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「――という訳でだ。特務部隊に入らないか?」
戻って来た甘粕中将に言われたのは、思いもよらないことであった。
「軍人として鍛え上げる。これは君たちの安全を守ることにも繋がるし、お客様扱いというのもつまらぬだろう。軍属ゆえの多少の不自由はあるかもしれんが、ある程度はなんとかしよう」
そう言って中将はアイスティーに口をつけた。
それを3人分持ってきたのは中将なのだが、将校が給仕の真似事をしているのはどうなのだろうか。
……と弟が聞いてしまったが、なんでも人手不足だそうだ。
ここで私たちが特務部隊に入れば、護衛の人手も省けるし、戦力も増やせるとのこと。
加えて、中将は普段、陸軍省参謀本部に努めているらしく、作戦概要や部隊構成に口出しできるらしい。
「私たちは民間人ですよ……?」
「うむ。しかし、"鬼"と同等の力を扱えるのなら色々と期待できる。隊の特色から、配属出来るのはある程度戦えるやつでないといけない。その点、君たちは伸び代が大きそうだ」
「結局、危ないことには変わりはない気が……」
「いや、変わらないなら入るべきだよ、ねえさん。中将、母を殺した容疑者、桑島
「ああ、消息は掴めていない……なるほど、確かにこの隊にいればいずれ見つけることも出来よう」
「なら、聞ける。なぜ母さんを殺し、刀を置いて逃げたのか。なぜ僕たちは生かしたのか。あなたたちの言う、"奴ら"なら鬼と見れば見境なく殺すはず……なにか事情があるはずだ。それを知りたい」
「うむ、それもよかろう。さて、みずき君はどうかね?」
信明は先程、許さないと言った。
それを、"事情を知りたい"と、希望を持ってくれたようだ。
それならば私も、共に在るべきではないだろうか。
「私も、祖父を見つけたいと思います。1度しか会ってないけど、それでも母を殺すようなヒトじゃないって気がした。父も何か教えてくれないことがあるみたいだし、自分たちで問います」
「……ありがとう。君たちの勇気に感謝しよう。そして称えよう」
どこか噛み締めるように中将は言った。
「でも、1つ気になる点があります。鬼の調査をしているならまさに僕たちはモルモット。どうして、わざわざ隊への勧誘を?」
「知っての通り、桑島重工は今や国内の軍事産業の中核に位置する企業だ。当然、軍部との関わりは強い。私も君たちの父君とお会いしたことがある。子供思いの良い社長だった。そんな彼のご令嬢、ご子息を実験などに使えんよ」
そうか、桑島重工。
父の会社は軍と繋がりが深いのか。
だから甘粕大尉と友人で、中将とも会ったことがあると……
確かに軍需品だけでなく、鬼の研究という点でも、父さんは衝動を押さえる薬を作ってしまうくらいだし、親交は深いのかもしれない。
「では、申し訳ないが基礎訓練と軍人としての基礎学習は行ってもらうことになる。構わないかな?」
「「了解です」」
こうして、私たちの新しい日常が始まった。
……始まってしまった。
このときの私たちは思いもしなかった。
この選択が――いや、この運命が全て仕組まれていたことだと。
***
「……こんな朝早くから、来客ですか」
同刻、蝶屋敷。
本来ならば、蟲柱、胡蝶しのぶの私邸であるが、しのぶの意向により邸宅を、負傷した隊士の治療所として開放している。
いわば、鬼殺隊の病院だ。
故にこそ、鬼に絶対侵入されてはならないし、場所すら掴まれてはいけない。
今や、御屋形様の屋敷に次ぐ重要拠点の一つだ。
無論、そのために”地相学の権威”を呼び、藤の花も植え、咒的にも物理的にも鬼を寄せ付けない万全の防衛措置がとられている。
「師範?」
「カナヲ、日輪刀を持ってきなさい。アオイ達はカラスを。お館様に緊急事態と伝えてくれますか。その後は地下室へ」
「――ッ! はい!」
よって、そこへの侵入者があるならば――生きては返さない。
実際この場には下弦程度の鬼なら葬る、その戦力が存在した。
言うまでもなく、女主人、胡蝶しのぶ。
その後継者たる嗣子、
その他非戦闘員も多くいるが、しのぶの指揮能力の高さ故、だれもかれもが足を引っ張らないために、負傷員を抱え”逃げる”という選択肢を間違えなくとっていた。
***
「
何者にも絶対不可侵であるべき城を黒い放射能が蹂躙している。
堕とし、穢すことこそ我がすべてだと誇るように、億の
その侵攻は貴婦人をエスコートするように紳士的な静けさで、しかしどんな強姦魔をも上回る無恥と暴食の権化だった。
草木、花々が腐った。石畳が溶け崩れた。それがただ歩くだけで地面と塀に亀裂が走り、そこから汚らわしい黄ばんだ粘液がじくじくと滲み出ていく。
そうして塗り替えられた新たな意匠は――一言でいえば、便所だった。
人命救助の安らぎの空間が、一瞬にして汾陽のこびりついた便器のごとく穢れていくのだ。
「カナヲ、合図をしたら同時に行きますよ」
事実、その男は伴天連の僧衣に身を包んでいた。
聖像画を逆さにすることでパロディ化する騙し絵のような不遜さがあるものの、己は
曰く、
「師範!」
「ええ、見てましたよ。アレが今投げ捨てたのは……」
カナヲが思わず指をさしたその先には、一人のご老人。
神野がゴミのようにつまんで持ってきたソレを、道のわきに投げ捨てたのだ。
「……カナヲ、あの
「はい」
「技の後、すぐに回収してくださいね。では」
2人は屋根から飛び降り、その勢いのまま技を繰り出した。
「花の呼吸――
「蟲の呼吸――
カナヲは首を、しのぶは胴体に毒を叩き込むため、その穢れに突入する。
どちらかを防ごうとすれば、断首か、毒かで殺される。
故に必勝、そのはずだった。
「痛いなぁ」
結果は神野は防がず、すべてを受けた。
首が飛び、体には毒を流しこまれ、死に体だろう。
が、そのとき――首無し、穴あきの状態で、神野の腕が宙を薙いだ。
同時に発生した羽音のような振動が衝撃となり石畳を粉砕するが、そこには誰も存在しない。
「外した。見えないねぇ」
嘆息するように囁きながら、しかしそのときには再び五体復活している。
痛いというからには完全に無効かしているわけではないのか。
戯言しか弄さない口からそこを判別することは不可能だったが、今のところ神野が敵手を補足できていないというのは確かだった。
「カナヲ、その老人を抱えて離脱しなさい」
「でも師範……」
「急いで。これは下弦、いや上弦クラスのようです」
「分かりました。すぐ戻ります」
「いえ、やっぱりゆっくりでいいですよ。丁寧にお願いしますね。蟲の呼吸――
その間にも神速の攻撃は続いていく。
蝶のような軽やかな動きで、胸を、腹を、首を、眉間を――悉く急所に叩き込まれる一閃一閃。
毒の刃をねじ込んでいく。
それに伴い、神野の霧は微かながらも揺らぎ始めているような。
もしや今、悪魔は窮地に陥っているのか。そうともとれる状況ながら、しかし断言できないのは無貌に蠢く瞳の色。
変わらずすべてを嘲笑っている
「困ったなあ。どうしようかねえ。助けてくれよ。なあ、弱い僕を……」
泣き言めいたセリフを口にしながら、不吉な敬気配だけは増していく。
「うふ、ふははは、あはははははははははは___!」
爆発する嘲笑は、毒蜘蛛の大群となって空間を侵食する。
そんな穢れの奔流が女へと襲い掛かる。
「蟲の呼吸――」
だが、ひらりと舞う蝶の
数十万に達する蜘蛛の知覚と、その糸による網をすり抜けるなど不可能であり、まさしく消失したとしか思えない。
予想外の空振りに目をむいてたたらを踏む神野の挙動は、状態の異常さを無視すれば滑稽であり、笑いを誘う無様さであったろう。
「――
背後から神野を貫いた毒剣が、胸を突き破りその切っ先を覗かせていた。
何たる絶技による体捌きか、背中合わせに立つ女は毒蜘蛛の一匹たりとて踏んでいない。
「凄い突きだねえ」
「……どうして死なないんですか」
「ふふ、愛おしいほどの憎しみを感じるよ。いいねえ、いい笑顔だ。その顔のままもっと憎みなよ」
神野明影はその肉体に実体がない。
霧のような粒子であり、放射能のような穢れであり、蟲の集合体めいた罪と悪意の塊なのだ。
蟲柱と呼ばれるしのぶは、蟲に有効な毒でさえその鞘の中で調合できてしまうため、他の物理攻撃主体の”柱”と比べ、相性は悪くないだろう。
しかし、いくら毒の刃で一部を死滅させたところで、瞬きする間に補充される。
「減らず口ですね。すぐに殺虫してあげましょう」
しのぶは体を思いっきりひねり刃を横に引き抜いた。
一方神野は切りさかれた瞬間にばらけ、人型を失い、また固まって渦巻く蛾の群れとなって、彼女の周りで狂乱の舞を踊る。
「あんめい、まりあ――ぐろおおォりああァァす」
その蛾の片目――複眼の全てには”壱”の文字が浮かんでいた。
ぜんぜん本編と関係ありませんが、
light作品新作の『シルヴァリオ・ラグナロク』発売まであと1日です!
楽しみっすねぇ(*´ω`*)