お気に入り20人突破しましたー!!ありがとうございます!!!
目標はお気に入り100人なので、1/5達成ですね、まだまだ頑張りますよー!
Roseliaの映画化決まりましたね!!『約束』『Song I am』たぶん2章編成ですよね?!最高です!!ノーブルローズ大好きです!!!!泣きます!!
それでは本編どうぞー
「――どうしてあなたが来ているのですか…?」
腕を組みながら俺の前に立つ翠色の髪の少女――氷川さんは、明らかに嫌そうな表情でそう言った。
「やっぱりそうなるよなー。まあ、実際、俺も今日来ていいのか迷ったわけだし」
「今日はバンドのオーディションです。オーディションを受けないあなたが来るのはどう考えてもおかしいでしょ」
「まあまあ、そんなこと言われたってもう来ちゃったわけだしさ…いいじゃん、な?」
「駄目です」
「そこをなんとか!」
「駄目です!!」
フンッ、とでも言いそうに氷川さんは俺から顔を逸らすが、俺がその程度で諦めるはずもなく「お願いします!」と顔の前で手を合わせて一生懸命に頼み続ける。
俺が今頼んでいるのは、オーディションの見学をさせてもらうこと。
氷川さんが言うように、確かに俺はオーディションを受けないが、あれだけ頑張り続けた二人を近くで見ていたのだから、そりゃ本番だって見たくもなるだろう。
「頼む!」
「何度言ってきても私の意見は変わりません!…そもそも、あなた自身も今日来るのに疑問を抱いていたというのなら、どうして来たのですか?」
「それはだな…」
――時は、数十分遡る。
「んー…そもそも俺って今日行っていいのか…?」
「あれ?和也、何してるの?」
「…あ、リサか。ちょっと悩んでて…って、あこちゃんもいたんだな」
俺が通っている高校の校門前。どうしようかと悩んでた俺を見つけたリサが声をかけてきた。
「カズ兄ーっ!」と今日も元気なあこちゃんに手を振り返していると、リサが俺の顔を少し覗き込んで、
「それで、悩みごとって?…もしかして、この後のオーディションのこと?」
「ああ、ズバリ言うとそうだ。…ほら、俺ってオーディション受けないからただの見学者じゃん?要らない存在じゃん?」
「そこまでじゃないと思うけど…いなくても別に問題は無いって意味では確かにそうかもねぇ…」
「だろ?だから、俺が行っても、スタジオに入れてもらえないんじゃないかって思ってな。友希那と氷川さんが許してくれるかどうか…」
「――私は構わないわ」
リサとあこちゃんの後ろから出てきたのは、綺麗な銀髪を風になびかせる友希那だった。
リサがあこちゃんと一緒に向かうというのに、友希那がいないのはおかしいと思ってはいたものの、まさか後ろに隠れていたとは。
「友希那…お前、いつからいたんだよ」
「初めからいたわよ」
「ならもっと前に出て来いよ!」
「まあまあ、とりあえず友希那が来ていいって言ってくれてるわけだしさ、このまま一緒に行こうよ☆」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ってなことがあってな」
「つまり…湊さんは許していると?」
「つまりそういうことになるな」
「…」
今まで動く気配のなかった氷川さんが、考える仕草をした。
これが何を意味するか分かるだろうか?そう、氷川さんの心が動きかけているということ!
例えるなら、重いものは一度動き始めるとその先は容易に動かせるようになるのと同じ。
つまり俺の勝ちが近づいてきているということだ。
「ってなわけで、な?友希那は許してくれているわけだし何の問題もないだろ?だから俺は見学させてもら」
「あなたが言っていることが嘘の可能性もあります。それに、仮に本当だったとしても、まだ私はあなたを見学させる必要性は無いと考えているので、このことについては湊さんと話し合いたいと思います」
「…まじか……」
どうやら、さっきのは俺の思い違いだったらしく、氷川さんの心はアロン〇ルフアか何かで固められているのか、と疑ってしまうほどには硬く動かなかった。ってか、いくら何でも硬すぎるだろ。
「…はは…今日も今日とて氷川さんは相変わらず守備かてぇなぁ……」
「不快に感じたので、今のような言い方はやめてください」
「はーい。…ッじゃなくて、分かりました!!」
睨んできた。今確実に睨んできた!氷川さんの無言の圧力を前に、俺の神経が逆らってはいけないと警報を鳴らした!!
それと同時に、氷川さんと初めて話した時に感じたことは間違いでは無かったということが証明され、俺の中にあった一つの疑惑が確信へと変わる。
――俺、氷川さんのこと苦手だ。
「和也、まだ頼んでたの?」
「カズ兄、何か分からないけど大丈夫?」
「…リサ…あこちゃん…二人はやっぱり優しいな…」
カウンターで受付をしていた女神と天使――リサとあこちゃんが戻ってきた。
このことは俺にとって、凄く喜ばしいことだ。もちろん、二人の優しさが傷ついた俺の心を癒すからでもあるが、今はそれよりも、受付が終わったという事実がでかい。受付にはリサとあこちゃんとあともう一人が向かっていたからだ。
まだ分からないって?つまりだな――、
「まだやっていたの?」
「やっと来てくれたか友希那!!!」
「稲城さんがオーディションを見学することを、あなたが許可したと聞きましたがそれは本当ですか?」
「ええ」
「頼む友希那!俺が見学できるよう氷川さんを説得してくれ!」
「静かにしてください」
「…はい……」
落ち込む俺をあこちゃんが「大丈夫?」と心配そうに見つめてくる。それによって救われたのでお礼を言うと、「どういたしまして!」と笑ってくれた。やはり、あこちゃんは天使のようだ。
またも天使のおかげで立ち直れたので二人の会話に耳を傾けると、氷川さんが言っていたように俺をどうするかを話し合っていた。
「彼にはオーディションが終わったらすぐに出て行ってもらうつもりよ」
「それなら見学自体させなくてもいいのでは…?私には稲城さんが見学をする必要性が一つも分かりません…何か理由があるのですか?」
「あの夜にその場にいた。それが彼の見学を許した理由よ。紗夜、あなたのギターは、オーディエンスが一人いるだけでパフォーマンスが落ちてしまうような弱い音なの?」
「違います!」
「そう、なら断る理由も無いわね」
「…分かりました…っ!」と歯を食いしばる氷川さんの顔は、明らかに認めていない人の表情だ。
それでも、言葉だけでも認めたのは、氷川さんの性格が関わっているのだろう。おそらく、氷川さんは負けず嫌いで、友希那の挑発するような言葉に食いついてしまったのだろう。と、予測を立ててみたのは、氷川さんを知って苦手な気持ちを少しでも軽減させるためだ。
前にも言ったが、友希那のバンドメンバーになるのならできるだけ仲良くなっていきたい。リサとあこちゃんが合格すればなおさらの話だしな。
「まあ、それぐらいで直るなら元々苦手にはならないか」
「和也ー、来ないのー?」
「もちろん行きます!行かせてもらいます!!」
リサに笑われながらスタジオに入ると、氷川さんと目が合った。また睨まれるのは勘弁なので、すぐさま目を逸らし、どこか逃げ場はないのかと首を振ると近くに友希那を見つけ、ちょうど話したいこともあったので隣にへと近づく。
すると、近づく俺に気付いた友希那は、「何?」と小さかったが俺に確かに聞こえる声で呟いた。
「オーディションっていつからやるんだ?」
「それぞれの準備が終わったらすぐに始めるつもりよ」
「なるほどね…それで、次が本当に聞きたかったことなんだけどさ。――友希那は、二人が合格すると思うか?」
俺の質問に対し、友希那はそっと目を閉じる。そして、沈黙。
5秒にも満たない沈黙の後、友希那は力強く、それでいて、いつもと変わらない落ち着いた口調で、
「それは二人の実力次第、実際に演奏するまで私には分からないわ。ただ、私は幼馴染だからと言って合格の基準を下げることはない。それだけは確かよ」
そう言い終わると瞼を上げ、俺の目をジッと見つめてくる。そこに立つのはもう、俺がよく知っている幼馴染ではない。
俺の隣に立っているのは、音楽に全てを捧げた孤高の歌姫――湊友希那。
「そっか…ありがとよ。ここでお前に贔屓なんてされたら頑張ってきた二人が可哀想だからな、その言葉が聞けて良かったぜ」
「そう」
「それと…!」
俺は友希那の前へと移動し、向かい合う形になる。そして、今までのお返しと言わんばかりに友希那の目を真っ直ぐに見つめながら、鋭く伸ばした人差し指を目の前に突きつけた。
その姿はまさに、強者へ果たし状を突きつける挑戦者が如く!
「このオーディションでリサとあこちゃんの二人は、必ず合格してお前のバンドに入る!!!」
「――――」
「余裕な面して構えてたら足元掬ってやるからな。二人の演奏にビビッて途中で歌うの忘れるなよ?」
――湊友希那への宣戦布告。
応援すると誓ったが、それはあの日のライブの借りを返してからだ。
「――楽しみにしてるわ」
そう言い、立ち去る時に友希那が見せた瞳は鋭く、逞しい。
――正面から受けて立つ。
そんな覚悟が籠っているように感じた。
「…はっ、やっぱ強ぇな孤高の歌姫」
「ちょっと和也!なんで友希那にあんな挑発するようなこと言ったの?!」
「そうですよ!あれじゃあ、まるであこたちが…」
「お、リサ、あこちゃん。準備はもういいのか?」
「え、うん、バッチリだよ☆」
「って、そうじゃなくて!」と、突っかかってくるリサを軽くいなす。
リサがこんな風に言ってくるのも当たり前だ。リサ、あるいはあこちゃんが友希那にさっきの俺みたく言うのは、うわぁスゲー熱いな、となるだけでまだ普通なのだが、今回言ったのはそのどちらでもないこの俺だ。そりゃ、どう考えてもおかしいから、文句の一つも言いたくなるだろう。
「だけどな、二人共よく聞け」
「「??」」
「二人の頑張りとその成長は、ずっと見てきた俺が保証してやる。だからもっと自信を持てよ、二人の音は確実に良くなってるんだからな!」
リサは、倒れても尚弾き続けようという強い意志の下頑張り続けた。
あこちゃんは、特訓終わりにはいつも両手が酷使し続けた反動によって震えていた。
二人は間違いなくこの一週間で限界を何度も超えた。それでもまだ自信が持てないと言うなら、俺が背中を押して、気付かせてやる。
「「――――」」
「あの…二人共?」
俺がやらなきゃ誰がやる!と、俺はそんな勢いで言ったものの、こうも反応が返ってこないと「おーい」と手を振りたくなるものだ。
黙りこくる二人の顔を不安気に見ていると、あこちゃんがいきなり目を輝かせて、
「カズ兄超カッコイイ~~っ!!あこ、カズ兄が言ってくれたようにもっと自信持つ!」
少し驚いたもののすぐに「その意気だ!!」と、また鼓舞する。すると、それを見ていたリサが少し笑った。
「上手いこと丸め込まれた気はしなくはないけど…。うん、和也にそう言われちゃったら嫌でも自信湧いちゃうじゃん」
「いいじゃねぇか。オーディションの前だ、自信過剰なぐらいが丁度いい!」
「ははっ、和也らしい♪」
「そりゃ、俺だからな!」
自信だけではどうにもならないことは沢山ある。今の俺がいきなりオーディションを受けたところで合格はあり得ない訳だしな。
しかし、そもそも自信が無ければ何もできない。例え、成功させる実力を持っていたとしても、自信が無ければその実力が十分発揮されることは無い。この二人が不合格になった時、原因がこれだと今までの努力が無駄になる。
それだけは何としてでも避けたかったから、とりあえず一安心。
「よし、それじゃあ自信も持ったことだし最後に…ん!」
「?…ああ、なるほどね♪」
「あこもあこも~」
「もちろんだ!」
俺が出した拳に二人の拳がぶつかる。
そして、それぞれの目に映るお互いの顔を見て、ニッと笑い合い――、
「ありったけをぶちかまして来いよ!!」
「闇に封じられし我が力、今こそ解き放つ時!!」
「えっ?!お、おーーー!!」
予定に無かった円陣の結果は見ての通り。見事なまでに掛け声はバラバラで、少しも締まりが無い、そんな何とも言えない感じになった。
それでも、不思議と気にはならなかった。気になったことと言えば、おそらく氷川さんのものであろう後ろからの視線ぐらいだろうか。
「…もういいかしら?」
「ああ、バッチリだ!…って待たせてたなら悪かったな」
「いいえ、丁度準備が終わったところよ」
「そうか、なら今から」
「ええ、オーディションで演奏する曲を発表するわ」
友希那は氷川さんを呼び、全員揃ったのを確認すると前に立った。
前に立つ友希那の姿を見ると、もうすぐ始まるオーディションへの緊張が走り、息を呑む。
「演奏してもらう曲は、この曲よ」
「その曲ですか、分かりました」
「ふー…よしっ!アタシならできる!」
「やったー!あこの大好きな曲だーっ!!」
それぞれ思い思いの反応を取る中、ただ一人俺は、言葉を失くしていた。
決しておかしいところは無く、この曲が選ばれる可能性は十分にあった。
しかし、この曲は――、
「あの日と同じじゃねぇか…」
一週間前のライブハウスと同じ。
知らなかった幼馴染の一面を知った曲。
一瞬にして俺の心を虜にした曲。
――今までに無かった感覚をくれた出会いの曲。
「確かにうってつけってわけだな…この曲はよ」
友希那がどういう理由でこの曲を選んだのかは分からない。いや、俺がこうして思っている理由とは全く違うのだろう。
しかし、今は何故かこの曲が選ばれたのは必然としか思えなかった。
「それじゃあ、始めるわよ」
「はい!カズ兄、あこのカッコイイドラム見ててね!」
「ああ、ちゃんと見るしちゃんと聴くっての。もちろんリサのベースもな」
「うん、ありがとね」
そう言うと、リサとあこちゃんはそれぞれの配置につき、一つ息を大きく吐く。それを見て、俺も一息。そして、四人の中心に立つ友希那を見る。堂々と立つその姿は、一週間前のステージで歌う姿を彷彿とさせた。
友希那は全員を見て「いくわよ」と意思を伝えると、マイクが音を拾うほど大きく、息を吸い、そして――、
「――やっぱり…すげぇ……」
この曲はボーカルのソロから始まる。
二人の演奏を聴くと言った手前、それまでは呑まれてはいけない、と何とか堪えてはいるものの、真っ直ぐで透き通った友希那の歌声が作り出す世界に、全身が着々と呑まれていくのを感じる。
――歌声が消えた。
その瞬間、楽器隊が一斉に音を奏で合う。
それはまるで、作り出した世界を広げるかのように。奏でられる音は世界に色彩を与えてゆく。彩られていく世界に俺は為す術も無く圧倒される。
そして、歌声、ベース、ギター、ドラム――全てが重なり合った時、俺は完全にその世界に呑み込まれた。
「――――」
沈黙。
演奏が終わると、スタジオから音は無くなった。
誰も何も言わない。いや、何も言えないの方が正しい。
この場にいる誰もが目を見開き、唖然としていた。
「……」
数秒後。誰も動けない中、初めに動いたのは友希那だった。
友希那はリサ、氷川さん、あこちゃんの順にゆっくりと顔を向け、目を合わせてゆく。すると、それをきっかけに、まるで解き放たれたかのように全員が少しずつ動き始め――、
「……あ…あの…」
沈黙を破ったのは、恐る恐る発されたような小さな声だった。
しかし、全員の耳にその声は届き、声を発した少女――あこちゃんの方へと向く。
「い、今の演奏……あことリサ姉はどうでしたか…?」
「よ…かった。ええ、よかったわ。紗夜はどう?」
「私も同じです…ですが…今のは…」
「えっと…つまりあこたちは…」
「合格よ。リサ、あこ、これから同じバンドメンバーとしてお互い高め合っていきましょ」
友希那は少し微笑みながら、優しい声でそう言った。その直後、あこちゃんの顔が一瞬にして明るくなり――、
「ぃやったぁーーーーーーーっ!!!!リサ姉!合格!合格だよ!!!」
「――ッ!!」
まるで感情を爆発させたかのような喜びの声が、スタジオを満たす。それはいつも元気な声よりも明るく、大きい。おかげで未だに呑まれていた意識が戻った。
「カズ兄!!あこ達、合格したよ!!」
少しすると、リサの手を引いたあこちゃんが駆け寄って来た。
二人を笑顔で迎える俺もあこちゃんと同じく胸は喜びの感情に満ちている。そして、それを隠すつもりもないので、あこちゃんに負けないぐらいの声で、
「ああ!おめでとうあこちゃん!!おめでとうリサ!!」
「ありがとう!!あこたちが合格できたのはカズ兄の応援があったからだよ!ね、リサ姉?」
「う…うん…っ!」
応援した相手から感謝される。応援する側の俺にとってこれ以上の労いは無いのかもしれない。
涙が奥から込み上がってくるのを感じるが、流石にそれは見せられないと必死に押さえ付ける。
「二人共そんな嬉しいこと言ってくれちゃってよ…俺泣いちゃうぞ!…って、リ、リサ…?」
込み上がる涙を誤魔化すように、腕で目を擦る動作をしながら冗談めいた感じで言った。
しかし、ここで予想外の景色が視界に入り、俺は困惑してしまう。それはリサの瞳から大粒の涙が――、
「…っ…ごめん…見ないでっ……!」
「あ、ああ」
顔を赤くし涙を拭うリサを見ないように俺はすぐさま後ろを向き、頭を抱えた。
涙にはめっぽう弱い。泣いてるところを見ると頭が真っ白になり、何をしたらいいのか分からなくなる。
「……悪かった」
これが俺がかけれる唯一の言葉だった。
他に思い浮かぶのはどれも感謝の言葉。今のリサにかけてしまっては、涙を止めるどころか加速させてしまいそうで言えなかった。
とりあえず落ち着くまで待とうとしていると、後ろから服を引っ張られたので、近くにいるもう一人の少女だと思い、
「ん…?あこちゃん、ごめんだけど今はちょっとそっち向けな」
「和也…」
「リサ?!」
まさかのリサの声に思わず驚いてしまった。
咄嗟にあこちゃんを探して、周りを見ると、いつの間にかあこちゃんは友希那の方に行っていた。全く、このタイミングで行くかよ。
「えっと…なに?」
「…こっち向いて」
「…いいのか?」
返事はない。しかし、その代わりかのように再び服を引っ張られた。
俺は深呼吸を一回して、振り返る。そして、視界に映ったリサが何かを言おうと口を開いた時――、
「――リサ、本当によく頑張ったな。ありがとう」
気付いた時には言葉が出ていた。
――言わないつもりだったのに。
そう後悔した。しかし、再び涙を流すリサを見た瞬間、そんなものは消え、別の感情が湧いてきた。だから、彼女の零れ落ちる涙をそっと拭き取ると、少し微笑みながら潤んだ瞳を見つめ、
「リサには笑顔が一番似合う。俺はリサの笑顔が見たい。…だからもう泣かないでくれ」
収まってきていた涙を再び加速させたのは俺の言葉だ。だから、泣かないでくれと言うのはおかしいのかも知れない。しかしリサには笑っていて欲しい。
そうだ、これはただの俺の願い――我儘だ。
すると突然、リサが手を伸ばしてきたかと思うとそのまま掴まれ、回転させられた俺は訳も分からないまま再び後ろを向く。
「泣き止むから…!…だから、今は振り向かないで…っ…!」
「あ…ああ」
強く放たれた嗚咽が混じったリサの言葉を拒むことはできるはずもない。鼻をすする音が後ろから聞こえる中、振り向かずに黙って過ごした。
「ありがと…もういいよ」
「分かった……その、悪かったな」
「ううん、和也は何にも悪くない」
「そっか……」
ふと、張りの無い声が零れた。
すると、一発。
目の前のリサが手を叩き、
「アタシはもう泣き止んだんだし、この話はおしまい!ほら、和也もそんな顔しないで笑って笑って♪笑顔の方が好きなんでしょ?」
腫れた目、残った涙痕、ほんのりと紅い頬――。
一目でも分かるほど、リサの顔には泣いた跡はまだ残っている。しかし、リサの声は弾んでいるようで明るかった。
「ああ、笑顔が一番好きだ!リサも似合ってるぞ」
――いつもの温かい笑顔だ。
我儘を聞いてくれたリサの要望に俺も応え、笑顔を浮かべる。それに対し、リサは「知ってる」と再び笑いかける。
「さっきの和也の真似をしたんだけどさ、どうだった?」
「どうだったって言われても俺自身のことはよく分からな」
「ですよね!!あこもそう感じました!!!!」
突然会話を遮ったあこちゃんの声に、俺とリサは肩を弾ませる。
何事?!と思っていると、どうやらリサも俺と同じで気になったようだったので、友希那達の会話に加わろうと提案すると案の定乗ってきた。だから、俺とリサは何か考えている様子の友希那達の方へと近づき、
「あこ、さっきの声凄かったけど何かあったの?」
「リサ姉!リサ姉もさっきの演奏の時、こうバーン!ってならなかった?」
「ば、バーン…?」
「宇田川さんが言いたかったのは、先程の演奏中に何か不思議なことが起こらなかった?だと思います。…私もなんと表現すればいいのかわかりませんが…こう…自然と体が動いて、いつもより上手く演奏ができてるような…」
「!アタシもなった!!ってことは友希那も?」
「ええ。…恐らくこれは、その場所、曲、楽器、機材、メンバー。技術やコンディションではない、そのときの、その瞬間にしか揃いえない条件下でだけ奏でられる音――」
「バンドの…醍醐味とでもいうのかしら…?雑誌のインタビューなどでみかけたこと見かけたことがあるけれど…まさか…」
「あの~」
「ちょっといいか?」と右手を顔の高さまで上げると、一斉に視線が集まって、少しビクついてしまう。それを誤魔化すように咳ばらいをすると、氷川さんの視線が強くなった気がしたので逆効果だった。
と、氷川さんも俺のこと嫌ってるっぽいなぁ、とかそんなことは置いといて。「それってさ」と前置きを置いてから、続きを言う。
「演奏してる皆の心が合わさったってことじゃないのか?」
三位一体ならぬ四位一体!
言った瞬間に四人は、有り得ない!って表情をしたのを見れば一目瞭然なのだか、その前からこれを初めてのセッションで起こすのは有り得ないことだと言うことは、音楽知識からっきしの俺でも分かっていた。
しかしだ。
有り得る、有り得ないも何も、実際に起こったのだからこう言うしかないのではないか。
「これは聴いてた側の感想だ。皆の演奏が作り出す世界に始まってすぐに呑み込まれた。あの演奏は俺が今まで聴いてきた中で、一番心に来るものがあったと思うぞ」
最後に「どんな歌よりもな」と友希那の方を見ると目が合った。
しかし、友希那は俺が視線を送った意味を悟れなかったのかキョトンとしてから、
「そう。和也がどんな音楽を聴いてきたかは知らないけど、そこまでの演奏を四人でできたのは良かったわ」
「はい。彼の感想を置いといたとしても、このジャンルにおいて重要なキーボードがいないこの状況で、あれだけの演奏をできたのは大きいことです」
「スタートダッシュ大成功☆って感じかな?」
「やたーーっ!カズ兄の一番だ~!」
「おう、一番だぞ!…って」
友希那と氷川さんのセリフに少し引っ掛かった。特に氷川さん。
サラッと俺の感想を置いとかれたのもあるが、今はそれよりも気になったところがあるのでスルー。
「氷川さん、今言ったこともう一回言ってくれ!」
「?…はぁ。このジャンルにおいて重要なキーボードがいないこの状況で、あれだけの演奏ができたのは大きいことです」
「――!つまりあれだよな?!その重要なキーボードが加われば、さっきのを超えるってことだよな?!」
「……そうですね。実力のあるキーボードが加われば、その可能性は十分にあるかと」
やはりだ。俺が感じた引っ掛かりは間違いでは無かった。
初めてのセッション、そして、メンバーが揃っていない不完全な状態であれだけの演奏。つまり、この先キーボードが加わり、練習を重ねて息を合わせてゆけばさっきの演奏を凌駕することはほぼ確定。
「伸びしろありすぎるだろっ……!」
確信した。俺が次にやるべきこと――、
「俺もキーボードのメンバーを探す」
友希那とリサの夢を叶えるにはバンドの完成は不可欠な要素だ。それなら、二人を応援する俺は少しでも完成が早くなるように尽力するしかないだろう。そう思い、提案した。
しかし、それを聞いた氷川さんの反応は、良くなかったどころの話では無く、それはもう最悪だった。誰よりも早くに「やめてください」と俺を鋭く見ると、
「メンバーを探すのは完全にバンドの問題です!それに、今回のオーディションもですが、私はバンドメンバーでないあなたがこうして深く関わってくることを良く思ってません!私達が目指しているのは頂点。決して生半可な気持ちでは無いんですよ?!」
「このバンドが本気なのはとっくに一週間前から分かってる!さっきの演奏近くで聴いて、全員が俺が今までにしたことのないくらい努力してきたことが伝わった!だから、何か力になりたいと思ったんだよ!!」
「そうですか、しかし、あなたの助けなんて最初から頼んでません!」
「――!!だとしても!」
「ちょっと二人とも落ち着いて!!喧嘩は駄目だって!」
リサが間に入り、俺と氷川さんを離す。そしてリサが「らしくないよ」とこっちを見てきて、ふと我に返った。
それでも、一言書いただけで本気で言っていると伝わってくる氷川さんの声に激化された応援したい――力になりたいという強い想いは変わらない。
「…ごめんリサ、ついカッとなった。だけど断られても俺は」
「和也の想いは分かってる。…紗夜、和也はふざけることも多いけど、こういう時は真剣にやるし、ちゃんと信頼できる人だから。メンバーを探してもらうぐらい良いじゃん、協力してもらおうよ」
「そうですよ紗夜さん!カズ兄はいっぱいあことリサ姉の応援をしてくれましたし、それに、メンバーを探す人数は多い方が良いと思います!」
「…それなら一つ聞きますが、あなたにはキーボードを弾ける知人、もしくは何か当てはあるんですか?」
「そ…れは……」
向けられる視線は変わらなかったが、さっきとは違って少し落ち着いた声で言われた質問に、俺は答えられなかった。
すると、氷川さんは「そうだと思いました」と溜息をつき、
「あなたがどれだけ本気なのかは知りませんが、私達の力になれる手段を持っているとは思いません」
心を深く抉る痛撃。
それでも俺は、力になってくれようとしたリサとあこちゃんの為にも、そして、俺自身の決意の為にも痛む胸を無視して必死に食い下がろうと――、
「でも、それでも、俺でもメンバーを見つけれる方法はあるはずだ…!」
「遊びのバンドなら見つかると思います。しかし、このバンドに見合う人を見つけるのは無理でしょう」
「そうとは限らないだろ…色々なライブハウスに行って、それで、良いと思った人を見つけて声をかければ…」
「さっきも言いましたが、あなたはこのバンドのメンバーではないんですよ?少なくとも私は、今のあなたからバンドへの勧誘を受けても相手にはしません。時間の無駄に終わりそうなので」
「――ッ!?」
何も言い返せない。氷川さんが言ってることは全て事実だ。
技術の良し悪しがあまり分からない俺が連れてきた人など何の保証も無い。それに、例え技術とやる気を持っている人がいたとしても、何も無い俺の勧誘なんて受けるはずがない。
――駄目だ。俺には何もできない。
「オーディションが終わってから話し過ぎました。時間がもったいないです。稲城さん、練習を始めるので出て行ってください」
「ちょっと紗夜!その言い方は無いんじゃない?!友希那も何か言ってあげてよ!」
「いや、いいんだリサ。元々そういう約束だったんだ気にしないでくれ」
壁際に置いていた鞄を持ち、扉へと向かう。
扉の前まで行き、振り返るとそこはオーディションが始まる前とは全く違う様に見え――、
「空気悪くしちゃってすまない。氷川さん、これは俺の責任だから攻めるなら俺だけにしてくれ」
「ええ、そのつもりです」
「そういうことだリサ、あこちゃん。俺のことを心配してくれるのはありがたいけど、これは調子に乗りすぎた俺が悪い!まぁ、気にするなとは言わないけど、演奏には集中しろ。じゃないと俺が悲しむし、後味悪くなる。だから俺のために、頼む」
「…分かった」「…うん」
この二人ならきっと俺の頼みを聞いてくれる。
その想いだけは届いたようで、俺はリサとあこちゃんに「ありがとう」と笑いかける。
そして、これ以上時間を取らせるのも悪いので扉を開け、大丈夫だと伝えるために明るい声と笑顔を無理矢理作って、
「皆練習頑張れよ!!」
そう言いながらゆっくりとスタジオから逃げ出し、できるだけ音が鳴らないように扉を閉める。
その瞬間、全身の力がどっと抜けた。
「…は…はは…」
乾いたような笑い声。
誰もいない通路ですら響かないこんな声は、決して中には届かない。
体重を預けている防音扉は、頼もしさとともに冷たさを絶えず与えてくる。
「……ああ…まいったな……こりゃ…」
重い。
一人歩く帰り道は、いつもより暗く、長く感じた。
――――――――――――――
―――――――――
――――
――
一人、外を歩いていると、ズボンのポケットから振動と聞き慣れた音が鳴った。俺はそれに反応するとすぐさまポケットに突っ込むと、音の原因である携帯を取り出し、足を止める。
パスワードを打ち、開かれたホーム画面から緑色のアイコンをタップして、一番上に来たトーク欄を開く。何百、何千までに届くかもしれないほどやったこの動作はもはや体に馴染み、目を瞑ってでもできるかもしれない。
「お、昨日のバンド練も良かったみたいだな」
リサから届いたメッセージに目を通すと、自然と口角が上がった。
どうやら相変わらずバンドの調子はいいようだ。
それがどうも嬉しく思えて、一人で鼻歌を歌ってみたり。
「って…もう一週間以上経つのか」
口ずさんだ曲があの曲であるとふと気づき、時の流れの速さを実感する。
オーディション――リサとあこちゃんが合格して晴れて友希那のバンドに入ることになったあの日から、今日で十日ぐらい経ったのだろうか。
「……あの曲また聴きたいな」
二度も初めてをくれた出会いの曲。
孤高の歌姫――友希那がステージで歌ったその曲はまだ覚えている。しかし、オーディションで四人に奏でられたその曲は違ったように思えた。
――見えた世界が違った。
とでも言えばいいのだろうか。ああ、分からない。もう一度聴きたい。
「ああ、そうそう。こんなリズムだったな……」
ふと聞こえてきたメロディを目を瞑りながら聴き入る。
すると、瞼の裏にはオーディションでの演奏が鮮明に映し出され――、
「あれ…この音って」
今も耳に届き続けている音は、ピアノの音だった。
ベースでも、ドラムでも、ギターでも、ましてや誰かの歌声でも無い、滑らかで綺麗なピアノの音だった。
それはおかしい。
あの曲は友希那が作った曲だ。どれだけ孤高の歌姫が凄くてもまだCDとして売られてない。つまり、楽譜も公表されて無いはずだ。もちろん今までにあの曲のピアノバージョンなんて聞いたことがない。
いや、そんなことはどうだって良い。
俺が一番驚いていることは他の要因だ。
「似ている……!?」
オーディションの演奏に似ていた。細かく言うと少し違うのだが、あの時の演奏を彷彿とさせた。あの時いなかったキーボード、ましてや、ピアノでだ。
同じ曲でも、演奏者が違えば別の物に聴こえるはず――、
「だぁー!意味がわからねぇ!とりあえず行動だ!!」
分からないなら答えを見ればいい!
答えを見れるならの話ではあるものの、今回は幸運にも答えは近くにある。
俺は聴こえてくるピアノの音を頼りに周りを探した。
そして、すぐに見つかり、とある家の前で立ち止まって確信を得る。
この家からピアノの音は聴こえていると。
「――まじかよ」
その家の表札には、知っている名字――『白金』の文字が記されていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
少し今回はいつもより長いです。千文字ぐらい。
あと、一応言っておきますけど、私は紗夜さん大好きです。三番目に好きです。嫌いではありません。大好きです。大好きです。
お気に入り、コメント、高評価待ってます!どしどし送ってくれたら嬉しいです!
それではまた次回にお会いしましょー!皆さんばいちっ!