甘粕正彦は鬼と人の勇気が見たい。   作:ζ+

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閲覧ありがとうございます。
先ほどちょっと投稿誤爆しましたが、
ここから後編です。


<後編>
06.「鬼」


 万世極楽教(ばんせごくらくきょう)

 ”穏やかな気持ちで楽しく生きる”事を教義として掲げており、”辛いことや苦しいことはしなくていい。する必要がない”と説く、信者約250名の宗教団体だ。

 

 その最奥聖域。

 目の美しく若々しい緑色の畳と、巧みな意匠のこらされたふすまに囲まれた部屋に一人の男がいた。

 

「むうう、誰も彼もつれないなァ」

 

 男はため息をつきながら、そうぼやいた。

 見かけは、この部屋に相応しく高貴で、神秘的な雰囲気を漂わせてはいるものの、その輝きはどこか妖しいものが混じっていた。

 

「俺が紹介した妓夫太郎(ぎゅうたろう)は死んじゃったし、下弦の(いち)()みたいになって裏切るしで、あのお方もご機嫌が悪い」

 

 男は、怒りにに囚われた主のことを思い出す。

 わざわざ男の様な──おそらく好いてはいないが力を認めている──者を、主は呼び出した。

 その理由は明らかだ。

 部下()の死亡と、裏切り。

 特に、”呪い”を解いて裏切ったその部下は、それ以降、嘲るかのように(あるじ)の元に現れては、ひと笑いしてさっていくという、この上なくウザったい嫌がらせをしているらしい。

 

 そもそも男も主の護衛についたことがあったがが、あれはもう男の”同類”の域を越えている。

 男の全力に、主がいれば──などとは甘い考えで、それでも殺せなかった。

 あのお方を除いて、男にとって唯一格上の者も護衛についたし、共にその”害虫”駆除に取り組んだりもしてみたが、やはり死なない。

 長いこと時間をかけ、元同僚はどうやら何かの依り代にされ、その”何か”が蠅の正体だとまでは分かったが……

 依り代にした術者はだれかと聞いても、蠅ははぐらかすばかり。

 どうやらこれ以上は無駄だと、主は諦めたようだ。

 

 というか、そんな(むし)に構っている余裕がなくなってきたのだ。

 

「新たな天敵の話もあるし、いい話は聞かない。だから仕方ないね!」

 

 帝国陸軍だ。

 その死んだ部下も裏切った部下も、男の同僚──12人いる主の親衛隊に他ならない。

 当然その力は、並大抵のものではなく、まして死んだ部下は男と同じ”上弦”という階級。

 それが”鬼狩り”などではなく”ただのヒト()”に狩られる等あってはならないのだ。

 

「よし、妓夫太郎(ぎゅうたろう)の代わり、新しい上弦の(ろく)は責任をもって俺が育てよう。死なれるとあのお方の機嫌が悪くなる。それに、見つけてきた黒死牟(こくしぼう)殿は放任主義みたいだしね」

 

 男は名案だと、自画自賛して笑みを深めた。

 見る人が見れば、まるで仏の様なと形容される笑みだろう。

 もはや、死んだ部下のことなどどうとも思っていない様子であった。

 

 さて、あの元鬼殺し(・・・・)、どう育ててやろうかと思案に入ろうとすると──(ふすま)にトントントンと静かな音が響いた。

 

「教祖様、神祇省(じんぎしょう)の首領を名乗る方がお見えです」

 

「ああ、本当かい? 待たせてすまないね。じゃぁ、ちょっとこれをかぶってから──」

 

 その瞳は、一般人のそれとは違っている。

 左には「上弦」、右には「弐」の文字が刻まれていた。

 教義では神の代理人故の証であると、そんな風に信者に伝えてはいるが──

 

「どうぞどうぞ、入ってもらっておくれ」

 

 この男、”教祖”の名前は童磨(どうま)

 十二鬼月が次席、俗にいう人喰いの”鬼”である証に他ならない。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ねえさん、行きたい場所があるって言ってたけど……ここ?」

 

 帝都。

 僕らの住む街であり、帝国の首都だ。

 道路や交通機関が整備され、路面電車や乗合バスが市内を走行し、絶えずヒトが行きかっている。流入する最新の欧米文化を富裕層が受け入れて広まり、モダンな芸術・文化・生活様式の中心地でもある。

 そんな中、今僕たちがいるこの銀座、大帝国劇場前は、例にもれずたくさんのヒトに溢れていた。

 

「そう、帝劇。次の大規模作戦まであと1日。久々に外出許可も出たし、せっかくだから皆で来てみたかったの」

 

 鬼を調査する”特務部隊”、ここに入隊してから約半年。

 僕たちは着実に実力をつけ、帝都の”野良”を相手に負けない程度の力をつけていた。

 しかし、それでも生粋の軍人である他の一般隊員の方や、隊長、副隊長には……うん、勝てる気がしない。

 というか、指導してくれている副隊長には、僕と姉の連携攻撃でさえかすりもしない。

 元は神祇省というところの戦闘部隊だったらしく、そのすばしっこさと熟達した(さい)の扱いで、どれだけ”血鬼術”を使っても軽くあしらわれる。いったいどんな訓練をしてきたらあの領域まで辿り着けるのだろうか。

 まぁ、それはともかく。

 ”皆”と言う割に、僕たちは二人だ。

 それもそのはず。本来なら、僕たちの恩師で、友人である特務部隊の副隊長を引っ張ってきたかったのだろうが──

 

「よく考えれば、明日出撃だっていうのに副隊長が暇なわけないよね……」

 

 残念ながら、彼女は憲兵隊司令部の地下拠点で仕事だ。

 実は昨日までは、行く気満々で楽しみだなぁと満面の笑みでウキウキした様子だったが、当日、今日の朝中将に呼び出されていた。

 

「目が死んでたね、戻ってきたとき。その後で私たちを見送ってくれた時も、なんていうか……笑顔だけど笑顔じゃなかった」

 

「そうだね。あの人には長いこと稽古をつけてもらった恩もあるから、何か力になれたらよかったんだけど」

 

 こういう時、友人ではあれど序列というものを思い出す。

 今回は前回に続き、二度目の大規模作戦。

 相手は、僕たちみたいな一般隊員が相手にならない鬼の幹部クラス。

 すでに、今回の標的を調査していた熟練隊員の連絡は途絶え、数日。

 一刻の猶予もないのは確かだろう。

 

「前の大規模作戦、”吉原遊廓殲滅戦”以来、鬼の動きは活発だ。特務部隊のおひざ元である帝都(ここ)で、今まで以上に行方不明や殺人事件が起きている」

 

「あー、もう嫌なこと思い出させないでよ……あっ」

 

「鬼は、一匹たりとも(・・・・・・)投降しなかった。呪いだの、あのお方だの……ボスがいるんだ、鬼の。そいつを潰さなくちゃ、ねえさんの言う”許す”ということさえできないだろう」

 

「まぁ、それは……えーと」

 

「ねえさんだって分かってるだろ。鬼は、どうしようもなく終わっている。僕たちが”特例”だってことも」

 

「信明、ちょっと」

 

 そう言われて、僕は姉に手を引かれる。

 そのままずんずんずんと、街道から離れ、脇道に進む姉。

 ついにはよほどのことがない限り、人が来ないだろうというところまで連れてこられた。

 

「守 秘 義 務!」

 

「え?」

 

「往来でペラペラ、ペラペラとぉ! 見てたよ。ここに来るまでにすれ違った、あのめっちゃくちゃ美人の貴族っぽい女の人と細身な執事の男の人が」

 

「うわっ。ご、ごめん」

 

 気付かなかった。

 どうも僕の目には、ねえさんしか(・・・・・・)入っていなかったらしい。

 言われてみれば、ここに来るまでに何か香水のようなあまったるい匂いを嗅いだような気がするが……往来の人の様子なんて気にもしていなかった。

 

「信明、どうしたの? 普段なら、こんなミスしないよね?」

 

「うん。ほんとごめん」

 

 確かに、ねえさんは思わず見入ってしまうような美人である。

 弟びいきとか、家族びいとかではなく。

 身体のラインに沿った長い黒髪に、ぱっちりとした引き込まれるような紅色の瞳。

 今は学園のセーラー服を着ているが、ほっそりした身体もあいあまり、むしろ犯してはいけない聖域を連想させる。

 

 って、なんだこれ。べた褒めじゃないか。

 僕はシスコンじゃない。

 ノーマルだ。

 だからニーソの絶対領域とか、し、すぃらないし! 

 意識すると自然と目線も、その発達途上の胸に……()見ていた朝の白い肌に黒の下着姿も重なって──って、あぁ、クソ! 

 

「信明?」

 

 思えば、貴族みたいな女性とその執事の視線が気になったって言ってたけど──その執事、本当はねえさんを見ていたんじゃないか? 

 いやらしい目で。

 だと思うと、あー、なんかイライラしてきたな。

 

 理由は明確には分からない。僕にあるのは、ただそれが不快だということだけだ。

 ならばこれはもう選択肢でいうと、『振り抜く』を選ぶしかないのではないだろうか。

 その顔面、滅尽滅相だ。

 

「すまない、ねえさん。僕ちょっと──」

 ふと、黒い点が──蠅が目の前を横切った気がした。

 本能的にか、汚さからか、嫌悪感が湧き出る。

 だからだろうか。

 無意識に雷を迸らせ、その蠅を焼き殺していた。

 

「ちょっと、いきなり血鬼術なんて使って。どうしたのよ?」

 

「……いや、なんでもない。本調子じゃないみたいだ」

 

「やっぱ日の下はだめかぁ」

 

「あ、だから劇場だったんだね。室内の」

 

 どうやら姉は僕のことを気遣ってくれていたようだ。

 嬉しいと思う反面、この長い付き合い、その程度も察せてもいなかった自分に不甲斐なさを感じた。

 

「まぁね。でも、もういつもの信明って感じだね。開演時間ギリギリだし、行こうか」

 

「重ね重ねゴメン。今日は何か嫌な予感がするから、僕は帰るよ」

 

「……え?」

 

 一人で楽しんできてと、僕はねえさんに背を向けた。

 そう、これは逃げだ。

 気付きかけた感情に、改めて蓋ををするための。

 だから、そのか細い声で呟いた彼女の顔は見ることができなかった。

 そのまま、雑踏の方へ一目散に進んでいった。

 去り際、何か言われた気がするが、気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「せっかくあの娘が気を効かせてくれたのに……バカ」

 

 だから、何も聞こえなかったのだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 劇場では、花の乙女たちによる渾身の演劇が行われている。

 それを見下ろすような、貴賓席でその主従は劇を見ていた。

 そう眺めるだけ。

 作品に感情移入し、魅入るまでには至っていなかった。

 

「さて、明日ですね」

 

「……そうですね」

 

「甘粕大尉はどのような演出をなさるのでしょうか。わたくしは楽しみでなりません」

 

「……さぁ、俺にはわかりかねます」

 

「なに、不満なのは分かりますよ。安心してください、わたくしはこの劇のように見るだけです」

 

 それ以降、主従は何も語らない。

 お嬢と執事は、ここでは部外者。

 なにか口を挟むというのは、無粋なものだろう。

 

「ただ……」

 

 お嬢は考え込む。

 甘粕大尉の言う”勇気”は私の求めるものなのかと。

 

「部外者のわたくしに言うことはありませんね」

 

 そう、重ねて言うが彼女たちは此度において部外者。

 お嬢と、執事、そして名も知らぬ無骨な男──彼らが主演の愛憎劇の幕が開けることはない。

 

 




太正桜に浪漫の嵐ッ!

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