俺と吹奏楽部とトロンボーン   作:たにし

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三話

高校生活の始まりから三週間が経ち、クラスのグループが大体決まってきた頃、ふと気がついたとき俺は女子のグループに所属していた。男子のグループではない。女子のグループだ。悲しいから二回言った。部活が終わり朝の授業が始まるまでの間の時間や昼食のときも俺はそいつらと一緒にいるようになっていた。

 

北宇治高校には普通クラスとは別に難関大学の進学を見据えて特別なカリュキュラムを組んだ特進クラスというものが存在している。それは入学試験の時から普通クラス進学と特進クラス進学の二つの入口で分けられており、特進クラス合格の難易度はそこらの有名進学校並にあったのでかなり難しいとされていた。

 

しかし、今年の男子高校受験生達は北宇治の特進クラスには興味がなかったのか、それとも頑張らなかった受験生が多かったのか、合格者は圧倒的に女子の方が多かった。

 

そのため教室を見渡すかぎり女子女子女子であった。男子は両手の指で数えれる程度しか在籍していない。しかも一通りの奴らに話しかけはしてみたものの、悪い奴らではなかったのだが趣味趣向が絶望的なくらいに合わなかった。

 

だから、まぁ自然と男友達よりも吹奏楽関係の女友達を作る流れになってしまったのだが。ちなみにだが俺は男女間の友情は存在すると思っている。どんなに親しくなろうとも恋愛には発展しない男女の関係は存在すると深く信仰していると言ってもいい。何故ならそれはーー

 

「神様、一生のお願い!どうか哀れな私に課題ノート見せてもらえないでしょうか ‼︎」

 

目の前で両手を合わせるバカ女を絶対に恋愛対象にしないという自信があったからだ。

 

「おい岸部、世の中には猫に九生有りなんて諺があるが、お前の一生は猫並みに多いのか?」

 

コイツは岸部海松。海松と書いて「みる」と読む、初見殺し系の名前をもつ女子だ。ワインレット色をしたリボン付きカチューシャとおかっぱの髪型が特徴であり、今の座席が出席番号順、つまり五十音順の席配置だったため俺の真後ろに位置していた。そして彼女は吹奏楽部に所属しているという共通点もあったので、入部してから直ぐに友人になれたのだが…。

 

「まだ6回目だから! あと3回はセーフということで神様お願い!」

 

コイツはとにかく課題をやってこない。「みる」という名は昔可愛がっていた猫の名でもあったので、猫に九生有りなんて諺を引用してみたのだが、沢山あるといえ大事な九生のお願いを、全て課題写しに費やすバカ猫は世界中を探しても目の前のコイツしかいないと思う。しかも細かいことを言えばーー。

 

「今日で8回目だ。というかお前のために俺は課題をやってきてるじゃねぇんだぞ。他の奴に当たれ」

 

「えー。だって色んな人の課題ノート見てきたけど、神様のノートが一番字が綺麗で分かりやすいんだもん」

 

岸部はまるで幾つもの課題ノートを見聞してきた専門家みたいな発言をしてきた。他の奴らより分かりやすくて字が綺麗と言ってもらえるのは非常に嬉しいことだが、それが原因で岸部の餌食にされていると思うと素直には喜べない。というか、毎度毎度、人に見せてもらって恥ってものを知らないのだろうか。

 

「岸部、お前は恥ってものを知らないのか?」

 

言ってみた。

 

「フッフッフッフッフ、恥だって? 神様はどうやら私をかなり侮っているようだけど、バカな女だと思っていたら定期テストのときに痛い目に合うよ」

 

岸部は余裕に満ちた薄ら笑いをしながら言い返してきた。しかも最近の流行なのか、それとも自信の現れなのか謎めいた決めポーズまでしている。

 

「ハー、ソーデスカ」

 

だから俺は凄くやる気のなさそうな相槌をした。

その自信は一体どこから湧いて出るのだろうか。まったく世界は不思議なことで満ちている。岸部の課題をやらない理由とか岸部が定期テストにむける謎の自信とか。無論、少しも知りたいとは思わないが、そこまでの大口を叩いてみせるというのなら、定期テストでどのくらいの点数を取ってくるのか興味が湧いてきた。

 

「まぁ、良いだろう。そこまで言うなら見せてやるよ。ただし、あとでどうなっても知らないからな」

 

「やったー!神様、愛してる‼︎」

 

岸部は子供のように喜んだ。大袈裟な奴め。ちなみに、コイツは頼み事をするときには神崎の神の字を引っ張ってきて「神様」なんて大層な呼び方をしているが、普段は「神崎」か「お前」としか呼ばない。崇めろとまでは言わないが敬えとは時々思う。

 

そうして俺は机の中に手を入れて、課題ノートを取り出そうとした。確か今日の提出課題は生物基礎であったはず。それを取り出すと岸部に手渡した。すると岸部は何故だかきょんとした表情を浮かべていた。

 

「え? なんで生物基礎出しているの?今日提出の課題ノートは世界史でしょ。ほら、前の黒板にも書いてあるし」

 

ん? 待て。それはおかしい。今日の提出課題は生物基礎一つののはずだ。ただ言われた通り、前の黒板を見てみると確かに左端辺りに黄色のチョークで世界史の先生からの伝達事項が書かれていた。

 

『今日の提出課題 世界史学習ノート 一限開始まで 』

 

うん、俺それ知らない。全然やってないぞ。

 

「ちなみに生物基礎も提出なの?」

 

岸部が訊いてきた。

 

「ああ。前の授業中に先生が言っていたぜ。ほら、ここに今日の日付でメモってある」

 

「あ、ほんとだ。ヤバイ、それもやってない」

 

暫し沈黙する二人。

どうやら、これはお互いに揃ってヤバイ状況じゃないだろうか。とくにピンチなのは課題二つをやっていない岸部海松であるのだが。

 

この状況を打開するには第三者の協力を得るしかなかった。そして、俺達はそんな都合の良い第三者を知っていた。

 

俺と岸部はゆっくりと首だけを動かして前の席の生徒を見つめた。俺の前の席は『お、え、う、』の頭文字の名前から始まる生徒がいないから、『い』で始まる岩田慧菜である。彼女は吹奏楽部員であり、俺と同じトロンボーンパートの仲間であった。

 

岩田はイヤホンで音楽を聴きながら読書に耽っているようだった。だけど、何か悪い予感を本能的に感じたのか唐突に本を閉じて、イヤホンをポケットの中に入れ込んだ。そして二冊の課題ノートを机の中から取り出すと、黙ったままそれを抱えて走り出したのだ。

 

「おい!岩田が逃げたぞ‼︎」

 

あの女、盗み聞してやがったな。大方、岸辺の被害に巻き込まれたくないから敢えて会話に混ざらなかったのだろう。だが、お前も当事者だ。

 

「すぐに捕えよう!でなければ私達が殺される‼︎」

 

俺と岸部はその後を追って走り出した。しかし、現実は無常なり。朝会が始まるまで岩田の姿を見た者は誰もいなかった。

 

 

■□■□■□■

 

 

という訳で大変不本意ながらも課題未提出のペナルティーを食らってしまった俺は遅れて放課後練習に参加することになった。

 

ああ、中学のときはこんな失態は絶対にあり得なかったはずなのに早くも堕落してしまったというのか。自戒せねばなるまい。こんな情けない姿は後輩達には見せられなかった。高坂麗奈、とくにお前には。

 

『あらあら先輩、まさか居残り学習だったんですか。フフッ、お似合いですね』

 

とか言われそう。

 

あの後輩は何故かは知らないけど、小学校のときからピアノであれトランペットであれ何かと俺と競ってきた。後輩でありながら唯一のライバルのような存在だった。だから俺も負けないように部活も勉学も頑張ってきたのに、その後輩はもういない。そう思うと身軽さの喜び半分、張り合いのない虚しさが半分湧き上がってきた。

 

(いい加減、切り替えねぇといけねぇな)

 

俺はコツンと自分の頭を叩いた。

入学してから約四週間、今の俺は思考も行動も中学時代から抜け出せていないところがあった。そんなことではダメだ。いつまでも過去を引き摺っているんじゃない。

 

俺は北宇治の神崎一。北宇治吹奏楽部の神崎一。俺は立ち止まりそう自分に言い聞かせると、再び音楽室に向かって進むことにした。

 

 

■□■□■□■□

 

 

今日の放課後練習はパート練だった。昨日、三週間後の週末に開催されるサンフェスで演奏する曲が渡された事もあり、それを練習しろという意味合いでパート練なのだろう。

 

ちなみにサンフェスとは正式名称は『サンライズ・フェスティバル』、京都にある太陽公園で行われる吹奏楽のパレードだ。京都中の各高校の吹奏楽部が参加して特別衣装を着てマーチングを披露するという、中々の見応えのある催しであり、中学の時も何度か観に行ったことがある。

 

「すみません。遅れましたー」

 

俺は遅刻した謝罪をしながらトロンボーンパートの練習場所である四階の空き教室に入った。しかし教室には二人の女子生徒しかいなかった。しかも、岩田と梅田、トロンボーンパートの一年生だけである。

 

「ねぇ、目が合うなり捻くれたような顔で睨んでくるのやめてくれる? すごく気持ち悪いよ」

 

俺は岩田を目にするなり顔芸をかましながら無言で接近した。彼女はすごく嫌そうな顔していた。だけど知ったことではない。これは当て付けだ。お前が逃げたせいで放課後の30分間、目にすることになったジジイの顔である。よく瞳に刻み付けておけ。

 

「もしかして世界史の近藤先生の真似ですか?」

 

真面目風な梅田が答えてくれた。彼女は頸にかかる程度に髪を伸ばし、前髪を赤いヘアピンで分けたショートヘアーの髪型が特徴の女子である。性格は真面目風であり、入部見学の時にいた傘木の取り巻きの一人だった。

 

『ああ、そうじゃ。正解じゃ。梅田、お前には発表点プラス1点をくれてやろう。あと、いつも寝ている岩田はついでにマイナス300点じゃ』

 

俺は老人のように嗄れた声で言った。

すると岩田は顔を顰めて言った。

 

「いや、一度も寝たことないから。というか無駄に似てるけど、その声どうやって出してるの?」

 

「こうやって喉仏の位置を変えることで声質を調節しているんだよ」

 

俺はそう言いながら喉仏の位置を少しズラすように指先で押さえつけた。ついでに「ゴキバキ」と骨が軋んでいるような音も鳴らしてみた。

 

「ちょっとそれはマジで怖いからやめて」

 

「人体には詳しく精通している訳ではありませんが、見るからにかなり危険な行為だと思われます。ですから辞めておいた方が宜しいかと…」

 

すると岩田は顔を引きつらせて、梅田は本気で心配してきた。俺はそれを愉快と言わんばかりに笑いながら言った。

 

「ははは、二人とも冗談だから本気になるなよ。人間、楽器じゃないんだから、喉仏のポジションを弄ったくらいで変わらないよ」

 

そう、俺が知る限り、喉仏を弄って声質を変えられる人間は両津勘吉くらいである。俺の場合は単なる声真似。たわいもない一芸だ。

 

ただ、それよりも注目すべきなのは、こうして冗談で戯れている間でも、姿を見せない先輩達である。

 

「なぁ、今日は先輩達いないようだけど、まさか季節外れのインフルエンザでも流行ってたりするのか?」

 

もし、そうならば俺は研究者を目指そう。そして、この地球上からインフルエンザウイルスを一匹たりとも残さず駆逐することをここに誓う。

 

「違うよ。先輩達は遊びに行っただけ。三年生の先輩達はショッピングで、二年の田浦先輩はフルートの先輩達とカラオケかな。野口先輩はそもそも今日は一度も来てないから分かんない」

 

岩田は溜息混じりに言った。

まぁ、そんなことだろうとは思っていた。

 

トロンボーンパートの一年は俺以外、全員が経験者であった。岩田は西中出身のトロンボーン経験者であり、梅田は南中の経験者だ。

 

俺はというと初心者ではあったのだが、一週間とそこそこの期間で先輩達と同じくらい吹けるようになったので、教育係の野口先輩から免許皆伝を頂いた。

 

曰く、「俺を超えたな。ならば次はJ・J・ジョンソンを目指すがいい」ということ。ハードルがいきなり別次元までぶっとん飛んだような気がするけど、気にしたら負けなのだろう。俺は立派なJ・J・ジョンソンになるために練習を励んでいた。

 

そうして他のパートよりも速やかに新入生の育成という任務を終えたトロンボーンパートであったのだが、目先の仕事をやり遂げたことに満足してしまったのか、二週間前くらいから先輩達の怠慢が頻繁に見られるようになった。

 

「ただ、まさか先輩全員のサボりが重なるとはな」

 

なんて偶然だ。せめてサボる日は事前に重ならないように日程を調整しておいて欲しかったが、それはそれで問題があるような気がした。

 

まったく懸命に練習しているこっちが馬鹿らしくなるぜ。

 

と言おうとしたけど遅刻して来ている時点で俺も懸命な奴だとは言い難かったので口を閉じた。多分言ったら真面目風な梅田から突っ込まれる。

 

「練習しなくても大丈夫なのでしょうか?」

 

「流石に不味い思う」

 

ただ梅田と岩田は不安そうに話していた。

サンフェスは野外のマーチングだ。座奏と違い、常に動いているので当然楽譜は見れない。だから暗譜は勿論のこと、行進の練習もしなければならなかった。

 

しかも、行進の練習はグラウンドや体育館を使って練習するので、事前に陸上部やサッカー部、野球部などの一部スポーツ系の部活動の皆さんに協力をお願いする必要があり、練習時間も限られてくる。三週間という時間は余裕があるようで実際には全然足りなかった。

 

「なら、一応、三人だけでも合わせとく?」

 

俺は楽譜ホルダーを開きながら二人に訊いた。

開いた面にある楽譜は『 La chanson de l'oignon 』であった。北宇治が今年のサンフェスで演奏する曲だ。これはフランスの軍歌・行進曲であり、ナポレオンの大陸軍や皇帝親衛隊によって歌われたのが始まりとされている。

 

また日本語訳は『玉葱の歌』。日本では『クラリネットをこわしちゃった』の元ネタとなった曲だと言えば大体伝わるだろう。それをマーチング用に少し長めに編曲したバージョンだ。

 

「まぁ、そうだね。三人でもやらないよりかはマシかぁ」

 

という訳で練習をしたわけだが、予想通りあまり有意義なものとはならなかった。

 

パート練はパートの皆が音を揃えて吹く練習をするから意味があるのだ。しかし、今日は一年生だけ、メンバーの三分の二がいない。たとえ三人だけで音が揃おうが、完璧に暗譜ができようが、来ていない上級生を含めた全員の音が合奏で揃ってなければ意味がない。三人がそれを知る経験者であったので、どこか緊張感が欠ける練習になってしまった。

 

そして、時間が経つのはあっという間で、時間の区切りを知らせるベルが校舎に鳴り響いた。見上げると教室に掛けられた時計の針は放課後練習を終える五時を指し示している。

 

「あ〜、終わりか〜。久しぶりに真面目に練習した気がする〜」

 

岩田が背筋を伸ばしながら言った。彼女はいつものパート練でも先輩と喋っていることが多いためか妙なやりきった感を漂わしていた。ただ俺からしてみればまだまだ物足りなかったし、合わせておきたいところも多く残っていた。

 

「というか、なんだかんだ言って俺が指示とか進行とかパーリーみたいなことやってたけど不満はなかったのかよ」

 

「いいえ、私はとても適任だと思いましたよ。的確に修正点を聞き分けて指摘してくれますし、トロンボーンの演奏表現に対しても造形が深い。本当に『初心者とは思えない』くらいです」

 

梅田が言った。この中では一番トロンボーンが上手い梅田にそう言ってもらえるのは嬉しい限りだったのだが、今なにかユーフォ(失言)を感じた。それは岩田もユーフォとは形容しないだろうが、俺と同じところで引っかかったのだろう。すかさず指摘した。

 

「それ禁句だから」

 

余談だが、楽器選びの日、先輩と俺が揉めていたとき当然ながら二人も現場にいた。その時は名前も顔も知らなかったし不機嫌であったから特に会話はしなかったけど、二人にとっての俺の第一印象はアレだったらしい。

 

そのせいか二人の間では暫くの間、俺の前では「初心者」という言葉が禁句になっていた。ちなみに俺と先輩が一緒にいるときは今でも禁句を通り越して滅びの呪文と同じ扱いになっている。それは賢明な判断だと思う。一度口にすればパートの空気が凍りつくことになるだろう。

 

「あ!すみません。今のは、その…悪い意味で言ったわけじゃなくてーー」

 

そして真面目風な梅田は律儀なことに深く頭を下げて謝罪した。

 

「分かってるから謝らないでくれよ。だいたい二人ともいつまでその話を引き摺るんだ。もう終わったから良いだろう」

 

「え?でも先輩まだ神崎君のこと許してないって言ってたよ」

 

終わったという言葉に岩田が指摘してきた。

 

「大丈夫。そこは俺も許してないから。終わったというのは人間関係の方。あれはもう修復不可能だな」

 

入部したての頃は何かと嫌味や小言が多かった先輩ではあったが、日々練習して急成長する俺の音を聞くたびにその口数は少なくなり、合奏練習のときに技術の差が露見して以来、何も言わなくなってしまった。そして俺も先輩とは口も聞きたくなかったので話しかけることなく、今やお互いに口を聞かないまま一週間が経過していた。

 

「いい加減に謝って仲直りすれば良いのに」

 

岩田はうんざりとしているようだった。確かに関係のない人達からすれば迷惑極まりない話だろう。しかし俺にも譲れない意地があった。

 

「イヤだね。俺は昔から偉くないのに偉そうにしている奴が大嫌いなんだよ」

 

それにただ会話がないといっても先輩にとって俺が敵であるのは変わっていないらしく、裏では生意気だの女誑しのプレステ野郎だの敬意も払えないクソ後輩などと陰口や悪評を広めようとしているらしい。知るかよ。身から出た錆じゃねぇか。だいたい先輩らしい立ち振る舞いをしないから敬意を払わないだけであって、他の先輩の前では礼節を弁えている。ただ、その先輩だけが範疇外にいるだけのこと。

 

ああ、奴のことを思い出していると無性に腹が立ってきた。なのでちょっとした気晴らしに一曲吹くことにした。

 

「あ、それ聞いたことがあります。確かスタジオジブリのアニメ映画の曲でしたよね。確かタイトルは…」

 

「ハルウの動く城‼︎」

 

「惜しい。ですが何かが違います!」

 

岩田が勢いよく答えたが、梅田の言う通り何かが違った。

 

「じゃあ、ハウスの動く城だ ‼︎」

 

「家なのか城なのかハッキリしてください」

 

どうやら映画のタイトル当てクイズが始まったようだけど曲名までは触れてくれないらしかった。この曲は小学生時代からピアノやらトランペットで演奏していたお気に入りなので触れてくれないのはちょっぴり悲しいたのだが。

 

「もうめんどくさいからキムタクの動く城でいいよ」

 

「日本有数のアイドルを住所不特定者にしないでください」

 

映画タイトル当てはさらなる混迷を極めているようだった。ちなみに正解は『ハウルの動く城』の『人生のメリーゴーランド』だ。ただ正解を言うよりも吹いていたかったので、二人の会話はスルーして演奏を続けておくことにした。

 

そんなときだった。パート練習を終えて楽器室に向かう一行が教室の前を通り過ぎるのを目にした。低音パートだ。彼らは相変わらずチューバや弦バスなど重そうな楽器を持ち運んでいるようだった。そして低音パートといえば当然、ユーフォニアムを担当することになった中川の姿もあった。

 

しっかりと金色のユーフォを抱えて先輩達の後ろをついて歩いている。ただまぁ視線だけとはいえ興味本位で探していたこともあり中川とチラリと目が合ってしまった。ただ、ここで目を逸らすの感じが悪いような気がする。そこで親しみを込めてウインクをしてみたのだがーーあ、逸らされた。

 

「ねぇねぇ、ユーフォの娘と仲いいの?」

 

ただ、それは俺らしくない無用心だった。彼女達はアレだけタイトル当てに熱中していたのにも関わらず、まるで何事もなかったように詰め寄ってきた。

女子の男女関係の嗅覚は俺の想像を超えて敏感であるらしい。たが、残念なことに俺と中川は二人が想像するような関係ではなかった。

 

「まぁ、会ったら話す程度だな」

 

俺はありのままの真実を告げた。

 

「へ〜、そうなんだ」

 

「で、本当はどうなんですか」

 

ただ二人は俺の言葉を信じる様子もなく、ニヤニヤとした笑みを浮かべてこちらを見ていた。

うぜぇ。普段から隙を見せない淡泊なキャラが災いしたのか、二人はここぞと言わんばかりに食い付いてくる。

 

しかも、ここで否定の言葉を発するのは簡単だろうがやり方を誤ると、そういう関係ではないのに照れ隠しだなんて思われて、尾鰭がついた噂になる恐れがあった。それは何としてもでも避けねばならない。俺は勿論のこと中川にだって大迷惑になる。だから俺は言った。

 

「言っておくけど、別にそんな関係じゃないからな。アイツとの関係はそうだな……岸部と似たような関係だと思ってくれ」

 

うん、自分で言ってみたものの非常に便利で分かりやすい距離感だと思った。岸辺と俺の関係。絶対に越えることのない友情の関係だな。便利なので今後も岸部定規として使わせてもらうことにした。しかし岩田はすごく気の毒そうに言った。

 

「その例はユーフォの娘が可哀想だと思うよ」

 

「お前ナチュラルに岸部のこと馬鹿にしているだろ」

 

俺は岩田の本性を垣間見た気がした。いくら岸部が愉快な奴だからといって、そこまで言うことはないと思う。ここは岸部の尊厳の為にも、岸部をよく知らない梅田が誤解と偏見を持ってしまわない為にもフォローしておくことにした。

 

「言っておくけど岸部だって凄いところがあるんだぜ。英語の発音とかすごく綺麗だし、ノリはいいし、女子にしては弁当を食べるのが早い。それに弁当の唐揚げをクラスで一番美味しそうに食べる」

 

「英語の発音とノリはともかくとして、最後の二つは長所としてどうなのでしょうか?」

 

梅田は真面目に首を傾げで訊いてきた。なんと悲しいかな。二人には岸部の長所が1ミリも伝わっていないようだった。しかも岩田に限ってはあの満面な笑みを一度も見ていなかったのか初耳であるように驚いていた。仕方がない。分からないと言うのなら、あとは実見あるのみ。俺は岸部のためにも提案することにした。

 

「ならば明日の昼休憩、唐揚げを持って特進クラスに見に来いよ。岸部と一緒に歓迎してやるからよ」

 

「いえ、唐揚げを自費負担したくないので遠慮しておきます。それよりも、ユーフォの娘の件なのですがデートはーー」

 

「梅田。終わった話を掘り返すな。これ以上喋ったらお前の口に唐揚げを詰め込むぞ」

 

■□■□■□■

 

そんな感じで取るに足らない話をしながら教室の施錠だったり、楽器の片付けを済ませると俺達は楽器室で解散した。そして、ちらりと辺りを見回したところで、

 

「へい、彼氏!夏紀ならもう帰ったぜ!」

 

唐突に声をかけられた。振り返ると田中先輩が悪戯な笑みを浮かべて立っていた。

田中先輩は二年でユーフォニアムを吹いている先輩だ。女子の中では背丈が高く、容姿は端麗、肩に流れる鮮やかな黒髪と理知的な赤い眼鏡が特徴の先輩だった。彼女は合奏の席配置の関係上、目の前でありよく目にするのだが、実は会話をしたのはこれが初めてだった。

 

ちなみにだが彼女は俺が知る限りでは一番ユーフォニアムが上手い。それは強豪の高校ならば普通のことかもしれないが北宇治では異常なことだと思う。ただ、今は楽器の上手い下手はどうでも良いことだった。それよりも俺は先輩の言葉を今すぐにでも否定しなければならなかった。

 

「いや、探してませんけど?」

 

うん、嘘だ。本当を言えばちょっぴりだけ探した。揶揄いを込めて目を逸らした一件を問いただしてやろうと思っていた。ただ、これを「はい、そうです」と素直に認めてしまったら、流石に岸部定規をもってしてでもも説明できなさそうな誤解をされそうなので絶対に認める訳にはいかなかった。しかし田中先輩はニヤリと笑みを浮かべて、舞台に立っている役者のように大きく演技らしい仕草で指を振りながら言った。

 

「ちっちっちっち、照れなくても良いんだぜシャイボーイ。さっきは夏紀に熱烈なラブコールを届けていたように感じたけど、気のせいだったかな〜」

 

はっはははは、面白れぇなこの先輩。ぶん殴ってやろうかと思った。まぁ女子に暴力を振るポリシーはないし、冗談として受け流せる余裕があったので俺は空々しい笑みを浮かべて言った。

 

「面白い冗談ですね。しかしですね。それは単なる勘違いですよ。中川とは友人ですけど、それ以上の関係ではありません」

 

「え〜。つまんないな〜。夏紀ちゃんは神崎君のこと気になっているみたいなのに?」

 

「いやいや、まさかそれはないですよ」

 

「本当だけど?」

 

「………」

 

マジですか…。

あんまりにも真面目な顔をするもんだからちょっとだけ信じて喜んでしまった。

それがいけなかった。多分、顔に出た。

 

「まぁ、勿論嘘なんだけど、わかりやすいね君 」

 

田中先輩はニヤニヤとした笑みを浮かべて言った。

俺としたことが、なんて馬鹿げた手に引っかかってしまったのだろう。別にポーカーフェイスであることを信条にしている訳ではないが、これには苦笑を浮かべざるを得なかった。

 

ただ、俺はやられっぱなしで終わる性格ではなかった。何か意趣返しする方法はないものかと考えてみること0.5秒、俺にはこの状況をひっくり返す必殺兵器を持っていることを思い出した。これは機会があれば岸部か岩田辺りに使おうと思っていたが出し惜しみはできまい。

 

俺は制服の懐に入れていた財布を抜き出すと、その中からすっと一万円札を取り出した。そして弱々しい敗北者のように腰を屈めると一万円を差し出しながら言った。

 

「どうか、お納め下さい!」

 

「まさかの買収 ‼︎」

 

これには田中先輩も驚きだった。まさかの一万円の登場。彼女は面白そうだから揶揄ってみたに過ぎず悪意があったわけではない。しかし、目の前の後輩はまるで怖い先輩にカツアゲをされているかのように弱々しく震えていた。流石の田中先輩も困惑したようだった。

 

「いやいや、ちょっと揶揄ってみただけだから、そんな本気にならなくても」

 

「それなら、せめて、ここの端だけでもお持ちください」

 

「え、こう?」

 

田中先輩は言われるがままに一万円札の端を摘んだ。俺はそれを自分の方に引っ張ると一万円札はバラバラに解けて、五枚の紙が吊るされた一本の紐となった。五枚の紙には『騙・さ・れ・た・笑』との文字が一文字づつ書かれている。

 

「えぇ…」

 

田中先輩は苦笑いを浮かべていた。そんな彼女に構うことなく、俺はその場でくるりと回って朝に岸部がやってた決めポーズをして言った。

 

「さて問題です。一体どこまでが嘘だったでしょーか?」

 

「えーと「答えは秘密です」

 

「まだ答えてないのに‼︎」

 

俺はすかさず答えた。問題は出したが答えを聞くとは言っていない。この手の人種を相手にするのに大切なのはペースに乗せない事である。だから、俺は畳み掛けるように言った。

 

「それでは下校時間が近いので帰ります」

 

「ちょっと、これどうするの ⁉︎ 」

 

そうして俺は帰ろうとした。

ただ田中先輩は持たされたままの小道具の処理に困っているようだったので、付け加えて言っておいた。

 

「あげますから捨てるなり誰かに試すなりお好きにしてください。それではお疲れ様でした〜」

 

それから俺は呆然とした田中先輩を残して、足早に楽器室から離れて行った。

 

よし勝った。いや、正確には戦略的撤退なので勝ったもクソも無いのだが、とりあえずは中川の件を有耶無耶にできたので良しとした。まぁ、また後日追求してくる可能性もなきにしもあらずだが、先輩の性格的に考えて、その可能性はほとんどないだろう。

 

おそらくだが、先輩が俺に声をかけてきた目的は色恋沙汰に興味があったというよりかは自分のパートの後輩の繋がりを確認するためだ。そして先輩は必要最低限の情報を手にできたようなので、もう関わってくることはないだろう。

 

俺は田中先輩をそう見ていた。

 

普段の振る舞いから薄々感じていたけど、実際に会話してみるとよく分かった。あの先輩からは嫌な匂いがする。中川の直属の先輩であるから、敵対こそはしたくなかったが、無闇に近寄りたくないのが本音だった。

 

 

 




オリキャラを出したけど本編開始までには退場させるので許してください。
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