甘粕正彦は鬼と人の勇気が見たい。   作:ζ+

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※キャラ崩壊注意


05.「地下」

「4分50秒、に、さん……」

 

 あれから数日経った。

 私たちは憲兵司令部の地下、特務部隊の拠点で日々を過ごしている。

 中将が言っていたように、私たちが鬼である以上、政府非公認の鬼狩りに襲われても対応できるよう訓練を受けていた。

 ここである程度習熟すれば、外に自由に出る許可も貰えるし、任務につくことも許されるそうだ。

 

「し、ご……はい、お疲れ様」

 

「ハァ、ハァ……ふう。信明、どうだった?」

 

「だいたい4分54秒かな。すごいな、ねえさん。前回より2秒もはやくなってる」

 

「おぉ、そんなに。いつもより”呼吸”を意識したおかげかな」

 

「ねえさん、もともと運動神経いいしね。それで、”呼吸”――全身の細胞にに酸素を送って身体強化をすれば、こういうタイムがでるわけだね。僕はそううまくいかないから」

 

 ふと、信明の顔に影が差したような気がしたが……

 私の視線に気が付いたのか、すぐに微笑を絶やさないいつもの顔つきに戻ってしまった。

 

「あー、そいえば歩かなくていいの?」

 

「……おっと、そうだった。走ったばっかだし、ちょっと歩いてくるね」

 

「分かった」

 

 なんとこの地下拠点、陸上トラックがあるのだ。正確には、少し小さめの地下運動場といった感じだが。地面は校庭のように土を被っており、線を引いて走るコースを作っている。

 そこでこうして、1,500m走のタイムを測ったり、短距離、棒高跳び、走り幅跳び、投擲、砲丸投げ、ハードル走……と色々な種目も行っていた。

 いや、訓練のはずなのになんで陸上やってんですかね。

 課せられた鍛錬のメニューも、私の学園の陸上部のそれだ。

 まぁ、私としては慣れてるからありがたいんだけどね? 

 

「よし、片付けも済んだかな……あ、ねえさんおかえり。じゃあ戻ろうか。これ水……って、そんなぶんだくって、慌てて飲まなくても」

 

 うるせぇ、至福のひと時をじゃまするでないぞ、弟よ! 

 

「うぐ、うぐ、うぐ……ぷはぁ」

 

「どう? もう少しゆっくりしてく?」

 

「ふぃ~、ありがとう。もう大丈夫だよ」

 

 そう言って私はペットボトルを逆さにし、残っていた水を頭から全身に振りまいた。

 水の重さの後に感じるその冷たさに体がビクンと震えるが、やはり走った後の水浴びは格別だ。気持ちがいい。

 

「うし! 副隊長のところに戻ろっか」

 

「ねえさんなにやってんの、いきなり水なんか浴びて……ッ!?」

 

「え、気持ちいいよ?」

 

「いや、えと……そうかもしれないけど、そうじゃなくて」

 

「……?」

 

「その……服が」

 

「あっ」

 

 まさかと思い、信明の視線をたどって自身の身体をみれば――そこには納得の光景が広がっていた。

 

「透けてらっしゃる……」

 

 ランニングのために薄手の服を、というか学園の体操服をそのまま使っていたのだが、私がクールダウンのために浴びた水のせいで濡れ、体のラインが浮かび出るくらいぴったりと肌に張り付いていた。

 そして、胸のあたりはブラの色が透け、黒白(こくびゃく)の境目がハッキリと浮かび、なるほど我のことながらこれは扇情的すぎる。

 

「とりあえず……」

 

 未だに視線を逸らさない無遠慮な弟を見て、その方向へ一歩踏み込んだ。

 同時に、勢いのまま身体をひねり左足を軸として右足をしならせる。

 

「キャー、ノブアキサンノエッチー!」

 

「は? うごっフ!?!?」

 

 

 

 ***

 

 

 

「いや、おかしいでしょねえさん。なんで僕が蹴られるのさ!」

 

「えーと、女子力アピール? もしくは透けブラ凝視してた(へんたい)の矯正?」

 

「は? 大体、いつも下着姿で寝てるねえさんを、布団引っ剥がして起こしてるのは誰だと思ってるの。今更どうとも思ってないでしょ」

 

「いやぁ、なんも言い返せないっすねぇ……へへへ」

 

 ええ、そうですとも。

 いつもお世話になっておりますぜ、弟よ。

 朝は――だめ(・・)なんだ!

 マジ感謝感謝。

 

「なんで嬉しそうにしてんの。褒めてないからね」

 

「ごめんって、そう怒らないでよ」

 

 などと軽口をたたきながら――いや、信明を(なだ)めながら、私たちは測定記録、もとい日報の提出のため、地下拠点の唯一常駐いている副隊長の元へ向かっていた。

 当然着替えは済んでいる。

 私も信明も黒の軍服に袖を通していた。

 

 現在、特務部隊の規模は"小隊"。

 大体、人数で言えば30~60人所属していることになる。

 そこから、さらに4つに分隊を分け活動しているそうだ。

 

 第一分隊は、特務部隊隊長である甘粕大尉が直接指揮している。

 特に鬼と交戦が多く、精鋭を集めているとはいえ、死者も多くでているそうだ。

 鬼を殺した実績は当然一番だ。

 

 第二、第三分隊は兼任で、副隊長が分隊長として指揮をとっている。

 小隊規模で帝都全域、周辺までカバーすることは難しい。

 そこで、副隊長がこの憲兵隊司令部、地下拠点から指示を飛ばし、流動的な配置変更と、鬼の捜査を行っているそうだ。

 

 ……と言いつつ、実は第一分隊の配置に関しては、この副隊長が権限を持っているらしい。

 曰く、甘粕大尉はノリ(・・)が良すぎると。

 では、分析し、隊員同士の相性も踏まえ、完璧に部隊運用できるかと言えば、できなくもない。

 しかし、ノリで全部ぶち壊す。

 よって、仕方なく副隊長が大局を見て配置を決め、現場は大尉が動かすという形で収まったそうな。

 

 最後、第四分隊は中将が口出ししているとのこと。

 いったいどういうことなのかと聞けば、ここに配置された人員は防衛。

 すなわち、帝都の要所を守っている。

 確かに知恵の牙城、参謀本部が落とされれば軍としておしまいだし、政治の面でも守らなければならない施設は多いだろう。

 そういうものに口出し出来る立場にあるのは、関係者でいえば中将しかいない。

 まぁ、この辺深くツッコミと長くなるのでここまでにしよう。

 決して詳しくない訳じゃないぞ。うん。

 

「つまり、特務部隊は隊を4つに分けて、主に甘粕大尉が”攻撃”、今向かってる先にいる副隊長が2つの分隊分の人員を使って”調査”、最後、中将が主要拠点の”防衛”の指揮をしているってことだね」

 

「そうだね。そいえば、中将と副隊長以外、まともに話したことないよね、私たち。たまーに他の隊員の方が戻ってきてるの見るし、挨拶もするんだけど、すぐ出発しちゃうんだよね……」

 

「人手不足、そう嘆いてたね。信用に足り、かつある程度実力がある人となれば、見つけるのも大変そうだ。”人財”だなんて、よく言ったものだよ。それに、人が増えれば管理も難しい。実際、小隊規模の方がフットワークの軽さや機密性でいえば妥当なのかも」

 

「……信明、いつのまにそんな難しいこと考えるようになったの?」

 

「ねえさん、わざわざ忙しい中、副隊長が色々と教えてくれてるんだから聞いてあげなよ。あの人泣くよ? ただでさえブラックだ―だなんてぶつぶつ呟きながら、死んだ目で仕事してるのに」

 

「うぐ……いや、できないわけじゃないけど、暗記とか考察とか苦手で……信明、私の分まで頑張ってくれ」

 

「は?」

 

「いや、私の分まで――」

 

「は?」

 

「……スイマセン、善処します」

 

 二度目は少し食い気味だった。

 やっぱり少し、虫のいどころが悪いらしい。

 

「さて、着いたね。ここが副隊長のいる執務室だ。このまま軽い講義だろうし、ちゃんと聞いててよ。ちょっとねえさん、今日様子がおかしいから心配だけど」

 

「はいはい。でもそれを言ったら、信明だってキレ気味じゃない」

 

「え……」

 

 どうやら気付いていなかったという顔だ。

 まぁ、こんな地下での生活が続けばストレスも溜まるものかもしれない。

 

「ほら、眉間にしわが寄ってる。いいから入るよ」

 

「あ、うん」

 

 ドアをコンコンコンと叩くと、中からどこか気だるげな女性の声で、どうぞーと反応があった。

 

「失礼します」

 

 そう言って、私に引き続き信明が入室した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 その部屋を端的に表すなら、”汚部屋”であった。

 それは埃だらけという意味ではなく、無秩序に散らばった惨状から語れる。

 足の踏み場もないほど書類が散乱、あるいは雑に積み上げられ、人が進める獣道がギリギリあるかないかという具合だ。当然、本来それらを整理するための壁際の本棚などは、限界を超え、はみ出すほどぎっしりと詰まっている。

 しかし、一つだけ安全地帯が存在した。

 中央の大テーブルの上だ。

 その中央のテーブルにも当然書類が山済みではあるが、地図――ここ帝都とその周辺のもの――の上だけなにもなく、ハッキリと”駒”がどこに配置されているか、一目でわかった。

 いわゆる戦術マップだ。

 そして、部屋の最奥には大きな機械が、各種壁いっぱいに置かれており、いくつかのモニタには帝都の現在状況が映し出されていた。

 

 ここは、(くだん)の執務室。

 もとい、陸軍特務部隊の心臓だ。

 

 この部屋から各隊員へ指示が出されており、その隊員が集めた情報や、鬼との実戦データなど総てが存在する。

 そして、この部屋の主、真の部隊運用者である、特務部隊副隊長は――書類の山に埋もれて死んでいた。

 

「ちょっ、大丈夫ですか!?」

 

「信明、掘り起こすよ! 手伝って!」

 

「う、うん」

 

 狂い哭け、おまえの末路は“過労死”だ。

 副隊長という役目を押し付けられた少女(どれい)は、数多の管理職的業務を押し付けられ、今や虫の息であった。

 そのうわ言からは、『私、この仕事が終わったら転職するんだ』、『前の神祇省(しょくば)はよかっ――そうでもなかったな』、『頼む、力を貸して私の英雄――!』などと、訳のわからないことをぶつぶつとこぼしていた。

 もう色々とダメかもしれない。

 

 それでも必死に揺さぶり起こすと、青白い顔の少女はさらに顔色を悪くして、感謝の言葉とともに姉弟を押しのけるようにして奥の機械に飛びついた。

 どうやら手元の資料を見ながら、誰かに連絡を取っているらしい。

 その様子から、どうやら望まぬ睡眠で時間を浪費してしまっていたようだ。

 

 だがその失態も、彼女はてきぱきと動きすぐに挽回する。

 曰く、優秀なのだ。

 元々は広島の山奥で修業し、神祇省の戦闘部隊へ所属していた彼女であったが、やりたいと思ったことを即座に迷いなく実行す神祇省の頭領に、特に理由もなく(・・・・・・・)陸軍へ売りはらわれた。

 そのまま川を流れる小枝のごとく、あれよあれよという間に大尉に見いだされ、中将のしごきを受けて副隊長の座に収まる。

 彼女の不幸はここからだ。

 なにせ、戦闘の技能よりも内部処理の能力に恵まれていたのだから。

 御すものとしての才能を開花させてしまったのだから。

 でなければ、一般人だったら月月火水木金金のようなクソブラックになるであろう仕事を期間内に終わらせられないし、耐えられない。

 できるとわかってしまえば、この通り。

 次の、次の、次の――そしてまた次の次の次の試練(しごと)がやってくる。

 

 できなければ、押し付けられない(まかされない)

 これは究極の真理であった。

 悲しきかな。

 汝、仕事の殉教者よ。

 仕事を終えて楽になりたいという彼女の願いとは裏腹に、その量が減ることはないのだ。

 

 故にこの、どこに何があるかわからない書類だらけの部屋も、彼女にとっては総てを把握した楽園(じごく)であった。

 

 そして、総てをせわしくこなし一段落つき、ごめんねと姉弟へ向ける笑顔には明らかな疲れがでていた。

 

「えっと、無理しないでね」

 

 姉の言葉に、分かったそのように弁える、とどこか古風な言い方で少女は答える。

 そのくだけた口調からも分かるように、彼女たちは仲が良かった。

 年の差も少ない同性というなら言わずもがな。

 中将に紹介された瞬間から、相手の目を見て、あっ、こいつも同じく不幸な目にあってここにいるんだなと通じ合っていたのだ。

 

 それはさておき。

 ここにいる意味は一つ。

 技術と知識の教導に他ならない。

 

 そして、姉弟にとって、少女ほど最適な先生もいなかった。

 なにせ元は、生粋の戦闘屋。

 身を守るためにも戦いの指導、それを実戦で学べるのだ。

 そして知識面でも、中将お墨付き。

 務める機関が変わっても、すぐに陸軍省のスタイルに合わせ、その内政能力を開花させた彼女に隙はない。  

 

 その優秀さが仇となって、頼られ任され、地獄のサイクルを享受することになっているのだが……

 

 とにかく、鬼の力をどれだけ炸裂させても大丈夫な地下拠点に、同年代で話しやすい、優秀な師匠。そして地上は憲兵司令部という一般的には安全な環境に違いはなかった。 

 

 

 

***

 

 

 

 込み入ったことは知る必要はないし、知るべきでない。

 そういうのは”上”が全部管理して、納得して事は進んでいるのだから。

 

 重要なのは、こうして姉弟は部隊の一員として戦力として育っていったということのみ。

 隊員の調査結果も含め、鬼を戦力として扱う準備と、データ収集が進んでいく。

 そう着々と、中将の望む”未来(あした)”へと世界は進んでいっているのだ。

 

 それはありえないほど順調(・・)に、しっかり(・・・・)と。

 歯車は狂いもなくかみ合い、世界は一定の速度で回り続けていた。

 

 

 

「うふ、ふははは、あはははははははははは――!」

 

 

 

 しかし、あるいはだからこそ、

 響き渡るは蝿声(さばえ)の嗤い。

 蠢く黒い集合体は、世界を嘲笑うように喉を震わせる。

 そして何の前触れもなく、その声はスーッと静まっていった。

 まるでそれは白昼夢。

 そこには元々何もなかったかのようだ。

 それを視界の一端に捉えたものでさえ、明日には忘れているだろう。

 

 

 そんな”予兆”、人々は露知らず。

 帝都はいつもの喧騒に包まれ、何気ない”日常(いま)”が永遠に続いていくと、彼らは信じている。

 

 




前編終了です。
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