設定をあいまいにしか覚えていない上、思いついたまま書いたので、色々間違ってる箇所があるかと思います。
※ 2020/4/7
空いていなかった行間、誤字、単語の表記を修正しました。
2020/5/14
① 四話目と笑っちゃうような設定矛盾があったので、修正しました。
「常に手下の言動は監視している」
↓
「手下の言動はある程度監視している」
② 段落ごとに改行しました。
鬼舞辻 無惨は激怒した。必ずや眼前の鬼殺隊の小娘を殺さねばならぬ。無惨に誰かを殺傷することへのためらいはない。無惨は鬼の始祖である。千年ほど前に腐れ藪医者の処方した薬剤により鬼と化して以来、太陽の克服方法の一つである青い彼岸花を求めてあちこちさまよい、そのかたわら人間を鬼にしてきた。その理由は、一つは鬼化しても太陽に耐性を持つ者を見つけるためであり、いま一つは鬱陶しい鬼殺隊を退けるためである。
―― 鬼殺隊
産屋敷一族を頭首とし、鬼を抹殺するために設立された非政府組織である。その戦闘員は、柱と呼ばれる少数の強力な隊士を中心に構成されており、彼らを含めたすべての隊士は「呼吸法」という身体能力を格段に上昇させる術と、太陽光を吸収できる日輪刀を用いて鬼を討伐してきた。鬼の弱点の一つは太陽光なので、日輪刀で頸を刎ねれば鬼の再生能力を発揮させずに殺せるのである。
鬼殺隊さえいなければ、もっと捜索は順調に進んでいたはずだし、自分以外の鬼を戦力にする必要もなかったはずだ。まったくもってわずらわしい人間どもである。ただでさえ、容姿端麗、頭脳明晰、磊落闊達、品行方正、天下無双、天上天下唯我独尊たる自分に刃向かうとは無礼千万であるのに、偉大なる目的の達成を邪魔するとは万死に値するといっても過言ではない。とはいえ、これまでは主要戦力の十二鬼月とその他の手駒で十分対処できていたから、さほど気に留めず私事に集中していられたのだ。
それが奇抜な恰好をし、耳障りな声の小娘の出現により崩壊したのである。
無惨は胸中の荒ぶる感情をすべて吐き出さんばかりに叫んだ。
「絶対に許さんぞ、虫けら! じわじわと嬲り殺しにしてくれる!」
一拍置いてから、怨敵の名を口にした。
「則巻 アラレ!」
名前を叫ばれた少女は、無惨が波打つ白髪のてっぺんにピンク色の巻糞のウンチくんを乗せているのを、指差しながら無邪気に笑っていた。
◆
数か月ほど前に、無惨は十二鬼月の下弦の鬼が敗れたのを知った。
十二鬼月とは、数多の鬼の中でも特に戦闘能力の優れている十二体の鬼の総称である。彼らは大きく上弦と下弦とに分類され、それぞれ壱から陸までの番号を授かっていて、その番号の若いほど実力がある。その下弦の一体が敗れた。上弦に劣るとはいえ、主要な戦力の一角が崩されたことに変わりはないのだが、しかし無惨は動揺しなかった。試験管の薬剤の配合を止めもしなかった。ただただ失望しただけである。
無惨にとって、自分以外の存在はことごとく有象無象に等しく、期待の対象とはなり得ない。頭脳面や戦闘面において大きく劣る連中に、いったい何が期待できるだろうか? 無能はせいぜい命令を聞いて動いていれば良く、それもできないとなれば、もはや存在価値がない。
手下の言動はある程度監視している。蹴り飛ばされた結果であれ、うまく逃げおおせた当の下弦はまだ生きていた。それを無限城に転送するよう鳴女に事務的に伝えると、無惨は下弦と戦った小娘に思いを馳せた。
その印象は、奇妙の一言に尽きた。
鮮やかな菖蒲色の長髪は腰までまっすぐかかり、健康的な白い肌は真夏の雲を思わせる。 髪と同色のつぶらな瞳はいかにも澱みなく、少々大きめの黒縁の眼鏡をかけていた。
服装は赤い半袖シャツと胸ポケットのある肩ひも付きの青ツナギで、黄色い靴下と恐らく西洋発祥のものと思われる紺の紐靴を履いていた。被っている桃色の帽子の両脇には大きな羽根飾りがついていたが、何よりも目立っていたのは前面の「ARALE」の英字だった。
明治の夜明けとともに日本は貪欲に西洋の文化を取り入れ、つられて庶民の服装も西洋風にかぶれていったけれども、あの小娘ほど変な恰好をしている人間は見たことがない。戦い方にしても素人らしく、正拳突きや飛び蹴りと言った単純な攻撃が主で、呼吸法は用いていなかった。したがって彼女が鬼殺隊の隊士ではないとはわかる。もし隊士であれば日輪刀を佩き、黒の詰襟の隊服を着、呼吸法を用いているはずだ。つまり、あの下弦はよりにもよって市井の小娘相手に負けたのだ。下弦の殺処分が決定した。
それにしても、ただの小娘が下弦を退けるなどありえるのだろうか? あの体躯は子どもらしく小柄で、露出している腕の細さと隅々まで整った身だしなみの良さから推測するに、武芸を嗜んでいるようには見えず、むしろどこぞの良家の娘と考えたほうがしっくりくる……
そうした疑問を、無惨は下らんとやがて一蹴した。十二鬼月でない鬼が夜通し一般人に抵抗され、曙光を浴び灰になった事例は両手では数えきれない。確率は低下するだろうが、所詮は下弦、一般人に負けないとは言い切れないのだ。
配合し終えた薬剤の入った試験管を、目の高さに合わせてじっと見る。その光景を見る者があれば、老若男女問わず目を奪われるのと同時に畏怖を覚えただろう。
容赦のない残虐性とは裏腹に無惨の容姿は美しく、白い肌は処女雪の如く澄み、鼻梁は滑らかに高い頂へと通じている。刀の帽子のような切れ長の目はわずかに吊り上がり、真円の瞳と薄い唇は曼殊沙華よりもなお紅く艶やかで、ともすれば御伽噺の美女と見紛うほどだが、それが却って人にあらざるような印象をもたらし、全生物を睥睨するかのような眼力と相まって、無惨の美貌に絶対零度の冷徹さを与えていた。
無惨の実家は平安時代の貴族だったので、健康体で生まれ鬼にならずにいれば、彼は教養に富んだ絶世の美丈夫と称されただろう。白のハイカラーシャツに赤のネクタイ、焦げ茶のスラックスという紳士然とした出で立ちは、彼のたくましい両足や両腕、鉄板よりも硬そうな分厚い胸板から醸し出される荒々しさを隠しきれていない。加えて背が高く、声音は蠱惑的な甘やかさを帯びているので、異性同性関わらず親交が絶えず、幸せな人生を全うしたに違いない。しかし、運命は彼に恵まれた人間の道ではなく、血塗れの鬼の道を歩ませた。その苦難は筆舌に尽くしがたい。
そして今、一人の小娘を知った。それは路傍の小石ほどの価値もない障害のはずだった。無惨は己を天災と見做す。天災は理不尽の塊なのだから、卑小な人間がいくらあがいたところでなすすべもない。人間にできるのは、せいぜい被害を嘆き悲しむことぐらいのものだ。
だが、無惨は後々思い知る。天災にも規模の大小があり、彼の規模はいいところ地域災害相当に過ぎないのに対し、小娘のそれは全地球規模の大災害であることを、価値観が丸ごと破壊されてしまうかのような光景によって思い知るのである。
そんな未来を知る由もない無惨は、持っていた試験管を無造作に投げ捨て、部屋をあとにした。
◆
役立たずを殺処分してからしばらくして、はっきりしない言い方ではあるけれども、世界が変になり始めた。
まず、無限城内にピンク色の巻糞が出現した。血便の色は赤か黒なので、明らかに誰かの粗相ではない。そもそも鬼は体内体外によらず出血したとしてもすぐに治るし、食べた人間は丸ごと体内に吸収してしまうので便所とは無縁である。おまけに、この巻糞はどういうわけかにこやかに笑っている。何を言っているのかわからないと思うが、無惨もわからない。武家屋敷を模した広大ながらもおどろおどろしい無限城内に、にこやかな巻糞が鎮座している様は、奇怪を通り越して滑稽ですらあった。
「いとをかし」
何度も頷いて得心すると適当に雑魚鬼を呼び、巻糞を捨てておくよう言いつけ、とりあえず一連の出来事を頭から追いやった。
次の発生源は鳴女だった。
ちょうどそのとき、無惨は無限城に設けた書斎で小説を読んでいた。露西亜のドストエフスキーなる作家の『罪と罰』という長編だ。以前読んだ芥川 龍之介の『文芸鑑賞』に名手の一人として挙げられていたのを思い出し、戯れに手に取ったのだ。
そこへ鳴女が静々とやってきて、楽器を変えたいと申し出た。
鳴女の血鬼術は空間操作であり、術を使用する際はいつも琵琶を弾いている。その音に合わせて空間は変動する仕組になっていて、広い無限城がからくり屋敷のように姿を変えるのはひとえに彼女のおかげなのだ。
「どのような楽器にするのだ?」
お気に入りの鳴女に対する無惨の応対は、他の鬼と比べて若干柔らかい。
「エレクトリックギターです」
「何だって?」
思わず無惨は聞き返した。
青い彼岸花を探すにあたって古今東西の書物を漁る必要から、漢語、蘭語、英語などさまざまな言語を習得してきたが、鳴女の発した名称は初耳だった。楽器の外見と血鬼術の使用に支障はないのか問うと、見た目は弦が六本になった三味線のようなもので、もちろん血鬼術は今まで通り使えるとの答えが返ってきた。
それならば良いと許可を与えた翌日、無惨は鳴女の姿に我が目を疑った。
昨日までの鳴女の出で立ちは、簡単に言ってしまえば、琵琶を持つ、黒の長髪で顔の隠れた日本人形と言った感じだった。それが今は歌舞伎役者もかくやと言わんばかりの派手な恰好をしている。
目につくのは、ウニの針のように頭部全体から方々に飛び出ている金髪、紫色に染められた大きな一つ目の下瞼、どぎつい紅を塗りたくった唇、墨汁に浸けたかのように黒いインバネスコートと革パンツ、下品な光沢がまぶしい金銀さまざまの十字架のネックレスやピアスなどの装飾品、そして肩から下がっている極彩色の鋭角的な楽器だった。おそらく、それこそが昨日鳴女が口にした楽器なのだろう。だが、今はそんなことはどうでもいい。
「鳴女よ、なぜそのような恰好を……?」
戸惑う無惨に、
「無惨様、私は目覚めたのです。鬼の使命に。鬼の情熱を世界に広げるという使命に!」
鳴女は顔面全体が目に覆いつくされんばかりに目を見開いて、強く強く主張した。爛々と輝く瞳に、ふざけている様子はない。
無惨が手下の鬼たちに語った使命は、しいて言えば、青い彼岸花の発見と鬼殺隊の抹殺である。断じて鬼の情熱などという、ちょっと何言っているのかわからない使命を与えた覚えはない。
「鬼の情熱とは具体的に何なのだ……?」
「胸に宿る熱き鼓動、世界を震わせる魂の咆哮です!」
まったく具体的ではなかった。
思考が止まりそうな無惨を余所に、鳴女は小さな薄い板を親指と人差し指で挟むと、エレクトリックギターを弾き始めた。素人目に見ても見事な腕前だった。板を持つ右手と弦を押さえる左手の動きは素早く、正確に思われた。エレクトリックギターとやらに慣れ親しんだ者ならば、その音色は心地よく聞こえたに違いない。しかし、無惨の慣れ親しんだ弦楽器の音色は、三味線や琴と言った日本古来のものである。鳴女の奏でる音は、無限城内全体に響き渡るほどの音量なのもあって、イボイノシシの断末魔にしか聞こえなかった。
「どぉですかぁ、無惨様! これなら日本を、世界を! 変革できますよっっ!」
「そうか……まあ頑張ってくれ……」
さらにやかましくなっていく鳴女を尻目に、無惨は書斎に帰った。約一千年ぶりの頭痛を読書で癒したかった。シェイクスピアの『じゃじゃ馬ならし』がちょうどいいだろう。そうして時間を潰し、日を改めればきっと鳴女や巻糞の件は一時の異常ですむだろう……
だが、無惨の期待も空しく、世界の変化は日に日に加速していった。
三件目は無限列車で発生した。そして、無惨は継国 縁壱と敵対したとき以上の衝撃を受けるのである。
血を分け与え強化してやった下弦の壱の魘夢が、無限列車で鬼殺隊相手に苦戦しているのを見た無惨は、猗窩座に至急現地へ向かうよう命じた。猗窩座は上弦の参である。弱者は無価値であると断じ、格闘を得意とし、その実力たるや下弦とは比較にならず、無限列車の鬼殺隊全員を相手にしても簡単に勝利できるだろう。
なお、魘夢に血を分け与えたのは下弦一同を無限城に呼び出したときだ。この前に、下弦の伍の累が鬼殺隊に敗れ逃走した。頭にきたので、いい加減下弦を解体してしまおうと考え、一同を眼前に蹲らせ、せめてもの情けとして各々に最後の言い残しをさせたのだが、一番手の魘夢の発言がひどかった。無惨様に直々に手を下してもらえてうれしいだの、仲間の断末魔を聞けずに逝くのは残念だの、オネショタいいよね責められるの最高だよねだの、今の美女姿の無惨様に責められたいだの、やたらと鼻息を荒くして気色の悪いことばかり口にするものだから、さすがの無惨もドン引きし、思わず触手で魘夢の喉を貫いてしまったのだ。その際に誤って血をたっぷり注いでしまい、結果魘夢は強化され、喘ぎ声をあげながら悶える魘夢を余所に集まりは解散となった。変態からは距離を置くに限る。
さて、現地に辿り着いた猗窩座は、その状況の理解に苦しんだ。
激しい戦いがあったのだろう、無限列車の車両のいくつかは爆散し、他の車両は盛大に脱線し、中には横転しているのもある。問題はその周辺である。通常、これだけの大事故ならば乗客はまず無事では済まない。良くて入院、悪いとただの肉塊になり果てるだろう。ところが、視界に入るのは大怪我に呻く人間や血塗れの死体ではなく、地面に頭が突き刺さりもがいていたり、黒焦げなのになぜか平然としていたりする人間たちだった。それらの間を鬼殺隊の面々が慌ただしく駆け回り、大根よろしく人間を引っこ抜いたり焦げた人間の顔を布で拭ったりしている。
明らかに場の雰囲気に緊張感がなく、弛緩しきっている。猗窩座は動くのをためらった。
「猗窩座殿」
不意に名を呼ばれ、反射的に振り向いた先にいたのは魘夢だった。
喋らなければ顔立ちの整った優男である彼は、全身余すところなく煤で真っ黒になっており、髪の毛も羊毛のごとく縮れていた。小洒落た紳士服は、どういう原理か腰回りを除いて襤褸になっていて、上半身下半身共に血色の悪い肌のほとんどを露出させている。
「何があったんだ?」
猗窩座の問いに魘夢は答えなかった。興奮しているようで、その表情には恍惚とした笑みが浮かんでいる。
「すばらしい小娘がいましたよ」
曰く、人間なのに催眠術が効かない。ならばと、思い切り攻撃しても吹っ飛ぶだけで通じた様子がない。両腕を広げて突っ走ってくるだけで、列車と同化した自分の体を引き裂いた。「んちゃー!」と叫んだと思ったら口から光線をぶっ放して、途中の車両もろとも先頭車両を爆破し、全車両を脱線、一部を炎上させた。そして、乗員全員が吹っ飛んだり燃えたりしたが、なぜか死傷者が一人も出ていない。自分はその折に列車との同化が解けた。ロリに責められるのも悪くない……
魘夢が何を言っているのか、猗窩座はちょっと理解したくなかった。
「幻覚でも見たか?」
「とんでもない! 私は正常ですよ。ほら、この通り手も足も自在に動きますし、猗窩座殿と意思疎通だってできる。ただ、面白い人間がいたものだから少しばかり興奮しているだけですよ。まさか、口から光線を吐く人間がいるとはね! 誰だって人間の小娘が、あんな芸当をして見せるだなんて想像もできないでしょう。おまけに、びっくりすることに、彼女、呼吸法を使っていないみたいなんですよ! つまり、何ら小細工なしに列車を吹き飛ばしたんです! 信じられますか!? すてきだ、実にすてきだ。彼女をすてきと言わずして誰をすてきと言おうか! おや、猗窩座殿、そんなに顔を引きつらせていかがしました? せっかくの凛々しい顔が台無しですよ。へ、へ、へ」
饒舌な魘夢を鬱陶しく思いつつも、猗窩座はその言葉の中身を分析していた。
いかに戦闘能力を鍛えているとはいえ鬼殺隊は所詮人間に過ぎず、下弦の一撃が直撃すれば重傷は免れないだろう。それが柱でもない雑魚であるならば尚更である。しかし、魘夢に嘘を言っている様子はなく、仮に発言のすべてが事実だとすれば、件の小娘は柱を超えた何かである可能性が高い。
猗窩座は凶悪な笑みを浮かべた。強者を人間として死なせるのは、発見した金剛石の原石を拾わずに放っておくのに等しい愚行だ。鬼としての生を選択させ、永遠の闘争に身を投じさせねばなるまい。
そこへ、お誂え向きに背後から大地を踏みしめる音が響いた。振り返れば、獅子を彷彿とさせる炎色の髪の男と羽根帽子を被った眼鏡の童女がいた。軍服を模した黒の詰襟の制服から、二人が鬼殺隊であると判断する。男が日輪刀を油断なく構えている一方、童女は日輪刀を携えてすらおらず、何かを期待するように「わくわく、わくわく」と笑顔で口走っている。
「上弦の参か。これはまた大物が現れたものだ」
臆した様子のない男に、猗窩座は大きな目を細めた。
炎を模した着流しと制服に隠されてはいるものの、男の体にはいっさいのたるみが感じられず、真夏の太陽のように丸く輝く瞳といい、ほとばしる闘気といい、隣の童女とは対照的に思わず舌なめずりをしてしまいそうになる戦士だ。
「いい闘気だ。練り上げられている。俺にはわかる。名前は何という?」
「煉獄 杏寿郎。炎柱だ」
「俺は猗窩座だ。杏寿郎、お前をここで死なせるのは惜しい。鬼にならないか? 鬼になれば、至高の領域へ辿り着けるぞ」
「断る」
にべもない返答に猗窩座は広い肩をすくめた。
猗窩座にとって強さこそが唯一の価値基準である。強者を死なすのは損失であり、弱者は生きるに値しない。
「人間は弱い。体は脆く、醜く老いさらばえ、死を避けられない。なぜ人間にこだわる?」
「肉体の強さなど尺度の一つに過ぎん。人間はそれほど単純ではない。それと、戦ってもいないのにさも君のほうが強いかのように語られるのは癪だ。だが、そうだな、……猗窩座とやら、君がこの少女と戦って勝てたならば君の誘いを一考しよう」
そう言って煉獄は童女の細い肩に手を置き、笑った。
正気か、という問いを猗窩座は飲み込んだ。煉獄の瞳から輝きが失われ、その瞳が自分でも魘夢でもない、はるか彼方を見つめているように思えたからである。
そこで猗窩座は先ほどの魘夢の話を思い出した。
「あのガキがお前の言っていた小娘か?」
「そうです。あの子です。かわいいでしょ? かわいいですよね? ああ、もっとあの子にどつかれたい」
軟体生物よろしく体を高速でくねらせながら、頬を赤らめている魘夢は、端的に言って気持ち悪かった。
改めて見てみるに、童女の体格は年齢相応に小柄で、煉獄とは対蹠的に闘気もまるで練り上げられていない。それこそ雑魚鬼の攻撃で即死してしまいそうですらある。本当にあのガキが魘夢を退けたのだろうか? 魘夢への不信感が頭をもたげる一方、煉獄の態度も気にかかる。
仕方なしに、猗窩座は童女と視線を合わせた。
「ガキ、名前は?」
「則巻 アラレだよ。お兄さん、つおい?」
「無論だ」
即答すると、アラレは「わくわく、わくわく」と口にしながら期待に胸を膨らませ始めた。それに対し、猗窩座は足元に樹枝状の術式、破壊殺・羅針を展開する。羅針は破壊殺の基幹である。その表情に、凶悪な笑みを浮かべたときの高揚感はない。
鍛え上げられた猗窩座の肉体から放たれるのは、小細工を一切弄さない必殺の武術である。鬼になって以来、これで何度も立ちふさがる敵を真正面から容赦なく粉砕してきた。アラレもまた、あっけなくその一人となるだろう。
「そいじゃ行くよー。キ――――ン」
両腕を広げて突っ込んできたアラレに、猗窩座は鋭い目を見張った。
「バカな!? はやっ、ウボァッ!!」
腹部に刺さったアラレの飛び蹴りが、猗窩座の体を「く」の字に折り曲げる。
目玉と鼻水が飛び出るほどの恐ろしい威力の蹴りだった。辛うじて膝を大地につけないよう耐え、正面を向く。そこへ、
「えい!」
追撃の正拳が猗窩座の顔面にめり込んだ。
「前が見えねェ」
長いまつ毛の目立つ端正な顔を、星印の形に歪ませた猗窩座が呻く。だが、戦闘に支障はない。目が見えないのであれば、気配で敵の位置を把握すればよい。
―― 破壊殺 乱式
巨大な岩をも容易に破壊する拳の驟雨を浴びせ、最後の一撃はいっそうの力を込めて叩き込む。無防備に笑っていたアラレはなすすべもなく吹き飛び、遠方の無限列車に突っ込んだ。車両が爆散し、黄色い頭の人間と猪頭の人間が宙に放り出され、間抜けな悲鳴の二重奏が夜空に響き渡る。
薄い唇を歪め、勝利を確信した。うまく対処をしなければ、乱式は鬼殺隊の柱でさえも死に追いやる技である。防御なしでは当然死は免れない。アラレの移動速度や力強さには最初こそ驚かされたが、結局他愛のない雑魚でしかなかった。何を思って煉獄がアラレと戦わせたのか、ますますもってわからなくなる。
悔しがっているだろう。そう思い、いつの間にか距離を取っていた煉獄に目をやり、眉をひそめた。
「なぜ笑っていられる、杏寿郎。仲間が死んだんだぞ?」
いつの間にか距離を取っていた煉獄は、余裕をうかがわせる笑みのまま明快に答えた。
「早計だな。あれぐらいではアラレは倒せんよ」
猗窩座は鼻で嗤おうとする。それを邪魔したのは無邪気な笑い声だった。
慌てて振り向いた先にいたのは、傷一つ負った様子なく走ってくるアラレだった。
「すごーい! すごーい! お兄さん、つおいね! キャハハハハ!」
お腹を抱えて哄笑する姿に、やせ我慢をしている様子もない。アラレの制服に土埃や車両の潤滑油などが付着しているので、幻術や身代わりを使われたわけでもないだろう。なぜ無事なのか理解できず、こめかみから頬にかけて汗が伝う。
しかし、猗窩座の思考を完全に停止させたのは、このすぐ後のアラレの行動とその結果だった。のちに猗窩座は述懐した。則巻 アラレの前では人と鬼の区別など無意味である。大海に一滴二滴の水滴が零れたところで何の影響があろうか? だが、それがいい、と。
「ほい!」
何を思ったか、アラレは軽快に大地を殴った。隣人と朝の挨拶を交わすかのような気軽さで、子どもが悪ふざけでするように、ただ普通に殴った。何の変哲もない殴打だった。
次の瞬間、煎餅が割れるように地球が真っ二つに割れた。
物理法則を無視した事態に、魘夢のくねりが加速し、猗窩座は硬直する。そして、猗窩座を通してそれを見ていた無惨は、飲んでいた平野シャンペンサイダーを盛大に噴き出した。
忌憚のない感想お待ちしてます。