた。
そして、もう片方は一目見ただけでもわかる豊満な武器を持っているのだが、それ以上にオレンジ色の水着からスラッと伸びるその綺麗な足に自然と目が吸い寄せられてしまう。それ以外の部位も高レベルなその姿は、まさに見た者全てを魅了しうるだろう。
間違いなく二人共に、今まで見てきた女性の中でもトップクラスの美貌の持ち主だ。
そんな二人の水着姿を見られるだなんて、この仕事も案外悪くない――。
「――あれ、やっぱり和也じゃん! こんなところで会うなんてホントビックリ~。近くでバイトしてたなら言ってよ~」
「…………へ?」
「どうしたのよ、和也? 私達を見るなり目を丸くしたまま固まって。何とか言いなさいよ」
「あっ、もしかしてアタシ達二人の水着姿に見惚れちゃった? も~しょうがないなぁ~。幼馴染だから特別にもう少し見惚れて良いよ。ほらっ、友希那もこっち寄って!」
「ちょっ、ちょっとリサ!」
「…………ごめん、二人共ちょっとそこで待っててくれ」
完全にフリーズした脳みそを無理矢理動かし、何とかそう二人に伝えた俺は、急いで店の裏へ退避する。
「スーハー……スーハー……よしっ」
そして、誰もいない空間でゆっくりと深呼吸をして心を落ち着かせ、意を決してそろりと店の中を覗き込んだ。
――うん。間違いない。
「俺の幼馴染じゃねぇかあああああああああああああ!!!!」
――時は遡り、コンテストの打ち上げをしていたファミレスでの一幕。
フェスに向けた練習をしようと活きこんでいた【Roselia】と和也の面々ではあったが、明日以降のスタジオを確保していないことに気が付き、急いで空きを探すも直近二週間の練習場所が見つからず、万事休すかと思われたその瞬間に届いたまりなからのメッセージが事の始まりだった。
「友希那、合宿するぞ!!」
「「「「「合宿?」」」」」
まりなからのメッセージを見た和也の言葉に、【Roselia】の面々は揃って目を丸くする。
「合宿、ですか? でも、一体どこで?」
「まりなさんの知り合いにスタジオ付きの別荘を貸し出しをしてる人がいるみたいでさ、どうやらそこがまだ空いてるらしい!!」
「――! それは本当? あ……でも、そういう場所を借りるとなるとお金もかなりかかるんじゃないかしら? コンテスト前の練習のためにスタジオを沢山借りたから、正直今はあまりお金に余裕はないわよ?」
「それは安心しろ。まりなさんが【Roselia】のことを話したらスッゲー興味持ってくれたみたいで、今回は特別にタダ同然の値段で使ってもいいってさ! しかも4日間も!!」
ほら見ろよ! と言いながら、和也は携帯の画面を五人へと向け、メッセージを見せる。
そこには和也が話した通り、スタジオ付きの別荘を清掃代のみの料金で4日間使ってもいいという旨の内容が書かれていた。
「こ、これは……今の私達にとってはまさに渡りに船……。湊さん!」
「ええ。ご厚意に甘えさせてもらいましょう」
千載一遇のチャンス。
思ってもみなかった展開に、この機会を逃さないと友希那は首を縦に振る。
それを見たあこは、「ということは……」と口角を上げ、高らかに両手を突き上げた。
「ヤッター!! 【Roselia】の皆で合宿だーっ!!」
「あっはは、楽しみだねぇ♪ しかもさ、ちょっと気になって調べてみたんだけど、この別荘がある場所って海のすぐ近くみたい!!」
「ホント、リサ姉!? あこ、海で遊びたい!!」
「うんうん、行こ行こ♪ アタシも新しい水着買わないとなぁ♪」
「それに……NFOのコラボイベントもやってるみたい……。イベント限定のアイテムが……貰えるんだって」
「えーっ!? りんりん、絶対に一緒に行こうね!!」
「うん……行こっか」
「宇田川さんと今井さんはともかく白金さんまで……。いいですか? 私達はフェスに向けた練習をするために行くのであって、決して遊びに行くわけではないんですよ?」
「修学旅行に行く時の先生かよ」
「稲城さんはちょっと黙っててください」
「ねぇねぇ、友希那知ってる? ウミネコっていう、海にしかいないネコがいるんだって~」
「――! ずっと練習ばかりできる訳でもないし、海で少し息抜きをするのもいいかもしれないわね」
こうして【Roselia】の夏合宿開催が決まったのだった。
△▼△▼△▼△
「――という訳で、ジャーン!! 野生の和也がいたから捕まえて来ちゃった♪」
まるでポケットに入るモンスターのような雑な説明で、俺は【Roselia】の面々の前に連れてこられた。
前に立つ3人の顔を見やると、海の家に訪れていなかった白金さん、あこちゃん、氷川さんは案の定驚いた表情をしていて、
「えぇぇー、カズ兄じゃん!?」
「稲城さん……どうしてここに……?」
「まさかつけてきたんですか?」
「友達に誘われてちょっとそこでバイトをしててな、そしたらリサと友希那に会って連れてこられたって訳。だからそんな『とうとうやったかコイツ』みたいな目を向けてくるな氷川さん」
疑いの目を向けてくる氷川さん。そんな彼女に「マジで偶然だから」と念のために無罪を主張する。
【Roselia】の合宿場所が近くだということは知っていたが、会えるかどうかも分からないのに、それを狙ってわざわざこんな場所まで焼きそばなんて焼きに来ない。
そういえば俺がリサに連れていかれる時に達哉が血の涙を流しながら「借し一つだからな」と見送られたのが気がかりだが、まぁそれは今は良いだろう。
と。
そんなことを考えていると、右腕を引っ張られた。
「ちょうどバレーコート空いたから一緒に遊ぼ、カズ兄!!」
天使に。
無邪気な笑みを浮かべて遊びに誘ってくれたのはあこちゃんだ。
俺はもちろん二つ返事でそれを承諾。すると、ワンピース型の水着を着たあこちゃんは「やった!」と更に笑みを浮かべるものだから、思わずその笑顔はまるで夏の輝きそのもののように思えた。
――こんなに可愛い生き物の誘いを断れる人間なんていないだろう。
それから俺は、【Roselia】の皆と海を遊びつくした。
「そこです!!」
「なっ……!? ブロックの指先を狙っただと!?」
バレーボールで氷川さんの運動神経の良さを思い知ったり。
「和也、絶対に離しては駄目よ。私の命はあなたの行動一つで決まると思いなさい」
「んなこと言われても、そんなにしがみつかれたら離すも何もないんだけど!?」
ヤマネコが猫ではなく実は鳥であることを知って落ち込んだ友希那に、気分転換として泳ぎをマンツーマンで教えたり。
「カズ兄が頼んだアイスも美味しそう! あこにも一口ちょーだい!!」
「いいぜ。ほら」
「ん~~っ!! ちょー美味しい!! お礼にカズ兄にはあこが頼んだアイスあげるね! あーーーん!!」
とあるネットゲームとコラボしているという出店にあこちゃんと行ったり。
「スイカは……えっと、どこだろ……? 前かな……きゃっ!」
「ちょっ、白金さ――もがっ!!」
スイカ割りのために目隠しをした白金さんが目の前で躓いたことで、そのまま押し倒されたり。
そして――、
「――リサ……お前、マジで言ってんの……?」
「う、うん。大マジだよ?」
だからよろしくね、とそう言いながらリサは俺の目の前でうつ伏せに寝転がった。
そうして視界に飛び込んでくるのは、透き通るように綺麗な肌一面の背中と、ハッキリと形が分かるいかにも柔らかそうなお尻だ。
俺はすぐさま視線をリサの後頭部へと向け、
「や、やっぱり友希那に頼もう! それか白金さんとか!! ほら、やっぱこういう美容に関わることは、同じ女子の方が詳しいだろうし!!」
「だーめ。皆いつ戻ってくるかわからないし、アタシも今すぐ塗って欲しいんだよねー。それにリサの頼みなら何でも聞いてやるーって先に言ってきたのはそっちじゃん?」
「そうだけどよ……」
必死に訴えるも視界外のリサに反論され、何も言い返せず困り果てる。
リサの頼みなら何でも聞く、と俺が言ったのは事実だ。これはその場限りの話ではなく、常日頃からそう思ってるし、大事なリサを幸せにするためにそうするべきだと思っている。
もちろんこれから先もこの意思は変えるつもりはない。
だからさっきも「頼みたいことがあるんだけど」とリサが言ってきた段階で、「いいぞ。リサの頼みなら何だって聞いてやる」と答えたんだけど――。
「まさかこれを頼むなんて思わないだろ……」
俺の手には、リサから渡された日焼け止めクリーム。
そう。リサの頼みというのは、これを彼女の身体に塗ることだったのだ。
「そもそも男に日焼け止め塗るのなんて頼むなよ! 変なことされたらどうすんだよ!?」
「でも、和也は変なことしないでしょ? あっ、もしかして変なことしようとしてた? も〜、和也ってばエッチなんだから〜」
「しねぇよ! 他の男には頼むなって話!」
「あっはは♪ 心配性だなぁ。まぁ安心して? アタシだって和也以外の男子に頼むつもりはないから」
「だったらいいけどよ……」
「そういうことだから観念して塗っちゃって♪ 早くしないと日焼けしてシミができちゃうし。あっ、塗る前に水着の紐取ってね〜」
そう言い終わると、リサは俺に背中を差し出す。
もう、完全に俺に任せるつもりだ。
それだけ俺を信頼してくれてるということは嬉しいし、その信頼に応えてやりたい気持ちはある。が、リサの身体を直接触るのはちょっとラインを越えている気がして気が引ける。
(と、とりあえず紐だけでも……)
恐る恐る手を伸ばして、リサの背中にある結び目を手に取った。
そして、ゆっくりと両紐を引っ張っていくとあっという目に結び目は解かれていき――結び目が解かれ不要になった両紐は地面に置かれ、完全に無防備になった背中と、うつ伏せになったことで張りが増した横乳が露になった。
「――だっ!!」
ダメだ!! これ絶対見たらダメなやつ!!
そう判断した瞬間、俺はすぐさま顔ごと明後日の方向へと向ける。
だけど、そんな俺をリサはからかうように、
「どこ見てるの? ちゃんとこっち見ないと、塗れないよ〜。それとも、まさか見てなかったことを言い訳にして本当にエッチなことする気?」
「違ぇっての! ほ、ほら! ちゃんとリサの方を見てるだろ?! さっきも言ったけど、俺はその、変なことは絶対しねぇから」
「そこまでハッキリ言われたら傷つくんだけど。それに和也にだったらちょっとぐらい………」
「――? 今、何て言ってた? ボソボソ話してて聞こえなかったんだけど」
「うるさい! いつまで待たせるつもり?! いい加減早く塗ってよ!! 意気地無し!!!」
「なんでそんな罵倒されてんの俺?!」
ゴニョゴニョと話してると思ったら、急に怒ったような口振りで言ってきたリサ。
彼女をどうして怒らせたのか分からないが、こうなってしまっては俺も覚悟を決めるしかない。
俺は日焼け止めクリームを手のひらに出し、「いくぞ……!」と意気込む。
そうして、胸の高鳴りと手が震えるほどの緊張感に包まれながら、俺は大事な幼馴染の美少女の背中にゆっくりと日焼け止めを塗り始めた。
「んっ……!」
柔らかな肌に触れた瞬間、リサは吐息を漏らし、体を少し揺らす。
だけど、そんなことが気にならない程に俺は緊張しており、抑えられなかった手の震えに気付いたのか、リサは微かな笑みを浮かべながら頭を傾けた。
「和也、めっちゃ緊張してるじゃん」
「そりゃ緊張してるに決まってんだろ。こういうのは普通付き合ってる奴らがやるもんだし……」
「真面目だねぇ。……ま、だから和也に頼んだんだけどね」
「はいはい、それはそれは光栄です。でも、次からはこういう頼みは控えてくれよ? いくら幼馴染だとは言え、一回も付き合ったことのない男子高校生にこれは正直刺激が強すぎるんだよ。ましてやリサみたいな可愛い子だと尚更に」
「ちょっ……! いきなり可愛いとか言うのやめて!! も~、和也のせいでアタシまでなんだか緊張してきたじゃん!」
プイっ、と。
リサは顔をそっぽへと向けた。
彼女の耳裏が真っ赤になっているのを見るに、本気で恥ずかしがっている様子。さっきまで俺ばかりドギマギしていたんだし、狙っていたわけではないが少しぐらいリサにも恥ずかしがってもらおう。
そう思いながら、俺は手を動かし続ける。
リサの背中を、上から下へと。しっかり両肩も塗ってやり、そのまま下へ。脇の下――とてつもなく柔らかそうで吸い寄せられる胸には絶対に触らないように細心の注意を払って避け、綺麗にできたクビレの形をなぞるように丁寧に塗っていく。
リサの素肌はとても綺麗だ。
透明感があり、きめ細かくて滑らか。肌色も均一で、彼女の普段の丁寧な手入れと健康的な輝きを感じた。
指先から伝わってくる感触もまるで絹のように滑らかで、程よい抵抗を持った柔らかさが幸福感を与えてくれる。
始めは気が引けていたが――正直もう少し触っていたい。
「とはいえ、この光景を誰かに見られたら流石にヤバいな。氷川さんとか、こういうのにスッゲー厳しそうだし。……でも、一番みられたくないのはやっぱ――」
「――あっ、友希那」
「そうそう、友希那なんだよな。リサに頼まれたとはいえ、幼馴染同士でこんなことやってるところは…………え、友希那?」
「――――」
スルー仕掛けたがハッと気が付き、顔を上げる。
するとそこには、いつの間にか友希那が立っていた。
こちらをジーーっと見つめながら。
「何をしているの?」
友希那の目に映っているのは、上の水着をほぼ脱いでいる状態のリサと、そんなあられのない姿の幼馴染の身体をベタベタと触り続ける俺という最悪な光景。
それを理解した次の瞬間。
俺の額からドッと汗が噴き出して、
「ち、違うからな友希那! これには訳があってだな! とりあえず落ち着いて聞いてくれ!!」
「そうそう! 日焼け止めを塗ってもらってただけで、別に変なことなんてしてないからね!!」
「ちょいっ、リサ動くなって! 今、動いたらもっとヤバい状態になるから!!」
弁明を試みようとする俺に続き、俺以上に慌てた形相で友希那に事情を説明するリサ。その際に水着の紐が解かれていることも忘れて体を起こそうとしたので、俺はすぐさま彼女の肩を押さえつけてそれを阻止する。
しかし、慌てふためく俺とリサとは対照的に、友希那は非常に落ち着いた様子で、
「そう。和也に日焼け止めを塗って貰っていたのね。ところで、二人はどうして慌てているの?」
「あ……いや……なんでもねえよ? 慌ててなんかねぇし、友希那の勘違いじゃないか?」
「――? そうなの? まぁいいわ」
疑問に思いながらもそう言い、友希那は俺と同じパラソルの影へと入ってくる。
そして、俺の手の方を見てから「ちょうどよかったわ」と言うと、隣へとしゃがみ込み、
「私の背中にも塗ってちょうだい。自分で塗ろうとしたけど、届かないところがあるのよ」
「なっ……!!」
純白の綺麗な背中を俺へと向けた。
思いがけない展開に俺は愕然とし、思わず丸くした目で友希那の背中を凝視する。
(え、マジかよ? てか、肌白!! 友希那も肌綺麗過ぎだろ!?)
と、思った時だった。
バッ! と日焼け止めが俺の手から奪われ、
「和也の変態!! バカ!!!」
いつの間にか水着の紐を直していたリサに弾き飛ばされた俺は、まるで太陽の熱に焼かれたのであった。
まるで罰を与えられたかのように。
△▼△▼△▼△
――4日間の合宿の3日目の午後現在、紗夜はうんざりしていた。
それは、はるばる合宿に来たというのに海で遊んでいるから、という訳ではない。
期末テストから今日まで、【Roselia】はかなりハードな練習を続けていたのだから、少しぐらいの息抜きはモチベーション維持のためにも必要だ。
だから、フェスを前に自身の手にギターが握られていない現状がもどかしく感じてはいても、決してこの時間が無駄だとは思わない。
それでは、なぜ紗夜がうんざりしているのかというと――、
「お姉さん凄く可愛いっすね! このビーチはレベルが高いってネットの記事にもなるぐらい有名なんすけど、お姉さんの美貌はその中でも群を抜いてますよ!」
「――――」
「いやぁ、こんなに褒めてるのに無視は辛いっすよ、お姉さん。ちなみに今日は友達と来てるんすか? 見たところ1人だけど、良かったら俺と遊びません? 一緒に来た友達が気になるなら、その子も入れてどうっすか?」
そう話しかけてくるのは、名前も顔も全然知らない男性だ。
恐らく大学生だろうか。体は日に焼け、少し筋肉質。毛先を遊ばせた髪型や軽い言動から、絵に描いたようなチャラい男性という印象を紗夜は受ける。
十中八九、ナンパだ。
ついさっき声をかけられ、何事かと思い一瞬立ち止まったのが間違いだった。
まんまと隙を見せた自分自身に内心でため息を吐き、紗夜は話しかけてくる男性を無視し続けようと歩みを再開させる。が、それを通せんぼするように男は紗夜の前に先回りし、
「まぁまぁ、ちょっと待ってくださいよ。俺はこの出会いを大切にしたいんですから。せめて名前だけでも教えてくれません? ね? ね?」
「――――」
「あっ、もしかして芸能人とかなんかで名前言えない感じすか?! だったら仕方がないっすね、お姉さん可愛いもん! ちなみにモデルさんっすか? それともアイドルっすか? もしお姉さんがアイドルなら、俺の推し確定っすよ!」
「――っ!」
そして、紗夜にとっては聞き逃せない言葉を口にした。
「……私は、アイドルなんてしていません」
「おっ、ようやく話してくれる気になった♪」
「なってないです。というかそもそもあなたに興味なんて微塵もありません。これ以上話しかけないでください」
そうキッパリ言い、紗夜は男の隣から通り抜ける。
最近は【Roselia】が上手くいっていることで、妹への気持ちも落ち着いてきたと思っていたが、実際はそうではなかったようだ。
変な男に絡まれたことで、苛立ちが募っていたのもあるだろうが――。
「――おい、待てよ」
瞬間、紗夜は後ろから肩を強く捕まれ、思い切り引っ張られる。
「きゃっ!?!」
「下手に出てやったら無視するわ、偉そうなこと言うわ。ちょっと顔が良いからって調子乗ってんじゃねぇぞ!?」
紗夜の肩を掴んだのは、ナンパしてきた男性だった。
男性は先程のチャラけた態度とは打って変わって、眉間に皺を寄せた表情に高圧的な口調で捲し立ててくる。
「おい、お前いくつだよ?」
「じゅ、16です……」
「はぁ?! まだ高校のガキじゃねぇか! ガキがなに舐めた態度取ってんだよ?!」
「――っ!」
「謝罪しろ、しゃ、ざ、い」
「……申し訳、ございませんでした」
「はっ。反省の色が見えねぇな。もし本当に反省してるなら、もちろん俺と遊んでくれるよな? なぁに、悪いようにはしねぇよ」
そう言い、男性は手を伸ばしてくる。
紗夜の肩を強く掴み、不意打ちとはいえ抵抗すらできない力で引っ張ってきたあの手を、こっちに。
「――っ!」
目頭が熱くなるのを感じると共に視界がボヤけ、紗夜は目を瞑った。
なぜか――いや、恐怖で震えて足の力も上手く入らず、その場にしゃがみ込む。
逃げ場は無い。逃げられない。
数秒後にはあの手に腕を捕まれてそのまま引っ張られ、抵抗もできないまま酷いことをされる。
そうはわかっていても、初めて体験する恐怖を前に紗夜の体は動かなかった。
「――おい、お前何やってんだよ」
その声が聞こえるまでは。
「稲城さん!? どうして……?」
聞いたことのある声がして恐る恐る顔を上げると、そこには稲城和也がナンパ男の腕を掴み、立っていた。
紗夜を恐怖から守るように。
「ああ?! なに邪魔してくれてんだよ、テメェ。このガキの何なんだよ?」
「俺はその子の彼氏だ。お前こそ人の彼女に何手を出そうとしてんだよ?」
「チッ! こいつの彼氏ってことは、テメェも高校生だろ? どいつもこいつも舐めた口聞きやがって、最近のガキは年上を敬う気は無いのかよ?!」
「その気はあるさ。でも、お前みたいなゴミ野郎には尊敬の『そ』の字も抱かねぇよ。もう少し顔に人生刻んできな、薄っぺらい人生を送ってきたのが丸わかりだぞ?」
「テメェ!!」
「――!!」
「稲城さんっ!!」
顔を真っ赤にして叫びながら、ナンパ男は拳を和也へと振るった。
それを左頬へまともに食らった和也は、少しよろめきながらもグッとその場に留まる。
そして、切れた唇から出た血を「痛ってぇなぁ……!」と腕で拭うと、ナンパ男を睨み付けた。
「今、殴ったな?」
「あ? やる気かガキ? 俺は大学に入るまで空手をやってたんだぞ?」
「んなこと興味ねぇよ。それに、こうなっちまえばお前の強さなんて関係ない。周りを見てみろよ?」
「周り……? ――なっ!」
和也は顎をしゃくらせ、周りを見るように言う。
そうして意識を外に向けたナンパ男が目にしたものは、自分を取り囲むようにできたギャラリーの輪だった。
全員がこちらを見てはヒソヒソとさざめき、何人かはカメラを向けてきている。
「これだけの人数が目撃していて、カメラの証拠も複数人が抑えている。これでお前は犯罪者だ、言い逃れはできねぇ。お前の敵は俺じゃなくて警察なんだよ!」
「チッ、チクショウ!! テメェら何見てんだよ、さっさとどきやがれ!! ったく、彼氏がいるなら初めからそう言えよ!!」
和也の言葉に、ナンパ男は慌てた様子でその場から逃げようと走り去ろうとする。
その際に囲んでいた群衆の一人に足をかけられ転倒し、慌てふためく姿からは、先程までの威勢は見る影もない。
無様に逃げるその背中に和也はため息を一つ吐くと、紗夜の方を見やって同じ目線の高さになるようしゃがみこんだ。
「氷川さん、大丈夫か? さっきの男に何かされてないか?」
「いえ……されそうになったところで稲城さんが駆けつけてくれたので、なんともありません」
少し肩を捕まれたぐらいでしょうか、と紗夜が伝えると、和也は「良かった〜」と弱々しい安堵の表情を浮かべた。
「間に合って本当に良かった。フェス前の大事な時期に氷川さんが怪我でもしてたら……あぁ、想像すらしたくねぇ」
「ありがとうございます。稲城さんのおかげで私はどこも怪我していませんよ。……ってそんなことより、稲城さんの方が大丈夫なんですか?! 思い切り殴られていましたよね!?」
「あー、まぁ、大丈夫大丈夫。ちょっと血が出たぐらいだし」
そう言って和也は平気なことをアピールするためにニッと笑うが、紗夜は首を横に振って、
「すぐに見せてください!」
「氷川さん!?」
「早く口を開けて!」
紗夜は和也の顔を両手で抑え、口の中を凝視する。
少しずつ角度を変えながら、観察するようにまじまじと。
和也の息がかかるかと思うぐらい顔を近づけて。
「歯は抜けていないですね。出血は……本当に唇以外はしていないみたいですね、良かった。荷物の中に消毒液があるので、戻ったらすぐに消毒しましょう」
「お、おう……。……いきなり顔近づけんなよ、可愛いんだから」
確認を終え、和也の顔からそっと手を離す紗夜。彼女の整った顔が急に近づけられたことに和也はボソリと愚痴を言う。
そして、それを誤魔化すように咳払いをしては立ち上がり、手を差し出した。
「ほら、立てるか?」
「――。え……ええ」
差し出された和也の手が頭の中でナンパ男の手と重なり、紗夜は一瞬手を取ることを躊躇う。
しかし、すんでのところで止めた手を、和也は向かいに行ってギュッと掴んだ。
「よっこらせっと」
そんなカッコ良さの欠けらも無い掛け声と共に、紗夜は和也の手によって立ち上がらされる。
紗夜の体を軽々と持ち上げられる力。恐らく紗夜が抵抗しても、彼には敵わない。
けれども、握られた和也の手からは彼の優しさと頼もしさを感じられ、紗夜の胸に嫌悪感が湧くことはなかった。
「あー、氷川さん? どうしたんだ? 俺の手を見たまま固まって」
「……いえ、思ったよりも筋肉質だと思って」
安心できた、なんて言えるわけ無く紗夜は咄嗟に嘘をつく。
その嘘に和也は「おお!」と目を輝かせ、
「もしかして、俺の筋肉に惚れちまったか?」
「惚れていません。あと、少し見直していたんですけどね……今のポーズで台無しです」
「うっそだろ?!」
左手で右腕を掴み、サイドチェスト!
バッチリ決まったと思ったポーズだったが紗夜には逆効果となったらしく、和也はガックシと肩を落とす。
しかし、そんな彼の体を改めて見てみると、高校生の割には機能美を追求したかのような綺麗な肉体をしていたため、ふと興味を持った紗夜は尋ねた。
「稲城さんは何かスポーツをしているんですか?」
「ん? あぁ、高校入るまでサッカーやってた。今はもうやってねぇけど」
「なるほど。サッカーをしていたから、特に太ももの筋肉が相当発達してるんですね。上半身もきちんと鍛え上げられているように見えますが、一つ一つの筋肉自体はそれほど大きくないような……これは、サッカーをする上で動きの邪魔にならないようにするためですか?」
「お、おう、そうだけど。……そんなジロジロ見られたら流石に恥ずかしくなってくるな」
「すみません、服の上からでは今まで気づけなかったので、つい」
「つい、であんなにジロジロと見んのかよ。てっきり筋肉フェチだと思ったぜ?」
「無いよりはあった方が好みですが、フェチという程こだわりは持っていません。でも、その身体を見るに当時は相当な努力をしていたんですね。それなのにどうして辞めてしまったんですか?」
「――。それは…………」
急に歯切れが悪くなる和也。バツが悪いような表情をした彼を見て、配慮が欠けた質問だったと思った紗夜ではあったが、それを言い出す前に和也は話したのであった。
いつもの笑顔とは違う、どこか寂しそうな笑顔で。
「俺に才能が無かったんだよ。どれだけ努力しても目標には絶対に届かないって分かったから、辞めた」
「――――」
「ただそれだけの理由だ」
どこにでもあるありふれた話だろ?
そう続けた和也に、紗夜は頷くことしかできなかった。
昨日までの紗夜ならすぐに言い返していただろう。
才能がない、努力をしても無駄だと笑った彼に対し、それは努力が足りなかっただけだ、途中で諦めるとは情けないと言っていたかもしれない。
だが、今の紗夜には和也を否定することはできなかった。
計算され、鍛え上げられた肉体が。
過去を悔やんでいるかのような、僅かに震えた声が。
それを感じさせないよう、貼り付けた笑顔が。
かつて彼が積み上げてきた努力と、そのために全ての時間を捧げていた過去を容易に想像させたのだから――。
「まぁ、もっと早くに才能ないことに気付けよって話だけどな! せめて小学生の時に気付けてたら、俺もリサや友希那と同じようにバンドやってたかも。友希那がボーカルで、リサがベースだから……それこそ氷川さんと同じギターやってたかもな!」
「……そうですね」
そんな生返事をしながら紗夜は思う。
彼は心に深い傷を抱えた人間である、と。