甘粕正彦は鬼と人の勇気が見たい。   作:ζ+

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※オリ主注意


01.「殺鬼事件」

 私にはヒトとか鬼とか、違いが分からない。

 それは、あまりにも鬼に触れすぎたせいでもあるし、私自身、両方の血が流れているからかもしれない。

 ヒトの父と、鬼の母。

 私はそんな二人に愛され、育ってきた。

 なぜ人を喰らう鬼がヒトを求めたのか。

 なぜ餌でしかないヒトが鬼を愛したのか。

 私は両者の関係について、知れば知るほど分からなくなっていったが、まぁ、そんなものは当人たちの間で分かってればいいと思う。

 

 とにかくその結果として私たちが生まれた。

 

 そして、私たちは知っていた。

 母から、本来鬼はヒトを食い、日光を嫌うこと等、鬼について。

 父からは、名高い重工系企業の社長令嬢としての振る舞い方と、同時にヒトの醜さを――ヒトとして生きるための全てを。そして、体術と、その基礎たる呼吸(・・)をも学んだ。

 

「ねえさん」

 

 親子4人で、鬼とか人とか関係なく暮らす日々。

 きっとそれらは、幸せな時間だったのだろう。

 だから時よ止まれ。時よ止まれ。

 この刹那を永遠に――

 

「ねえさん起きて」

 

 そう、この微睡みも永遠にッ! 

 

「いや起きてるよね、もぞもぞ虫みたいにうごいてんのわかるよ……だから、ごめん。遅刻しないためにも、こうするしかないんだ」

 

「うひゃっ!?」

 

 さ、寒い。

 凍えるように寒い。

 というか、雑な扱いに心も寒い。

 

「もうだめだ……私はここで行き倒れちゃうんだ」

 

「布団剥がしただけなのに、何言ってるの……って、下着で寝るのやめなよ」

 

「あ、あと5分……」

 

「風邪引くよ、ほら朝ごはんもできてるから」

 

 止めの冷静なツッコミ。

 だけど風邪引いたら、布団奪ったの信明(のぶあき)だから、君のせいだぞ。

 

 

 

 ***

 

 

 

「さぁ、行くよ、信明。ちゃんと()飲んだ? 忘れ物はない?」

 

「ホントにねえさん、寝起きが残念すぎるよね……普段はしっかりしてるのに」

 

 う、うっさいし。

 

「っよし、鍵も掛けたし大丈夫だよ。父さんも取り調べで帰ってこないだろうし、施錠はしっかりとしないとね。荷物はもう陸軍の方へ送ってもらってるし、甘粕大尉への書状もある。もう大丈夫だよ」

 

 そう、私たち、桑島(くわじま)みずきと桑島信明の姉弟は今日から陸軍にお世話になる。

 しばらく、いや、ひょっとしたら一生この屋敷には戻ってこられないかもしれない。

 

「そう、じゃぁ行きましょうか……行ってきます」

 

 理由は簡単。

 私たちの存在が見つかったからだ。

 鬼は、鬼の血を持つものは人間社会では脅威とされる。

 故に、軍の監視下となるのだ。

 

 事の発端は、数日前。

 私の母が殺され、その容疑者の祖父が失踪したことに始まる。

 

 つまらない話だ。

 鬼と結婚した父、その祖父は何らかの鬼狩りの組織に属していたらしい。

 当然父は祖父の事を知っていたが、鬼である母を”奴ら”の一味である祖父に会わせる訳にはいかなかった。

 

 元々、父は祖父と仲が悪い。

 幼少期山に隠り、鍛練する日々が嫌になって父は、反抗する形で町へ出た。

 そして、薬学を極め、火薬の製造に始まり、今では小銃や、蒸気機関車、『無限列車』を始めとする機械を設計、製造する、桑島重工を立ち上げ、帝国の軍需産業の筆頭として成功していた。

 そんなある日、祖父が山から出てきた。

 理由は分からない。大方、家族が恋しくでもなったのだろう。

 父の名は今や調べればすぐに出てくる程……長らく疎遠であったとしても、すぐに見つけられた筈だ。

 父は来訪者の名前を聞いて焦った。

 

『通せ。あの頑固じじい、今更何をしに……』

 

 数十年ぶりの再開。

 父がどんな話をするのかは気になったが、結局教えてくれなかった。

 私は玄関で、初めて祖父に会ったのを覚えている。

 

『そうか、お主らは奴の娘と息子か』

 

『はい、みずきと申します。こっちは弟の信明(のぶあき)

 

『こんばんは、父がお世話になってます』

 

『お父様の部屋まで案内します、こちらへどうぞ』

 

 私の第一印象は、白い髭の目付きの悪いお爺ちゃんといった感じだった。

 頬の傷は歴戦の戦士といった佇まいで、三角の模様が散りばめられた、イチョウの色をした着物と、腰にさした刀が特徴的だった。

 私たちよりも背が頭一つ分小さいながらも、その圧、存在感がとても強い。

 

『儂は桑島慈悟郎(じごろう)、お主らの父の父、お爺ちゃんじゃ。まさか、孫がいたとは驚いたわい』

 

『え、お爺ちゃん?』

 

『ねえさん、口調』

 

『いいって、身内じゃん!』

 

『それでもお客様。父さんがまた煩く言うよ』

 

『成金がよく言うぜい。そんなお嬢様を演じる方が滑稽ですことよ?』

 

『……まぁ、確かに?』

 

『ほっほっほ、仲が良いの』

 

 自慢ではないが、そこそこ大きい屋敷なので、部屋につくまで少し話をした。

 こうして話していると、厳しくもお茶目なおじいちゃんという印象が強い。

 だが、父の部屋を目前として、その雰囲気は一変する。

 

『案内感謝する。儂は奴と話がある。お主らと会ってさらに話すことが増えた。長くなるじゃろう。今夜はもう遅いから、戻って寝なさい』

 

 私たちは安心しきっていた。

 そのまま言われるがまま、自分たちの部屋に戻る。

 

『お爺ちゃん、"呼吸"をしてた』

 

『え? 呼吸は普通にするものじゃない』

 

『全集中の呼吸だよ。ねえさんだって、気付いてたでしょ?』

 

『え、あ……あっ! 当たり前じゃん』

 

『きっと、父さんに体術とか教えたのがお爺ちゃんだ。だけど、父さんは呼吸しか知らないっぽかった。今、お爺ちゃんがやってた、ずっと全集中の呼吸をするなんて考えもしなかったよ』

 

『えぐいね。あれしんどいのに。私たちなんか学園の行事くらいでしか使わないよね。マラソンとか』

 

『それでねえさん、”無敵の生徒会長”だなんて呼ばれてるんだ。おかしいと思ってたんだ、ねえさんは運動音痴なのに。セコイね』

 

『なんだとぉ。ボロクソいうなし! 私ら薬で鬼の力なんて抑えてるし、むしろ日光に弱い貧弱な人間だよ? 使えるもん使わなきゃ』

 

 私たちはこのころから薬を服用していた。

 元々は母の"衝動"を押さえるために調合されたものらしい。

 これによって、人を食いたいという衝動に駆られることなく、普通に暮らせる。

 とはいえ、それは私たちの話。

 母は鬼そのものなので、ここまで効果がでない。

 今は加えて父の血を飲むことで理性を保っているそうだ。

 もし、その血で満足できなくなってしまったら――なんて、考えたくもなかった。

 きっとその時は、薬学にも長けている父がなんとかするだろう。

 父は優しく、頼りになる人だ。

 だからきっと、大丈夫。

 

 翌日。

 私たちの日常は、ここで終わった。

 

 屋敷内で黒いハエが飛んでいるなんて珍しいなぁと思いながらも歩を進めると、お爺ちゃんはもういなかった。

 代わりに待っていたのは――地獄だ。

 

『どうして、どうしてこうなった……だけど、くそっ、何かまだ手はあった筈なんだ……』

 

 私たちの目の前には、首を切り落とされた母の姿と、それにすがり付く父の姿。

 母は大部分が灰になっており、その亡骸は原型が今なお崩れていっている。

 近くには血に塗れた、黄色い刀身の刀が転がっていた。

 

 私には何が起こったのか咄嗟に理解できなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 気が付いたら、もう日が沈み、私はベッドの上に転がっていた。

 

 父が運んだのだろう。

 散々泣き喚いて、力尽きたのだろう。

 この屋敷には、私たち家族4人……3人以外は誰も住んでいない。

 

 私は父の書斎に向かった。

 この夜の時間も、父は家族のために仕事をしている。

 まだ起きているかはギリギリの時間だった。

 

『みずき』

 

 そこには、目を腫らした父の姿があった。

 

『よく聞きなさい。これから忙しくなる』

 

 父が話すにはこうだ。

 

 鬼に対する警戒として、帝国は陸軍の秘密部隊によって、国の重要人物とその家族、親族をマークしている。

 父は軍事産業において要所のメーカーの社長だ。言うまでもなく厳しいチェックが入るだろう。

 この死体が残らなかった母の死、この意味は大きい。

 母が鬼であったと言っているようなものだ。

 ゆえに警察ではなく、その部隊が調査にくるとのこと。

 そして、一番大事なのは――

 

『みずき、信明。二人の身柄を帝国陸軍に預ける』

 

『ッ! どうして!』

 

『鬼と人間の子供。奴ら(・・)に知れたなら必ず殺しにくる。私の父が妻を殺したように。彼らは病的に鬼を憎んでいる。すでに知られている可能性がある以上、ここは危険だ』

 

『え、でも私たちは何も悪いことしてないよ』

 

『その通り。私がそれを一番よく知っている。心配するな、その特務部隊の指揮は、私の古い友人がとっているのだ。彼は信頼出来る。もう、奴らに私の家族は殺させない。これは君たちを守るためだ』

 

 その後、本当に警察や憲兵でない、黒軍服の集団が私の家の調査と、私たちへの聴取を行った。

 

 なぜ母は死ななければならなかったのか。

 なぜ母が死んだというのにお爺ちゃんはどこにもいないのか。

 "奴ら"とは何だ? 

 

 そんなモヤモヤしたものを抱えながら、今に戻る。

 

 




※第2話
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