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それでは、本編どうぞ!
――初めてだった。
初めての感情だった。
初めての衝動だった。
初めての感覚だった。
これが何なのか分からない。だけど、求めていたことは分かる。
ガラス細工のように繊細なその歌声を、
気高く力強いその歌声を、
全身が――全神経までもが、その歌声の一音すらも聴き逃したくないと願い、求め続けていた。
そのような感情を、衝動を、感覚を、いったい何といったら表せるのだろうか、
圧巻、壮絶、凄絶、驚異、豪快……
違う、どれも違う。
そんなものでは無い。
そんな言葉では決して届かない。
それ程までにその歌声は心に響いたのだから。
何も表せない想いの中、ただ一つだけ言葉にできるものがあるとするならば――、
その歌声もまた、何かを求めているようだった。
△▼△▼△▼△
「疲れたー。…和也はどう?ってあれだけはしゃいでたんだから聞くまでも無いか」
「そうだな、疲れてないって言ったら嘘になるとだけ言っておく」
「それって普通に疲れたって言ってるのと変わらないじゃん」
ライブハウス『CiRECLE』のロビー。
ライブ終了後、もう一人の幼馴染――友希那を待ちながら、俺とリサは二人で話していた。
全身――特に右腕からくる疲労感は尋常では無く、いつも何気なく持っている携帯ですら今はズッシリとした重量を感じる。あぁ、これはやばい。
「帰りに銭湯に寄りたい気分だ」
「あー、分かる。泡風呂に入ってゆっくり体を癒したいよね〜」
「すっげぇ分かる、共感しか無い。…でも、着替えもタオルも持ってきてないから無理なんだよなー…」
「あはは…そうなんだよねー」
「こんなに疲れたのとか、中学のサッカー以来だぞ…」
帰宅部になってからも、太らないようにとランニングや筋トレをちょくちょくやっているので運動不足では無いと思うのだが……明日が怖いなこれ。
「ライブって応援してる方もこんなに疲れるんだな」
「演奏する方はする方で、別の疲れがあるんだと思うよー」
「そういうものなのか?…後で友希那に聞いてみるか」
「そういえば、友希那の歌どうだった?」
「……」
「??…和也?」
ふと思い出したかのように少しこちらを見上げながら言ったリサの言葉に、何故か答えられなかった。
いや、何となくその理由は分かる。
それはさっきからずっと頭の中を駆け巡っている孤高の歌姫――友希那が歌っている姿。
これがどうしても忘れられない。別に忘れようとしているわけでは無いのだが、今までに経験をしたことが無いぐらい、その姿が頭から離れない。――何なんだよ…これ……
「おーい、和也ー」
「――すまん、ちょっとボーッとしてた」
「…そんなに疲れてるんだったら、ちょっと寝てても良いよ?友希那が来たら起こしてあげるし」
「その提案は素直に有難いけど、遠慮しとく。生憎枕が無いと眠れない
「そっか、なら膝枕でもしてあげようか?」
「?!??……お前なぁ冗談でもそれは辞めろよ」
溜息混じりの俺の反応に、「ごめんごめん」と笑うリサを見て俺はまた溜息。
まぁ、かれこれ十年以上の付き合いのリサが、どういう気持ちでこれを言ったのかを見抜くことなど朝飯前ならぬ夕飯前なのでどうって事ない。何なら慣れている。
だから、今のような何とも魅了的でいて、男冥利に尽きる誘惑だろうと、幼馴染相手なら俺は決して間違いを起こさないと宣言できる。…多分。
「和也なら冗談って分かってくれるでしょ?」
「その通りだけどよ、その手のからかい方は辞めて欲しいかな」
分かっていても――慣れていても、こう、心にドキッと来るものはあるからやめて欲しい……
確かに冗談だと分かっていたら、ドキッと来るものを軽減はできる。が、例えば世界チャンピオンのボクサーに殴られると分かっていたとしても、殴られたらめちゃくちゃ痛いのには変わらない。痛いものは痛い。ドキッとするものはドキッとする。それと一緒だ。
「分かった。それじゃあ、なるべくやらないように気をつけるね」
「…なるべくって……ちょっとはやるのかよ」
「そりゃあ、和也の反応面白いからね♪」
「そですか…あー!もういいよ、じゃあそれでいい!」
「ちょっ、ごめんって〜」
「自暴自棄にならないでよ」とリサは俺に言うが、自暴自棄にもなるだろ。
リサはもっと自分の魅力に気がついて――いや、知っててやってるっぽいから、とりあえず幼馴染との接し方をもう少し見直して欲しい。仲の良いことは俺にとっても嬉しいことだけど、こればかりは話は別!
それにしても、俺はいくつになってもリサに遊ばれてる気がするのは気のせいではないだろう。
男性は女性に勝てない、という世界の理が真実かどうかは知らないが、少なくとも俺はリサに勝てる気がしない。今までも、そしてこれから先の未来も……流石リサだ。
「あら?二人共待っていたのね」
リサにいつも通り弄ばれていると、聞き慣れた声と共に、腰まで伸びた綺麗な銀髪の少女の姿が視界に入った。
そう、ずっと頭から離れない孤高の歌姫――、
「あ、おつかれ〜友希那♪」
「先に帰っていても良かったのよ?」
「だから、そんなことしないって何回も言って…って和也?」
「友希那!お前ほんっと凄かったぞ!!ただただ上手かったってだけじゃなくて…こう、ああ!くそ!上手く言葉に出来ねぇ!!とりあえず、あんな感覚初めてだった!!最高だった!!」
「……そ、そう…ありがとう」
「か、和也…?」
はて、俺が友希那を褒めることの何処がおかしいのだろうか、二人とも鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして俺を見ている。てか、今日の二人のリアクションはいつもより調子が良いな。
すると、隣から「コホン」と明らかに故意的な咳払いの音が聞こえたので振り向く。リサは後ろに、友希那は前にいるので、幼馴染のものではない筈…って、この人誰。
「…あなた達の関係がどのようなものかは知りませんが、ここは私のようなあなたたちにとっての他人も利用します。なので、そういったことはあまり外ではしない方が良いかと」
「そういったことって……っ!悪い友希那!」
知らない人が言っている意味が分からないまま視線を前に戻すと、友希那の両肩を掴んでいる自分の両手が見え、慌てて謝りながら手を離す。いつの間に掴んでいたのか、全く記憶に無い。
「いきなり立ち上がって友希那の方まで歩いて行ったと思ったら、そのまま肩を掴んで凄い褒め始めるもんだからビックリしちゃったよ」
「すげぇ説明口調…でも、今の俺からしたらありがたい、ナイスだリサ!…で、え、マジで俺そんなことしてたのか?」
「うん、友希那を揺らしながら、凄かったぞー!って大声で言ってたよ。本当に覚えてないの?」
さっきの俺のマネをしているのか、リサは両手を前に伸ばしては曲げ、伸ばしては曲げを繰り返す。
全く覚えてないので首を縦に振ると、後ろから「少し痛かったわ」と聞こえたので、バッと振り向くと、俺が掴んでシワになった袖を直している友希那がいた。
友希那は、焦っている俺を察したように普段と変わらない様子で、
「私は別に気にしてないわ」
「…友希那がそう言ってくれるなら良いんだけど……その、悪かったな」
罪悪感が凄い。
それは、もし、あのまま止められていなかったら、勢いのあまり、抱き締めていただろうと思うからだ。やましい気持ちは無かった上、未遂で済んだのだが、俺の中では明らかなるギルティ、執行猶予は付かない。
だけど、許して貰えたのにこれ以上謝るってのも、返って友希那の迷惑になるので、今後の戒めとして胸の中に閉まっておくことにする。反省反省。
「ずっと気になってたんだけど、隣にいるその人って、誰?友希那の知り合い?」
「それは俺も気になってた」
友希那の隣に立つ、キリッとした目が印象的な
そして、さっき過ちを起こしそうになった俺を止めてくれた命の恩人とも呼べる人だ。
――それにしても、何処かで見た気がするんだよなぁ
「彼女は紗夜、私とバンドを組むことになったの。ちなみに紗夜、この二人は私の幼馴染よ」
「そうでしたか、自己紹介が遅くなってしまい、すみません。湊さんが言ったように私の名前は氷川紗夜と――」
「あー!!!」
「「「?!」」」
とりあえず、驚かせてしまった三人に「すまんすまん」と軽く謝ってから、リサの方へと向く。
大声を出して話を遮ってしまったのは、故意的な行動ではなく、無意識的な行動――氷川さんをどこで見たかを思い出したからで――、
「リサ、氷川さんってあれだ!俺が気になったって言ってたあのバンドのギターの人だ!」
「和也が言ってたバンド…あー!」
どうやらリサも気づいたらしく、「あの人か」と両手でポンッと鳴らす。
そう、今日のライブに出ていたバンド!しかも友希那の次に印象に残っているギタリスト!
「氷川さんのバンド、めっちゃパフォーマンスが派手でかっこよかったです!あと、氷川さんのギター、今日出ているギタリストの中で一番上手いと感じました!」
「……はぁ…」
溜息?!っと、普通に口にしてしまいそうになったのをグッと堪え、どうして溜息をつかれたのか探ろうと表情を伺ってみる。が、初対面の相手の心理を探れるような技術は無い為、収穫はほぼゼロ。
唯一分かったものも、綺麗な顔立ちをしているという、今の状況では役に立ちそうにないことだけだ。
てか、初めて話す人に溜息をつかれるのがこんなにも怖いことだったとは…学べてよかったと前向きに捕えないとやっていけない。
「あの…俺、何か気に触ることを言ってしまいました…?」
「いえ、完全にこちらの問題です。貴方は何も関係ありません。私情を挟んでしまい、不快な気持ちにさせてしまったのなら謝ります。すみませんでした」
「いえいえ、こちらこそ俺が原因じゃなくて良かったです。……あ、二曲目のギターソロかっこよかったです。次のライブ楽しみにしてます」
「そうですか、ありがとうございます。しかし、私はあのバンドを脱退したので、あの曲を弾くのは今日で最後かと」
「脱退って…それはどうして…」
「その理由を貴方に教える義務は私にはありません。プライベートな話にもなるので」
「ご…ごめんなさい」
口から出た声は、自分でも驚くほど小さく、覇気が無かった。氷川さんのオーラに、完全に気圧されているのが分かる。
まるで今の友希那のように、何もかもが硬い。けど、友希那とはこれまでの積み重ねがあるわけであって、お互いがどういう性格なのかが分かっている為、そこまで気にならない。
しかし、氷川さんとの間にはもちろんそんなものは無い。だからか、会話のリズムを掴み難い気がする。
「――紗夜、もうスタジオの予約入れていい?少しの時間も無駄にしたくないのだけれど」
「ええ、構いません。それに、私もその考えは同じです」
「なら、二人が予約してる間に、アタシ達は先に外に出て待ってるからねー」
「分かったわ」
「ほらほら、和也も元気出して。さっきのは和也も悪く無かったと思うしさ」
「前向きに頑張ります…」
リサの気遣いが心に染みる……。いつかお礼しよう必ず。
それにしても、少しまずいことになった。
友希那のバンド仲間になった氷川さんとは、仲良くして行きたかったのだが、今の俺の心はどうも前向きになりそうにない。
だって、氷川さんの声が明らかに刺々しいから、怯えるのは仕方がないだろう…俺が地雷を踏み抜いてしまったからだろうけど!……とりあえず、今後のことは外で考えるとするか。
「って、あれ、あこちゃん達じゃね?二人共先に帰ったはずなのに」
「ほんとだ、おーい、あこー」
リサが呼んですぐにあこは反応すると、黒髪の女の子を連れ、二つに括った髪を揺らしながら俺達の側まで走ってきた。あぁ、あこちゃんの元気が眩しい。
「…あこちゃんありがとう……元気貰えたよ」
「えっと、どういたしまして…?…ねぇリサ姉、どうしてあこはカズ兄にお礼されたの?」
「さっき色々あってねー、あんまり深く聞かないであげて」
頭の上に『?』を付けながらも、頷くあこちゃんを見ていると更に癒された気がする。いや、心が軽くなって自然と笑顔を浮かべれたので完全に癒された。
「あこちゃんと……って、そういえば、名前聞いてなかったな。――俺は稲城和也、こっちは今井リサ。君の名前は?」
「…白金燐子……です…」
「白金さんか、よろしく」
「よろしくね☆」
そう言いながら笑いかける俺と顔の横で手を振るリサに、白金さんは「よ…よろしく……お願いします…」とお辞儀をする。少し声を震わせながらも、丁寧に返してくれたその姿からは、白金さんの人柄の良さを少しだけ感じた。
この先、あこちゃんを通じないと関わることはないと思うが、新しい出会いが多かった今日にこうして知り合えたのも何かの縁だろう。
――って、デカッッ?!何がとは言わないけどデカッ!
ライブの時は、白金さんの介抱でそれどころじゃなくて気が付かなかったけど、こうして落ち着いた状態で見るとかなり――、
「って、ちげーだろッッ!!!!」
「ちょっ??!?和也?!いきなり自分を殴ってどうしたの?!」
「…いや、ただ己の中にいた悪魔を追い出しただけだ」
「えー!カズ兄の中に悪魔が住んでいたの?!カッコイイ!!」
なんかすげぇ食いついてきた?!…そういやあこちゃんはそういうの好きだったな、忘れてた。
とりあえず、「住んでないぞ」と誤解を解いておく。そんな悲しそうな顔をしても住んでないものは住んでない、期待させたみたいでごめんあこちゃん。
って、白金さんのあの目は間違いなく、目の前の人間に引いてる人がする目だ。そりゃ、俺だって今日会ったばっかの人がいきなり自分の顔を殴り出したら同じ目をするとも!変人認定しますとも! だから普通の反応だってことは分かるけどっ……まぁ、幼馴染の前で変態となるよりはいいか…。
「…それで、あこちゃんと白金さんはここで何してたんだ?先に帰ってた筈だよな?」
「そうなんだけど、ここで待っていたら、CiRCLEから出てくる友希那に会えるかもって思ったからりんりんと待ってたんだ」
「出待ちって、あこちゃん結構ガチだな」
「へー、友希那をね〜。本当にあこって友希那のこと好きなんだね♪」
「うん!」
出待ちをされる人間など、スポーツ選手や芸能人といった有名人しか聞いた事がない。
改めて友希那の凄さを実感する。そのうち出待ちをする人数が増えていき、三人で一緒に並んで帰れなくなって――、と想像すると、ステージに立つ友希那を見た時に感じた自分とは別の世界にいるような感覚が、現実になってしまうのではないかと不安になる自分がいる。
「待たせたわね」
「お、噂をしてれば。思ってたより遅かったね〜」
振り返ると、CiRCLEから並んで出てくる友希那と氷川さんがいた。
先程の想像のせいか、いつもと変わらない髪を後ろに払う仕草が、妙に様になっているように見え、少し寂しく思えてしまう。
――これは…俺が変なのか……
「そうかしら?特別遅くなるようなことはなかったのだけど。…その子達は?」
「ダンス部の後輩のあこ、こっちは、あこの友達の燐子。友希那を待ってたんだって☆」
「私を?」
「は、はいっ!あこ、友希那……さんの大ファンですっ!!歌声が大好きで!いつも超超超カッコイイって思ってます!それをどうしても伝えたくて!!」
「そう。それで、あなたは?」
「わっ…私も……その……」
「聞こえないわ。もっとはっきり言って」
隣で黙って見ていたが、友希那の言い方の冷たさもあって、友希那が白金さんを脅しているように見える。
友希那からしたらそんなつもりは微塵もないのかもしれないが、白金さんが怯えていて可哀想だし、何よりも友希那が起こした不始末の責任は、幼馴染である俺の責任でもある!と、勝手に奮起し、空気を少しでも軽くしようという願いを込めて明るい声で、
「まーまー、落ち着けって友希那」
「落ち着いてるわよ」
「なら、そのままで結構。まあそれでな、この子はあまり人と話すのが得意じゃないんだ。だからもうちょっと言い方を優しめに、さっきの友希那、怖かったぞ」
「そんなつもりはなかったのだけれど」
「だとしてもだ。相手が怖いって感じたら、その時点で友希那は怖かった」
「あ…あの……!さっきは…私がちゃんと話せていなかったのが悪かっただけです………怖がっていません…」
「白金さん…」
「…あ、あと……凄かった…です……」
ライブハウス内で、何もできなかった俺にもお礼をするぐらいなのだから、とても優しく、真面目な人だとは思っていたが、こういった勇気があるようには見えなかったので、ここで入ってきたのは少し意外で驚いた。白金さんは強い人だ。
「――良いファンを持ったな友希那、大切にしろよ。…ってことで、ファンサービスしろとはまでは言わないけど、褒めてくれた二人のファンに言うことぐらいあるだろ?」
「…そうね。あこさんと燐子さんといったかしら?」
「はいっ!!」
「…はい……!」
「ありがとう、嬉しかったわ」
友希那の言葉を聞いたあこは、目を輝かせ、はち切れんばかりの笑顔で白金さんに抱きつく。友希那は、氷川さんに呼ばれ二人で話し始めた。今後の活動について話すことが沢山あるのだろう。
その二組の光景を見て「良かったなぁ」と微笑みながら近くのベンチに座ると、肩を軽く叩かれ、
「さっきの和也、珍しくカッコイイって思ったよ♪」
「そりゃどうも、でも、『珍しく』は余計だっての」
「なら、これから頑張っていつもカッコイイって思えるようになってよ」
「そんなの出来たら苦労しねぇよ……まあ、頑張ってみるけど」
すると、リサは「ははっ」と笑い、俺から視線を外して空に浮かぶ綺麗な満月を見上げる。
その横顔はどこか寂しいようで――、
「アタシ…友希那とバンド組んでくれる人が出てきてくれて嬉しい。…なのにどうしてかな……ほんの少し胸の奥が痛むんだ……って、いきなり変なこと言い出してごめんね!ア、アタシも疲れちゃったのかなぁ………なんちゃって…」
「…多分俺も似たような感じだ。ステージに立つ友希那を見た時からずっと…友希那がどこか遠くに行ってしまうんじゃないかって思って、すげぇ怖い…。だけどさリサ、あこちゃん達を見てみろよ」
「あこ達…、ッ!」
「な、すげーいい笑顔で笑ってるだろ?今日初めて会ったばっかで、俺は二人のことあんまり知らないけど、あんな笑顔そうそうと出るものじゃないと思う。それを友希那の歌は出させたんだ、それだけあの二人の心に響いたんだ…あと、俺の心にも。――だから俺は最後まで友希那を応援しようと思う、いや、最後まで応援し続けるって決めた」
友希那が巨大な壁にぶち当たった時は必ず手を差し伸べ、乗り越えられるまで共に悩み、葛藤し、全力で向き合い続ける。そして、いつか友希那の夢が叶った時は、お互い最高の笑顔で笑い合う。
そう決めた。
この先どんなことがあろうと、この決意は絶対に変わらない、変わらせない。
「……アタシも和也と一緒に、友希那を応援しようと思う…」
「それがリサの本心からの決意ならそれでも良い。…でもな、少なくとも決意する時は、今のリサみたいに辛そうな表情はしない」
「ッ?!」
「――リサが本当にやりたいことって何なんだ?」
「アタシが……本当に…やりたいこと…」
「ああ」
昔から俺よりも友希那を心配していた――友希那が異常なまでに音楽に執着する理由を深く知っているリサだからこそ、俺の決意に流されず、ちゃんとリサ自身の心の声を聴いて欲しい。そして、決意したのなら最後まで折れずに走り抜けて欲しい。
例え、進む道に幸せよりも辛いことが多くても。
「……和也は…アタシのことも応援してくれる?」
「もちろんだ、俺はリサのことも全力で応援する」
「そっか、ありがとう。…うん、アタシが本当にやりたいこと、決まった」
「ああ、頑張れよ」
「和也もね」
そう言ったリサの表情からは、さっきまであった迷いが消えおり、今までで一番輝いて見えた。
もう大丈夫だ、俺とリサの心は決まった。これからは、その決意を貫くためにお互い一生懸命頑張って――、
「え~~っ!?!!」
「「?!」」
突然耳を襲ったあこちゃんの大声に、俺とリサは肩を弾ませて驚く。
時刻は21時時を回っているため、今の大声は近所迷惑になりかねないので、もう少し音量を下げてほしいところだ。
――てか、あの小さい体でどうやってあんな大声出してんだ?!
「い、今の話って…本当ですか?友希那さん、バンド組むためにメンバーを探しているって」
「ええ、そうよ」
「……!!お願い!あこも入れて…っ!!!」
「…あこ……ちゃん………?」
「あこ、世界で二番目に上手いドラマーですっ!!一番はおねーちゃんなんですけど!だから……もし、もし……一緒に組めたら……」
今までの話で分かってはいたが、やはりまだ友希那のバンドメンバーは揃っていないようだ。
友希那が大好きなあこちゃんが、それを聞いたら黙っているはずもなく、今も頭を下げて頼み込んでいる。それに、あの目は本気だ、頑張れあこちゃん!
「…ん?リサ……?」
隣でリサが急に立ち上がった。
横顔から見えたその瞳には一点の曇りもなく、まっすぐに友希那を見据えている。
――そうか、リサが本当にやりたいことっていうのは
「よし…リサ、行ってこい!」
「うん!」
背中を押すと、リサは堂々とした足取りで歩きだした。
きっと俺の助けなんて、今のリサには要らない。それでも背中を押したのは、覚悟を決めたリサの顔を見て、友希那と同じぐらい応援したいと思ったからだ。
「ちょっとあなた。私達は本気でバンドを……」
「遊びはよそでやって。私は二番であることを自慢するような人とは組まない。…行くわよ、紗夜」
「――ちょっと待って友希那!!」
「?!…リサ?」
振り返った友希那は目を見開いていた。
先に行こうとした友希那を止めるためだけじゃない。その声にはいつもと違う想いが込められ――、
「アタシも友希那と一緒にバンドしたい!ベースを辞めてからブランクがあって、技術が足りないことは分かってる。それに、並大抵な努力じゃ友希那に追いつけないことだって……でも!アタシは本気だよ。どんなに辛いことがあってもこの想いを変えるつもりはないし、ここで断られたって諦めるつもりもない。――アタシは友希那とバンドがしたい!!」
「リサ……」
「あなたが遊びじゃないことは伝わりました。しかし、自身でも言っていたように技術が足りないのは、私達が目指すバンドにおいて致命的です。ですので、諦めてください」
リサの想いは、俺にも友希那にも十分届いた。だけど、あともう一押し足りない。氷川さんが硬すぎる。
リサの想い――決意が足りなかったからではない。そんなことを言う奴がいたら俺が引っ叩いてやる!リサは全てを出し切った!
「ッ!?…でもアタシは諦めないよ!」
「あこだって諦めない!!」
「ですから……無理だと言って」
「はーい盛り上がってきたとこ申し訳ないが、ここで一旦ストーップ!」
「和也?!」 「カズ兄っ?!」
四人の間を一刀両断して現れたのは、『和也』、『カズ兄』こと、そう――俺だ。
もちろんただただ入り込んだだけではない。俺が割って入った理由はただ一つ!
――足りなかった一押しを押すためだ。
「いきなり何なんですかあなたは?!これは私達の問題であって、あなたは関係のない部外者です、はっきり言って邪魔です!」
「そう熱くなるなよ氷川さん。その状態だと冷静な判断ができなくなって、後で枕を濡らすことになるぜ」
「余計なお世話です!私は冷静に考えた結果、この二人を落とすことに決めたんです」
「そうか、なら早計にもほどがある」
「なんですって?!」
「氷川さんが判断を下したのは早かったっと言った。もう一回思い出してみろよ、この二人を落とした理由を」
「落とした理由?それは――」
そう、リサを落とした理由は、技術不足。
あこちゃんを落とした理由は、本気度が伝わらない。
氷川さんが下した判断は一見、妥当な判断に思える。しかしだ!そもそもこの場で判断をするのが間違っている。
「まずはリサの技術不足。確かにリサ自身が認めてるけど、まだそれが本当かは分からない。リサが言う下手が、氷川さんが言う上手いかもしれない。つまり、人が心に持つ物差しの目盛りは各々で違うってことだ」
「確かにそうですが、やはり自分の判断が間違っているとは思えません。それに、私は今まで色々な曲を聴いてきたので、判断基準が大きく異なることはないかと」
「それなら氷川さんは、リサが弾くベースを聴いたことがあるのか?」
「そ、それは…ありません……」
「氷川さんが言うように技術が大事ってのはよく分かる。真剣にやるにせよ、楽しくやるにせよ、ある程度の技術があるのが大前提で、それが無かったらどちらをやるにせよ成り立たないからな。友希那と氷川さんは多分『ド』が十個ぐらいつく真剣なバンドを目指してるんだと思うから、演奏者の技術に拘るのは大いに結構!だがな、まだ一度も聴いてない実力も分からない演奏者を落とすのは、言ってる事と矛盾になるぞ」
さっきから全く入ってこないのに違和感を感じ、友希那の方をチラッと見てみると、腕を組んだ姿勢で真剣に俺を見ていた。
友希那、お前はいつも冷静だな。と、思いながら視線を戻すと氷川さんが「ぐ……っ!」と歯を強く食いしばっていたので、ここで更にたたみかけるとする。
「次はあこちゃんだ!あこちゃんを落とした理由は……」
「…先程も言った通り、私達のバンドは遊びではありません。例えこの子に十分な演奏技術があったとしても、生半可な覚悟では足手纏いになります」
「あのな、あこちゃんの目をちゃんと見てみろよ。…軽い気持ちに見えるか?」
そう言いながら俺は、あこちゃんを指差す。いきなり指を指されたことに一瞬驚いていたが、「軽い気持ちなんかじゃないですっ!!」とすぐにさっきと同じ本気の目に戻った。
それを見た氷川さんも、自身の過ちに気付いたのか、少し関心したような様子で、
「…見えませんね」
「だろ?作りたいバンドが、女子高生限定なら話は別だが…」
「そんなことありません!!」
「と、すまん、今のは言い過ぎた。とりあえず、あこちゃんの本気は氷川さんに伝わった。これで違わないよな?」
「はい…私の思い違いでした。あなたが言った通り、私は冷静に判断できていませんでした」
「それじゃあ……」
ようやく、二人の想いが伝わったので、やっと次に進める。といっても、実は今からが一番大事――本題だ。
ん?さっきのが本題じゃなかったのかだって?んなわけないだろ。あれは俺がいなくても、二人は乗り越えれた。俺は所謂『触媒』の役割として勝手に名乗り出て、二人の想いが伝わるのを早くしたまでだ。その証拠に、俺の口車と屁理屈でどうにかなった。二人の想いが本物だったからだ。普段だと絶対にこうはならない、十中八九俺は氷川さんにボコボコにされるだろう。
と、振り返るのはここまでにして本題へと移るとしよう。その本題とは――、
「オーディションしようぜ!!!!」
「ま、待ってください、私は二人のことを認めましたけど、まだ湊さんは何も…」
「いいわ。…だけど、気持ちがどれだけあっても、実力が無ければそれまで。オーディションで落とすだけよ」
「友希那ならそう言ってくれると信じてたぜ」
そう、どれだけ想いが強くても、実力が無ければ意味がない、とまでは言いたくないのだが、悲しいことにそれが現実。
リサのブランクによる技術の低下がどれほどか分からない上に、あこちゃんなんてそもそも楽器を演奏できることをさっき知ったばかりだ。そんな不確定要素が並んでる状況で俺ができることとは、ハードルを下げること、ではない。
そもそもそんなことできないが、仮にもしできたとして、何かいいことがあるのだろうか?
確かにリサとあこちゃんは合格しやすくなるが、二人がオーディション――試練を乗り越えたとは言いにくくなるし、友希那と氷川さんからしてみればそれは『妥協した』ということになる。そんなことは四人全員が決して許さないだろうし、それは全力で応援すると決めた俺の決意を曲げることとなる。だから絶対にしない。
ここで俺が本当にやるべきことは、オーディションをするまでの時間を少しでも長く作ること。
オーディションは一回勝負。そして、その一回に実力の全てを出さなければならない。ならば俺は、二人がその一回を万全な状態で迎えるために、さっき上げた不確定要素をできるだけ取り除ける時間を作るというわけだ。
「オーディションは一曲を四人で合わせるセッション。そして、一回勝負。これに異議は無いな?」
「ええ」
「なぜあなたが仕切ってるんですか」
「まあまあ、そこは気にすんな。途中で気に食わないことがあったら、その都度言ってくれればいい」
「…はぁ……わかりました」
意外とすんなり引いていった氷川さんに驚きつつ、俺は次の条件――課題曲へと移る。
こればっかしは友希那依存になるが、演奏するのは一曲に変わりはないので心配することはないだろう。
「じゃあ、次は課題曲。俺的には友希那が今日歌った一曲目の…」
「十曲よ」
「…え…?」
「私が歌っている曲の中から十曲、この後に情報を送るわ。その十曲全てをオーディションまでに演奏できるようになっておくのが条件よ。オーディション本番でどの曲を演奏するかは、直前まで明かさないことにするわ」
「…なあ、リサ。これってやばいよな?」
リサは苦笑いをした。
誰だよ心配しなくていいって言ったやつ、バカかよ?!ああ、俺だよ!バカだよ!!何綺麗にフラグ回収してんだよ!!
――落ち着け…まだ取り戻せる…よし
「…ちなみに一曲弾けるようになるまでどのくらいかかるんだ?」
「えっと~、だいたい一日ぐらい?」
「よし、なら二週間後!っと言いたいところだが、十二日後でどうだ?」
昔漫画で読んだことのある交渉術。先に通らないであろう要求をして、そのあとに本命の要求をすることによって、相手の脳内で『前の要求よりも軽いからいいか』となるよう誘導し、本命を通りやすくする!
しかし、まさか本当に使う日が来るとは思わなかった。しかも、相手は幼馴染。
「一週間後よ」
「うそだろおおおおお?!」
「!?湊さん、それはあまりにも厳し過ぎるのでは?」
「私が求めている最低がこれよ。ついてこれないと言うのなら別に構わない。それは紗夜、あなたも同じよ」
「…分かりました。ならばその挑戦受けて立ちます!オーディション当日までに必ず十曲全て完璧に弾けるようになっておきます」
「そう。…期待してるわ」
なんか向こうで盛り上がっているが、俺はそれどころじゃない。
最悪だ。。恐らく最悪の条件だ。何か穴は、改善策は、起死回生の一手は無いのか?!何もできなかった、他に取り返す手段は――、
「厳しいけど、絶対にアタシは合格する!」
「あこだって絶対に合格するからっ!!!」
「――!?」
は、
何勝手に絶望してんだよ俺。リサとあこちゃんがこんなにもやる気なのに、応援する側の俺がしょげててどうする。下を向くな。顔を上げろ。笑え。
できることが少ないのはもともとだ、変に焦る必要はない。目の前の問題だけに集中しろ。俺なら、
「できる……」
よし、これでとりあえず今は大丈夫だ。
一週間後のオーディションに向けて、俺ができることを少しづつでいいからやっていき、二人の背中を押そう。
「オーディションの情報は後で連絡します。それでは、これ以上ここにいると門限を過ぎてしまうので、私は先に帰らせていただきます。さようなら」
「りんりんどうしよ~~!この時間だとおねーちゃんに怒られちゃうよ~~!!」
「家まで送るから……一緒に謝ろ?」
「りんり~んっ!ありがと~~!!」
「ヤバッ?!もうこんな時間じゃん!?和也、友希那。アタシたちも早く帰ろ」
「ええ、そうね」
「ああ、それじゃあ皆、またな」
オーディションまであと七日。
誓った決意を胸に、満月が浮かぶ空の下、俺たちは三人並んで帰った。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
おそらくこの話から、バンドリ本編にはない道に進むことになります。とはいっても、どういう話になるのかは、私も分かってなかったり…完全に書いてるその時のテンションと思いつきでこの作品は作られているので。今回も書き始めるときになんとなく思い描いてたストーリーとは結構違ったりしますし。
しつこいかもしれませんが、高評価、お気に入り登録、コメントを募集?しています!
特にコメントは一回ももらったことがないので、そこのあなた!記念すべき一人目になってみませんか?(え?なりたくない?そんなー)
と、これぐらいにして、それではみなさんまた次回で、ばいちっ!