青い薔薇に棘があろうと握った手だけは離さない   作:ピポヒナ

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 こんにちは、ピポヒナです。
 お気に入り登録が25人を超えました!ありがとう!!
 そしてドリフェス完全勝利しましたV
 
 今回はちょっと急いでて最後のみなおしができていないので誤字脱字があると思います。できるだけ早めに修正していくので、それまではフィーリングでお願いします。

 本編どうぞ!

 追記、五月一日、0時40分に一部分変更しました。あと、誤字脱字も修正しました。




6歩目 最後のピース

 

 

 

 ――まさかの衝撃が襲った後も、流れるピアノの音に聴き入っていた。

 

「うめぇ…」

 

 オーディションでの演奏と似ているのもあるが、壁越しだがこうして近くで聴いてみると他にも感じるものがあった。

 遠くからでもこの曲の世界を感じれたほどの表現力。そしてそれを可能とする高い技術力。

 技術どうこうが分からない俺でも分かる。きっと氷川さんが聴いても認めるレベル。それこそ友希那達のバンドに加わっても遜色無い。

 いや、これは間違いなく――、

 

「見つけたぜ、キーボードのメンバーをよ!」

 

 確信した。この人が最後のメンバー。

 ああ、この音が聞こえてきたのはきっと神様が俺の背中を押してくれたんだ。そうに決まっている。

 

「って…、そんなわけないだろ俺。調子乗るのは大概にしろってんだ」

 

 特に最近は調子に乗りすぎていると自覚しているし、調子に乗った結果オーディションの時に痛い目も見た。――まあ、今でも諦めては無いが。

 とりあえず熱くなりすぎると、周りが見えなくなるし冷静な判断もできなくなる。深呼吸だ。心を落ち着かせろ。

 

「そもそも『白金』っていっても、他に…あ、いつの間にか終わってるし…」

 

 ふと気が付くと、ピアノの音色は聴こえてこなくなっていた。もう少しちゃんと聴きたかったが、色々考え事をしてしまった俺が悪いので文句は過去の俺にどうぞ。ばかやろー。

 よし、話を戻そう。俺が今までに会ってきた中で『白金』という名字を持った人物は一人の少女――白金燐子しかいない。それに、ライブハウスで見た時の白金さんの制服はここら辺でも見たことがある。だから、白金さんがここら辺に住んでいても何の不思議でもない。が、俺が知らないだけで他にも『白金』の名字を持った人がいる可能性もある。

 要約すると、分からないということ。

 

「…聞くしかないか」

 

 いくら一人で悩んでいたも、そもそも俺は正解を知らないから正解に辿り着くことは無い。ならば、知ってる人に聞けばいい。俺の携帯にはオーディションの一週間前から、白金さんのことをよく知る少女の連絡先が入っていることだしな。

 俺は携帯を取り出すとすぐさまアプリを起動し、その少女を探す。あった。カッコイイアイコン。そして、ふと時間を見て焦りながら電話をかけた。

 すると数秒後、右耳から聞こえてくる着信音が途切れ――、

 

『もしもしカズ兄?どうしたの?』

 

「どうしても聞きたいことが二つあってな。…少しで良いから時間取れるか?」

 

『スタジオ入るまでなら大丈夫!』

 

「ああ、ありがとう。俺も極力すぐに終わらせるから」

 

 白金さんのことをよく知る少女――あこちゃんは『分かった!』と前と変わらない元気な声で返事をする。その後ろからはリサや氷川さんの声が微かに聞こえ、電話をかけたのがバンド練習が始まるギリギリ直前だったということを改めて実感した。

 

「まず、キーボードってピアノできる人なら弾けるよな?」

 

「うん!この前友希那さんが、探しているキーボードのメンバーはピアノが弾ける人でもいいって言ってたから大丈夫だと思う!!」

 

「そうか、よかった!」

 

 ピアノとキーボードは鍵盤を押して弾くという根本的な部分は変わらないが、大きさだったり音だったりと、二つの楽器の間には異なる点がいくつかある。そのためサッカーとフットサルのようにそれぞれ異なった技術が求められるのではないか、そしてその違いが致命的なものではないのか。そういった不安が何気に渦巻いていた。

 とりあえずこれであのピアノの音を奏でていた人が、俺が知っている白金さんじゃなくても大丈夫という保険ができた。だが、俺としては白金さんだった方が何よりも嬉しい。

 

「…って、贅沢は言ってられないか」

 

『今のを聞いてくるってことは…もしかしてカズ兄!キーボードのメンバー見つけてくれたの?!』

 

「もしそうだったら俺自身も嬉しいけどなー、残念ながらあこちゃんの期待にはまだ応えられない」

 

『えーー……ん?今カズ兄『まだ』って言ったよね?』

 

「ああ、候補になりそうな人を見つけた」

 

 『ホント!!』と喜ぶあこちゃんの声を電話越しに聞いていると、何だか騙してるみたいで申し訳なさを感じる。

 まだ候補になると決まっていないし、その相手の情報を正確に掴めていないからな。――そのために今こうして電話をしているのだが。

 

「それで、その候補になりそうな人ってのが白金さんの可能性があるんだけど…白金さんってピアノやってたりする?」

 

『え?!りんりんが?!』

 

「そう、りんりんが」

 

 そこまで白金さんと仲良くなってはいないが、ちょっとした俺の遊び心ということで。ね?

 反射的にふざけてしまった俺とは裏腹に、あこちゃんは『うーん』と真剣に記憶を蘇らせ、

 

『あこ、りんりんがピアノやってるって聞いたことないかも』

 

「そっか…」

 

『でも、あこが知ってないだけかもしれないから明日りんりんに聞いてみるね!』

 

「ああ、頼む」

 

『――――、はーい!リサ姉が呼んでるから切るね‼バイバイ、カズ兄!!」

 

「ありがとうな、あこちゃん。バンド練習頑張れよ!」

 

 あこちゃんの元気な返事を最後に通話が切れ、俺は携帯の電源を切ってポケットに入れた。そして、右手を顎に当てて思考をめぐらす。

 

「…どうすっかな」

 

 あこちゃんが白金さんのことをよく知ってるとはいえ、全て知っているわけではない。付き合いがそこそこ長い達哉だって俺に幼馴染がいるってことを知らなかったぐらいだしな。

 しかし、見当が外れたとでもいうべきか、あこちゃんが知らないのは結構意外だった。

 

「結局どっちの可能性も消えないままだしな」

 

 あこちゃんが言った通り、あこちゃんが知らないだけかもしれないし、単に白金さんはピアノをやっていないだけかもしれない。白金さんのピアノを弾いている姿を容易に想像できるのだが、これは期待が膨張している証拠だろう。

 今の俺が取れる行動といったら、数歩歩くだけで手が届く場所にあるインターホンを押して直接確かめるか、あこちゃんの連絡を待つかの二つ。

 

「……今日は諦めて帰るとするか」

 

 そこまでの勇気は生憎持ち合わせていない。

 

 

 ――――――――――――――

 ―――――――――

 ――――

 ――

 

 

 高校二年生、帰宅部所属、趣味と言ってもいいのか分からないが最近幼馴染のバンドが気になり出している。そんなちょっと探せば見つかりそうな普通の男子高校生である俺にはお気に入りの漫画がある。

 つまり何が言いたいかっていうと、俺は一人でショッピングモールにある本屋にその漫画の最新巻を買いに来ている。

 

「お、あった、これこれ」

 

 目当てのサッカー漫画を見つけ、手に取る。しかし、まだレジには向かわない。

 本屋に行くと、面白そうな作品が無いか無性に探したくなるのが俺なのです。運命の出会いってやつを求めてな。

 

「…そういやあこちゃんの連絡っていつ来るんだろう?」

 

 丁度目についたドラムを叩いているキャラが表紙となっている漫画を手に取り、ふと思い出す。

 電話をしたのは昨日。確かあこちゃんは『明日聞く』と言っていた。昨日の明日ということはつまり今日である。ならば早ければ今夜までに連絡が来るかもしれない。

 

「探してた漫画あったよー!!」

 

 そんなことを考えているからか、近くであこちゃんの声がした気がした。決してあり得ない話ではないが、きっと俺の聞き間違いだろうと思い、持っている漫画を戻してまた散策しようとしたその時――、

 

「あれ…?あ!やっぱりカズ兄だ!」

 

「ん?やっぱりあこちゃんだったのか。…あ」

 

 今日も元気いっぱいそうなあこちゃんの隣にいる黒髪の少女――白金さんを見て、俺は目を見開く。

 いくら何でもこれはタイミングが良すぎる。さっきと意味が違ってくるが、これはまさしく運命の出会いってやつではないだろうか。

 

「久しぶりだな白金さん。あのライブの日以来…って、覚えてないか」

 

「あ、あの…覚えています…い、稲城さん…ですよね……?お…お久しぶり…です…」

 

「ああ、稲城さんで合ってる。久しぶりだな」

 

 俺がそう言うと、白金さんは小さくお辞儀をする。

 ライブから二週間以上経っているというのに、全く会っていない俺のことを覚えていてくれて嬉しく思っていると、どうやらあこちゃんが特訓期間中に俺の話もしていたらしいので納得。

 

「そういえば、あこちゃん。昨日の俺が言ってたこと聞いてくれた?」

 

「あ!ごめんカズ兄忘れてた…」

 

「まあ大丈夫だ、あこちゃん。こうして白金さんに会えてるわけなんだし」

 

「…わたしに…?」

 

 「ああ」と俺は少し困惑している白金さんの方を見る。

 本人がいるなら手っ取り早い。直接聞けばいい話だからな。だがその前に、と俺は「一つ提案なんだが」と人差し指を一本立てて二人の注意を集め、

 

「このまま立ち話をするのも魅力的だけど、フードコートに行って落ち着いて話さないか?もちろん、二人に予定が無かったらだけど」

 

「賛成!りんりんもいいよね?!」

 

「う、うん…」

 

 ということで、三人でレジに並び、各々お会計を済ませると、フードコートへと向かった。

 俺が提案した理由は、白金さんの返答によって話す時間が長引くかもしれないからだ。それに、あれ以上本屋で話をするのは他の客の迷惑にもなるわけで、少し気が引ける。

 

「んじゃ、座ったことだしさっそく本題へと行ってもいいか?」

 

「…あの…」

 

「どうした白金さん?もしかして、それ嫌いだった?」

 

 フードコートに着き、あこちゃんと白金さんに空いている席を探してもらっている間に、俺は某ジャンクフード店で三人分の飲み物を買ってきた。白金さんの好みが分からなかったので無難にお茶を選んだのだが…こうなるなら先に聞いておけばよかった。

 

「いえ…そういうわけでは…その、ご馳走になっても良かったのかと…」

 

「そんなことか、気にするなっての。これは俺の提案に乗ってくれたお礼兼迷惑料の先払いってやつだ。今から白金さんに沢山迷惑かけるかもしれないからな」

 

 そう、あのピアノを弾いていたのが白金さんじゃなかったら迷惑をかける。そして、白金さんであったとしても、俺が熱くなることで迷惑をかける。つまり、迷惑をかけるのは確定事項。ならば、先に手を打っておくが吉。

 と、その結果早くも迷惑をかけたらしく、白金さんは「…は…はい」と若干引いているように感じたので、これはいかんと思い――、

 

「さっきのはほんの冗談だ。何も頼まないで座ってるのは、店側に申し訳ないだろ?二人の分はついでだから遠慮すんな」

 

「そ…それなら……ありがとうございます」

 

「カズ兄ありがとーっ!!」

 

 向かいに座る二人の感謝を俺は「どういたしまして」と受け止める。さあ、これでようやく聞ける。

 俺はオレンジジュースを一口飲み込み、白金さんの方を見て、本題に移った。

 

「それで聞きたかったことなんだけど…白金さんってピアノ弾いてたりする?」

 

「――!?……はい…小さい頃から習っていて…」

 

「ッ!!」

 

「ええっ!?りんりんピアノ弾けたんだ!何年も付き合ってるのに、全然知らなかったなぁ」

 

「あこちゃん…ごめんなさい……伝える機会が無くて…」

 

「あっ、違うの。悲しいとかそんなんじゃなくてびっくりしただけだよ?」

 

 そう言って白金さんに笑いかけるあこちゃん。

 その時、俺はというと、右手を強く握りしめ――ガッツポーズをしていた。

 あのピアノの音を奏でていた『白金』は、俺の知っている白金さんだった。世間は広いようで狭いとはよく言えたものだ。こんなのガッツポーズせずにいられるか。

 

「あの……どうして稲城さんは…わたしが…ピアノを弾いてることを……知っていたのですか?」

 

「それあこも気になってた!」

 

「ああ、それは」

 

 当然の疑問だな、と熱くなっている心で納得する。

 白金さんからすれば話していない情報が、あこちゃんからすれば何年も前から付き合いのある自分ですら知らない情報だからな。逆の立場なら俺だって同じことを聞く。

 

「昨日ピアノの音が聞こえてきて、辿って行って着いた家の表札に『白金』って書いてあったからもしかしてと思ってな。だから、知っていたというよりはたまたま可能性にぶつかったって方が正しいと思う」

 

 自分で言っておいてなんだが、これはストーカーとかの類に入るのでは、と少し不安に思えてきた。それはまずい。誤解される前に何とかしようとした時――、

 

「…わ……わたしの…ピアノ……き、聴かれてたんですね……」

 

「…そういうことになるな」

 

「は、恥ずかしいっ……!」

 

 白金さんは白くほっそりとした綺麗な手で顔を覆うが、紅色に染まった頬や耳は隠しきれていない。するとあこちゃんが俺を羨ましそうな目で見てきて、

 

「え~~っ!カズ兄、りんりんのピアノ聴いたんだ良いな~~!どんなのだった?!」

 

「そうだな…すげー綺麗で、耳に入ってきた瞬間に衝撃が走った」

 

 昨日のことを思い出しながら言った俺の感想にあこちゃんは「さっすがりんりん!」と満面の笑みを浮かべる。

 と、どうやら俺の感想が追撃となってしまったのか、白金さんは更に赤くなり頭から煙が出ているように見えた。――パンク寸前である。

 

「でも、あこもりんりんのピアノ聴きたかったな~」

 

「それならいい案があるぞ」

 

「えっ?!なになに?!」

 

 身を乗り出して如何にも興味津々なあこちゃんにいたずら心をくすぐられ、俺は「それはだな…」とニタリと笑い、焦らそうとする。が、あこちゃんのキラキラした瞳に耐えられずすぐに、

 

「一緒にバンドをすればいい!!」

 

「そっか!!!!」

 

「――――!」

 

 俺とあこちゃんの声に白金さんは顔を隠しながらビクッとする。そして、指を少し動かして作った隙間からそっと覗き込もうとするが、次の瞬間にはあこちゃんに迫られ――、

 

「りんりん!バンドしよっ!!」

 

「あ…あこちゃん……」

 

「スタジオであこ達と一緒に!キーボード弾きに来てっ!!」

 

「――――――」

 

 驚いてはいるものの、あこちゃんのおかげか、白金さんは案外まんざらでもないように見えた。

 これは好機だ、と勝手に判断した俺は、あこちゃんのサポートに回り、誤解が生まれないように足りない情報を付け加えることにする。

 

「友希那のバンドは今キーボードのメンバーを探していてよ、それがピアノの経験者でもいいらしいんだ」

 

「…そ……そうなんですね…」

 

「そこでだ、白金さんにはそのバンドでキーボードを弾いて欲しい。いい演奏ができるって俺は確信している」

 

「りんりーん、一緒にバンドしようよ~!あこ、どーしてもりんりんと一緒にバンドがしたい!ぜっっったいに楽しいからお願いっ!!」

 

「あこちゃん……」

 

 白金さんは思い詰めるように下を向く。そして数秒後、まだほんのりと赤みが残っている顔を上げ、一つ息を小さく吸ってから、

 

「…わ、わたしも……あこちゃん達と…一緒に……演奏してみたい…!」

 

「りんりんっ…!」

 

 あこちゃんは白金さんに抱き着き、そして俺はまたガッツポーズをする。

 ――完璧だ!

 迷っているなら何とか説得しようと思ってはいたが、白金さん本人の意思でやりたいと言ったのならそれが一番だ。

 

「あこちゃん、友希那達にキーボードのメンバーを見つけたって連絡してやれ」

 

「うん!」

 

「ってなると、オーディションだな。まあ、大丈夫だ。ハッキリ言ってレベルは高いけど、俺が聴いた感じだと白金さんはいつも通り弾いてくれれば合格できる!」

 

「……そう…ですかね…?」

 

「ああ、だからもっと自信持てよ白金さん!」

 

「そうだよりんりん!」

 

 白金さんは合格する。これは自信を持って言えた。そうとしか思えなかった。

 友希那、リサ、あこちゃん、氷川さん。 

 この四人の音に白金さんの音が加われば変わる。更に良くなる。――まさに化学反応の如し!

 

「白金さんが加わるの楽しみだな」

 

「りんりんが入ってくれれば、あのライブにも間に合うどころか絶対に上手くいくよ!!」

 

「――ライブだって…?!」

 

 サラッとあこちゃんが言った未知の情報を俺は聞き逃さなかった。そしてその瞬間、初めてCiRCLEに行った時の出来事がフラッシュバックし、俺は重大なことを忘れていたことに気が付く。

 悪気は無いだろうけど初ライブが決まっっていたことを教えてくれなかったリサと友希那には後で文句を言うとして、今はそれよりも――。

 

「……ライブ……人………いっぱい…こ……怖い……」

 

「り、りんりん?!」

 

「かんっぜんに忘れてた……」

 

 案の定、一気に顔が真っ青になった白金さんを見て、俺は頭を抱える。そう、俺が忘れていた重大なこととは、白金さんは人が多いところは苦手だということ。白金さんをバンドに誘うことに必死になりすぎて抜けていた。

 

「って、反省は後だ!」

 

「りんりんしっかりして~っ!」

 

 ――数分後。

 不器用ながらもあこちゃんと協力して奮闘したおかげか、白金さんの顔色は少しずつ良くなっていった。ひとまず安心し、ストローを口にくわえ、氷が解けて味が薄くなったジュースを飲み込んで一言。

 

「……どうする」

 

「ご……ごめんなさい…」

 

 一気に空気が重くなった。しかし、こればかりは避けられない。

 黙りこくって動かない状況で、とりあえず情報を整理しようと、

 

「あこちゃん、その出るって決まったライブのこと詳しく教えて」

 

「え~っと、まず会場はCiRCLEで、メジャーのスカウトも来るって噂のイベント。あと、確か紗夜さんが、この地区のバンドにとってのとーりゅーもん?って言ってた」

 

「登竜門か…なるほど…」

 

 思っていたよりも大きいイベントだ。メジャーデビューもあるかもしれないとなると、そのバンドの演奏を聴こうとして多くの人が集まるのだろう。

 このことを察してか、白金さんの顔の血の気も少しずつ引いているような気がする。

 

「白金さんの問題ってオーディションの合否に直結するぐらい重大な問題だよな……」

 

「………ごめんなさい……」

 

「いや、俺も言い方が悪かった。別に白金さんを責めたいとかじゃない………でも、覚悟を決めるなら早いに越したことはないと思う…」

 

「……分かって…います……」

 

 しかし、このままだと白金さんは合格できない。

 多くのバンドはライブを目標に練習する。だから、バンドとライブは切っても切れない関係。そしてそれは、友希那達のような真剣なバンドにとっては尚更だ。友希那が目指している場所は、遥か遠くの舞台。そこでは何千人、場所によっては万を超えるほどの観客達に埋め尽くされるのだから、ついてこれないメンバーは初めから取らないだろう。

 

 ――こればかりはどうすることもできないのか。

 そう思いかけた時、聞こえてきた少しの暗さも感じないあこちゃんの声に、俺は顔を上げる。

 

「――――大丈夫。うん、大丈夫!だってりんりんはあこの戦友で大大大親友なんだもんっ!」

 

「――!!」

 

「もし、りんりんが駄目ーってなった時は、あこが助ける!それにいつも言ってるじゃん、あことりんりんが揃えば最強だーって!!だから、絶対大丈夫って信じてるっ!」

 

「あこちゃん…っ!」

 

 目を見開く白金さんの手を取り、あこちゃんはいつものように笑う。少し目を合わせた後、白金さんは握られている手に力を込め、グッと目を強く瞑り――、

 

「わ、わたしも…あこちゃんのことっ……信じてる……!!」

 

「りんりんの大きな声…初めて……」

 

「…だ…だから…わたしも…っ……が、頑張る…っ!!」

 

「りんりん!!!!」

 

 震えながらも芯が通った覚悟の声に、改めて白金さんの強さを感じた。

 そして、少し嫉妬した。――親友に力を分けて貰っているように見え、二人の硬く結ばれた絆が羨ましいと。

 

「りんりんと一緒にバンドできるって想像しただけで、ドキドキが止まらないよ!!」

 

「そうだね…あこちゃん…」

 

 とびっきりの笑顔で抱き着くあこちゃんとそれを優しく微笑みながら受け止める白金さんの二人を、俺はただただ黙って見守るしかできない。それもそうだろ?二人の間には入る隙も無いし、例えあったとしても俺には入れない。

 

 すると、聞き慣れない通知音が鳴り――、

 

「あ、あこの携帯だ……――っ?!りんりん!カズ兄!見てっ!!」

 

「急にどうしたんだあこちゃ…ああ、なるほどな」

 

「!!」

 

 携帯を取り出し、届いたメールを読むやいなや差し出してきた画面を見て、あこちゃんが慌てた理由を理解する。

 画面に写ったメールの差出人は何を隠そうバンドのリーダーである湊友希那その人――オーディションの告知だ。

 

「白金さん、俺も応援してるからな。頑張れよ!」

 

「あこだって!!」

 

「ってことは演奏も応援もどっちもするのか…ははっ、あこちゃんらしいな!」

 

「闇の力を纏った妾に不可能無し!!」

 

「…あ……あ、ありがとう…ございます……」

 

 P.S. この後白金さんと連絡先を交換したので、家に帰ってから改めて『よろしくな』と送ったら、怒涛の速さで長文の返事が返ってきて驚きのあまり携帯落とした。

 

 

 ――――――――――――――

 ―――――――――

 ――――

 ――

 

 

「――どうしてまたあなたが来ているのですか?」

 

「デジャブッ!!」

 

 そう叫んだ俺を、腕を組んで俺の前に立つ氷川さんは「何を変なことを」と睨みつける。しかし、そうなると分かってやったからなのか、あるいは耐性が付いたのか、俺の心にダメージは無い。

 

 今日は白金さんのオーディション当日。ともなると、もちろん俺も来るに決まってる。

 

「この前、メンバーじゃないあなたには深く関わらないでと言ったはずでは?」

 

「ああ、確かに氷川さんは俺にそう言ったし、確かに俺は氷川さんにそう言われた」

 

「ならどうして?覚えてるのなら普通来ないと思いますが」

 

 俺だってそう思う。あれだけ心を傷つけられちゃ、誰だってへこたれる。人によってはトラウマになりかねん。

 だが!

 あの日から俺がただただ怯えていたと思ってるのなら大間違い!男子、三日会わざれば刮目して見よ!と、そんな意気で一本立てた指を「チッチッチッ」と振って見せ、

 

「俺のしぶとさを甘く見て貰っちゃぁ困るな氷川さん。こちとらそれなりの覚悟決めてんだぜ?」

 

「ふざけないで!いくら幼馴染が二人いるからと言ってここまでするのはおかしいでしょ?!」

 

「もちろんリサと友希那もだけど、今回はあこちゃんと白金さんも関係してる。――だけどな、俺が前回も今回も来た一番の理由は……俺がそうしたいと思ったからだ!!」

 

 漫画なら俺の後ろに大きく『ドンッ!!』と出るのではないだろうか。それぐらい気持ち良く言い切った!

 そのおかげなのか、氷川さんは少し口を開き呆気に取られている。レアなものを見れた気がした。

 

「だから俺を諦めさそうとするなら、氷川さんの方もかなりの根性が」

 

「もういいです……あなたの相手を真剣にするのは間違っていると気が付きました」

 

 「それに疲れます」とため息をつく姿に、拍子抜けする。氷川さんならもっと狂犬のように噛みついてくると思っていた。だからその対抗策を色々と考えて来ていたのだが、どうやら土下座の出番は無いようだ。

 

「こんなにすぐに折れるなんて、氷川さんらしくねぇぞ?!こっちとしちゃありがたいけど!」

 

「…今回オーディションを受ける彼女…白金さんはピアノの有名なコンクールでの受賞歴を持つほどの実力者です。そんな白金さんを見つけたのはあなただと宇田川さんに聞きました。なので、今回ばかりはあなたが関係していると認めざるを得ません…」

 

「はー、なるほどな」

 

 実力がある白金さんは、このバンドからしたら喉から手が出るほど求めていた存在で、ようするにそれを見つけた俺にご褒美として見学を許したってことか。通りですぐに折れた訳だ。

 

「って、ひたすらに怖ぇな」

 

「何か言いました?」

 

「いや、何も。白金さんがそんな凄い賞取ってるぐらい凄い人って知らなかったなーって」

 

「…あなた……どうやって彼女を見つけたんですか?」

 

「そりゃ企業秘密ってやつだ。流石に教えれねぇな。ま、仲良くなりたいと思ってる氷川さんに特別ヒントを出すとしたら、己の直感かな?」

 

「はぁ……、あなたに聞いた私が馬鹿でした」

 

「そんなこと言うなよ」

 

 俺も空しくなる。仲良くなりたいのも、直感も強ち間違いでは無いというのに――。

 お互いに大きくため息をつき、それをお互いが気付いてお互いムッとする。そんな風に合わせたくない息が合い、頭を抱えていると――、

 

「同じポーズして…二人共いつの間にそんなに仲良くなってたの?」

 

「私と稲城さんが仲良く?…今井さん冗談でもやめてください」

 

「そこまで言わなくてもいいだろ氷川さんよ。…でもリサ、これのどこが仲良く見えるんだ?」

 

「え、え~っと、なんかごめんね?…じゃなくて!もう時間だから二人共スタジオ入れるよ♪」

 

「「あ」」

 

 声が合い、氷川さんは俺を一回見てから、リサに「ありがとうございます」と軽く会釈をしてCiRCLEにへと入っていった。その後ろ姿を何となく眺めていると、リサが左肩をつついて、

 

「やっぱり仲良くなったんじゃ…」

 

「――ハッ!」

 

「ちょ、ごめんって和也~」

 

 口元を手で隠し笑ってきたリサを鼻で笑い返して、早歩きでCiRCLEへと入る。そしたら氷川さんがスタジオに入っていくのが見えたので、そこに入ろうとすると後ろから「待ってー」と靴を鳴らして追いかけてくるのが聞こえ、仕方が無しに振り向き、足を止めた。

 

「何も無言で行くことないじゃん!まあ、さっきのはアタシもちょっとからかいすぎたって思ってるけど」

 

「自覚してるなら文句言うなっての」

 

「でも、和也だってよくしてるじゃん」

 

 ――確かに。

 あまりにも納得してしまい何も言い返せなくなった俺は、とりあえずリサに笑いかけ、窓が星形の黒い防音扉を開けてリサに先に入るよう促す。文句ありげに向けられる視線など俺は全く持って感じてない。だからこれは無視ではない。

 

「まいっか。アタシ、ベースの準備やってくるね」

 

「行ってら。自分のオーディションじゃないからって気を抜くなよ」

 

「言われなくともそのつもり♪和也は燐子ちゃんの方に行ってあげて。さっきちょっと話したけど凄く緊張してたから…」

 

「ああ、分かってる」

 

「頼もし~☆それじゃ、お願いね」

 

 リサに続いてスタジオに入り、すぐに見つけた二人――あこちゃんと白金さんの方へと向かう。近づく俺に気付いたあこちゃんは焦った声で俺を呼び、白金さんはリサが言っていた通り、凄く緊張していた。

 

「白金さん」

 

「!?は…は、はいっ……!」

 

「カズ兄助けて~!ずっとりんりんを落ち着かせようとしているけど、ぜんっぜん変わらなくて…」

 

「あ…あこちゃん……ご、ごめんね…」

 

「一つだ。その緊張が和らぐかどうかは俺には分からないけど、一つだけ俺から言いたいことがある」

 

 「な、な…なんです…か……」とロボットのように硬い表情と動きで白金さんはこちらを向く。それを確認すると、俺は不安そうに見つめるあこちゃんに笑いかけてから、白金さんの目を見て、

 

「今も、そして演奏中も、白金さんの隣にはあこちゃんがいる。それだけは忘れるな」

 

「――――!」

 

 俺には白金さんの緊張を抑えることはできない。――なら、あこちゃんが緊張を和らげればいい。

 他力本願上等。あこちゃんと白金さん、この二人が揃えば最強なのだから。

 

「――そうだよ!りんりんには戦友のあこがついてる!」

 

「あこちゃん……!フフ…そうだね……」

 

「んじゃ、氷川さんに怒られる前に二人共早く準備を終わらせねぇとな」

 

「…はい……ありがとう…ございます」

 

「なーに、当たり前のことをちょっとカッコつけて言っただけだ。まぁ、頑張れよ。白金さん」

 

 最後に必要ないかもしれないが応援の言葉を残し、二人の邪魔にならないように俺はオーディションを聴く場所へと移動し、オーディションが始まるのをじっと待つ。

 

 

 そして数分後。友希那が振り返ってそれぞれのメンバーと目を合わせると、一拍おいてから美しい旋律が流れ――。

 

 遂に揃った演奏が創り出した世界に、俺は呑みこまれた。

 

 

 

 




 最後まで読んでくださりありがとうございます。
 自分でもちょっと今回は焦りすぎたなと思っています。反省。


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 それでは皆さん、また次回、ばいちっ!

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