俺と吹奏楽部とトロンボーン   作:たにし

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登場人物を全員美少女にするのは卑怯だと思う。
普通にヒロイン選ぶのに困るわ。


一話 

孟浩然は言った。

 

春眠暁を覚えず、処処啼鳥を聞くーーと。

 

良い歌だ。ふと目を覚ましたとき夜が明けていた。窓の外から庭の梅の木の枝で戯れる鳥達の囀りが聞こえてくる。

 

こんな暖かな春の日は寝過ごしてしまっても仕方がないことだろう。俺は布団の暖かさが漏れないように、ぎゅっと掛け布団で身体を包み込んだ。そして二度寝をするために瞳を閉じたけど、ドタドタと階段を登る音が聞こえる。

 

嫌な予感がする。俺はまだ寝ていたのに。この春の暖かさを味わっていたいのに。だけど、奴はそれを許さない。

 

「とっとと起きなさいこのクソガキが!今日が何の日か分かっとるんだろうね‼︎」

 

自室の扉が勢いよく開かれた。現れたのはクソババァだった。奴はいつの時代の慣習なのかフライパンとオタマをカンカンと鳴らしながら怒鳴った。

 

「分かってるつーの。分かってるから行きたくねーんだよ」

 

今日は高校の入学式の日だった。

俺は今日から北宇治高校に通うことになる一年生。

だけど、あの受験日のことを思い出す度に死にたくなった。

 

(どうして受験日にインフルエンザに罹っちまうだよぉぉおおお‼︎)

 

そう、俺の第一志望の高校は府内屈指の進学校だった。しかし受験日当日、やけに頭が重くて全身の節々が痛むので体温を測ってみたら体温は39.1℃。身体に異常事態が起きているのは明らかだった。

 

されど今日は受験日、休むことはできない。俺は全身に熱さまシートを貼りつけて会場に向かったのだ。だが、その道中で俺の記憶は途絶えてしまった。

 

曰く、電柱に頭をもたれかけて『ト』の状態で気絶していたらしい。そして、それを見た近所の人の通報により病院に搬送された。

 

「男が泣いて喚いてみっともないないわね!過ぎちまったもんは仕方がないだろ。それよりも、アンタ、入学式でスピーチすることになってるんだから、早く朝飯食べて準備して行きなさいよ‼︎」

 

「そんなこと分かってるって。けどさぁ。なんで滑り止め野郎なんかにそんな大役を押し付けてるわけ?もっと適任がいただろう‼︎」

 

北宇治では入学式に行われる新入生代表の挨拶は試験結果が最も優秀であった新入生がすることになっていた。

 

正直に言って貧乏くじだった。本命でない学校の奴らにどうして新入生代表者として挨拶をしなければいけないのだろうか。どうせなら成績が一番の人は好きな時に学校を休む権利が貰えるとかがそんな特典が欲しかった。そんでもって、その特典を授業のない今日使いたい。

 

「あー、春が憎い。青空が憎い。桜が憎い。なんで、俺がこんなことをしなければいけねぇんだ」

 

とはいえ一度引き受けてしまったことだ。それを無責任に投げ出せるような性分でもなかった。そしてババアが叩き起こしに来たいま現実逃避の時間は終わり。仕方なしに布団から出ると入学式への準備を始めた。

 

(あー、まさかこんな形で再び北宇治の門を通ることになるなんてなー)

 

桜舞い散る花道を通り抜けて、北宇治高校の敷地へと足を踏み入れた。かつて俺は北宇治高校を訪れたことがあった。あれはもう10年近く前になるのか。

 

俺はクソババァに連れられて、北宇治高校の体育館で開かれた吹奏楽部の定期公演を観に来たことがあった。ただ、当時の俺はピアノを少し嗜んでいたくらいで吹奏楽には然程興味もなかったし、耳も肥えていなかった。それに数年前ということもあり覚えている感想は眩しくて凄かったとかそのくらい。

 

でも、今思えば少し勿体なくも思う。当時の北宇治高校は吹奏楽部の強豪として有名であり、地方大会やら全国大会の常連高であった。真面目に聞いておけば良かったと後悔の念もなくはない。

 

「まぁ、それも昔の話なんだけどな」

 

体育館の舞台袖、吹奏楽部により新入生のために演奏される北宇治高校の校歌に耳を傾けながら呟いた。

 

俺が北宇治高校の定期公演に行ったのは一度きりだった。その年を最後にクソババァの友人だった顧問が転勤してしまったのだ。吹奏楽部の強さは顧問の手腕によって大きく変わる。そして、それを機に北宇治の吹奏楽部は衰退の一途を辿り、今では見る影もなくなっていた。

 

学力が突飛して高いわけでもなければ、吹奏楽部も優れているわけではない。かといって面白そうな部活もなければ独創的な活動もない。そんな高校で俺は三年間何をして過ごせば良いのだろうか。自分でもよく分からなかった。

 

それでも俺は言わなければならない。

新入生代表として。

 

「ーー校長先生をはじめ、先生方、先輩方、いかなる時も努力をしていきますので、どうぞよろしくお願い致します。以上。平成〇〇年、4月6日 新入生代表 神崎一」

 

 

 

入学式が終えて次の日の放課後、俺は音楽室に向かっていた。北宇治高校の殆どの部活動は入学式の次の日から見学期間を設けていた。俺が見に行こうと考えていた吹奏楽もそうである。

 

ただまぁ、あまり期待はしていなかった。入学式の校歌の演奏しかり最近の評判しかり北宇治高校の吹奏楽はお世辞にも上手いと言えない。

 

かと言ってバスケやらサッカーなどの運動系の部活も遊びならともかく本気でやりたいとは思えなかった。ようは他に行き場所がないから、取り敢えず来てみたという気分。

 

「いっつーーー‼︎」

 

そんな折、曲がり角を曲がろうとした途端、誰かの頭が俺の顎に衝突した。前方不注意だ。軽く舌を噛んでしまったようだが、そこまで痛くはなかった。それよりも、と思い見下ろしたところ、一人の女子が尻餅をついて転んでいた。

 

チョコレートのような色合いの制服に水色のスカーフ。北宇治高校の女子の制服は学年ごとに色分けがされおり、二年生が緑で三年生が赤、そして水色の彼女は一年生。茶髪のポニーテールが印象的な小柄の女子だった。

 

「すまなかったな。大丈夫か?」

 

俺は手を差し伸べた。ただここで失策。不意に視線を下ろしたのが不味かった。新学期、早々だというのに彼女のスカートはやけに短かった。だから見えてしまったのだ。水色と白色のストライプが。

 

「なに?」

 

彼女は怪訝な表情をして首を傾けた。

 

「いや、何でも」

 

俺は敢えて見て見ぬ振りをした。そして心のうちに湧き上がった無意味な怒りを抑えつけた。

 

もし俺が中学三年生の時だったならば、北中であったのなら間違いなく注意していた。というかキレていた。明らかな校則違反。だが、ここは違う。俺は普通の高校一年生であって、相手は後輩でもなければ部活の仲間でもない。

 

気を取り直して爽やかにーー

 

「それよりも、ほら」

 

俺は手を差し伸べた。彼女はやや不満げな表情をしながらも俺の手を引っ張って立ち上がると、スカートの後ろ辺りをパタパタと叩き始めた。

 

「俺は用事があるから、じゃあな」

 

俺はそういうと、その場からとっと離れて音楽室に向かうことにした。

 

あの達観した気になったような冷めたい鋭い瞳、校則ギリギリを保った短いスカート。見るからに不良だろう。あの手の連中に関わるとロクな事がない。

 

「ちょっと、待ってよ」

 

だけど引き止められた。

 

「なんだよ?」

 

「アンタ、見たでしょ?」

 

「見たって何を?」

 

「私のパンツ」

 

彼女はニヤリと笑って言った。まるで鬼の首でも取ったかのように。やっぱり面倒くさい奴だった。

だから俺も敢えて面倒くさいことを言ってやった。

 

「新学期早々に制服改造はありえねぇだろ」

 

「うわぁ、真面目君か…」

 

「当たり前のことを言ったのに引いてんじゃねぇよ」

 

「いや、新入生代表君の初心な反応が見られると思ったんだけど無理だったか」

 

彼女はすごく残念そうに言った。

 

「ははっ。さては、てめぇー性格悪いな」

 

「人のパンツ見てから謝罪の言葉一つもないアンタよりかはマシだと思うけどね」

 

彼女はしたり顔で言った。

 

「……」

 

別に競ってるつもりなんてなかった。だけど、こういうのを論破されたとでも言うのだろう。言い返せない。非常に不快だった。

 

ただ彼女の言う通り、さりげなく自分の落ち度を帳消しにしようとしたのは卑怯な行為だとは思う。これは素直に反省しなければならないことだ。

 

「故意じゃなかったとしてもスルーしたのは良くなかったな。悪かったよ」

 

そして右手を差し出した。

彼女は少し警戒感を露わにして言った。

 

「なに?」

 

「なにって和解の握手だ」

 

「そーいうのは別にいいよ。そこまで怒ってはなかったし」

 

流石に高校までになって握手は恥ずかしかっただろうか。安心しろ。誰にでもやるわけではない。きちんと時とか場所とか人は選ぶ。それにーー

 

「謝罪したあとは仲直りまでした方がいい。小さい時にそう教わらなかったか?」

 

彼女は面倒くさそうな顔をした。

おうおう、気が付いてしまったようだな。

そうだ、俺はかなり面倒くさい男だ。

だけど、言葉だけの謝罪で済ませるのと、握手をして和解して済ませるのでは、そのあとの関係は大きく違ってくると俺は思っている。

 

人として大切なことだから幼稚園で教わることだけれど、幼稚園で教わるから大切なことであっても忘れてしまう。そして大切なことだから俺は譲歩しない。

 

彼女も根気負けしたのか隠すことなく溜息をついて俺の手を軽く握った。

 

「俺は神崎一だ。宜しくな」

 

「中川夏紀。まぁ、宜しく」

 

 

 

そんな感じであまり良い出会いはしなかったものの、一度、握手までした関係である。そこから話を弾ませるのは容易いことだった。

 

「へぇー。吹奏楽部の見学に行くつもりだったのか。奇遇だな。俺もだ」

 

「そうなんだ。アンタそこそこ体格良いから運動部かと思ってたけど吹部だったんだね」

 

「まぁな。よく言われる。だけど、この筋肉は飾りだ。俺は中学生から吹奏楽一本の文化系男子だぜ!」

 

そう言いながら制服の下から膨れ上がった力瘤を見せつけた。中川はそれを見てクスクスと笑った。旅は道連れ世は情け、音楽室までの道中、俺は中川と雑談をしながら歩いていた。

 

それに聞けば彼女は初心者であるらしい。

もし、ここが吹奏楽の強豪校であるのなら注意なり心構えなりを教えていたのかもしれない。が、昨日の校歌の演奏を聞いて理解した。北宇治はその限りではない。あくまでお遊びで吹奏楽をしている高校だった。だからまぁ無難なことを言った。

 

「この学校だったら初心者でも大丈夫だと思うぜ」

 

「へーそうなんだ。そういえば希美も似たようなこと言ってたね。北宇治なら初心者からでも全然問題ないって」

 

「そいつは経験者なのか?」

 

「まぁね、私は帰宅部だっけど希美は南中で吹奏楽部の部長をやっていたよ。フルートが凄く上手かったらしいよ」

 

南中学校。この辺りでは俺のいた北中と並ぶ吹奏楽の有名校だった。ただし去年のコンクールはあまり良い結果ではなかったという記憶がある。確か課題曲IIと「ダッタン人の踊り」を演奏していたようだが、結果は銀賞。俺はダメ金辺りだと予測していたから、あの時は意外に思ったほどだ。

 

ただ、その話題は希美少女の前では控えた方が良いと思った。同じ部長をしていたから分かる。もし、俺があのとき府大会で銀賞でも取っていようならば怒り狂い阿鼻叫喚して爆散していただろう。想像しただけでも死にたくなる。だから話題を件の希美少女から逸すことにした。

 

「それで中川はフルートをやるのか?」

 

「うーん、それはどうだろう。私にとってフルートは希美のアイデンティティみたいなものだし、やるならサックスとかが良いかな」

 

「サックスか。なかなか良いチョイスだな。アレは吹きこなせるようになったら、かなりカッコいいと思うぜ」

 

「そう言うなら神崎もサックスにする?」

 

「いや、俺は木管楽器よりも金管楽器の方が好きだからな。吹くなら金管楽器の中で選ぶだろうな」

 

「へーそうなんだ」

 

中川は空返事だった。多分、金管と木管の意味をよく理解していないのだろう。初心者だから無理もない。だから、その違いを軽く説明することにしたのだが、その途中で音楽室に到着した。

 

「なんだ、結構来ているな」

 

部活見学の初日だと言うのに見学に来た一年生はかなり居た。と言っても来ていたのは一グループと思われる女子の集団だけ。まだ新学期始まって二日だと言うのにあの人数。中学校から仲の良かった女子のグループがそのまま高校に進学してきたのだろうか。

 

「あれ、夏紀じゃん!」

 

その集団の中の一人が、隣にいる中川の名前を呼んで駆け寄ってきた。こちらもポニーテールであるが頭髪は黒、やや背の高い活発そうな女子だ。彼女がその集団から離れるとその他の女子は会話をやめて、こちらを見つめていた。おそらく、このポニーテールがグループのリーダー的な存在なのだろう。

 

「やっほ。来ちゃった」

 

中川は軽く手を振って微笑んだ。傘木は同じ仕草で返すと俺の方をちらりと見上げて言った。

 

「ちなみにこっちは彼氏君?」

 

「いや、そんなんじゃないから。さっき知り合っただけ」

 

中川は即座に否定した。なので俺も否定された通りに自己紹介した。

 

「さっき中川と知り合った神崎一だ。よろしく」

 

「神崎君ね。私は傘木希美。神崎君は吹奏楽経験者なのかな?」

 

「まぁな。中学の時はトランペットをやってた。だけど高校になった訳だし、気分転換に変えてみようかなと思ってるよ」

 

「へー。そうなんだ。トランペットあまり好きじゃなかったの?」

 

素の疑問だったのだろう。だけど俺には「好きだよ」とは即答できなかった。なら嫌いだったのかと言われれば違う。たぶん今思い返せば気位でやっていたんだと思う。

 

あのクソ生意気な後輩があんまりにも誇らしく吹くもんだから、俺も先輩として誇れるように吹いていただけ。だから好きかと聞かれれば、こう答えるしかなかった。

 

「楽しかったよ。だけど俺にはもう必要ない」

 

俺は吹奏楽部よりも学業の道を選び、彼女は吹奏楽の道を選ぶ。結果的には言えば俺は学業の道を見事に踏み外してしまった訳だけど彼女と道を違えたことには変わりなかった。

 

もう彼女と一緒に演奏することはない。間違っても彼女がここに来ることはない。だから決別を込めて、高校からはトランペットとはお別れするつもりだった。

 

ただ、そんな人の過去なんて目の前の女が知っているはずもない。彼女は不思議そうに首を傾げていたので簡潔に言った。

 

「まぁ、燃え尽きたというやつさ」

 

「ああ、そういうことね」

 

傘木は納得したように相槌をした。ちょっと言葉選びを間違えたかもしれないが、これで良かったと思う。別にそんな正確な理解を求めていないのだから。

 

とはいえ何だか反省タイムみたいな心境にさせられてしまったのが妙に癪だったので聞き返してみた。

 

「そういう傘木は高校でもフルート続けるのか?」

 

「あれ?なんで私がフルート吹いてたこと知ってるの?」

 

「中川から聞いたぜ。希美ちゃんのフルート地上に舞い降りた超エンジェル〜‼︎って褒めてたな」

 

もちろん、冗談だ。何だか会話の外に置いてしまった中川が可哀想だったのでついでに巻き込んでみた。

 

「はぁ?言ってないし超寒っ。それ私の真似のつもり?地味に声を似せてきてるのが腹立つんだけど」

 

中川は顔を顰めて言った。そんな中川を煽るように俺はドヤ顔のピースサインをして言った。

 

「俺の特技、声帯模写☆」

 

「いや、全然似てなかったから」

 

仕返しとばかりに軽く足で小突かれた。

残念、かなり似ていると思ったのに。

 

「はははは。二人とも仲良いね。いっそのこと付き合っちゃえば?」

 

そんな俺達を見て傘木はけらけらと笑って言った。

 

付き合うだと?しかも俺が今日出会ったばかりのコイツと…。

俺はちらりと中川の顔を見下ろすと態とらしく言った。

 

「えっ…そう? まぁ 中川が良いって言うならなくもないかなぁーーって、バカやろう‼︎ 何を言わせるんだ」

 

そして傘木の頭を軽くチョップした。

それでも何が面白いのか傘木はケラケラと大笑いした。

 

「ははは、やっぱり神崎君って面白いね」

 

それを見て溜息をつきながら言った。

 

「はぁ。まったく人が困ることを言うもんじゃねぇよ。中川だって困ってるだろ?」

 

が、中川の方を見ると、前髪を掻き分けて少し覚束ない様子で言った。

 

「えっ…そう? まぁ 神崎が良いって言うんならなくもないかなーーって」

 

「何でこっちも満更でもないんだよ!」

 

俺は中川の頭にも軽くチョップをした。すると中川はてへりと悪戯な笑みを浮かべた。ああ、一日に二度もポニーテールにチョップをすることになろうとは、今日は何のお祭りだ?

 

「まぁ、冗談はこのくらいにして、傘木は高校でもフルートを続けるのか?」

 

俺は再び問い直した。すると傘木は真っ直ぐな瞳で俺を見つめて言った。

 

「もちろん。フルート大好きだから」

 

「そうか。ならまぁ、お互いに頑張ろうな。俺も吹奏楽部に入ることは決めてるから、同じ仲間としてな」

 

そう言いながら拳を差し出した。

傘木はそれに自らの拳を差し出して、こつんと合わせて言った。

 

「うん、頑張ろう‼︎」

 




次回につづかない。
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