語彙力の無さが泣ける、今日この頃。
時は無惨が地団太を踏む数か月ほど前に遡る。
水柱の冨岡 義勇はわき目も振らず蒸し暑い夜の森を駆けていた。先ほど伝令役の鎹烏より、鬼が少女を襲っているとの一報があったのだ。急がねば尊い命がまた一つ失われてしまう。
現場に到着したとき義勇は、羽根帽子を被った少女が飛び蹴りで鬼を森の奥に吹き飛ばすのを目にした。口とは違い饒舌な思考が停止する。鬼殺隊に所属していない人間が鬼を撃退する例は、岩柱の悲鳴興 行冥や霞柱の時透 無一郎など皆無ではなく、十以上は報告されている。しかし、どの例も生存者は血みどろになるのが普通で、眼前の少女のように疲れた様子もなく鬼に勝利してしまうのは前代未聞である。
鬼か物の怪か、あるいは超人か……義勇は幼くも整った顔を引き締め、鯉口に手をかけたまま、無邪気な笑い声を発している少女の背後から声をかけた。
「ケガはないか?」
「ほよ? ケガはしてないよ? お兄さん誰?」
振り向いた少女に人外らしき雰囲気も特徴も見当たらない。土で汚れている以外に服や眼鏡に目立った破損もなく、顔色も悪くないので、現状救急の医療措置は不要に思われる。とりあえず鯉口から手を放した。
「俺は鬼殺隊の冨岡 義勇だ。鬼を狩っている」
「鬼殺隊? 何それ」
鬼殺隊は世間一般には公表されていない裏側の組織なので、少女が首を傾げるのももっともだ。鬼殺隊の目的を口下手なりに説明すると、少女は理解したのかしていないのかわからないような顔をした。おそらく、鬼という空想上の存在が実際にいるとの実感がいまだに湧かないのだろう。
だが、少女はなぜ真夜中の森の中にいたのだろうか? 月明りもわずかにしか差さないほどの鬱蒼とした森に入るには、ランプも持っていないその奇抜な恰好はいかにも不用心で頼りない。おまけに鬼を退けた件といい、害意は感じられずとも普通とは言いがたい。ここは体内の検査も兼ねて蝶屋敷で事情を訊いた方がいいだろう。
「一応、他に異常が無いかお前を検査したい。一緒に来い。そうだ、名前は?」
「則巻 アラレだよ」
元気よく告げられたのは、おいしそうな名前だった。帰ったら鮭大根を食べよう。義勇は固く決意した。
鎹烏に蟲柱の胡蝶 しのぶへの言伝を頼むと、義勇はアラレを連れて出発した。
蝶屋敷は鬼殺隊の療養施設兼研究施設である。ケガや病気により働けなくなった隊員は、屋敷で治療と機能回復訓練を行い現場へ戻っていくのだ。管理しているのは現蟲柱で、その下で隊士の栗花落 カナヲと神崎 アオイ、助手の中原すみ、寺内きよ、高田なほの計五名の女子が働いている。
蝶屋敷の診察室に入るや否や、義勇は椅子に座っていたしのぶに文句を言われた。
「冨岡さん、事前に訪問を知らせてくれるのはいいんですが、できれば具体的にお願いします。これから行く、だけじゃ何の用事なのかさっぱりですよ」
染み一つないしのぶの白皙の顔には苦笑が浮かんでいた。
しのぶは数少ない女性の柱の一人である。烏の濡れ羽色の髪を夜会巻きにし、後頭部に大きな蝶の髪飾りを着け、蝶の羽柄の羽織をまとう体は市中の町娘と大差ないほどに華奢で小柄だ。紫水晶のようなつぶらな瞳は義勇の水宝玉色の瞳と同等に澄み、赤く小さな唇はやわらかく吊り上がり、朝露に濡れるツツジを思わせる。総じて男性の目が奪われんばかりの美人で、とても異形の者と戦えるとは思えないけれども、細い腰に下がっている日輪刀の不釣り合いな存在感が、彼女に対する印象を塗り替えていた。
次からは気を付けよう、と告げると、義勇はアラレを診察室に入れた。しのぶが信じられないといった様子で口元を両手で覆う。
「そんな小さな子を連れてきて……! 冨岡さん、今ならまだ間に合います。自首しましょう?」
「お前は俺を何だと思ってるんだ」
「冗談ですよ。本当だったら新薬の実験台にしてましたが」
蟲柱として鬼の討伐に励むかたわら、しのぶは鬼に効果のある薬品の研究にも力を入れていた。非力な己では鬼の頸を刎ねられないと悟った彼女が編み出した、苦心と焦慮の賜物である。当然、人間に使用すれば惨劇は避けられない。
実験台の部分も冗談だろうと訴える義勇の視線に対し、しのぶはにこやかな笑みを崩さない。背筋に走った寒気を、義勇は季節のせいにした。なお、今は真夏である。
「あなた、名前は?」
膝を折り、目線の高さをアラレに合わせたしのぶが尋ねた。
「則巻 アラレだよ! お姉さんは?」
「私は胡蝶 しのぶ。鬼殺隊で鬼を狩ってます。冨岡さん、用事はこの子のことですか?」
「そうだ。アラレの診察をしてもらいたい」
首を傾げたしのぶに、義勇は成り行きを説明する。しのぶもおかしいと踏んだらしく、笑みを消して義勇の依頼を受けた。
「では、冨岡さんはちょっと廊下で待っていてくださいね」
「何故だ?」
「女児の裸を見たいんですか?」
笑顔で威圧してきたしのぶとアラレを残して、義勇は足早に診察室を出、廊下の壁にもたれ窓の外に目をやった。
人工的で無機質な白熱電球の灯りが、木造の廊下を隅々まで照らす一方、外はそれを拒むかのような重々しい夜闇に包まれている。竈門 炭治郎なる少年と彼の妹の竈門 禰豆子を師の鱗滝 左近次の下へ向かわせたのも、ちょうどこんな感じの暗闇に満ちた寒々しい夜だった。あの兄妹は今頃達者でやっているだろうか? いくら意志が強くとも、死ぬときは呆気なく死んでしまうのが鬼狩りの宿命である。できれば再会して互いの無事を祝いたい……
絹を裂くようなしのぶの悲鳴が耳をつんざいたのは、そんな風に感傷に浸っていたときだった。
「何があった!?」
診察室に飛び込んだ義勇が目にしたのは、壁に背を張り付け震えているしのぶと、自分の頭部を両腕で持ち上げて胴体から切り離しているアラレの姿だった。
◆
「ろぼっと?」
義勇としのぶの声が、かつてないほど重なった。
危うくアラレに斬りかかりそうになった義勇と深呼吸を繰り返したしのぶは、落ち着きを取り戻すとアラレの事情に耳を傾けた。
それによると、アラレはゲンゴロウ島のペンギン村に住む、則巻 千兵衛という科学者によって製作されたロボットである。普段は村の友達と学校に通ったり遊んだりしているのだが、ある日、千兵衛が海辺の町に旅行に行こうと言い出し、そのために超長距離転移装置なる機械を寝る間も惜しんで作り出した。そうまでして旅行に行きたかったのは、ひとえに美人のオネーチャンの水着姿を思う存分見たかったからだそうだ。恐るべきは性欲である。
そうして、まずは試運転ということで行先をアラレの通っている学校に設定し、アラレを装置に乗せ起動したところ、突如装置が異常な音を立て始め火花を散らした。慌てて千兵衛が緊急停止スイッチを押したものの間に合わず、転移機能が作動、まばゆい光が家中に広がり、気が付いたらアラレは夜の森の中に一人立っていた。そこへ鬼がやってきて、次に義勇がやってきたのだそうだ。
全部聞き終えた義勇としのぶは、難しい顔をしたまましばし黙った。あまりにも非現実的すぎる内容に、どう判断したらいいのかわからなかったのだ。
嘘をついている可能性も十分考えられるが、それならばもっと人に信用される話を考えるのが一般的だろう。荒唐無稽な嘘をついたところで、気が狂っていると思われてなおさら信用を得られなくなるに決まっている。それにアラレの天真爛漫な言動を見ていると、彼女が人をだますとはとても思えないのである。
「その、ロボットでしたっけ、それはどういうものなのですか?」
初耳の単語の説明を求めたしのぶに返されたのは、ロボットはロボットだよ、という何の説明にもなっていない答えだった。
「からくり人形みたいなものでいいんじゃないか?」
アラレの説明ともっとも近しいと思われる名前を、義勇は呟くように口にした。
「からくり人形ですか? 確かに、それが一番しっくりきますが……」
義勇としのぶが思い浮かべたのは、刀鍛冶の里にある縁壱零式である。三百年以上前に作られた戦闘訓練用からくり人形で、かつて最強と謳われた剣士の継国 縁壱を模しており、その神がかり的な剣技を再現するために腕が六本ある。
しかし、縁壱零式には言語機能も搭載されていなければ感情もない。見た目もまさにからくり人形そのものであり、木製の手足の関節は球体で、光のない瞳は空虚である。対してアラレには言語能力や豊かな感情がある上、その肌の質感や手足の造形、子どもらしい無垢な瞳などは、近くで凝視しても人間の子どもとまるで見分けがつかない。頭部をすっぽ抜いてもらわねば、彼女が縁壱零式と同じ存在であるとはまったく信じられなかっただろう。
一体全体どれほどの技術があれば、超長距離転移装置やアラレのような驚異的なからくり人形を作れるのか想像もつかなかった。ひょっとして則巻 千兵衛という科学者は、天才中の天才なのでは!? 助兵衛だけど、助平だけど、スケベだけど、もしかしたら鬼を倒すにあたっての素晴らしい助言をしてくれるかもしれない。
「アラレさん、則巻 千兵衛博士とはどうすれば会えますか?」
少し興奮した様子でしのぶはアラレの両肩に手を置いた。
「んー、わかんない。でも、すぐに来ると思うよ。博士、頭いいし」
義勇としのぶの期待した答えとは違ったが、すぐに来るというのであればそう焦る必要もないだろう。そうなると、残るはアラレの処遇である。
やはり妥当なのは保護だろう。千兵衛に許可を得ていない以上、無断で役目を与えて傷つけようものなら責任問題や高額な賠償問題になりうるし、現在アラレは鬼殺隊に所属していないのだから、迎えが来るまで一般人として遇するのが普通である。役目を与えるとしても、せいぜい食事の配膳や屋敷内の清掃の手伝いぐらいだろう。
戦力として欲しくはあるけれども、それは二人の勝手な気持ちに過ぎないのだ。
「では、アラレさんには千兵衛博士がいらっしゃるまで、この屋敷で過ごしていただきましょう。遊べるものはあまりありませんが、衣食住には問題ないですよ」
わーい、と全身で喜ぶアラレに義勇としのぶはホワホワする。
鬼殺隊に入隊する人間には、家族や親しい人が鬼に食われたなどの悲惨な過去を持っている人間が数多いる。そのため、年齢的には子どもであっても精神的には歪んでいて、およそ子どもらしい純真さや無邪気さとは無縁である人間が少なくない。そういった連中と交流を重ねていると、同じ立場であるがゆえに共感してしまい、本当の子どもらしさとはどういうものだったか、つい忘れがちになってしまう。
アラレの自然な振る舞いは、久しく加工物しか口にしていなかった二人の心を優しく温めたのだ。
「そうだ、またあの子とも遊べる?」
「あの子?」
誰のことなのか聞き返したしのぶと聞くだけに徹していた義勇は、次のアラレの言葉に耳を疑った。
「うん! あの目の中に下弦って書いてあった、角の生えてた子!」
「下弦!?」
二人の驚愕の声が重なった。
「え、アラレさんは下弦の鬼と遊んでたんですか? 嘘、ですよね……?」
「本当だよ。『うまそうな人間だな。食う前にちょっと遊んでやるか』って言ってきたから一緒に遊んだの。楽しかったよ!」
どういう解釈をしたら殺害予告を遊びへの誘いだと受け取れるのか、皆目見当もつかなかった。
アラレに嘘を言っている素振りはない。義勇としのぶは瞬時に目配せをし、頷きあった。
「柱合会議を開いて、御館様に御伺いしよう」
義勇は鎹烏を飛ばした。
◆
柱合会議は半年に一度柱全員が産屋敷邸の枯山水の庭園に集合し、表座敷の産屋敷 輝哉の前で鬼狩り関連の報告や鬼殺隊内での諍いについての決を採る場である。判断の決定は柱それぞれの意見を参考にしたのち、輝哉が見解を述べ、さらに議論を重ねた上で行われる。
柱は総勢九名である。「柱」の画数が九画であるのに由来し、その内訳は、岩柱、風柱、蛇柱、恋柱、炎柱、霞柱、音柱、水柱、蟲柱となっていて、現在の地位に就いてからの年数に多少はあれど、全員柱の名に恥じぬ強者だった。
義勇が鎹烏を飛ばして三日後に柱合会議は開かれた。畳張りの表座敷で、双子の娘のくいなとかなたを両脇に座らせ、自身も姿勢正しく座している輝哉の面前で、柱全員は庭園の丸石の上に傅いていた。
輝哉の印象は病人の一言に尽きる。元々綺麗だっただろう顔は上半分が紫色に爛れ、切れ長の目は光を失って久しく、濁りきっている。頸下で切り揃えられた黒髪には艶やかさが無く、袖口の手もやせ細り、肌の色は白を通り越して蒼褪めていると言ったほうが適切だった。彼と同年代の人間と比較すれば、その生気の薄さには危うささえ覚えずにはいられないだろう。
しかし、口の両端を心持上げる柔和な笑みは、物静かな佇まいや上品な着物と相まって、菩薩の如き清らかさを醸し出していた。そして、何よりその慎ましやかな口から発せられる、人心にそっと寄り添ってくれるような声音……、柱は御館様に敬服していた。
「御館様におかれましても御壮健で何よりです。益々の御多幸を切に御祈り申し上げます」
鍛え上げられた胸をさらけ出し、顔や体に無数の傷のある、白髪で目つきの非常に悪い、いかにも刑務所で御勤めを果たしてきたばかりの極道と言った感じの、風柱・不死川 実弥の意外にも知性溢れる挨拶に、
「ありがとう、実弥」
輝哉が穏やかに礼を述べたのを皮切りに、柱合会議は始まった。
議題はもちろん則巻 アラレについてである。
その当人はというと、しのぶの横でとりあえず正座し、呑気に「ほよ~」とぼやいていた。なぜ産屋敷邸に連れてこられたのか、まったくわかっていなかったのである。そんなアラレに輝哉の視線が向く。
「君が則巻 アラレかな?」
「そうだよ。おっさん誰?」
数珠の割れる音と、血管の浮き出る音と、誰かの噴き出した音が同時に響いた。
「ちょっ、アラレさん! 失礼でしょ!?」
「ああ、構わないよ、しのぶ。私が歳を取っているのは確かだからね」
慌てふためくしのぶを、輝哉は落ち着かせる。
「単刀直入に訊こうか。アラレ、君はからくり人形で人間ではないというのは本当かい?」
「本当だよ。ほら」
そう言ってしのぶと義勇にして見せたようにアラレは頭部を引っこ抜いた。
「よもやよもや! 頭が取れるとは何と奇怪な!?」
「ありえねェ! 何がどうなってやがる!」
「嗚呼、何たることだ……ついに御館様の御庭に物の怪が入り込んでしまった……」
「ド派手すぎてこの俺もついていけないぜ」
「あ、蝉だ……」
「あの子のほっぺ、桜餅みたいに柔らかそう~」
「甘露寺、とりあえず今は桜餅のことは忘れよう。あとでたらふく食べさせてあげるから」
しのぶと義勇を除いた柱たちがさまざまに反応し、くいなとかなたも大きな目を仔猫のように見開いた。その中で、輝哉だけが変わらず質問を続けた。
「君はいったいどこから来たんだい?」
アラレは昨夜の話を繰り返した。そうして示された柱たちや姉妹の反応もまた昨夜同様であり、聡明な輝哉も理解するのに苦労していた。
ゲンゴロウ島にペンギン村という名称は、初耳ということで別段知らなくても気にせずにすむけれども、超長距離転移装置やロボットなる機械については、世界の常識をひっくり返しかねないだけに厄介だった。大正の時代、長距離移動するにあたっての定番といえば船か蒸気機関車であり、自動で動く人形の定番といえばからくり人形だった。一瞬にして異国に移動してしまうような装置や、人間と変わらぬ言動をする人形などは空想の産物でしかなく、そもそもこのころはアインシュタインの一般相対性理論が発表されたばかりで、転移装置やロボットなど未知の領域でしかなかっただろう。加えて、アラレは下弦の鬼を遊び感覚で撃退しているらしいのだ。
凪の静かな湖面のような心が、にわかにさざめく。驚嘆すべき発明を成し遂げてしまうとは、則巻 千兵衛はまさしく麒麟児に違いない。そしてアラレによれば、千兵衛博士はすぐにやってくるだろうとのことだ。好機だった。その暁には、是非とも彼の奇跡的な知識や知恵を鬼狩りに貸してほしかった。
その旨を伝えるため、輝哉は柱たちに問いかけた。
「私は則巻 千兵衛博士とアラレに協力を願いたいと考えているが、皆はどうかな?」
条件反射のような早さで異議を唱えたのは不死川である。
「得体の知れない連中に助力を求めるなど危険です。もしかすると鬼どもの手先かもしれません。即刻討ち取るべきでしょう」
これに賛同したのは、岩柱の悲鳴興 行冥、蛇柱の伊黒 小芭内、炎柱の煉獄 杏寿郎、音柱の宇随 天元である。
一方、反対したのは水柱の冨岡 義勇、蟲柱の胡蝶 しのぶ、恋柱の甘露寺 蜜璃であり、唯一中立だったのは霞柱の時透 無一郎である。
嬉しいことに、おおよそこうなるだろうという輝哉の予想は的中した。彼らは自分たちの感情を優先したのではなく、輝哉の安否延いては鬼殺隊の存亡を心の底から案じてくれたからこそ、それぞれの意見を表明したのだ。ただ賛意のみを示し、対立者を誹謗中傷する人間など木偶でしかない。脆弱な神輿に真に尽くしてくれる彼らには感謝しかなかった。
しかし、だからこそ輝哉は則巻家を鬼殺隊に引き込みたかった。予感が告げているのだ。則巻 千兵衛と則巻 アラレこそが、千年もの長きに亘る鬼と人間との血生臭い戦いに終止符を打ってくれるだろうと。
「そうは言っても、実弥、彼らが鬼の手先であるという確証もまたないんだよ。それにアラレは下弦を追い払ったようだし、今太陽の下にもいる。ロボットであることも隠さず教えてくれた。反対するのであれば、これ以上に説得力のあるものを出さなくてはいけないよ」
不死川たちは言葉を詰まらせた。
仮にアラレが鬼ならば、太陽の克服に執着している無惨が彼女を吸収しないはずはない。間諜ならば、人間であると偽って破格の実力があるのを主張し、鬼殺隊に潜り込めばいいだけの話で、わざわざ柱に捕捉されるような目立つ真似をする必要がない。その他にも疑おうと思えばいくらでも疑えるだろうが、それではただの言いがかりである。
不死川もそのあたりは嫌でも理解しているらしく、歯ぎしりの音が聞こえる。
「御館様のお気持ちは地味にわかりました。ですが、我々鬼殺隊は鬼狩りを生業としますので、伝聞のみの評価でおいそれと入隊を認めるわけにはいきません。隠には隠の、柱には柱のふさわしい役目があるように、アラレの実力を実際にこの目で派手に確かめ、どこに配属させるべきか考えねば、仲間を危険にさらす羽目になるだけでなく、御館様のお考えも雲散してしまうでしょう」
不死川を手助けしたのは天元だった。妻を三人娶った彼は、その奇抜ともとれる派手な恰好とは異なり、誠実さにあふれた男である。
「その通りだね。では、どうしたらいいかな?」
「我々が実戦にて、ド派手に審査いたします」
「皆もそれでいいかな?」
輝哉の問いかけに、柱全員が頷いた。
かくして、アラレと全柱は不死川邸の道場へ赴き、そこでアラレの実力を測ることになったのだが、始める前にアラレの放った一言が、先ほど輝哉に異議を唱えた柱たちの神経を逆撫でした。
「どうせだから皆一緒に遊ぼ!」
空気のひび割れる音を、道場の誰もが聞いた。
「どうやらテメェには特大の灸を据える必要があるみてぇだなァ?」
地獄の底から響いているかのような不死川の言葉を合図に、柱たちは木刀を構えた。義勇としのぶが構えたのは、いざという時のためにアラレをかばうためだ。完全に火がついてしまった不死川たちを止めるのは容易ではない。多少の力ずくは止むを得ないだろう。
鬼でさえも脱兎の如く逃げ出しそうなどす黒い気を揺らめかせる柱側に対し、アラレは行楽地に来た子供の如く目を輝かせ「ワクワク、ワクワク」と口にしている。何も知らない人間からすれば、木刀を持ったチンピラ集団が、あどけない少女を私刑に処そうとしているかのように見え、色んな意味で警察に通報したくなる光景である。
実際、不死川、煉獄、伊黒、宇随の四名はアラレを心底後悔させるつもりだった。血反吐を吐くような訓練と実戦を経て到達した柱という立場を侮られるのは、鬼殺隊で長年に亘り築いてきた矜持に唾を吐きかけられるようなものだったのだ。子どもの戯言だろうが、あるいは相手に悪気があろうがなかろうが、譲れない一線を越えたからには相応の痛みを伴ってもらわねばならない。
木刀をへし折らんばかりに力を籠める不死川の脳内では、すでに泣いて土下座するアラレが鮮明に描かれている。アラレに批判的だった連中の脳内も似たようなものだった。
緊張感の高まる中、開け放しにしてあった高窓から、風と共に鮮やかな濃緑の葉が入り込み、全員の視界を通り抜けた。撥で大太鼓を思い切り打ち付けたかのような音が、複数道場内に響き、瞬く間にアラレの周囲に木刀を振る九人が出現した。その中でも、不死川には特に手加減の様子が見られない。
直撃すれば体が寸断されそうな攻撃がアラレに迫る。アラレは笑みを崩さない。
「死ねェ、クソガキィ!!」
これがその日の不死川の最後の言葉となった。
―― 赫奕たる太陽の真下、不死川邸はキノコ雲をあげ崩壊した。
◆
後日、アラレの言った通り現れた則巻 千兵衛を輝哉と妻あまねは迎え入れると、産屋敷邸でアラレともども力を貸してほしいと頼んだ。
千兵衛はスケベ親父だが悪い人間ではない。アラレを保護してくれた恩返しに、輝哉の呪いを解く薬を何とかしてみせようと提案した。
「あなたの力は貸していただけないのかな?」
穏やかながらも迫るように問うた輝哉に、
「いやぁ、ワシがいなくてもアラレがどうにかするでしょう。生みの親のワシが言うのもなんですが、アラレはちょっとやそっとじゃやられませんからな」
と、困ったように笑った。その言葉の裏にあるペンギン村での種々様々な騒動での苦労が伝わったのか、輝哉はひとまず納得したようだった。
そうして始まった解呪作業は、拍子抜けするほどあっさりと終わった。ちょっと輝哉の血を採取し、分析した千兵衛は、輝哉の血中ににやけ面したワカメ頭の細胞が大量にいるのを発見した。通常の人間の血液にはありえない事態に、千兵衛はおそらくこれが原因だろうと見当をつけ、駆除するための薬品を合成した。その際用いられた材料の一つに、ペンギン村に植生していた「青い彼岸花」があった。
薬を投与し、一週間程度が過ぎたころ、輝哉の体は回復の兆しを見せ、やがて爛れた肌も視力も衰えていた運動能力も、そのすべてが瑞々しくよみがえった。あまねはこの思いがけない天恵に感涙し、二三日の間狂喜乱舞した。
だが、禍福は糾える縄の如し、良いこともあれば悪いこともあるのだ。
体調が完全に回復した輝哉は、何かにとりつかれるように体を鍛え始め、ついには育手の下で修業に励み始めた。今まで満足に体を動かせなかった分を取り戻さんばかりに修行する輝哉を、育手たちはいぶかしんだり心配したりしたけれども、御館様には何かお考えがあるのだろう、と楽観的に結論付け、輝哉の望むままに遠慮なく指導した。
その結果、輝哉は従来の呼吸法から自分用の呼吸法を派生させ、それを「産屋敷流呼吸法」と名付けた。
輝哉はあまねに言った。
「暴力はいいぞ、あまね」
輝哉の笑みは、覇気と傲慢と邪気に満ち満ちていた。
忌憚のない感想をお待ちしています。