甘粕正彦は鬼と人の勇気が見たい。   作:ζ+

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04.「元凶」

 陸軍が鬼の存在に気が付き始めたのは、実は最近の話ではない。

 

 古来より、神隠しというのは国の伝承で言われてきていたが、それは自然災害やら社会情勢やら、大抵は不慮の"事故"でいなくなったからだ。

 当時は調査能力も今よりは遥かに劣っていただろうし、第一地元の有力者が小作人1人程度を気にするなんてあり得ない話だ。

 

 しかし、時代は移り変わり"太正"の世。

 戸籍で人々は管理され、その失踪すら事件として取り上げられるようになった。

 故に、警察機関と同等の活動をする陸軍省憲兵隊が"辿り着けない失踪事件"。

 その裏には何かがあるはずだと、軍部は第一の調査を行った。

 結果は言わずもがな。

 浮かび上がってくるひと食いの存在。

 ある夜化け物を見たという、他愛ない噂話。

 "ヒト喰いの鬼"という結論はとうに見えていた。

 

 しかし分かったとして、そんな馬鹿げた話、軍部として動くには根拠が薄い。

 第一、参謀本部の最優先事項は列強諸国に対抗するための"軍拡"だ。

 この調査も、実際には失踪という人的資材のロスの元凶を探るためのもの。

 背景にはあくまで戦力拡充の意があった。

 

 これ以上はコスト以上の効果は得られないと調査は打ち切られる、それが当然の流れである――筈だった。

 

 しかし、事態は大きく変わる。

 当時の陸軍少将、甘粕重太郎(しげたろう)が声をあげたのだ。

 

『全ての責任は私がとる。故に、その調査で得られた功績は独占させてもらおう』

 

 同僚達は鼻で笑っただろう。

 むしろ、この馬鹿げた調査をすることによって、結果がでなければ奴の評価が下がるだろうと、積極的に支持した者もいた。

 

 そんな中、重太郎だけは気付いていた。

 このチャンスを。

 神話に言われる未知なる力を手に入れられると。

 

 端的に言えば、重太郎は優秀なバカだったのだろう。

 当時、軍拡の限界をいち早く提言し、国の未来を憂う反面、この情勢を変える"神の一手"の存在を信じていた。そのあり得ないものこそ、手にいれたいと"本気"で想っていたのだ。

 このご時世、精神論者は多い。

 気合いだ、愛国心だ、誇りだ、熱量だ。

 それらがあれば、一騎当千の軍神にさえ成れる。

 そんな背景が無ければ、優秀な男とだけで終わったものの、彼はそれに当てられてしまっていた。

 

『重太郎さん(・・)、それで俺をその隊長に……? 久々に呼んだと思ったらそんなことを……馬鹿げている』

 

『正彦、これは決して盲信などではない。私は根拠があって言っている』

 

協力者(タレコミ)……ですか』

 

『そうとも、その協力者は――』

 

 ――神祇省(じんぎしょう)

 表向きは、天皇による祭政一致、ひいては神道の国家宗教化を目指す方針のために政府の関与を強めるための機関だ。

 しかし裏では、"陰陽術"やら"妖"など、オカルトじみた部類の全般を管轄している。

 陸軍から見れば、得体の知れない不気味な連中という認識だろう。

 

 この首領が話を持ちかけてきたそうだ。

 

『"鬼"はいる。()はそう言い切った。私にそれ教えることが、どういう理屈かわからぬが、うまくいくそうだ』

 

『なんですかそれは。神祇省(奴ら)陸軍省(俺たち)をバカにしている。妄想に取りつかれた非現実主義者達だ。信用できない』

 

『そこで"実物"を見せられては、どうしようもないだろう?』

 

『……まさか』

 

 そう、重太郎は魅せられた。

 斬っても、砕いても、焼いても、溶かしても……死なずに敵意を向けてくる檻の中の化け物――"鬼"。

 神祇省の首領は、部下3人を供に付け、”サンプル”を提示してきた。

 

『重太郎さん……あなたは、何を見ているのですか?』

 

『言わずもがな。鬼による"死なずの軍団"。戦場において、"食事"に困らぬし、"補給"も必要ない。ただ己を以て敵を制し、喰らい、強くなり続ける。我らが帝国の尖兵としてこれほど相応しいものはいない』

 

 食事は敵兵(ニンゲン)

 補給は、武器も使わねば死ぬことも無いため不要。

 陸軍として、これほど理想的な兵士()はいなかった。

 

『夢を見すぎだ。そんなもの、待っているのは地獄ではないか』

 

 だが、当時の甘粕中尉も馬鹿ではない。

 軍事兵器というものは、いつも自国だけが使うものではない。

 我々もヒトならば、相手もヒト。

 常に進歩し、同等なものを用意するのは必然なことであった。

 そこで待っているのは、不死者の殺し合い。

 死なぬからこその泥沼の戦。

 陸軍の一兵士として、中尉は反対した。

 

『地獄で結構。列強は今尚繁栄し続けておるし、帝国はそれに追い着けていない。まだ見ぬ"未来(あした)"の帝国のため、私がやらねばならん』

 

『そんな未来、絶望しかない! 申し訳ないが少将(・・)、俺は降りさせてもらう』

 

『変化を嫌う気持ちは分かる。だが、正彦、お前ほど優秀な者なら、このまま軍部がどこに向かっていくか検討がついているのだろう?』

 

『……それは』

 

 列強において絶えない"新型陸上兵器"の噂。

 他国由来の蒸気機関が発達する帝国の街並み。

 島国故の陸軍戦力が甘んじられていることへの焦りと、他国の技術に明らかに負けているという事実。

 そして、陸軍と海軍の不仲さゆえの、"本土上陸"への不安。

 

 あぁ、確かに。鬼という未知のモノへ執着するのは仕方のないことのように見える。

 

『そして進む先は……』

 

 今は国際情勢も落ち着いて、まさに平和な世の中だ。

 他国文化も多く流入し、同時に自国文化も広まりつつある。

 街を見れば、洋服と和服のカップルが歩く様子。

 後に"太正ロマン"と呼ばれる風景がそこにはあった。

 

 だが、軍拡は止まらない。

 皆知っていたのだ。

 今ある平穏は、嵐の前の静けさなのだと。

 それが意味するもの。

 その先に待っているのは――

 

『――大戦』

 

 言ったあと、苦虫を噛み潰したような表情になる中尉を見て、ニヤリと少将は笑った。

 やはり従弟は優秀だと。

 この駒は必要だと。

 

『もう多くは言うまい。陸軍憲兵中尉、甘粕正彦。貴公を鬼を軍部に取り込むための先駆け、"特務部隊"の隊長に任命する。まだ見ぬ"未来(あした)"のため、尽力せよ』

 

『……っ』

 

『帝国に"勝利"以外は許されない。敗戦国の末路は知っているだろう? それを踏まえ、軍人ならどうするべきか』

 

『……いいでしょう。拝命致します。あくまで”業務”として万全を尽くさせて頂きましょう』

 

『それでよい』

 

 最も、中尉――もとい、大尉のこの渋々の態度は、この後そう遠くない内に一変するのだが。

 それはまた別の話。

 

 

 

 ***

 

 

 

 そして時は今に戻る。

 

「中将閣下、いかがされましたか?」

 

「なあに、懐かしいことを思いだしてな」

 

 私は軍用ではない車に乗って、参謀本部へと戻る途中だ。

 運転しているのは、参謀本部直属の陸軍兵だ。

 そして隣には――

 

「しかし、ㇳヨ〇の自動車には敵わない。桑島重工(うち)も自動車に取り組もうとした時期はありましたが、こうも乗り心地の良いものは作れません」

 

 桑島社長。

 現在聴取という形で軍に保護されているその人であった。

 

「桑島重工には火器弾薬でお世話になっておりますからなぁ、そこは適材適所ですとも。そうそう、適材といえば――」

 

 私はあの姉弟のことを思い出す。

 ついさっきまで話、軍に属することを承諾してくれた鬼のことを。

 今頃は憲兵隊司令部の地下にある、特務部隊本拠地で書類処理やら訓練の準備をしていることだろう。

 あそこは私の教え子、特務部隊の副隊長に任せてあるから問題はない。

 

娘さん(みずき)は素晴らしい。鬼を許す。桑島社長の薬で人を喰いたいという衝動を抑られれば過去を不問にすると。その発想は私の描く未来(あした)に他ならんよ」

 

「中将閣下にそう言っていただけるとは、製造者(おや)として光栄です。わざわざ(サンプル)を薬漬けにし、調教して孕ませた甲斐があるというものです。して、弟の方は?」

 

「うぬ、あれはダメかもしれん。犯人を許さない、殺したいなどと、”普通”過ぎる憎しみに囚われておる。やはり、想定とは違う形で軍部に取り込んだのが仇となったようだ」

 

「犯人……えぇ、まさか私の父がこのタイミングでやってくるとは。完全に想定外ですね。お預かりしていたサンプルも殺されましたし、申し訳ない限りです」

 

「いや、社長があやまることではないとも。これは順調であったが故の、私の慢心でもある。これからはイレギュラーを常に大きく想定して動くとしよう。まぁ、今回のイレギュラーに限っては、弟くん(信明)には悪いが、すでに処理は済んでおるがな」

 

「処理、ですか」

 

「あぁ。姉弟(エサ)の周りを張っていれば、ほれこのとおり。待機させた特務部隊隊員の狙撃で一発よ。報告によれば、急所は外れたそうだがかなりの出血らしい。”一般人”なら、もう死んでいる頃じゃろう」

 

「そう……ですか」

 

「少し意外なのだが……不満かね?」

 

「いえ。元はといえば、刀を振るうことしか教えない、父への反骨心から私は成り立っています。それで、桑島重工を立ち上げましたから……なので、ああそうだ」

 

 桑島社長は、何かに気付いたかのような様子で目を閉じ、そして次に目を開いた時には、彼の心の中に、なんらかの整理がついたようだった。

 

「すみません、やはり満足ではないようです。最後は"あんな言葉"で別れるのではなく、認めてほしかった」

 

「……そうか」

 

「どうやら囚われているのは息子(信明)だけではなかったようです。私も、ここまできてようやく自覚しました……まったく、血は争えないとはよく言ったものです」

 

 彼はそう呟くように語る。

 

「すまんな、その後悔、私に預けてもらうぞ。ここまで来て、もはやお前の協力なしに未来(あした)はない。そのためにこれまで下地をつくってきたのだ」

 

「ええ、そうですね……すべてはまだ見ぬ未来(あした)のために」

 




全部こんなが悪い。

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