二十世紀の後半以降は、モータリゼーションが発達し、人車一体のクルマ生活がすっかり板についた。かく言う私もご多分にもれず、どこへ行くにも気軽に車を持ち出した。通勤はもちろんだが、ちょっとした買い物、娯楽、親戚づきあいや趣味の会合にいつも車を活用した。犬の散歩だって、近所じゃあろくな散歩道はないから、車に犬を乗せてわざわざ離れた河原まで連れて行った。車なしの生活なんぞ、まず考えられない非現実的なことだった。
お盆明けの月曜日だった。いつものように愛車シビックに乗って会社へと出かけた。ところが、どうも車の調子がおかしい。アクセルを踏んでも速度が出ない。エンジンがオットセイの吠え声のような音を発する。あまつさえ、ブレーキも甘い。……お盆の間故郷の山口県の萩へ旅をして相当乗り回したから、そのせいだろうと思った。いずれにしろかなり年数も経っている。買い替えの時機かも知れない。今晩でも販売店に寄ってみようと考えた。
だいぶ遅くなったので、「永福」のランプから首都高速に昇った。幸い高速道路は珍しく空いていて、陽光に映えるハイウェイを、車の調子の割には気持ち良く走れたのだが、妙なことに、行けども行けども目的の銀座の出口に着かない。
(変だ?)
だんだんと不安になり、闇雲にアクセルを踏んだ。そのうち、道路はしだいに高くなる。まわりのビル群が見えないほどになった。行く手には入道雲の青空と蛇行した道が続くばかりで、標識さえない。
(都市計画ってのもいい加減だな。急に改造したりするから、たまったものじゃない。……それともなにか異変が起こったのかしら?)
とうとう我慢ができなくなった。車を止め、非常電話に取り付いた。
「もしもし、もしもし」
「はい、なんでしょう、こちら道路公団ですが……」
胴間声が答えた。
「すみません、出口が見当たらないんです」
「出口がないって? おたくどこにいるの?」
「さあ、それが……」
「何番の電話です?……番号は」
「ええと、Rの1054番と書いてありますが」
「ええっ? そんなのないよ。これ悪戯電話じゃあないの?」
「とんでもない、困ってるんです。こっちは」
「ちょっと待って下さいよ……」
受話器が置かれた。調べている様子だ。対応がなっちゃいないなあ。道路管理はもっとしっかりやって欲しいぞ。……腹を立てながらしばらく待った。と、
「もしもし、やはり徴候が認められますね」
などと妙なことを言う。
「ちょうこう?」
「ええ、分裂病の徴候です」
「もしもし、車の出口がないんですよ」
「出口がない?……そりゃあ、ご心配でしょう。……今、病室は全部ふさがっていますが、別の病院をご紹介しますからご心配には及びませんよ」
どうやら、精神病院と混線したらしい。再度かけ直してみると、今度は銀行にかかり、
「みなさんそうおっしゃいますが、出口がないのは当方も同じでしてね。ご事情はわかりますが、申し訳ありません、お客様。よほどの担保がないとお貸しできませんです。今の経済情勢を考慮いたしますと……」
と、話半分もしないうちに、頭から断られる始末だ。とうとう車に八つ当たりして、
「こんなことになるのも、おんぼろ車のせいさ。ガソリンばかり食って、役に立たないんだから」
と悪態を吐いて、また仕方なく走り出した。すると、今度は急に道が下がり始めた。急な坂で、まるでジェットコースター並みの急降下だ。ブレーキはきかない。生きた心地がしなかった。それでも坂はしだいにゆるやかになって、やがて、建物に取り囲まれた広場に滑り込んだ。
降りてみて驚いた。どこもかしこも車だらけだ。建物と見えたのは、これがすべて車の積み重なりなのだ。遠くに見える丘も、なんと車の集合体だ。と、近くにいた数台が、目玉(つまりヘッドライト)をピカピカ光らせ、体を揺すり、ブーブー言いながら押し寄せた。巨大な昆虫に取り囲まれたような気分だった。
黄色いフォルクスワーゲンが、ひときわ高く警笛を鳴らした。すると、辺りは静かになった。
「それでは、今から開廷します」
フォルクスワーゲンはそう言った。ボンネットやサイドミラーの動かし具合から、発言者はたしかに彼だとわかった。(彼と言ってしまったが、人格化して呼ばざるを得ないほど、車達は人間じみて見えた)すると今度は、プルシャンブルーの大型ベンツが、鼻先のベンツマークをくるくる回転させながら進み出ると、
「我が同胞を虐待した罪により君を告発する」
と言った。
「告発だって? そんな権利あるものか!」
思わず大きな声を出した。するとまわりにいた車連中が、ブルーバードもパブリカもルノーもアウディーもパジェロも、いっせいにブーブーがたがたと騒ぎ出した。正に本格的なブーイングと言ってよかった。これに比べたらサッカー場やコンサート会場で聞かれる人間様のブーイングなんぞは、世間知らずのお坊ちゃんのか弱い抗議程度だ。
「静粛に、静粛に、ここは神聖な法廷ですよ。あまり騒がしいと、退廷を命じます」
フォルクスワーゲンは、ボンネットをばたばたさせて叫んだ。どうやら彼が裁判長で、ベンツが検事。ここは裁判の法廷らしい。しかし、まるで一方的な彼等の態度にはいささか腹が立った。そこで裁判長に言った。
「冗談じゃあない。忙しいんだ私は。急いで会社に行かなくちゃあならない。会議があるんだ。重要な会議がね」
すると、ワーゲンは、突然笑い出した。
「会議だって? は、は、笑わせてくれるじゃないの。……で、どうやって行くつもりだね?」
「もちろん自分の車でさ」
「そりゃあ空想的かつ非現実的発言だね、君を訴えた原告が君に協力すると思っているならお前さん相当な能天気だよ」
振り返ると、愛車シビックの姿はなかった。見回すと、なんと、向こうの潅木の茂みで、こっちに背を向けて知らん顔だ。
(なんて奴だ。折角長年乗ってやったのに、裏切りやがって。恩を仇で返すとはこのことだ)
と、歯がみをしたが、後の祭。ベンツ検事は一段と声を張り上げた。
「被告は車を酷使した。通常の労働条件をはるかに越える使い方だった。その罪は重い。スーパーの買い物、学校の送迎など、本来歩くべき所さえ原告の手を煩わせた。時間もかまわず疲労も考慮せず、休暇のキの字も与えない。あまつさえ、こともあろうに、犬の散歩にまで使ったのだ」
「犬の散歩だって?……ひどいものだ」
「そりゃあまずいな……重罪に値するね」
方々で声が上がり、ブーイングはいっそう大きくなった。
それから細かい点について散々追及を受けた。やれ、洗車を惜しむ、やれ車内がちらかっている、ハンドルの扱いが乱暴だ。などなど、「えい、余計なお世話だ」と、怒鳴ってやりたかったが、多勢に無勢だし、言葉を飲み込んだ。自分が、幻想映画の渦中にいるような気がした。いつか見たカール・ドライエル監督の名画「ジャンヌ・ダルク裁判」のジャンヌのように理不尽な尋問責めに会ってさんざん屈辱を味わった。車達が、頑迷な宗教裁判の僧侶達に見え始めた。第一この裁判はけしからん。弁護士もつかない一方的な糾弾だ。
(多分、意識の中の間違いさ。幻想か夢だ。車が人間に歯向かえるものか。車はロボット同様の人間の道具だもの。アイザック・アシモフのSF小説にもあった『ロボットは人間に危害を加えない』という法則を、車だって身につけているはずじゃあないか。車が人間を傷つけようとしても、不可能なんだ)
しかし、そうは言っても、交通事故で人が死んだりするのは、あれは、人間のせいではなくて車の意志だとしたら?……と、ふと妙な考えに襲われてぞっとした。ひとしきり追及が終わったところで、ワーゲン裁判長が、
「さて、おおかたの審議は終了したが、判決の前に被告の意見を聞こうじゃあないか。アレキサンダー大王も、裁判に際しては被告に片方の耳を残しておけ……と言ってたからね。さあ、君も言いたいことがあったら言うがいい」
と、いかにも恩着せがましく言った。私は被告なんぞと思ってはいなかったが、せっかく勧めてくれるのだからと、言いたい放題を言った。といっても、半分は恐怖に駆られての発言だったが。……いわく、原告のシビックときたら燃費は悪いし、居住性も不十分だ。故障も多く、思うように小まわりも利かない。だいたい車なんぞは運動不足の原因だし、車が占有する駐車空間は、無駄を絵にしたようなものだ。車はスペース泥棒だ。などとまくし立てた。おまけに最後にこう言った。
「君らは、人間の役に立つように人間によって作られた単純機械なんだ。人間に従うのが当り前田のクラッカーだ。なのに、人間を裁くなんぞおこがましいのお門違い。本末転倒の無礼千万だ。諸君はすべからく、自分達の身分や立場や役割を自覚すべきなんだ」
もちろん私は、車の便利さを認識していない訳じゃあない。むしろ、車なしには夜も日も明けぬ人間だが、自分は弁論に長けている……という自負がどこかにあった。なんとか理屈でねじ伏せてやろうと思ったのだ。
突然恐ろしいことが起こった。怒りの声が地面を揺るがすと、車の山が崩れ出した。いや、崩れたのではない。車という車が次々となだれを打って山を降り始めたのだった。まるで爆発した雲仙普賢岳の流砂のようだった。襲いかかる車達から逃げようとしても、道はどこにもなかった。
私に言いたい放題言わすことが、どうやらワーゲン裁判長の狙いだったようだ。仕掛けられた罠に見事に引っかかったのだ。車達の喚声はすさまじく、私は恐怖のあまり、恥も外聞もなくありったけの大声で叫びながら、耳を押さえ頭を抱えて突っ伏した。
押し寄せる車をバックに裁判長は自信満々で宣告を行った。
「車酷使罪に加えるに侮辱罪だ。本来轢死刑を求刑するところだが、車に対する反逆の罪は重大だから、さらに重刑である労役刑を言い渡す。被告はただちに流刑地に移送され、終身労役に従事するものとする」
それから長い道を、車に追い立てられながら歩かされて、流刑地とやらに移送された。轢死刑より重い労役刑というのはどんなものか想像がつかなかったが、おお、何という苛酷な刑罰だっただろう。
そこは、人間が車に仕える「さかさまの世界」だったのだ。やはり労役を宣告されたのだろうか……たくさんの人間が、ご主人様である車を背中に乗せてえっちらおっちら運んでいた。ひとりふたりでは無理なものは数人で、トラックのような大きなものは、何十人もの手でかつぎあげては小走りに運ぶのだった。一日走り終わりその他様々な雑用をこなすと、人間は「者庫」へと入れられた。一方車達は大邸宅で悠然と暮らし、人間を手足のように使って、生活を楽しんでいた。
ここでは、ガソリンスタンドは人間の餌場で、人間達はご主人様の許しを得ると、駆け寄って、ホースから出る水や野菜ジュースのような液体を補給するのだった。そしてこれも許されればの話だが、一週間ぶりか一ヶ月おきかはご主人様しだいだが、主人の機嫌の良い時に浴槽に入って、いわゆる「洗者」……つまり体を洗わせていただくというありがたい恩恵に浴することが出来た。そしてまた、翌日もまた翌々日も、人間としてのわずかに残った誇りさえ、道路に舞い上がる埃に汚されながら、せっせと車を担いで走り回るのだった。
モータリゼーションの発達を恨みに思わないとしたら、私はよほどのお人好しだ。ああ、車社会の将来は、人間にとってばら色ではなかった。行き着く先は、人間の車化であったのだ。