無惨様の受難(仮)   作:どす黒いニベア

5 / 5
 

 バナナおいしいよね。

 


その伍

 浅草での第二次則巻 アラレ討伐戦は、開始時点では概ね成功した。

 

 賑やかな商店の連なる浅草の仲見世通りは、数年前の関東大震災の壊滅的な被害が嘘であるかのような復興を遂げ、当時は悲嘆に暮れていた人々も、震災前の底抜けた明るさを取り戻していた。建物が鉄筋コンクリート造りになってしまったので、明治の雰囲気の薫る赤レンガ造りの建物を惜しむ声もあったけれども、瓦礫の山からの再生は大多数の人に歓迎されたのだ。

 

 すずらん灯や店の軒先の電灯が激しい人の往来をまばゆく照らす中、アラレはサクマ式ドロップスの缶を片手に楽しそうに店を見て回っていた。それを魘夢が発見、高速でくねりながら鳴女から通信用に渡された銀十字に報告した。銀十字は十二鬼月全員と鳴女が所持しており、報告が入れば鳴女がすかさず十二鬼月を当地に転送する算段になっていた。

 

 ちなみに銀十字を手渡された当初、十二鬼月中の数名が、なぜ御札や数珠と言った馴染み深いものではないのか理解に苦しんだ。妓夫太郎が問いただすと、

 

「十字架のほうが恰好いいでしょ」

 

 鳴女は胸を張って宣った。妓夫太郎は「これが時花ってやつなのかねぇ」とぼやき、堕姫は「お兄ちゃん、私たちもこういうの身に着けない?」と目を輝かせた。

 

 報告の直後、店の屋上に転移してきた十二鬼月は以前の打ち合わせ通り動いた。魘夢、累、童磨がそれぞれ威力と効果範囲の最大の血鬼術を放とうとする。そこへ、そうはさせじと言わんばかりに、煉獄、不死川、悲鳴興の三名が人混みから飛び出してきた。

 

「ここで会ったが百年目! 覚悟!」

 

「柱風情が……身の程を知れ……」

 

 煉獄の激烈な炎舞を受けて立つは、黒死牟の流麗変幻たる月光の剣舞である。

 

 偶然とはいえ、群衆の中で敵を襲撃できたのは十二鬼月にとって幸運だったと言えよう。無辜の民が巻き添えになるのを見過ごせるほど、鬼殺隊は冷酷ではない。必ずや民を庇いながら戦闘せざるを得なくなるだろう。その負担たるや幾許になろうか? まるで転移しているかのように次々と他の柱が合流するのを前に、童磨以外の上弦は内心ほくそ笑んだ。

 

 ……などと余裕をぶっこいていられたのも束の間、童磨の血鬼術・霧氷 睡蓮菩薩が、その氷の巨体を天を衝かんばかりに屹立させ、野太い腕を振るい、商店街を破壊し始めると、童磨は違和感を覚えた。

 

 前述したとおり、血鬼術の際に散布される童磨の凍った血は、人間が吸い込むと肺が壊死する。一般人ならば逃げる暇もなく地に臥すだろうし、鬼殺隊ならば肝心の呼吸法が使用できなくなり、大幅な戦力低下に繋がる。そのはずなのに、どうも民衆に苦しんでいる様子がない。不思議に思い氷片の血を指で掬い取り、観察してみたところ、

 

「……溶けない?」

 

 驚くべきことに氷であるはずの血が液体に戻らなかったのだ。親指と人差し指で軽く力を加えてみれば、氷片は簡単に砕けた。試しに舐めてみると、口の中に広がったのは鉄臭さではなく、砂糖のほのかな甘みである。少し硬めの感触のあるそれの正体で、思い当たるものは一つしかなかった。

 

「氷砂糖じゃん、これ」

 

 こめかみに一筋の汗が流れ、確認のためにもう一欠片手に取り口に運んでみるも、やはり甘い。

 

 あまりのわけのわからなさに、さしもの童磨も引き攣った笑みを浮かべるほかない。他の連中の血鬼術はどうなのかと慌てて見回してみると、通りを挟んだ向かい側の店の屋上で、累が自らの血鬼術の糸をウサギのごとく食み、その隣では魘夢が気球のように大きな鼻提灯を膨らませながら爆睡していた。

 

「累、何で自分の血鬼術食べてるんだ!?」

 

 大声で童磨が問うと、

 

「いえ、どういうわけか血鬼術の糸が揖保乃糸になってまして……」

 

 累が困惑した様子で返答してきた。

 

「だからって食う必要ないだろ!」

 

「この塩加減、なかなかいけますよ?」

 

「あとで食え! それと魘夢はどうして寝てるんだ!?」

 

「血鬼術使ったと思ったら寝ました。多分、血鬼術の対象が自分になってたんでしょうね」

 

 あまりの事態に童磨は頭を抱えたくなる。そこへ玉壺の悲鳴が響いた。

 

「わ、私の水獄鉢が、水獄鉢がぁ! 水飴になってるぅうう!?」

 

 玉壺の方へ視線を向ければ、美味しそう水獄鉢を啜っているアラレと、蒼褪めている玉壺の姿があった。のみならず、離れたところには彼が生み出したと思しき怪物が風柱を追っていたが、その姿は手足と壺の生えた不気味な魚介類と言った感じではなかった。

 

 その唇はやたら赤く大きく、手には日の丸の扇を持ち、すね毛の生えている両足には網タイツを履いているのだ。見た目こそ真鯛そっくりのそれは、純真な瞳を潤ませ、目の下あたりを赤く染めていた。

 

「実弥さ~~ん、待ってぇ~~~」

 

「きめぇんだよォ、クソ魚ァ! 追いかけんなら、宇随にしろォ!」

 

「バッカ、ふざけんな、不死川ぁ! てめぇがどうにかしろ!」

 

 かく言う焦る音柱の背後に音もなく現れたのは、髭に巻いたリボンの愛らしい全身ピンク色の巨大カタツムリである。真鯛と同じく発情していた。

 

「あら、ダメよ。天元さんは私のも・の」

 

「おわあああああああ!? 顔を近づけんじゃねぇえええ!」

 

 柱の剣戟を受けてもひるまないことといい、柱に察知されずに接近していることといい、あの発情している気色悪いナマモノどもはいったい何なのだろうか? あれが玉壺の美的意識の表れなのだろうか? 芸術家気取りの同僚の価値観はいまいちよくわからない。

 

 何にせよ、戦闘開始直後の計画が軒並み崩壊したのは間違いない。血相を変えて仲見世通りを逃げる人間がいる一方で、いくらでも降ってくる氷砂糖を手に取り、嬉しそうに食べている人間がいるのがその証左だろう。

 

 有体に言ってしまえば、被害が発生するのは建物や道路ばかりで、人間自体に被害らしい被害が出せていないのである。そして、それは他の十二鬼月も同様だった。

 

 黒死牟の剣閃は、主たる斬撃に大小様々な三日月状の斬撃が付属するのだが、その三日月が実物のバナナに変わっていた。大正時代において、バナナは栄養たっぷりの高級品扱いである。当然、飛来するバナナに人々は群がった。中には、見た目が明らかに人外の黒死牟を聖人と泣いて拝む者もいる。対する黒死牟もバナナの血鬼術が堪えたのか、感謝する人間にほだされたのか、煉獄に振り下ろす刀の速度が若干鈍っていた。

 

「このようなとき……どんな顔をすればいいのか……わからぬ……」

 

 気のせいか黒死牟が涙ぐんでいるように見え、

 

「俺もバナナだったら泣いてたかもしれないな。氷砂糖で良かったよ」

 

 童磨はうんうん頷いて謎の納得をした。

 

 その他の十二鬼月の血鬼術も惨憺たるありさまだった。唯一無事と言えそうなのは猗窩座ぐらいのものだが、それでも打ち上げ花火のように人間を吹き飛ばすのがせいぜいで、死体は一体もない。建物の下敷きにしても目を回すだけで、まるで効果がない。

 

 それと比べて鬼殺隊の方はというと、こうなるのが始めからわかっていたのかのように、攻撃の手を緩めない。群衆など知ったことではないと言わんばかりに猛攻してくる。

 

 今は誰一人欠けていない下弦も、血鬼術が使えないのだから、柱からすればやんちゃな子どもも同然だろう。上弦にしても、攻めあぐねてしまうのは避けられないだろう。今回の戦いではアラレには敵わずとも、柱相手ならば十分に勝てるという童磨の予想は、露と消えた。

 

 それにしても、いつからこのような理不尽な現象が、頻発するようになってしまったのだろうか? 何が原因なのだろうか? 思考の海に没入しようとする童磨を、鋭い刺突が邪魔した。

 

「考え事をしようとしているときに襲ってくるなんて酷いな。人には優しくするよう教わらなかったのかい?」

 

 難なく飛びのいて躱し、屋根に蝶のように物静かに降り立った女に文句を言う。

 

「生憎と、鬼に優しくなれるほど人間ができていないのですよ。憎い仇とあっては尚更ね」

 

「憎い仇? 俺は何か君に恨まれるようなことをしたかな?」

 

「お前になくとも私にはある。私の姉を殺したのはお前だろう? 姉がそう言っているわ」

 

 日輪刀を構え、唇を噛み締めるしのぶの発言に、童磨は眉をひそめた。

 

「……君は幻聴が聞こえる人なのかな? 死んだ人間の声が聞こえているようだけれど」

 

「私の背後をよく見なさい」

 

 言われた通り目を凝らしてみると、

 

「は~い、胡蝶 カナエよ~」

 

 死に装束を纏い、長髪の頭に三角布を巻いた、胡蝶 しのぶと瓜二つの少女が、満開のひまわりのような笑顔を振りまきながら、可愛らしく手を振っていた。生きてるじゃないのと思いきや、足元に近づくにつれ肉体の色が薄くなり、脛から先は完全に夜闇に紛れてしまっている。

 

 童磨は思わず二度見した。本物かどうか疑うと、本物だと返された。

 

「あー、働きすぎかな、俺」

 

 先日も、ギルガメッシュという武蔵坊弁慶のような風体をした青年が、エクスカリバーの偽物を掴まされて散々な目に遭った、友達のエンキドゥもどこかに行ってしまった、もうどうしたらいいのかわからない、助けて、と駆け込んできて、その対応に苦慮した。

 

 思えば、教祖だからといって働き続ける必要はないのだ。アラレのこともあるし、英気を養うためにも、そろそろ休暇申請したほうがいいのかもしれない。

 

「それは良くないですね。私が疲れに良く効く御薬を処方してあげましょう」

 

 しのぶの日輪刀が、目下の街灯に照らされて怪しく光る。

 

「いやあ、その薬、服用したら多分ロクなことにならないよね?」

 

「そんなことはありませんよ? 永久に休めるようになるすてきな薬です」

 

「世間一般ではね、それは永眠って言うんだよ?」

 

 鉄扇を広げ、童磨は視線を鋭くする。

 

 血鬼術の効果に期待が持てない以上、肉弾戦でしのぶの毒攻撃に対処せねばならない。油断などもってのほかだった。

 

 外野の騒音とは打って変わって、童磨としのぶとの間には物音ひとつ立たない。緊張の糸が張り詰め、じきに限界を迎えようという時、のんびりとした声で二人に割り込んだのはカナエだった。

 

「あらあらだめよ、しのぶ。刀を収めなさい。もう命のやり取りなんて無駄でしょ?」

 

「姉さん、だけど……」

 

 悔しそうに姉に抗議するしのぶの声を、童磨は遮った。

 

「ちょっと待って。それはどういう意味かな?」

 

「んー、教えてあげてもいいけど、一つ条件があるわ」

 

 カナエの条件は至極単純だった。

 

「氷砂糖をたくさん頂戴」

 

「……念のため訊くけど、何に使うのかな?」

 

「料理に決まってるじゃない。砂糖は高いのよ!」

 

 鬼である自分が人間の正気を疑う日が来ようとは、さすがに思いもしなかった。何だか痛くなってきた頭を鉄扇でつつきながら、童磨はしのぶを哀れんだ。

 

「君も大変だねぇ」

 

「よりにもよって憎い仇に同情されるなんて……! 姉さんも、上弦相手に物をねだるの止めてよ! 今の御給料だったら、砂糖なんていくらでも買えるでしょ!」

 

 拳を握り締めるしのぶを、カナエはおかしそうに口元に手を当てて笑った。

 

 危険な仕事を任されているだけあって、鬼殺隊の給与は基本的に高額である。天引き額や生活費などを差っ引いても、手元に残る金額は相当であり、鬼殺隊の仕事に忙殺されがちなのもあって、貯まりはすれど金欠に陥るほど減ることはめったにない。柱ともなればその傾向がいっそう強化されるので、庶民には手が出しにくい品も簡単に手に入れられるのだ。

 

 元花柱として活躍したカナエも、それは十分承知のはずである。

 

「しのぶ、いざというときのためにお金はとっておいたほうがいいのよ。タダで入手できるならそれに越したことはないでしょ?」

 

「だからって上弦の血鬼術の砂糖なのよ!? 食べたら死んじゃうかもしれないじゃない!」

 

 口調を荒くする妹に、姉は諭すように言った。

 

「安心して。喜劇で人は死なないわ」

 

「もう嫌。誰か助けて」

 

 屋根に両手をつき嘆き悲しむしのぶを、カナエは我が子を慰める母のように抱きしめた。

 

 この姉妹、本当は仲が悪いんじゃないだろうか? ふとよぎった疑問を、童磨はとりあえず頭から追いやった。

 

「氷砂糖だったら欲しいだけあげるから、さっきの話説明してもらってもいいかな?」

 

「いいわよ~。ほら、しのぶ、契約が成立したんだから、いつまでもうずくまってないで教えてあげなさい」

 

 カナエに言われて立ち上がったしのぶは、鼻水を啜り、目元を袖で勢いよく拭った。その表情にはやけっぱちさが感じられ、姉に振り回されている彼女の心労が察せられる。姉妹愛とはかくも大変なものなんだなぁ、おれにはとてもできない、と童磨はしみじみと思った。

 

 しのぶは先日の柱合会議の中身を話し始めた。

 

 

 

 






 忌憚のない感想をお待ちしています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。