「いやー、今日は手伝ってくれてありがとうね、武藤君!」
開店記念大会は終わったものの、参加者やギャラリーたちはまだフリー対戦を行っている。そんな彼らのにぎやかな声が聞こえるなか、バックヤードで店長が深々とお辞儀をする。
「いえ、別に。大したことじゃないです」
「いやいや、今回の大会は武藤君の協力がなかったら成功しなかったと思うんだよね。それにあの小学生の子も、武藤君のおかげで楽しくデュエルしてたし。君がいなけりゃ彼は遊戯王をやめてたかもしれない」
「……俺はただきっかけを与えただけです」
「それがすごいことなんだよ。少なくともあの子は君によって救われた。それができたのは武藤君自身が遊戯王に対して熱い思いを持ってるからじゃないかな?」
「……」
熱い思い何てあるのだろうか。いや、仮にあったとしてもその気持ちは捨てなければならない。
そのはずなのに、俺は店長の言葉にどこか嬉しさを感じてしまった。
「……大会終わったし、俺はそろそろ帰ります」
だから、それをごまかすように帰り支度を始める。
「……うん。そうだね。改めて、今日はありがとう。また機会があったら来てね。あ、それと……」
エプロンのポケットをがさごそと漁った店長は、取り出した何かを俺に手渡してきた。
「これは?」
「今日の謝礼さ。特に高額なカードじゃないけど、今の君にとってとても大切な意味が込められてると思う」
「……どうも」
俺はそれを受け取り、鞄から取り出したデッキケースに入れる。
「それじゃあ、お疲れ様です」
「はーい、またね~」
ひらひらと手を振る店長に会釈して、俺はバックヤード入り口ののれんをくぐる。
「俺のターン!」
「よーし、こい!」
なんとなしに、デュエルスペースに目を向ける。あの端っこの席でミズキのデッキを使ってデュエルしていたことが、なんだかすごく昔のことのように感じだ。
「……帰るか」
だれに言うわけでもなく、俺は扉に手をかける。
「ちょっと、武藤君!」
そんな俺に後ろから声をかけてきたのは、真崎だった。
「なんですか?」
「なんですか、じゃないわよ!なんで帰ろうとしてるの!」
「なんでって……。先輩の要望通り大会のスタッフやったし、もう俺がここに来た目的は完了したじゃないですか」
「そ、それは……そうだけど……」
「けど、なんですか?」
「う、うるさいわね!あれよ、今日付き合ってくれたお礼に屋上のタピオカ屋でも奢ってあげようと思ったのよ!」
なぜか逆切れされたが、確かにのどは乾いている。今日持参したペットボトルの水はもうなくなってしまったし、ただで飲み物が手に入るなら儲けものだろう。
「……じゃあ、奢ってもらいます」
「よし。じゃあ、私お財布取ってくるから!絶対待ってなさいよ!」
真崎はそう言い残すと、小走りでバックヤードへ駆けて行った。
『マスター……』
真崎がバックヤードに消えたのと入れ替わりに、いつの間にかサイマジが隣にいた。ソードマンの姿がないが、まあ瞑想でもしてるんだろう。
『なんだよ』
『今日、楽しくなかったですか?』
『またその質問かよ』
以前五和とデュエルした時も、サイマジは同じように悲しそうな表情で俺に問いかけてきた。いつもうざったいほどに元気なこいつにそんな顔をされると、それがどれほどの思いを込めた問いなのか知りたくなくてもわかってしまう。
『だって、ミズキ君にデュエルの極意を教えてた時のマスターは、いつもとは違う顔をしてたから……』
『そんなことないだろ。俺はいつも無愛想だって五和が言ってたぞ』
『じゃあ、なんでミズキ君に『待ってる』なんて言ったんですか?』
その問いに、俺の言葉は詰まってしまう。
『マスターは、いつか強くなったミズキ君と楽しいデュエルをしたいって思ったんじゃないですか?彼に『あの時の自分』と同じものを感じたから』
「違う!」
思わず、脳内ではなく口に出して否定してしまった。だが、店内はもともとにぎやかだったため、それに反応する者はいなかった。
『……馬鹿な話はそれくらいにしろ』
『マスター……』
『うるせえよ……』
『私は、信じてます。いつかきっと、マスターがあの日の笑顔を取り戻してくれるって』
そう言い残して、サイマジは姿を消した。
「あれ、武藤じゃんか!」
サイマジがいなくなったと思ったら矢継ぎ早に俺に対し声をかけてくる人物がいた。その人物に視線を向けると同時に俺は軽くため息をつく。
「なんだ、お前か、五和」
Tシャツに半ズボンと、夏らしいラフな格好をした五和に俺は思ったままの言葉を告げる。
「なんだとはなんだ!たった一人の親友に向かって!」
「親友って?」
「ああ!」
こいつも順調に洗脳されてきたな……。
「てか、武藤ここで何してんの?」
「それはお前もだろ。今日はクラスの奴らと来てるんじゃなかったか?」
「ああ、うん。そうなんだけどよ、ここにカードショップあるの見つけたから、ちょっと別行動させてもらっててさ」
「それは、みんな今頃楽しくやってるだろうな」
「涼しい顔でよくそんなひどいことが言えるなおい!」
まったく、暑苦しい奴だ。
「まあ、このショップはシングルカードの値段も安めだし、店長もいい人だから、結構いいところだぞ」
「なんだよ、武藤はもう見て回ったのか?」
「まあ、少しな」
「あ、武藤君、お待たせー」
五和との会話を遮ったのはバックヤードから出てきた真崎だった。
「え、真崎先輩!?」
「げ、五和君!?」
今たしかに「げ」って言ってましたよ先輩。
「お、おい武藤!どういうことだよ!なんでお前が真崎先輩と!」
鼻息を荒くした五和が俺の肩をゆすってくる。
「お、おちつけ五和」
「落ち着いてられるか!ちくしょう、俺の誘いを断ったのはそういうことだったのか!」
「いや、約束したのはお前の誘いより後……」
「うるせー!この野郎、自分だけいい思いしやがって!」
駄目だ、もう何を言っても五和は聞く耳を持たないだろう。めんどくせえ……。
「ちょ、ちょっと五和君!なに暴れてるのよ!」
「先輩は黙っててください!これは男と男の戦いなんです!」
いつのまに戦いが始まったんだ。というか戦いにしてはワンサイドすぎるだろ……。
「そ、そうだ五和。真崎先輩が屋上でタピオカ奢ってくれるらしいし、お前も一緒にどうだ?」
「なんだと!武藤、てめえ!……ぜひご一緒させてください!」
何とか五和の手から逃れた俺はゆすられて痛みが残る肩を軽くさする。
「ちょ、ちょっと武藤君!何勝手に……」
「ささ、行きましょう真崎先輩!」
文句を言おうとした真崎の手を引いて五和はエレベーターの方へ上機嫌で向かっていく。
危なかった。クラスのリア充である五和を敵に回したら明日の朝、俺の席はなくなっていたかもしれない
***
「お待たせいたしました、ご注文のタピオカミルクティーでございます!」
屋上のタピオカ屋にはほとんど客がいなかった。いや、まあたしかにこんな暑い日にわざわざ陽のあたる屋上まで来てタピオカを飲む人もそうはいないだろう。
笑顔でタピオカを手渡してくる店員も、内心は不満でいっぱいかもしれないなと思いながら、俺はストローに口をつける。
「う、うめー!マジうまいっすね真崎先輩!」
そんな炎天下、五和はいつも通り、というかいつも以上にうるさく喋っている。それに対する真崎は苦笑いだ。
「そ、そうね。というか、全員分奢ってもらっちゃったけど、五和君お金大丈夫?」
「大丈夫です!真崎先輩のためなら全財産はたきます!」
「いや、それはいらないわ」
「なんて思慮深いんだ真崎先輩!」
テンションが右肩上がりの五和に、真崎は恨みがましそうにこちらへ視線を向けてくる。
こればかりは本当に申し訳ないが、今日は俺のために犠牲になってもらおう。
「そういえば武藤君、ユウタおじさんから謝礼もらえたの?」
「まあ、一応」
「何もらったの?」
「カードを一枚」
「え、なんのカード?ちょっと見せて――」
真崎の言葉を遮るように、突然けたたましい音が鳴り響く。それが非常ベルだと気づくのと、屋上の入り口が吹き飛び、そこから炎が広がるのはほぼ同時だった。
「な、なんだ!?」
五和や真崎だけでなく、屋上にいた全員が驚き、悲鳴を上げ、パニックに陥った。
「火事だ!」
近くいた男性が大きな声で叫ぶ。
火事だと?こんな火の気のない場所で?
ふと思いしたのはカードショップアンドウでソードマンが言っていた連続放火事件の再開。
とにかく、この状況はまずい。屋上に逃げ場はないのだから、火を放っておけば全員死ぬ。
「五和!そこの消火器!」
運よく、五和の立っていたすぐそばに消火器があった。
「お、おう!ちょっと待ってろ!」
五和はタピオカを投げ捨て、急いで消火器を持ち上げ、炎に向かって噴射する。
――が、炎は全く弱まらない。
「ど、どうなってんだ!?全然消えねえぞ!」
五和はなおも消火器を噴射するが、一向に炎が弱まる気配はない。
「その炎は消火器なんかじゃ消えねえよ!」
唐突に聞こえた声に皆が反応する。
その声の主は、あろうことか燃え盛る炎の中から現れた。
「……!お前は!」
「う、ウソでしょ!?」
俺と真崎は同時に声を出す。
なぜならその人物は、先ほどフードコートで俺とデュエルをした井上だったから。
「井上……」
「よう武藤、さっきぶりだなあ!」
炎の中から出てきたというのに、井上はけろっとした顔で俺に言葉を投げかけてくる。
「おい、お前!誰だかしらねーが、これはお前がやったのか!」
五和が怒鳴る。
「ああ、そうさ。これは俺の力だ!」
「まさか、あなたがあの連続放火犯!?」
「放火なんて安っぽい言葉で表さないでくれよねーちゃん。これは俺の、『こいつ』の力さあ!」
井上の声と同時に炎の中からなにかの姿が出てくる。
「はああああ!?なんだこいつはああああ!」
「う、うそでしょ!?」
そう、出てきたのは炎をまとった巨大な化け物。真っ赤な体をした恐竜のような姿は、俺も、真崎も、見たことがあった。
「No.61 ヴォルカザウルス……!」
「は?何言ってんだよ武藤?たしかナンバーズって遊戯王のカードだろ?」
違う。これは現実だ。
――くそ、あのカードの力はさっきのデュエルの時確かに消滅したはずなのに!
「驚いてるみてーだな諸君!そうさ!こいつは俺のエースカード、ヴォルカザウルスよ!だがこいつはただのカードじゃねえ!本物の力を持った生命体なんだぜ!」
「そんな馬鹿な!はっ、これはもしかして夢なのか?」
「いいや五和。これは現実だ」
「武藤君?なんでこの状況でそんなに落ち着いて……」
「そうだよなあ、武藤!お前はこの状況が現実だってすぐにわかったよなあ!いい子ちゃんぶってねえで……正体表しなあ!」
井上の怒号とともにヴォルカザウルスの口から炎のブレスが放たれる。それはまっすぐ俺に向かっている。
「おらおら!よけたら後ろの人間どもが吹き飛ぶぜえ!」
「っ……!」
「武藤君!逃げてええええ!」
真崎の声と同時に炎は俺に直撃した。
屋上にものすごい爆発音が鳴り響く。
「う、うそだろ……。む、むとおおおおおおおお!」
「い、いやああああああ!」
「心配すんなよ、武藤はこの程度じゃくたばらねえさ!なあ!?」
井上の煽りにこたえるように、周囲に立ち込める煙が吹き飛んでゆく。
「この下衆が!我らのマスターに何をする!」
「マスターには指一本触れさせませんよ!」
俺の目の前でソードマンは剣を持ち、サイマジは杖を振り、ヴォルカザウルスの攻撃を防御していた。二人ともいつもの精霊状態ではなく、我が家同様実体化して。
「井上……キサマ……!」
俺は井上を睨みつける。
「おお、こわいこわい。にしてもあいつの言うとおりだったな。今朝俺の力を防いだのもその精霊たちだったわけだ!」
「せ、精霊?どういう……ことなの?」
「お、おい武藤!こりゃ一体どういうことなんだ!」
真崎たちはこの状況に全く付いてこれず、俺に説明を求める。
だが、それに答えている時間など井上はくれないだろうし、あのヴォルカザウルスもまだ元気なようだ。
「井上、何が目的だ?」
「俺個人の目的は今朝の復讐よ!だが、『俺たち』の目的なら、おまえもわかってんじゃねえのか?」
「俺たちを追ってきたってわけか……」
「まあ、そういうことだ!」
「なら、お前がまた俺の相手をするってことか?」
「いいえ、あなたの相手は私」
その声は、井上のものではなかった。そして、その声と同時に燃え盛る炎も、屋上も、俺の後ろにいた真崎と五和以外の人たちもすべてが文字通り瞬間凍結した。
「なんだよ、邪魔すんなよ!」
「カズマ。あなたでは彼に勝てないわ」
「はあ!?なめてんのかてめえ!」
井上の言葉を意に介さず、その後ろから現れたのは白い仮面に、白いマントを身にまとった女だった。そいつはゆっくりと俺たちの方へ近づいてくる。
「お前は……誰だ?この人たちに何をした!?」
俺の問いに、女はゆっくりと口を開く。
「この氷は私の力によってこのモール全域に張り巡らされている。この中で動けるのは『魔術の札』の力をもつもののみ」
「なに……?」
俺は真崎たちの方を見る。真崎も五和も、ほかの人たちとは違い自由に動いている。
まさか……?いや、そんなはずはない。彼女たちはこの世界の人間なのだから。
とにかく、この女たちを何とかしないと……。
「そして、私は……。そうね、ミス・ドリームとでも呼んでもらおうかしら」
「ミス・ドリームだと?ふざけた名前だな」
「今、適当に考えたから。さて、くだらない話はここまで。わかってると思うけど、私を倒さないとこの氷にとらわれた者たちは解放されない。あの時みたいに逃げることはできということよ」
やるしかないのか……。
俺は再び真崎たちの方へ視線を向ける。
「な、何だよ武藤?」
「五和、真崎先輩。下がっててくれ。あいつらは俺が……俺たちが倒す」
「な、何言ってるのよ武藤君!あんなめちゃくちゃなことができる人たちにどうやって立ち向かうのよ!?」
「サイマジ、ソードマン。スフィアフィールドだ」
「良いのですか、マスター?」
「……やるしかないだろ。こうなったら」
「で、でもマスター!この世界でアレをやって体がもつかどうかわかりませんよ!?」
「ここでやらなければどの道奴らは俺たちを消すつもりだぞ?」
「そ、それは……」
サイマジは悩みながらも、意を決したようにソードマンとアイコンタクトを取る。
『『スフィアフィールド、展開!』』
その掛け声と同時に、俺たちとミス・ドリームを囲むように白いエネルギー波が広がっていく。
「な、なんだこれ!?」
「これって……ゼアルの……。そんなはずないわ。だってあれはアニメの話で……」
エネルギー波は真崎たちの目の前で止まり、そのまま球体となり上空へと浮かんでゆく。
「スフィアフィールドを展開したってことは、やるってことでいいのよね?」
「……ああ」
この力を使うのはかなり久しぶりだが、ちゃんと発動してくれるだろうか。
「いくぞ!」
「「デュエルディスク、セット!」」
その声と同時に何もない空間から白い羽のようなパーツが回転しながら出現し、俺の腕に装着され、展開される。
ミス・ドリームの方にも同じように青い氷のようなパーツが装着される。
「「Dスキャナー、展開!」」
今度は俺の左の目元に白いフェイスペイントのようなものが現れる。
「「デュエルターゲット、ロックオン!」」
これですべての準備が整った。俺はデュエルディスクにデッキをセットする。それと同時にオートシャッフル機能が作動し、デッキがシャッフルされる。同時にサイマジとソードマンもデッキの中へと消えていく。
「「デュエル!」」