赤龍帝カデンツァ   作:カチカチチーズ

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 スランプに陥った人間は何をすると思う?
 何とかスランプという沼から抜けようと無様に藻掻くものさ……




プロローグ

 

 

 

 神様転生。

 そんな話を知ってるか?

 インターネットで検索をかければこの御時世簡単に引っかかるだろうし、探せばそういう小説も書店に並んでいるだろう。

 所謂【神様】と分類されている何某か、なんなら存在Xと言ってもいいだろう。そういう高次元的な存在によって殺されたか、それとも運命か、はたまた気まぐれによって死んだ人間が【神様】により交渉か詫びかより面白くする為にか、真っ当な善意による押し付けかそういう理由で与えられた俗に特典と呼ばれるモノをもって異世界に転生する。そういうモノだ。

 場合によっては【神様】を冒涜するものであったりとまあ、比較的にありふれ手垢まみれなジャンルだが。さてさて、どうしてそんな話をしているのか。

 理由は簡単だ。

 だいたいこういう話を持ち出す時は本人がそういう場面にいると相場が決まっている。相談事に自分ではなく友人と前打つぐらいには定番だろう。

 

 

 

─────だが、まあ、定番だろうが相場だろうが何事にも例外というものはある。

 

 

 俺は死んだ。

 死因は俺の名誉の為にも伏せさせてもらうが、少なくとも俺は自分が死んだのを明確に自覚している。頭を打ち付けたモノに血がベットリこびりついているのを見ているし、馬鹿みたいに溢れている血液も見ているし、何よりも段々と冷たくなっていく自分を覚えている。

 そうして、俺の意識は夕陽が沈む様にゆったりとしかして確実に消えていくのを感じていた。死ぬ時はテレビを切るみたいにプッツリいくものだと思っていたが存外ゆったりとしているものなんだな、と今更ながらに思いながら俺はため息を吐く。

 

 ああ、俺の死んだ時の話なんてどうでもいい。

 本題に入ろう、いや現実を見ようか。

 

 

「腐れろよ……阿婆擦れが……」

 

 

 土手っ腹にぶち空けられた孔からを血を垂れ流しながら、俺はこんなことをしてくれたクソ女を想起しながら吐き捨てる。

 経緯は略すが今現在、俺は瀕死の状態にある。

 とある女によって俺の腹、鳩尾下のだいたい大腸側かまあともかく外寄りに槍で孔を空けられた。焼けるように熱く、とめどなく溢れる血液、間違いなく貫通して孔が空いた身体を引き摺りながら俺は公園の噴水へと移動する。

 いったいぜんたいどういう理由で女に槍でぶっ刺された挙句死にかけるのか、この世界は現代社会なのだからそんな非日常なんて有り得るはずがない。

 本来ならば。

 だがそれでも俺はこうして、死にかけている。無論、俺自身はその非日常がどうしてなのか、そもそもいったいどうして俺が死にかけているのかも分かっているのだが。それは言わぬが花……花ではない気もするがね。

 

 

「…………死ぬ。死ぬなぁ……二回目か……ああ、いや、どうなんかね」

 

 

 口から黒ずんだ血を吐き捨てながら、色々と思考を回していく。

 こうして死にかけているというのに2回目だからなのか存外冷静な自分になんとも言えぬ気分になるが別段切羽詰まっている訳でもないのだろう。

 というのも、先程のどうしてこんな非日常が起きるのか、どうしてぶっ刺されたのかそれらの理由を知っていると言ったがこうして冷静なのもその理由と同じモノだ。

 だが、それはあくまで知識の話。

 

 

「死ぬ、死なない…………どうだったか、…………十何年も前の事なんてろくすっぽ覚えてるわけねぇだろ……」

 

 

 なんとなくには覚えているが正確な中身までは思い出せない。それでもそういうものに縋ってしまうのが人間なんだがそんなものは置いとこう。

 ああ、思考が上手く纏まらない。散漫としている。

 余計な事ばかりが頭の中でわちゃわちゃとしている。

 どうすればいい。このままでだいじか。

 それともこのまま死んでいいのか。死んでもいいだろう。実際問題普通はなかったような二回目なのだから。損はしないだろう。

 ああ、だが、しかし、それでも、だとしても。

 

 

 

 

─────まだだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の名誉の為に死因については伏せるが、彼は転生者だ。

 SNSや大学でそこそこに友人がいて、家族ともありきたりに過ごしているようなそんなそれなりにいる部類の学生だった。そんな彼がとある死因によってその一生を終え、いかな偶然かそれとも何らかの意思かはたまたそういう機構であったのか、死んだ筈の彼は小説よろしく異世界へと転生を果たした。

 俗に言う異世界転生をした彼は神様転生と違って残念ながらカミという存在に出会うことはなく、何か特別な力をそういう存在より貰うことなく彼は異世界に産まれた。

 異世界と言っても元皿となったのは現代社会であり、おおよそ違いは無いだろう。強いて言うならばせいぜい気持ち数年前後のズレが技術発展にある程度だろう。それも高校生となった頃にはそこそこに間に合い、少なくとも折り畳み式の携帯端末から薄く軽いものへと移り変わっていた。

 

 そんな世界に産まれた中、彼は前世の様にただただありきたりに生きる道を選んだ。いや、正確に言えば選んだだけで実際は進んでいる道は常に何かしらのおかしな事が起きてしまうのが確定事項であるトロッコであり安全な列車に乗る事が出来なかった。果たして誰のせいなのか。

 そんな事を怨嗟の如く漏らしていた彼であるが、既にその怨嗟も鳴りを潜め───正しく言うなら諦めたと言うべきだが───その荒れ狂うトロッコに身を任せつつも出来うる限り楽なルートへと舵切り、そしてその果てに今日の夕方、とある女に腹を刺された。

 刺されたという部分だけを見れば彼がプレイボーイだったのだろうか、女の敵だったのかなどと疑われるであろうが彼は別に男女分け隔てなく容赦をしない性格なだけで女の敵というわけでもプレイボーイというわけでもない。

 

 ただ、邪魔だから殺されたのだ。

 

 

 詳しい理由を話す前に、まずこの異世界について話をするとしよう。

 この世界は【ハイスクールD×D】と呼ばれるライトノベル作品を主体とした世界であり、当然ながら悪魔・天使・堕天使をはじめとする神話群を盛り込まれた大きく矛盾ありきの世界。もとより神話や小説というモノには矛盾が存在するものであるが、それは関係のない話。

 そんなライトノベル作品を主体としているのならばその作品の主人公やメインヒロインと呼ばれるような存在がいるのは当然であり、物事の多くがそんな存在を中心として動くのも必然であり────脱線した。

 とにもかくにも、彼はそんな世界に転生した。

 中心に、決して平穏に生きて平穏に死ぬという選択が無いであろう渦の中心に。

 

 例えば、『兵藤一誠』という男がいた。

 覗き見、公然猥褻物陳列、TPOを弁えぬ猥談、その他等々の本来ならば早々に学校を停学ないしは退学させられているであろう変態行為を一切良心の呵責なく行うあまりにもあまりにも下劣な男がいた。

 そんな男には基本的に十割近くその男の価値であると言える力が備わっていた。名を『赤龍帝の籠手』、ウェールズの赤き竜を封じた世界に十数個存在する神滅具の一つを宿していた訳だが、まあ、それを宿しているから主人公としてある事を許されたのだろう。

 だが、それは作者側の話であり此方側としてはまったくもって存在を許したくない存在。

 例えば、『リアス・グレモリー』という女がいた。

 公爵家の次期当主である女悪魔。貴族としての権限を振るいながらもグレモリー家のリアスとしてではなく、ただのリアスとして見て欲しいなどとほざく頭の中が兄妹揃ってお花畑であるような女。だからだろう、『兵藤一誠』のメインヒロインとして選ばれているのは。無論、そんな事は此方も分かっているがあまり気分に乗らない話。

 

 

─────ああ、脱線した。とにもかくにも、そんな問題のある者らがいる中心に彼は産まれた。

 だが、あくまでこの世界は【ハイスクールD×D】を主体としただけでありその細部は異なる事は必然、故に彼の名前が『兵藤一誠』であっても何ら可笑しいところなどありはしないのだ。

 本来ならば長男と次男となるはずだった胎児ら同様産まれることはなかったはずであったが、父親のあまりにも誠実な御百度参りという励みにより『兵藤一誠』は産まれることが出来た。

 つまり一度は死んだかもしれないだろう本来の『兵藤一誠』の魂を別の魂が押し退けるという事もきっとありえない事ではない。

 

 さて、そんな現『兵藤一誠』は殺された。

 

 所謂、原作通りにどのような力を持っているか分からなかった為、自分らの計画の邪魔になると考えた堕天使の一派に殺された。

 無論、彼は自分が、『兵藤一誠』が堕天使に殺されるという知識は有していたが所詮は数多あるライトノベル作品の一作であり、最後に読んだのが死ぬ前つまりは十数年前の前世。どのような状況で殺されるのか詳しく覚えている訳もなく、そしてどういう風に『兵藤一誠』がその後を歩む事になったのかも。

 

 

 残念ながら彼は分かっている。

 原作にて『兵藤一誠』を救ったのは一枚のチラシであり、彼にはそのチラシがない事を。無論、細部は分かっていないがそういうモノが無いのを理解している。

 つまりは誰も彼を救わない。

 そこで彼の命は終わる。

 彼自身理解している筈だ、自分は死ぬ、と。

 

 

「まだ、だ」

 

 

 にも関わらず、彼は、兵藤一誠は自分はまだ死なないと信じている感じている抱いている。

 傍から見れば現実を見れない馬鹿なのだろう。勘違い野郎と言ってもいい。

 その根拠はなんだ。

 どうして死なないと思える。

 理解している筈だ、自分はもう助からない、と。

 

 

「まだ、終わって、ない」

 

 

 なるほど、つまりはまだ生きているのだから、まだ終わらない、と。子供でも違うだろうと感じるような意味のわからない理屈だ。

 だがしかし、理屈は理屈。

 矛盾していようが破綻していようが意味がわからなかろうが理屈であるならばそれは理屈なのだ。

 無論、理屈だろうがなんだろうが結局何も無いのだから死ぬことには変わりがないのだが。

 

 

 

 誰も救わない。

 何も助けない。

 ならば、誰がどうしようが勝手だろう。

 

 

────だから、彼に私は道を示す

 

────彼をこの世界に送り込んだように

 

────兵藤一誠を殺して彼に挿げ替えたように

 

────世界をそうあれかしと口にしたように

 

────切っ掛けをやろう

 

────足掻く力をやろう

 

────だから、故に、恥じるな悔いるな詫びるな

 

────どうか私に見せて欲しい

 

 

 奇跡を、希望を、みんなを、その果てにあるものを。私に見せてくれ。

 その為に、私は君の第一歩を与えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空も暗ずみ、住宅街や帰路に就く学生らの喧騒も過ぎ去り、人気の無い公園にはただただ静寂のみが広がる中、公園の中心にある噴水に凭れ掛かる青年が一人。

 名を兵藤一誠。

 その身に一切の奇跡無く、このまま堕天使によってその生命を終えようとしていた。

 もはや意識もほとんど無いだろう。

 せいぜい、掠れた視界で虚ろに目の前の光景を見ているだけ。だが、それでも、まだ終わらないと意思のみが渦巻いている。しかし、意思だけでどうにかなる訳もなく、手段を持たぬ彼はこのまま出血死する事だろう。

 それでも、この世にはいくらでも例外というものは転がっている。

 彼には手段はない。そして、周囲にそれを助けるモノはいない。

 だが、手段を与える者はいる。

 

 掠れた視界の中で兵藤一誠はナニカを見た。

 死の淵に見る幻か何か、思考の端に赤髪の女の姿が過ぎる中、そのナニカは兵藤一誠へと手を差し伸べた。

 もはやろくに見えてもいないだろうに、兵藤一誠にはそのナニカが恐ろしく無垢で、絢爛で美しいと思えた。そして、何よりも自分を求めていた。

 ならば、その差し伸べられた手に応えないという選択がいったいどこにあるというのだろうか。

 

 

「私が貴方を救います。だからどうか、貴方の奇跡を教えてください────」

 

 

 いつの間にか、その手には一枚の紙が握られていた。それを掠れた視界に収めて、兵藤一誠はぎこちなく笑った。

 

 

 







 

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