とある深夜の聖杯戦争
本来ならば「それ」はこの世界に存在しないものであった。
この世界に限りなく近く、また限りなく遠い世界。俗に言う並行世界にて行われた魔術儀式によって「それ」の
並行世界で行われたのは、過去の英雄や偉人を使い魔として現世に召喚し、使い魔とした英雄偉人を七人戦い合わすことにより、万能の願望機を創り出すという魔術儀式。
そして「それ」とは、その魔術儀式によって召喚されて使い魔となった現代に復活した英雄偉人で「英霊」と呼ばれていた。
この世界で初めて英霊の存在が確認されたのは今から二十年程昔。丁度その頃、魔術儀式によって英霊の存在を生み出した並行世界が「滅亡」したのが切っ掛けである。
何故並行世界が滅亡したのか理由は分かっていない。
人類同士の戦いで自滅したのか? それとも人類ではない何かに滅ぼされたのか?
とにかくはっきりしているのは、並行世界の人類は滅亡して、彼らが築き上げてきた文明は全て例外無く崩壊したということ。
それに対して並行世界は自らが存在した「証」を遺そうと、自らに刻まれた記憶を他の世界へと送った。その記憶こそが英霊。
人類史の集大成ともいえる英霊を受け取った世界では、その英霊達の記憶と力を遺伝子情報の一部として取り込み、再現する素質を持った特別な少年少女が産まれるようになった。
英霊の存在を知る者達は、並行世界の英霊の記憶と力を受け継いだ少年少女のことを、英霊の存在を生み出した魔術儀式の名にちなんで「聖杯」と呼んだ。
そして人口のほとんどが学生という巨大都市、学園都市に一人、英霊の力と記憶を持つ聖杯の少年がいた。
その聖杯の少年の名は
「君さぁ……。本当にいい加減にしろよ……!」
「むが……! むぐぐ……!」
額に青筋を浮かべながら満面の笑みを作り、純白の修道服を着たシスターの顔にアイアンクローを極めていた。
今彼らがいるのは学園都市に数多く存在する学校の一つが保有している学生寮の一室。ただしそこは灯仙の自室ではなく、その隣である友人の部屋である。
この部屋の主人である灯仙の友人は、とある事情により一人の居候を内緒で匿っているのだが、その居候はことあるごとに友人の頭部を噛みつくという獣みたいな行動をとっていた。そしてこの学生寮の壁は薄く、友人と居候の騒ぎを察知した灯仙は友人が噛みつかれる直前に
「君は毎日毎日毎日毎日、上条君に食事をたかって暴飲暴食を繰り返しているのに家事すら手伝わず、その上少しでも気にくわないことがあると上条君に噛み付くなどの暴行を加えて……! 子供だから何でも許されるとか思っているんじゃないだろうね?」
「むが!? むー! むー!」
話しているうちに灯仙のアイアンクローを極める手に更なる力が加えられ、それによって純白のシスターは手足を暴れさせながら悲鳴を上げるが、口を塞がれているため悲鳴は声にならなかった。その様子を見るに見かねて黒髪を整髪料で尖らせウニのような髪型にした青年、この部屋の主人であり純白のシスターに噛みつかれそうになっていた友人、上条当麻が恐る恐る灯仙に話しかける。
「あ、あのー、灯仙さん? インデックスも反省していると思いますし、もうそろそろ許してあげたら……」
「この子がこの程度で反省するはずがないだろう? いい機会だ。この子には親しい人間にも最低限の礼儀があることを教えて……」
灯仙が上条の言葉を一言で切り捨て、インデックスと呼ばれた純白のシスターにアイアンクローを決めている手に更に力を込めようとしたその時、彼のポケットにある携帯からメール受け取りを知らせる着信音が聞こえてきた。そして灯仙は携帯を取り出して今来たメールの内容を確認するとため息を吐いた。
「……はぁ。臨時のアルバイトがはいった。僕はもう行くね」
そう言った灯仙はインデックスを解放すると
「……ぷはぁ! し、死ぬかと思ったんだよ。とうせんってば本当に乱暴なんだよ!」
「あー……。はは……」
ようやく解放されたインデックスはまだ痛む顔を押さえながら涙目になって怒り、それに対して上条はなんと言ったらいいか分からず苦笑を浮かべることしかできなかった。
「ハァ……! ハァ……!」
夜の学園都市を一人の女性が走っていた。その女性は学生服を着ており、この学園都市にあるどこかの学校の生徒であるだが、その目は焦点が合っておらず明かに正気とは思えなかった。
そんな女学生が「車と同じスピード」で走る姿は、どこかの怪談のようで目撃者が一人もいないのが幸いと言えた。人間離れしたスピードで当てもなく学園都市を走っていた女学生は、やがて路地裏へと迷い込んで行き止まりに辿り着く。
「鬼ごっこはもう終わりにしないか?」
「……!?」
行き止まりに辿り着いた女学生が背後から聞こえてきた声に振り返ると、そこには青と黄のジャージを着た浅黒い肌をした一人の少年、猪坏灯仙が立っていた。
「……! 憎い……! 憎い憎い……! 私を裏切ったこの世界が、神が憎い……!」
女学生の口から漏れた呪詛の声を聞いて灯仙は呟く。
「過去の英霊の記憶に支配された聖杯か……。どうやら君に宿っている英霊はよっぽど世界を憎んでいたみたいだね?」
「っ!」
女学生は灯仙の言葉に答えず、虚空から炎を纏った長剣を取り出すと、その切っ先を灯仙に向ける。
「剣……クラスはセイバーってところかな?」
「……!」
冷静に観察をする灯仙に、女学生は音速に匹敵する速度で斬り掛かる。しかしそれでも灯仙は相変わらず冷静に女学生を観察していた。
(炎を纏った長剣の構築。音速に匹敵するスピード。レベルで言えば
「その程度じゃ僕には届かない」
灯仙がそう呟くと彼の背後から女学生に向けて一条の閃光が走った。閃光は女学生の眼前の地面に命中すると爆発を起こし、女学生を吹き飛ばした。
「………!?」
閃光による突然の爆発で吹き飛ばされた女学生が地面に倒れて気絶したのを確認すると、灯仙は携帯でとある番号にかけた。電話をかけると相手はずっと待機していたのかワンコールで繋がった。
「……猪坏です。連絡にあった聖杯の撃破に成功しました。位置データを送りますから回収の人員をお願いします」
『はい、分かりました。今回の聖杯戦争はこれで終了です。聖杯番号一一八号、お疲れ様でした』
聖杯番号一一八号とは学園都市に登録された灯仙の聖杯としての登録番号である。灯仙は事務的な口調の報告を聞き終わると通話を切り、今自分が倒した女学生を回収に来る人達の連絡先に現在の位置データを送信すると小さく呟いた。
「今回の聖杯戦争、か……」
聖杯戦争。
本来は過去の英雄偉人を復活させて使い魔とした英霊達を戦い合わせ、万能の願望機を創り出す魔術儀式であった。
しかし学園都市での聖杯戦争は、英霊の力を宿した能力者同士を戦い合わせ、その英霊の力を解析するための実験に過ぎない。
現に今灯仙達がいる場所には彼ら以外誰もいないが、監視カメラや測定機械によって先程の戦闘が全て記録されていたのだった。
「聖杯戦争も随分とスケールダウンしたものだね……」
灯仙はそう言うと自室に帰るべく
学園都市に多数在籍している聖杯の中でもトップクラスの英霊を宿してその力を再現できる聖杯であり、同時に英霊の力から自ら派生させた空間移動系能力に操る
自らの内で異世界からの奇跡と科学の力を交差させるこの少年の存在が世界の
設定を思いついた勢いで書いてみました。
評判が良ければ続きを書くかもしれません。