「日光がキツイな……」
「え、そう?」
「うん、まだ昼間ほどではないんだけどね」
私と信明は早朝、日が昇ってすぐの街道を歩いている。
「ねえさんは母さんの血が薄いから……まぁ、僕も普通の鬼に比べたら、日の下を歩けるだけましだけど」
私と信明を比べると、確かに私の方が鬼の血は薄いらしい。
それは、今このように日光の下でよくわかる。
私は日焼け止めのクリームを塗れば肌がチリチリと痛む程度で済むが、信明はそうはいかない。
鬼の特徴として、日光に極端に弱く、太陽光が当たったところは炭化してしまうというものがあるが、弟はそれが顕著に出てしまう。
通常の衣服で肌を隠せば死にはしないが、それでも長時間の日光は布越しでも毒になる。
血が沸騰し、皮膚が火傷した後のように爛れ、じわじわと痛みが全身に回り、強くなっていく。
そのうち、炭化が始まり、その恐怖は何事にも言い換えられないものがある。
もちろん、そんなの直視できないだろうが、感覚で自らの体が崩れていく様が分かってしまうだとう。
正気を保てるわけがない。
そのため、信明は学園の体育系の種目や学外活動は不憫にも見学が多かった。
「ねえさん、憐れんだ目はよしてくれ」
「あ、いや……そういうつもりじゃ」
「……分かってる、冗談だよ」
実際、外で自由に動ける分、筋肉量や体力では私の方が上だ。
その点を弟は引け目を感じているらしい。
時代は、男性こそが社会を回し、家を守る大黒柱と主張する"太正"の世。
男性は力強さの象徴という世の中では、気にしてしまうのも仕方の無いことだろう。
「信明」
「……ん?」
「私はね、別に"強い人が好き"なんてこと言わないから」
思わず私の口から出たのは、私にも思いもよらぬ言葉であった。
「なにそれ、どうしたの急に」
「いや、なんでだろ……言わなきゃいけない気がして。ちゃんと今の信明のことが好きだよって」
「えっ、ちょ……はっ?」
そして、なぜだろうか。
脳裏にチラつくのは、■■■■。
その大罪、ゆえに全力を出さないことがあってはならないと。
……ん?
なんか信明が赤面してる。
って、私何言ってんだ!
「ち、違うの! 違わないけど、違うの!」
「は、はぁ?」
「ま、まぁ、とにかく。これからも信明を頼るし、姉弟揃って、このよくわからん状況を突破しようってこと! さぁ、いくよ!」
分からないものは分からない。
不思議な感覚ではあったが、そんなものを振り払い歩を進めた。
「あ、ねえさん腕引っ張らないで。そんな急がなくても」
「早く着いて、目的地周りで美味しい店でも探せばいいのさ」
「こんな朝っぱらから空いてるとこないよ……」
「……お、そうだな」
***
「……場所、あってるよね?」
「……住所は合ってる。ここだね」
私たちは目の前にある建物に驚き立ち止まって眺めていた。
絶妙に信明と目線が交わらないというか、動きがぎこちないのは気のせいだろうか。
「おい、君たち。ここは憲兵隊指令部だぞ。何か用かね?」
何か怪しむような目で私たちに声を掛けてきたのは、軍服に身を包んだ角刈りの初老の男性だ。
老いを感じさせぬ鋭い眼光は、その引き締まった大きな体格も
「あ、あの。私たち甘粕大尉に会いに来まして……」
「甘粕大尉に……? 今奴は浅草で起きた事件の調査に出ているぞ」
「え!?」
「僕たちは今日ここに来るよう言われていたのですが」
「ふむ、とすると
「はい、あなたは一体……?」
「まぁ、来なさい。中で待つといい」
そう言って、男は敷地内を歩いていく。
少し進んだところでちらりと様子を伺うことから、どうやらついてこいとのことらしい。
素直に私たちは従った。
中に入ると、門番の憲兵や、通り過ぎる職員の人たちが皆、男に敬礼を欠かさない。
まるで重鎮のようだ。
何者なのだろうか?
「私は陸軍中将、甘粕
「ええ!?」
マジもんの重鎮だった。
中将と言えば、軍の中核にいる人物を指す。
しかも"特務部隊"の人員を決めれるほどの。
「では、僕たちが"何なのか"もご存知と?」
「勿論。そして、大尉と君たちの父親、桑島社長が懇意にしていることもね」
「なるほど」
中将は深く掘り下げようとしなかった。
言外に、ここで話すことではないと圧をかけているようだ。
「珍しい名字のような気がしますが、意外と多いものなんですね」
「いや、正彦は従弟だよ。だから身内
「親戚ですか」
「あぁ、故によく知っていた。彼はまるで情熱をどこかに忘れた機械のような男だった。あらゆる業務を忠実に、淡々とこなし、急な変化やトラブルをとことん嫌っていたなぁ。彼が当時、若くして特高警察憲兵中尉まで登り詰めたのは、一重にその勤勉さからだろう」
「中尉……?」
「うむ、任命した当時はな。今は調査による各種功績で大尉だ」
やっぱりどんな組織でも、コネっていうのは大きいのだろうか。
大尉とは会ってないから雰囲気は分からないが、親戚がトップに立っているなら目もかけられるし、昇進もしやすいのかもしれない。
真面目な人物だったのなら、とても良い環境だろう。
「しかし、私が隊の指揮官、鬼の調査を命じてから全て変わった。やれ輝きが見たいだの、人の希望を信じるなど、まさに生まれ変わったかのように生き生きとし始めたのだよ」
「へぇ……?」
なんだろう。
背筋がぞわぞわっとする。
真面目な人物じゃなかったのか。
なぜにトンチキなことを言い始めてしまったのか。
「立場は人を変えると言うが、それで成長してくれたというのは嬉しいものだねぇ。今の彼の方が断然面白い。それから、『我も人、彼も人、故に対等』だったかな。彼はこの言葉が好きなようで、信念とするようになったようだ」
あ、でも大丈夫そう。
聞く感じ、人格者っぽい様子だ。
先程のぞわつく感覚は気のせいだろう。
「ねえさん大丈夫? 顔色が青くなったり赤くなったりころころ変わってたよ」
「だ、大丈夫だよ。大丈夫。気にしないで」
「少し歩き疲れてしまったかな? もう着いたから、この部屋で座ってなさい。飲み物は……確か、アイスティーしかなかったはずじゃが、よかったかの?」
「お気遣いありがとうございます、お願いします」
では少し待っておれと言われ、私たちは部屋で待つこととなった。
長いテーブル1つに、向かい合って乱雑に椅子がいくつも並べられている。そして正面には大きな黒板がドンと備え付けられており、近くには中型のモニターも置いてある。
なるほど、ここは会議室のようだ。
よほど慌てて出ていったのだろうか。
その黒板には、乱雑にチョークの跡を消したようでうっすらと文字が読めてとれた。
「ッ! ねぇ、信明。これ……」
「うん。『浅草』、『鬼』、『耳飾りの少年』……あとは、『集団幻覚』か」
「かろうじて読み取れるのはそれぐらいだね。浅草ってことは、甘粕大尉が不在の理由はこれかな」
「そうだね……鬼は思う以上に身近にいるのかもしれない。死人が出てないといいけど」
「鬼が出た以上、残念だけど難しいでしょう。私たちの母さんが使っていた薬さえあればこんなことも……」
「そうだね。でも、仮に衝動を押さえられても、それまで喰ったという事実は消えない。遺されたヒトは恨むだろう。"殺人"に変わりはない」
「信明、それは正しいけど間違ってる。母さんはいつも言ってた。その罪は忘れてはいけないって。懺悔し、心を入れ換えるなら許すことも必要だよ。それに、私たちが許さなくちゃ、母さんを否定することになるんだよ?」
「それも一理ある。それなら、母さんを殺した奴をねえさんは許せるのかい? 悔い改めて、泣いて懺悔したら許すの?」
「私は――」
犯人は……いや、あの夜のことを考えれば自明だ。
それは身内だからかもしれないが、それだけではないことも確かだ。
この争い。
鬼とヒト。
殺しあっていては、いつまでも終わらない。
お互い、生きているのだ。話せるのだ。
獣ではない。
薬もあることだし、きっといつか和平を締結できる筈だ。
「だから許すよ。それでも」
「そうか……ねえさんはそう考えるのか。でもごめん、僕は許せない。僕たちの平和を奪ったんだ。報いは受けさせる」
「信明……」
「勿論、僕も裁かれるべき存在だ。見ず知らずの人を喰った母から生まれた」
「そんなの、辛いだけだよ……ぐるぐると回って、終わらない」
「いいんだよねえさん。ねえさんの分の罪は無いに等しい。本当はねえさん、薬がなくたって衝動をコントロールできてるんでしょ。なら、ヒトとおなじだよ。母さんの罪、もとい鬼としての罪は僕が背負うものだ」
「やめてよ信明ッ! そんな悲しいこと言わないで」
信明はいつのまにこんなことを考えるようになったのだろう。
考え方は私とは対極にあるように感じる。
その考えの根底には
それは事実だ。
でも、私たちは家族。
絶対に一人で背負わせたりなんかしない。
「私だって
「え?」
「知ってる? 古来より姉のものは姉のもの。弟のものは姉のものと決まっているの」
「そんな横暴な……なら、弟の人権は一体……?」
「そんなものないわ!」
「えぇ……そんなこと言うなら、僕はねえさんの分まで恨んじゃうよあ?」
「構わないわ、好きにして。私たちはこの世で唯一、鬼とヒトの子供。その全てを分かち合って何が悪いの」
「無茶苦茶だよ」
「それが私、桑島みずきよ」
中将は実在した人物を参考にしています。