ショッピングモールの3階、エレベーターを降りたら右手に目的のカードショップの扉は位置していた。看板を見てみると『カードショップアンドウ』とポップな事態で書かれている。
「え、個人経営?」
アンドウという英単語を聞いたことは無いし、そんな専門用語も全く知らない。つまりはアンドウというのは店主の苗字であると予想できるわけだが、こんなでかいモールだからてっきり大手のショップの店舗だとばかり思っていた。
「さ、行きましょ武藤君」
「あ、はい」
真崎の後ろから店内に入る。開かれた扉からは亀のゲーム屋の扉のようにカランコロンと音が鳴る。店内にはすでに何人か先客がいるらしく、そこそこにぎわっているようだ。
「いらっしゃいませー……お、キョウコちゃん、待ってたよー」
出迎えてくれたのは眼鏡をかけた30代くらいの男性。黄色いエプロンには看板と同じロゴが入っており、安全ピンでとめられた名札には『店長』と書かれている。
「こんにちは、ユウタおじさん」
真崎が店長に軽くお辞儀する。よくわからんがこの二人は知り合いらしい。
「あ、武藤君。この人はこの店の店長の安藤ユウタさん。私の親戚のおじさんなの」
「おっ、君がキョウコちゃんの言ってた助っ人だね?僕は安藤。店長って呼んでくれると嬉しいな」
「はあ、どうも。……てか先輩、助っ人って何ですか?」
「え?いや、そ、それは~」
なぜか真崎は俺から目をそらし音のない口笛を吹く。
「あれ、キョウコちゃんから聞いてないの?」
「えっと、なんかプロモカードがもらえるからって誘われたんですけど」
「ええ?」
店長はやれやれと言わんばかりに肩をすくめる。
「キョウコちゃん、ダメじゃないか。そんな嘘で連れてきちゃ」
「だ、だって、普通に誘ったら武藤君ぜったい来ないし……」
「はあ……。えっと、武藤君だっけ。ごめんね、プロモカードはないんだよ」
「え、じゃあなんで?」
「実は、今日この後開店記念大会をやるんだけど、スタッフがぎっくり腰になっちゃって、うちはその人と僕しか店員がいないから、それで大会運営の助っ人を探してたんだよ」
なるほど、そりゃ俺なら断るだろうな。自分で言うことでもないが、俺は見ず知らずの人の為に無償で労働するほどできた人間じゃないし。
「おねがい、武藤君!この開店記念大会が成功すれば、おじさんの夢に一歩近づくの!」
「夢?」
「ちょっとキョウコちゃん?急に夢とか言われても彼だって困るだろ?」
「おじさんはこのカードショップアンドウをもっと大きくして、世界中の子供たちにカードゲームの楽しさを伝えるのが夢なの!その第一歩が今日なの!」
あまりに熱心に頼んでくる真崎に困り果て、店長の方に視線を向ける。
「い、いやあ、お恥ずかしい夢を聞かれちゃったねあ、あはは」
「別にいいんじゃないですか。立派な夢ですよ」
「え?」
「今、日本にはたくさんのカードゲームがありますけど、どのゲームも時代とともにパワーインフレが進んで軽い気持ちで始めることが困難にもなってますし、子供たちが始めてくれればそのコンテンツそのものの寿命も延びますし」
「む、武藤君……」
店長は何故か流れている涙をハンカチでぬぐう。
「き、君はなんていい人なんだ!そうだよね、やっぱり子供たちに楽しくカードしてほしいよね!同じ志をもった人がいて僕はうれしいよ!うう……」
「え、いや、俺は事実を言っただけで……」
「キョウコちゃんの目に狂いはなかった!僕からもお願いするよ、ぜひ今日の大会運営を手伝ってほしい!なんならそのままうちでバイトしてほしい!」
おいおいなんだこの流れは。この人さっきまでティラノ剣山ばりの常識人だと思ってたのに……。
「頼むよ武藤君!謝礼も払うからさあ!」
さっき、俺は自分のことを自分で卑下したが、いくら俺が冷徹だとしても、この状況で断るのは初心者に時と場合の違いを教えるくらいには困難だろう。
「わ、わかりました……」
結局、俺は首を縦に振ることしかできなかった。
それから5分後、俺は店長から予備のエプロンとスタッフと書かれた名札を渡され、それを身に着け、現在レジにて大会参加者の受付をしていた。
「えっと、この用紙に名前と年齢を記入してください。名前はハンドルネームでも構いません。……はい、ありがとうございます。受け付けました」
これで受付名簿には18人の名前が記入された。定員は30人なので、このペースだともうじき埋まるだろう。
『流石ですね。マスター。接客が様になってます』
『俺をなめるなよソードマン。こちとら毎週コンビニのバイトやってんだぞ』
『フフ……。それならここもバイト先に加えてみてはいかがですか?』
『前向きに検討しとくよ。……てか、サイマジは?』
『彼女ならあそこです』
ソードマンが指さしたのはショーケースのコーナー。なるほど確かにサイマジはそこにしゃがみ込みカードを眺めている。
『ほえー、円融魔術って今こんなに高いんですねー。あ、このマスカレーナちゃん可愛い~』
『はあ、あいつはいっつも能天気でいいよなあ』
『そこが彼女の長所であり短所なわけで。っと、次のお客様が来ましたよ』
「大会出たいです!」
「あ、はい。じゃあこの用紙に名前と年齢を記入してください」
「はい!……ってああー!今朝カード拾ってくれたお兄ちゃん!」
元気よく俺を指さすのは、今朝モールに来る途中に衝突した小学生だった。
「お兄ちゃんここの店員さんだったの?」
「まあ、今日だけ臨時でな」
「へえー、あ、そうだ!俺もさっきのフードコートでのデュエル見てたんだよね!すごかったよね、あのめっちゃ無効にしてくるエクシーズモンスターをものともせずにずばばーんとやっつけちゃうなんてさ!お兄ちゃん強いんだね!」
「良い子はフードコートでカードゲームするなよ。さっきみたいにおばちゃんに雷落とされるぞ」
「はは、そうかもね!……えっと、ここに名前っと……」
「天城ミズキっていうんだな」
「うん!お兄ちゃんは?」
「俺は、武藤ハルカだ」
「そっか、ハルカ兄ちゃんか!俺、今朝もらったカードデッキに組み込んだんだ!これで優勝間違いなしだぜ!」
「ま、頑張れよ」
「うん!そんじゃハルカ兄ちゃんも仕事頑張ってねー!」
ミズキは元気よくレジを後にする。
「武藤君、調子はどう?」
バックヤードから真崎と店長が段ボールをもって出てくる。
「いま、19人です」
「へえ、かなりいいペースで集まってるじゃない」
「分布的には小中学生が多い感じです。……その段ボールは?」
俺の問いに答えるように二人は段ボールを下ろし、ふたを開ける。
「これは、ノーマルカードコーナーに並べる予定のカードだよ。一枚10円、小中学生でも気軽に買えるでしょ?」
店長が胸をはる。確かに、大体のショップはノーマルカードでも30円とか50円くらいで売ってるし、この人の夢である子供たちにカードゲームを広めることの一歩としては十分だろう。
「武藤君。受け付けは僕とキョウコちゃんが代わるから、このノーマルカード、棚に入れてきてくれないかな」
「あ、はい。いいですよ」
正直営業スマイルも限界近かったし。
「ありがとう。結構量あるからゆっくりやってくれていいよ」
俺は床に置いてある段ボールのうち一つを持ち上げ、レジを出てショーケースコーナーと対極の位置にある棚の前で下ろす。きれいに磨かれた棚には誇り一つない。とりあえず段ボールのふたを開け、適当に数十枚手に取って棚に設置されている籠に並べていく。
その際、どんなカードが入ってるのか気になり少し見てみる。
「えーと、オノマト連携にデストルドー、ゲイルにラヴァゴ、こっちには禁テレ、おろ埋
……」
ノーマルとはいえ、結構実践レベルのカードが多い。それでいて禁止カードとかの類はちゃんと抜いてある。本当に初心者向けに用意されてるな。
そこから5分くらいカードを並べていると、ふいに肩をたたかれる。
「あのー、すみません」
「はい、なんですか?」
カードをいったん段ボールに戻しゆっくりと立ち上がる。俺の肩をたたいた主は、どこかで見たことある小柄な女の子だった。
「あ、やっぱり武藤君でしたか」
「あ、えーっと……転校生の……」
「遊城ユメコですよ」
「そう、遊城さん」
「思い出してくれてよかったです」
「それで、遊城さんはなんでカードショップなんかに?」
「その、私も遊戯王やるんです」
「へえ、意外だ」
「武藤君もここでバイトしてるってことはやるんですか?」
「いや、バイトじゃないけど……。まあ、一応やってるよ」
「そうなんですか。いつか対戦してみたいですね」
遊城はにっこりと笑う。
「別に俺とやらんくても、今日開店記念大会あるし、出てみれば?」
「あー、その……。今日デッキを持ってきてないんです」
「ああ、そっか」
「でも面白そうだし大会を見学してみます。それじゃあ武藤君もお仕事頑張ってくださいね」
そう言い残して遊城はショーケースコーナーの方へ消えていく。
俺はそれを見送ってから再び段ボールからカードを取り出し作業を再開した。