こんにちは。一か月ぶりのピポヒナです。
全く更新できずに申し訳ございませんでした。
ほんとにお待たせしました。
それでは、遅くなった原因(言い訳)は後でするとして、本編どうぞ!
「――――友希那」
場所は、ライブハウスCiRCLEのとある練習スタジオ。
そこでたった今演奏が終わった。
「こんなの……おかしいわ…」
マイクスタンドを前に、少女が呟く。
五人の中心、そして前に立つ少女――友希那は、起こった奇跡に動揺を隠せなかった。
そして、確信する。
驚き、困惑、喜び。それらが混在した感情を一回の瞬きで整え、友希那は腰まで伸ばした銀髪を揺らして振り返り、手を伸ばした。
「あなたの音が欲しい」
琥珀の瞳と紫瞳と、互いの視線が交差する。
「ぜひこのバンドに入って」
「――――」
加入への誘い。この場合においてはオーディションの合格を意味する。
そうと分かっていても口から出てくるのは、返事とは到底呼べることのできない単音ばかり。
もちろん嬉しいと思っている。達成感も湧いている。
このオーディションを合格するために、好きだったゲームをする時間を削り、自由にできる時間のほとんどを練習に費やしたのだから。
しかし。
「どうなの?」
目を合わせ、手を伸ばし、あまりにも真っ直ぐに言われた要求に戸惑いを覚え、上手く言葉に出来なかった。
人から見られるのはあまり好きではない。
視線を向けられるといつも頭の中が真っ白になってどうすればいいのか分からなくなり、恐怖を感じることもある。
そのはずなのに、不思議と。
そのうち顔に大きな穴が開いてしまうのではないかと思えてくるほど強く熱いこの視線を、怖いとは思わなかった。
それどころか、この視線が離れたらと思うと――。
「お…お願いします…!!」
――それだけは絶対に嫌だ。
心の叫びを勇気に変え――燐子は伸ばされた手を取る。
決意を宿した確かな声を、友希那は唇を緩めて受け止めた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「りんりーんっ!!!」
「きゃっ…?!あ、あこちゃん…!!」
ぎゅ~~っ!!と。
白金さんの下へ駆け寄ったあこちゃんが勢いそのままに飛び込み、力いっぱい抱きしめた。
飛び込む勢いによろめき、抱きしめる力に驚きはしたものの、しっかりと受け止めた白金さんは優しい笑みを浮かべることであこちゃんに応える。
二人との付き合いは短いものの、何度か見たことあるこの光景。
しかし、今までとは少し違う様にも感じ、新鮮に映った。
そして、そこから始まったのは、あこちゃんの白金さんへの褒め、褒め、褒め。
キラキラと輝かせた洋紅の瞳を白金さんに向けながら「やったねりんりん!」「さっすがりんりん!」と弾むように言うあこちゃんの笑顔は、いつもの三割増しで眩しい。
褒め殺しという言葉はこの時の為にあるのでは?と思えてしまうほど、怒涛の勢いで褒め言葉を連射するその様子はまさにマシンガン。
俺はあこちゃんの勢いが収まるのを待ってから、白金さんの合格を祝福することにした。
「白金さん、合格おめでとう」
「ありがとうございます……オーディションが始まる前に…あこちゃんが…隣にいてくれることを……思い出させてくれた…稲城さんのおかげです…」
「そんな大それたことなんて俺はしてないけどな…完全にあこちゃん頼りだったし」
「い、いえ…、そんなことは…!」
「ん?あ、卑屈そうに聞こえたか?でもまあ、、俺は何もしていないことは本当だからさ、俺に感謝する分もあこちゃんに送ってやってくれ」
オーディション前に俺が白金さんに送った言葉は至極普通のことだった上、内容は完全にあこちゃん頼りという正真正銘の他力本願。
俺は何もしていないようなものだろう。
そうするのが最善策であったのだから、俺に向けられる感謝の分もあこちゃんに向けるべきなのでは?というのが俺の主張。あこちゃんの手柄を奪うような真似は出来ない。
遠慮しているとかそんなのではなく、白金さんに力を与えたのはあこちゃんなのだと俺は本気で思っているのだ。
しかし。
「もー!あれはカズ兄のおかげだよ?」
「と、とても…感謝しています…!」
目の前の二人はそうとは思っていないらしく、すぐに否定された。
可愛らしいほっぺたをプクーッっと膨らますあこちゃん。
色白な頬を、その綺麗さを保ったまま少し染める白金さん。
「わ…分かったよ」
二人から送られる視線に負けるような形で、俺は渋々自分の手柄を認めた。
が、それではどうもモヤモヤが残って俺はスッキリとしないので、
「それなら一つだけ俺のお願いを聞いてくれ!」
白金さんに向かって高らかにそう提案する。
「えっと……わたしにできること…だったら……」
「ああ、お願いしたいことは多分白金さんの負担にならないぐらいのスゲー簡単なことだ」
「そ…そんなことでいいんですか?」
「もちろんだとも。確かに簡単なことだけど、俺にとっては結構影響あることだからな」
お願いしようと思っていることは、リサと友希那と仲良くして欲しいということ。
別に、二人が白金さんと仲良くなることを心配しているのではない。リサはコミュ力お化けだから言わずもがなだし、友希那の方は少し時間がかかるかもしれないがきっと大丈夫だろう。
つまり、俺は三人が仲良くなるという点において心配は一切していない。
心配していないからこそ、白金さんにお願いするのだ。
そうすることによって、俺のモヤモヤは解消されやすくなり、白金さんに迷惑も掛からないからな。
簡単なお願いを聞いてもらうことで、俺への感謝を消費してしまおうという魂胆である。
「稲城さんに………大きな影響………?」
「そうだ。白金さんにやってもえるかどうかで、俺が気持ちよくなれるかどうかが変わってくる」
「――――!あ…あの………わた、わたしがすることで……き………気持ち…良くなる………というのは…どど、どういうこと……ですか……?」
そう聞いてきた白金さんの顔は赤く、声も全身の動きもどこか恥ずかしがっているように見えた。
白金さんが人と話すのはあまり得意ではないということは知っているが、俺と話すことはそこそこ慣れてきていると思っていたのだが………というか、ついさっきまでは普通だった気が。
「い……稲城さん」
「あ、ごめん。ちょっと考え事をしてた」
「そ、そ……そうですか…」
やはりだ。
やはり白金さんの様子はどこかおかしい。
どうしてモゾモゾしているかを今すぐ聞きたいところだ。
しかし、白金さんの質問の方が先で今も待たせているので、とりあえず答えることにしよう。
えーっと、モヤモヤが残らなくなるってことだから――――。
「白金さんにやってもらえたら、俺の中に溜まるはずだったものが出て行って、スッキリするってことだ。よし、それじゃあ、俺もちょっと聞きたいことが………って白金さん?」
質問に答え、気になっていたことを聞こうとした時、
「そ、それってやっぱり……」
かぁ~~~~~っ!!と。
白金さんの顔は、さっきとは比べ物にならないほど真っ赤になっていた。
明らかに異常な白金さんの変化を目の当たりにした俺は、持っていた疑問をすぐに放り捨て、彼女のことを心配する。
「白金さん大じょ――――」
「――――ヒッ!」
しかし。
それは心配した彼女自身の悲鳴によって遮られ、拒絶された。
「りんりん!すっごい顔赤いけど、どうしたの?!」
「あ、あこちゃん……!」
「わわっ!?」
あこちゃんが驚きの声を上げる。
それもそうだ。
心配して近寄ったら、白金さんらしくない俊敏な動きをして、急に両耳を塞いできたのだから。
「り、りんりん?!」
「ごっ、ごめんねあこちゃん。でも…あこちゃんだけは………わたしが必ず………」
「あの……白金さん………?」
「守ってあげるから……っ!!」
「何にも聞こえないんだけどー!りんりーん?!」
「あこちゃんだけは……」
「ねぇりんりーん?」
訳が分からず、取り残された俺は立ち尽くす。
何故かあこちゃんの耳を塞ぎながら目を瞑って必死な様子な白金さんと、無音の世界に放り込まれ困惑しているあこちゃんを見て、俺にはどうすればいいのか分からない。
ただ、白金さんに拒絶された時に受けた精神的な痛みを感じながら、衝撃を吐露することしか出来なかった。
「まさか……白金さんにリサと友希那と仲良くするように頼もうとしただけでこんなことになるとはな………」
「――――え?」
すると、ピタっ、と。
白金さんの動きが止まった。
手足や震えはおろか、瞬きや呼吸すらも。
それには、彼女の時間が止まったようにも思えた。
「あ……ああ……」
次に、白金さんが動いた時。
彼女の口から洩れたのは、声になっていない悲鳴のようなもの。
赤かった顔を今度は真っ青にし、フラフラな足取りで俺に背を向け、
「わ……わたし………とっ……とても失礼な……勘違いを………」
鈴のようなその声音を震わせて、そう言った。
「勘違い?」
未だに状況が掴めない俺は、白金さんが言った言葉を復唱する。
視線の先にある小さな背中から聞こえてくるのは「あわわわわ」という混乱の声。
白金さんの言う『勘違い』が、今の状況を理解するためのヒントのように思え、俺は数分前の記憶を蘇らせていく。
「俺って何か勘違いされるようなこと言ってたっけ…?――――あ」
そして。
「ち、ち、違うんだ白金さん!気持ち良くなるとかスッキリするっていうのは決して、そういう意味じゃ無くて!」
誤解を解こうと必死に。
白金さんの背中に向かって、今更過ぎる解説をする。
ようやく自らが犯した罪に気が付いたのだ。
「わわわ、分かってますっ……!」
「ほんっと悪かった!あんな言い方されたらそりゃ誰だってそう解釈するよなっ!」
「いっ、いえ、わたしがちゃんと聞いていれば……早とちりしていなければ………ご……ごめんなさい…!」
「いやいや、白金さんが謝ることじゃ無いって!白金さんはどう考えても被害者なんだし!」
「稲城さんが…わたしに………エ………なことをお願いすることなんて……あり得ないのに…………」
「りんりんー!カズ兄ー!どうなってるのー?!」
「「――――!あこちゃん!」」
互いに揃って、てんやわんやな状態。
そんな暴走していた俺と白金さんを止めたのはあこちゃんの声。
耳を塞がれてることにより、いつもより少し大きいその声にギョッとし、同時にあこちゃんの方を見た。
すると、あこちゃんは「あー!やっと気づいてくれたー!りんりん早く離してよー」と見上げながら言ったので、白金さんはハッとし手を離す。
「ふぅ、やっと聞こえるようになったー。りんりんはどうしてあこの耳を塞いだの?」
「……色々バタバタしちゃって………」
「色々って?」
「え…えっと……ちょっと難しくて説明できないかな?…ごめんねあこちゃん」
「白金さん、それは流石にあこちゃんでも」
「いいよりんりん!」
「あ、いいんだ」
ちょっと楽しかったもん!と、あこちゃんはケロっと笑い、それに俺もクスっとする。
さっきまであった焦りは、いつの間にかどこかへ飛んでいって、もう俺の中には残っていなかった。
「白金さん」
「は…はい」
だから、パチンッ!と。
手を叩いて音を鳴らした。
その音にビクッとした白金さんの正面に立ち、手を合わせたまま。
「さっきのことはなかったことにしてお互い忘れよう」
「そ、そうですね……」
全てなかったことにした。
俺の失言も、白金さんの勘違いも、取り乱すお互いの姿も。
それがこれからの俺と白金さんの為になることを願って。
ゴホン、とわざとらしく咳をする。
「それじゃあ、リサと友希那と仲良くしてやってくれ」
「ふふっ」
「今の笑うとこあったか?」
「いえ……稲城さんは…随分とお二人のことを…大切に想っているんだなって思って……」
「ああ、そういうことか。あの二人とは幼馴染だからな、付き合いが長い分、どうも心配になるんだよ」
「…わたしには…そんな幼馴染はいないので……少し羨ましいです……」
「そうか?俺からしたら白金さんとあこちゃんの中の良さも十分に羨ましいと思うけどな」
「ふふっ……ありがとうございます…。これも……あこちゃんのおかげです…」
「あこちゃんのおかげ?」
「はい……。あこちゃんが…わたしを見つけてくれました」
白金さんは笑い、あこちゃんをそっと撫でる。
あこちゃんも「りんり~ん♪」と笑顔で白金さんにじゃれている。可愛らしい。
本当に二人の関係は羨ましい。
もちろん俺もリサと友希那とじゃれ合いたいという意味ではなく、固い絆で結ばれているという関係が羨ましいのだ。
そう強く思ったのは、白金さんをオーディションに誘った時のこと。
なかなか最後の一歩を踏み出せなかった白金さんの背中を押したのは、彼女の親友であり、戦友でもあるあこちゃんだった。手を取り、笑うあこちゃんに勇気を貰うその光景から感じられた二人の間にある信頼には、嫉妬までしたものだ。
「はぁ…俺もリサと友希那とそれぐらい仲良くなれたらな……」
「…?カズ兄って、リサ姉と仲良いんじゃないの?友希那さんとは……ちょっと微妙だけど」
「やっぱり?…あこちゃんにもそう見えるよなー……俺もリサとは仲良くしてるとは思うけど、友希那は尖り出してからあんまり相手にされなくてな……ほんっと悲しいぜ」
と、そんな感じに幼馴染二人との仲をあこちゃんと白金さんの固い絆と比べて勝手に落ち込んだところで、
「白金さん。聞きたいことがあるので少しいいかしら?」
「は、はいっ…」
さっきまでいなかった声が入ってきた。
どうやらさっきの演奏中に気になったところがあるらしい。
ここまでか、と残念に思いながら、俺は幼馴染二人を見る。
時間を管理できていなかった。
「稲城さん、もうそろそろ帰る準備を」
「……へいへい、分かってるって。今日は元々そのつもりだった」
両手を上げ、降参のポーズをとって抵抗の意思がないことを示す。
できるのであれば、練習中もこのスタジオにいたいのだが、それはオーディションを見学する際に出された元々の条件なので出来ない。
今この場で氷川さんに交渉するという手段もあるにはあるが、特に策は無いので無意味に終わるだろう。
それに、前回は調子に乗って最後に空気を悪くしてしまったのに、今回こうしてオーディションの見学を許してもらっている以上、ありがたすぎてそんなこと言い出せない。
と、帰る準備をしようとしたその時だった。
「――――あっ、和也ちょっと待って!」
俺を引き止める幼馴染の声がしたのは。
「ねぇ、紗夜。アタシも和也に感想とか聞きたいからさ、帰ってもらうのもうちょっと待ってもらってもいい?」
リサは向かってくるやいなや、氷川さんに俺をもう少しここにいさせてもいいかと交渉する。
俺からしても、リサと友希那に話したいことがあったので願っても無い展開だ。
しかし、氷川さんの防御はそうやすやすと崩れるはずも無く――――。
「……あまり長くならないようでしたら、別に構いません」
「やった♪」
「すげえ」
まさかの交渉成立に、思わず感嘆の声を漏らす。
流石はリサ。これがリサのコミュ力。
戦果を持って帰ってくるリサを見て、やはり叶わないなと改めて実感した。
「それじゃあ、和也の感じたこと教えて♪」
「ああ、ちょっと待ってろ」
時間をとれたと言っても、それはほんの少しだけ。サッカーで言うところのアディショナルタイムぐらいの感覚だろう。
だから、俺は必死に脳を働かせ、急いで感想を纏めていく。
横目に見える氷川さん達はもうすでに話し合いを始めていて、それが俺の焦燥感を掻き立てた。
――リサとあこちゃんのオーディションよりも凄かった。何が凄かった?分からない。でも、キーボードが加わったことで明らかに変わった気がする。伝わってくる曲の世界観が前回よりも鮮明になっていて、それで他にも、感じたことがあった、それは確か、
「歌ってる時の友希那楽しそうだった」
――――ポツリ、と。
無意識に呟いていた。
「へ?」
呟かれた言葉に、リサは目を丸くする。
「和也今、友希那が楽しそうって…」
「あっ、ごめん何でもない!それ感想じゃないから忘れてくれ!」
自らが何を言ったのかに気付き、それをかき消そうとする。
リサに言った通り、感想ではないからだ。
あれは、感想と言うにはほど遠いであろう、ちょっとした引っ掛かりのようなもの。
伝えたところで、さっきのリサのように困らせるだけだと分かっていたから、言うつもりじゃなかった。
「いやだ。忘れない」
「――――!」
「ねぇ、和也。どうして友希那が楽しそうって思ったの?」
まるで何か確かめているかのように。
その大きな黒緑の瞳で、俺を射止める。
表情は真剣で、さっきまでのリサとは全然違う。
「っ……」
息を呑む。
本当に伝えるべきか。
昔を思い出したと。
ステージの上ではなく、公園の木の下で。
スポットライトの光ではなく、太陽の光に照らされ。
本物ではない、おもちゃのマイクをその手に持ち。
楽しそうに歌う少女の姿を。
初めて友希那の歌声を聴いた時の記憶を。
本当に伝えてもいいものなのか。
伝えたところで分かってくれないのではないか。
いや、おそらく分かってくれない。
分かってくれないと思ったから、元々は伝えずにいようとしていたのだから。
だけど、あんな目で見られると。
「……昔の友希那と重なった気がしたんだ」
リサなら分かってくれるかもしれない。
あの時から友希那の隣にいたリサなら、分かってくれるかもしれない。
そう期待してしまう。
そんな淡い希望を信じ、打ち明けた。
――かけがえのない存在の一人である今井リサに。
「――――はははっ」
返ってきたのは、明るい笑い声だった。
「幼馴染って凄いね♪和也がそんな風に感じてたなんてアタシ驚いた!」
返ってきたのは、温かい笑顔だった。
「アタシもね、友希那が昔みたいに歌ってるなって思ったんだ!」
そして。
返ってきたのは、望んでいた答えだった。
「ありがとう……リサ」
感謝をしていた。
分かってくれたことに。
望んでいた答えを言ってくれたことに。
幼馴染であることに。
傍にいてくれることに。
「もう、どうしたの急にそんなしんみりした顔でありがとうなんて言って……って、和也泣いてるの?」
「え?あれ?……ほんとだ」
気が付けば、涙を流していた。
拭っても、拭っても、また、雫が零れる。
「ははっ……気持ちわりーな俺………何で泣いてんだろ」
視界がぼやけ、リサの顔が滲む。
ほんとにどうして泣いているのか分からない。
確かに嬉しかった。
胸がいっぱいになった。
しかし、それでも涙が出るほどではないはずで。
「――っ!和也、どうして泣いているの?」
友希那だ。
いつも落ち着いているその声を、珍しく慌てさせている。
友希那は優しいから、泣いてるやつがいたらそりゃそうなるよな。
二人共俺のことを心配してくれている。
ああ、悪いな。困らせてるだろうな。かっこ悪いな。
「……っ…はぁ………」
強く拭い、息を吐き、心を落ち着かせ、無理矢理にでも涙をせき止める。
「和也大丈夫?」
「………」
そうして、晴れた視界にまず入ってきたのは、リサと友希那。
そのどちらも心配そうな表情で俺を見ていて、
「……悪かったな二人共。もう大丈夫だ」
この時、何となくだが、涙が出た理由が分かった気がした。
「なあ、友希那」
友希那を呼ぶ。
「…何かしら?」
目の前にいてくれている彼女は、その表情に安堵を滲ませて、いつもと変わらない声音でそう言った。
リサの方を見る。
目が合った。
それだけで、俺が今から友希那に何を聞こうとしているのかが伝わった気がした。
「さっき歌ってる時、どうだった?……楽しかったか?」
「楽しかった………?それは、どういうことかしら?」
「そのままの意味だ。別に深い意味はない。友希那は、さっきの演奏で感じたことをそのまま言ってくれれば良いから」
「…そう」
友希那は視線を逸らし、考え込む。
再び口を開くまでの数秒間を、リサと待っていた。
そして。
「燐子が加わったことで演奏は以前よりも良くなった。でも、これぐらいじゃ目指しているレベルには遠く及ばない。まだまだ改善するべき部分は沢山ある。………それと、楽しかったかどうかについてはそうね……分からないわ」
「そうか。ありがとう」
感想を受け取った。
「良いバンドメンバーが揃って良かったな」
一番言いたかったことを渡した。
「…ええ」
「めでたいことなんだから少しぐらい笑えよ」
「今の和也には言われたくないわ」
「ふっ、確かにさっきまで泣いてた奴には言われたくないな。こりゃあ、一本取られた」
「……もう大丈夫そうね」
「お陰様でな」
「そう…リサ、練習を再開するわ」
そう言い、友希那はリサに視線を送る。
そして、リサが「了解☆」と明るく返すと、その華奢な体の向きを変え、スタスタと歩いて行った。
「それじゃあ和也、ライブ絶対に見に来てね♪」
「もちろん、絶対に行く。今日の感想の代わりとしちゃなんだけど、ライブの感想はちゃんと言うからな」
「分かった。和也の感想楽しみにしてるね♪」
もう時間だ。
最後にリサと言葉を交わす。
歩いて行く幼馴染の背中を見届けながら。
「友希那、楽しかったってこと否定しなかったな」
「うん!そうだね」
俺とリサは、互いに破顔した。
友希那の分も笑うかのように。
それからややあって、練習スタジオを出た俺は、CiRCLEの出口にへと進む。
縁が赤いガラス張りの自動ドアの周りに貼ってあるのは、イベントの告知だの、バイトの募集だの、音楽会社の広告だの、etc…、といった内容とサイズが違うポスターの数々。
それらを何となく見ながら、自動ドアが開くのを待ち、そして十分に開いた後、一歩、二歩、三歩と歩いて外の空気に触れる。
ビューっ、と。
吹いて来た風が、体に纏わりついていた室内独特のムワっとした空気を一気に払い飛ばした。
時刻は、13時を過ぎた頃。
目の前にあるカフェテリアのレジの前には、同年代、または少し上に見える人達が列を作り、何を食べようかと悩んでいる。
絶賛お昼のピークを迎えているカフェの光景を見ながら、胸いっぱいに鼻から息を吸い込んだ。
「……いい香りだな」
珈琲特有の苦い香りと共に、温かくも冷たくもない絶妙な温度の空気が入ってくるのは、五月故か。
そんなどうでもいいことを考えてしまうのは、気分がとてもいいからなのだろう。
涙を流しはしたものの、前回のオーディションの帰りとは違って心は明るく、それに伴い足取りも軽やかだ。
「いやぁ~~~、二人のバンドが上手くいきそうで良かった!!」
両腕を上に上げて体を伸ばしながら、今日感じた総括を口にする。
おそらく今言ったことが気分が良い最大の理由なのだろう。
リサは同じバンドのベーシストとして友希那の隣にいられるから、リサのやりたかったことは叶う。友希那のやりたいことはまだ俺には分からないが、そのやりたいこと――夢にはバンドが必ず関わっているのだろうから、上手くいっているに越したことないはず。
嬉しい。
二人のことが、自分のこと以上に嬉しい。
これからももっと二人の力にならなければ。
「でも…どうするかだよな………」
歩く速度を落とし、顎に手を添えて考え込む。
考えるのは、今後の俺の行動について。
オーディションは終わった。白金さんを最後に、これ以上はもうメンバーを加えないだろう。そうなってくると、ライブ以外ではもう練習しかしない訳であって、技術的なことはチンプンカンプンな俺は、今後めったなことが無い限りは練習を見学することを許されないだろう。
つまり、いざという時にリサと友希那の力になれない可能性が高くなり、もちろんそれは俺としてはいただけない。
まぁ、そのいざという時が来ないのが一番ベストな事ではある。
しかし、万が一に何かが起こり、リサと友希那が困るようなことがあれば真っ先に助けになってやりたい。それだけは絶対譲れない。だから、出来るだけあのバンドとは関われるようになっておきたいのである。
何か。何か良い案はないだろうか――。
「くっそー!何も浮かばねー!」
嘆きは空へと飛び、周囲からは白い目を向けられる。
何か良い案はないだろうかと考え始めてから約10分。
依然として成果は無い。
実は俺には溢れかえるほどの音楽の才能が眠っていました!とかいうアニメや漫画のような展開があれば全て解決して上手くいくのだが、16年間生きていると、そんな凄い潜在能力が自分に眠っていない事ぐらいは分かる。
「まぁ…10分やそこら考えたぐらいで良い案が思い浮かんで来るなら、そもそも問題にはなってねぇっつーの」
そんな当たり前のことをぼやき、テンションが下がっていることを自覚する。
良い案が見つかるのが早ければ早いほど良いのには変わらないのだが、だからといって考えたところですぐに見つかるとは思えない。
そうだ。これは簡単なことではないのだ。
急ぎ過ぎも良くない、時間をかけよう。
ふとした事がきっかけで、何か良い案が思い浮かぶかもしれないし。
「あ、高校だ」
顔を上げると、いつの間にか隣には俺が通っている高校があった。
CiRCLEからの帰り道なのだから別に変なことではないのだが、あーもうここまで来ていたのか、といった感じになる。
数メートル先にある校門からは、各々のクラブのTシャツを着た生徒がわらわらと出てきており、丁度今ぐらいの時間が午前と午後のクラブの入れ替えなのだという事を教えてくれた。
帰宅部の俺からしてみれば、特に需要のない情報なのだが。
「あ、達哉」
「お、よう和也」
「よう。部活お疲れさん」
出てくる生徒の中に、友人を見つけ挨拶を交わす。
汗で前髪は額に張り付いている。
鼻をつく汗の臭いは、それだけ達哉が部活を頑張った証だ。
「今からどこか行くのか?」
「いや、さっきまでライブハウスに行ってて、今帰ってるとこ。ほら、幼馴染がバンドしてるってこの前に言ってただろ?それのことだ」
「あー、たしかそんな事言ってたな」
「今日やっとメンバーが揃って結成したところでな。あっ、そうだ達哉」
「?」
とある記憶を思い出した俺は、右ポケットに手を突っ込み、スマホを取り出す。
そして、慣れた手つきでカレンダーを開いて、達哉に画面を見せた。
「確かサッカー部ってこの日オフだったよな?」
「ああ、その日はオフだぞ。放課後どこか遊びに行くか?」
予想通りの返答に、ニッと笑みを浮かべる。
「ライブ行こうぜ!」
――――――――――――――
―――――――――
―――――
――
――ジリリリリッ!!!!と。
目覚まし時計から甲高い音が、日の光で明るくなった部屋に鳴り響く。
それによって夢が遠のいて行き、和也は覚醒した。
「あいっかわらずうるせーなーこの時計。まあ、そのおかげで助かってるのは事実だけど」
そう言いながら目覚ましを止め、身体中に纏わりついている気怠さと二度寝したいという欲を振り払い、むくりと体を起こす。
そこからはいつも通り。
制服の袖に手を通し、学校に行く準備をする。
今できる準備が全て終われば、後はこの部屋から出て行くだけだ。
「あ、そういや」
扉に手をかけたところで静止し、ゆっくりと振り返る。
そして。
「今日、リサと友希那のバンドが初めてライブをするんだ。しかも、その出るイベントが結構大きいイベントでさ、初ライブなのにスゲーよな」
棚の上に置いてある昔撮った家族写真に向かって、誇らしげに言うのであった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
今回、一か月以上投稿できなかった理由(言い訳)は、私がスランプに陥ったからです。一日中パソコンに向かっても一文字も進まないとかはざらにあって、しかもようやくできても内容が気に食わず、4~7回ほど全て書き直したりしました………。
しかし、そうしてようやく完成した今回の話は、私にとって凄く貴重な体験となったことはもちろん、この作品上少し大事な回だったり?します。
手間暇かけた分、今までの中で一番気に入っている回となりましたが、今後はなるべくこんなに期間が明かないように、一話を数回に分けようと思います。(今回のように全く書けない場合のみ)
ですので、今後もよろしくお願いします。
お気に入り登録、感想、高評価はいつでもお待ちしてます。ください。
それでは皆さんまた次回に、ばいちっ!