甘粕正彦は鬼と人の勇気が見たい。   作:ζ+

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02.「姉弟」

「日光がキツイな……」

 

「え、そう?」

 

「うん、まだ昼間ほどではないんだけどね」

 

 私と信明は早朝、日が昇ってすぐの街道を歩いている。

 

「ねえさんは母さんの血が薄いから……まぁ、僕も普通の鬼に比べたら、日の下を歩けるだけましだけど」

 

 私と信明を比べると、確かに私の方が鬼の血は薄いらしい。

 それは、今このように日光の下でよくわかる。

 私は日焼け止めのクリームを塗れば肌がチリチリと痛む程度で済むが、信明はそうはいかない。

 鬼の特徴として、日光に極端に弱く、太陽光が当たったところは炭化してしまうというものがあるが、弟はそれが顕著に出てしまう。

 通常の衣服で肌を隠せば死にはしないが、それでも長時間の日光は布越しでも毒になる。

 血が沸騰し、皮膚が火傷した後のように爛れ、じわじわと痛みが全身に回り、強くなっていく。

 そのうち、炭化が始まり、その恐怖は何事にも言い換えられないものがある。

 もちろん、そんなの直視できないだろうが、感覚で自らの体が崩れていく様が分かってしまうだとう。

 正気を保てるわけがない。

 そのため、信明は学園の体育系の種目や学外活動は不憫にも見学が多かった。

 

「ねえさん、憐れんだ目はよしてくれ」

 

「あ、いや……そういうつもりじゃ」

 

「……分かってる、冗談だよ」

 

 実際、外で自由に動ける分、筋肉量や体力では私の方が上だ。

 その点を弟は引け目を感じているらしい。

 時代は、男性こそが社会を回し、家を守る大黒柱と主張する"太正"の世。

 男性は力強さの象徴という世の中では、気にしてしまうのも仕方の無いことだろう。

 

「信明」

 

「……ん?」

 

「私はね、別に"強い人が好き"なんてこと言わないから」

 

 思わず私の口から出たのは、私にも思いもよらぬ言葉であった。

 

「なにそれ、どうしたの急に」

 

「いや、なんでだろ……言わなきゃいけない気がして。ちゃんと今の信明のことが好きだよって」

 

「えっ、ちょ……はっ?」

 

 そして、なぜだろうか。

 脳裏にチラつくのは、■■■■。

 その大罪、ゆえに全力を出さないことがあってはならないと。

 

 ……ん? 

 なんか信明が赤面してる。

 って、私何言ってんだ! 

 

「ち、違うの! 違わないけど、違うの!」

 

「は、はぁ?」

 

「ま、まぁ、とにかく。これからも信明を頼るし、姉弟揃って、このよくわからん状況を突破しようってこと! さぁ、いくよ!」

 

 分からないものは分からない。

 不思議な感覚ではあったが、そんなものを振り払い歩を進めた。

 

「あ、ねえさん腕引っ張らないで。そんな急がなくても」

 

「早く着いて、目的地周りで美味しい店でも探せばいいのさ」

 

「こんな朝っぱらから空いてるとこないよ……」

 

「……お、そうだな」

 

 

 

 ***

 

 

「……場所、あってるよね?」

 

「……住所は合ってる。ここだね」

 

 私たちは目の前にある建物に驚き立ち止まって眺めていた。

 絶妙に信明と目線が交わらないというか、動きがぎこちないのは気のせいだろうか。

 

「おい、君たち。ここは憲兵隊指令部だぞ。何か用かね?」

 

 何か怪しむような目で私たちに声を掛けてきたのは、軍服に身を包んだ角刈りの初老の男性だ。

 老いを感じさせぬ鋭い眼光は、その引き締まった大きな体格も相俟(あいま)って片目からのみでも私たちを萎縮させる。もう片方、左目には眼帯をつけていた。

 

「あ、あの。私たち甘粕大尉に会いに来まして……」

 

「甘粕大尉に……? 今奴は浅草で起きた事件の調査に出ているぞ」

 

「え!?」

 

「僕たちは今日ここに来るよう言われていたのですが」

 

「ふむ、とすると桑島(くわじま)姉弟かね」

 

「はい、あなたは一体……?」

 

「まぁ、来なさい。中で待つといい」

 

 そう言って、男は敷地内を歩いていく。

 少し進んだところでちらりと様子を伺うことから、どうやらついてこいとのことらしい。

 素直に私たちは従った。

 

 中に入ると、門番の憲兵や、通り過ぎる職員の人たちが皆、男に敬礼を欠かさない。

 まるで重鎮のようだ。

 何者なのだろうか? 

 

「私は陸軍中将、甘粕重太郎(しげたろう)という。君たちの言う、甘粕正彦を"特務部隊"の隊長に任命した者だよ」

 

「ええ!?」

 

 マジもんの重鎮だった。

 中将と言えば、軍の中核にいる人物を指す。

 しかも"特務部隊"の人員を決めれるほどの。

 

「では、僕たちが"何なのか"もご存知と?」

 

「勿論。そして、大尉と君たちの父親、桑島社長が懇意にしていることもね」

 

「なるほど」

 

 中将は深く掘り下げようとしなかった。

 言外に、ここで話すことではないと圧をかけているようだ。

 

「珍しい名字のような気がしますが、意外と多いものなんですね」

 

「いや、正彦は従弟だよ。だから身内贔屓(びいき)と言われても結構。実際、彼は優秀な男だからね」

 

「親戚ですか」

 

「あぁ、故によく知っていた。彼はまるで情熱をどこかに忘れた機械のような男だった。あらゆる業務を忠実に、淡々とこなし、急な変化やトラブルをとことん嫌っていたなぁ。彼が当時、若くして特高警察憲兵中尉まで登り詰めたのは、一重にその勤勉さからだろう」

 

「中尉……?」

 

「うむ、任命した当時はな。今は調査による各種功績で大尉だ」

 

 やっぱりどんな組織でも、コネっていうのは大きいのだろうか。

 大尉とは会ってないから雰囲気は分からないが、親戚がトップに立っているなら目もかけられるし、昇進もしやすいのかもしれない。

 真面目な人物だったのなら、とても良い環境だろう。

 

「しかし、私が隊の指揮官、鬼の調査を命じてから全て変わった。やれ輝きが見たいだの、人の希望を信じるなど、まさに生まれ変わったかのように生き生きとし始めたのだよ」

 

「へぇ……?」

 

 なんだろう。

 背筋がぞわぞわっとする。

 真面目な人物じゃなかったのか。

 なぜにトンチキなことを言い始めてしまったのか。

 

「立場は人を変えると言うが、それで成長してくれたというのは嬉しいものだねぇ。今の彼の方が断然面白い。それから、『我も人、彼も人、故に対等』だったかな。彼はこの言葉が好きなようで、信念とするようになったようだ」

 

 あ、でも大丈夫そう。

 聞く感じ、人格者っぽい様子だ。

 先程のぞわつく感覚は気のせいだろう。

 

「ねえさん大丈夫? 顔色が青くなったり赤くなったりころころ変わってたよ」

 

「だ、大丈夫だよ。大丈夫。気にしないで」

 

「少し歩き疲れてしまったかな? もう着いたから、この部屋で座ってなさい。飲み物は……確か、アイスティーしかなかったはずじゃが、よかったかの?」

 

「お気遣いありがとうございます、お願いします」

 

 では少し待っておれと言われ、私たちは部屋で待つこととなった。

 長いテーブル1つに、向かい合って乱雑に椅子がいくつも並べられている。そして正面には大きな黒板がドンと備え付けられており、近くには中型のモニターも置いてある。

 なるほど、ここは会議室のようだ。

 

 よほど慌てて出ていったのだろうか。

 その黒板には、乱雑にチョークの跡を消したようでうっすらと文字が読めてとれた。

 

「ッ! ねぇ、信明。これ……」

 

「うん。『浅草』、『鬼』、『耳飾りの少年』……あとは、『集団幻覚』か」

 

「かろうじて読み取れるのはそれぐらいだね。浅草ってことは、甘粕大尉が不在の理由はこれかな」

 

「そうだね……鬼は思う以上に身近にいるのかもしれない。死人が出てないといいけど」

 

「鬼が出た以上、残念だけど難しいでしょう。私たちの母さんが使っていた薬さえあればこんなことも……」

 

「そうだね。でも、仮に衝動を押さえられても、それまで喰ったという事実は消えない。遺されたヒトは恨むだろう。"殺人"に変わりはない」

 

「信明、それは正しいけど間違ってる。母さんはいつも言ってた。その罪は忘れてはいけないって。懺悔し、心を入れ換えるなら許すことも必要だよ。それに、私たちが許さなくちゃ、母さんを否定することになるんだよ?」

 

「それも一理ある。それなら、母さんを殺した奴をねえさんは許せるのかい? 悔い改めて、泣いて懺悔したら許すの?」 

 

「私は――」

 

 犯人は……いや、あの夜のことを考えれば自明だ。

 それは身内だからかもしれないが、それだけではないことも確かだ。

 この争い。

 鬼とヒト。

 殺しあっていては、いつまでも終わらない。

 お互い、生きているのだ。話せるのだ。

 獣ではない。

 薬もあることだし、きっといつか和平を締結できる筈だ。

 

「だから許すよ。それでも」

 

「そうか……ねえさんはそう考えるのか。でもごめん、僕は許せない。僕たちの平和を奪ったんだ。報いは受けさせる」

 

「信明……」

 

「勿論、僕も裁かれるべき存在だ。見ず知らずの人を喰った母から生まれた」

 

「そんなの、辛いだけだよ……ぐるぐると回って、終わらない」

 

「いいんだよねえさん。ねえさんの分の罪は無いに等しい。本当はねえさん、薬がなくたって衝動をコントロールできてるんでしょ。なら、ヒトとおなじだよ。母さんの罪、もとい鬼としての罪は僕が背負うものだ」

 

「やめてよ信明ッ! そんな悲しいこと言わないで」

 

 信明はいつのまにこんなことを考えるようになったのだろう。

 考え方は私とは対極にあるように感じる。

 その考えの根底にはみずき()信明()体質的なの違いにある。

 それは事実だ。

 でも、私たちは家族。

 絶対に一人で背負わせたりなんかしない。

 

「私だって母さん()の子供。悪いけど、信明がそう言うなら、その罪は私が貰ってくわ」

 

「え?」

 

「知ってる? 古来より姉のものは姉のもの。弟のものは姉のものと決まっているの」

 

「そんな横暴な……なら、弟の人権は一体……?」

 

「そんなものないわ!」

 

「えぇ……そんなこと言うなら、僕はねえさんの分まで恨んじゃうよあ?」

 

「構わないわ、好きにして。私たちはこの世で唯一、鬼とヒトの子供。その全てを分かち合って何が悪いの」

 

「無茶苦茶だよ」

 

「それが私、桑島みずきよ」

 

 

 




中将は実在した人物を参考にしています。
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