遊戯王部でのひと悶着のあと、俺は普通に帰路についていた。横にはサイマジがふわふわとついてくる。帰路といっても、遊戯王部での出来事は1時間にも満たなかったし、なにせ午前授業だ、まだ時計は2時まえを挿している。このまま家に帰っても相当な時間を持て余すことになる。なので俺は中学の時から通っている場所に寄り道することにしていた。通学路をはずれ、古い建物が並ぶまるでスラムとも言えるような場所の奥にその場所は位置している。ボロい2階建てのビル。1階は以前なにかの店がやっていたようだが今は店じまいしたようでガランとしている。そこはさっさと通り過ぎ、階段を上り2階へと向かう。
『新科学研究所』
そんな汚い字がぼろっちい表札に書いてある。いつも通り合鍵を使い、無言で中に入る。
部屋の中にはたくさんの文献や工具が散らばっており、気をつけてあるかないとそれらに足をとられてしまいそうなほどだ。そんな室内をなんとか歩き、ソファで熟睡している白衣の男に声をかける。
「竹田、俺だ」
「ん……ふああああ」
竹田は目をこすりながら上半身を起こす。
「おーうハル君か。今日入学式じゃなかったけ?」
「入学式で午後まで拘束されてたまるか。お前こそ、今年で3年だろ?単位とか大丈夫なのか?」
「へーきへーき。まだ4個しか落としてないからね。ふあああ……」
尚ものんきにあくびをするこの男は竹田シゲハル。このあたりでもトップクラスの偏差値の大学所属する今年で3年生の現役大学生だ。
「昨日も徹夜か?」
「ああ、もう少しでソリッドヴィジョンシステムタイプ7が完成しそうなんだよ」
竹田は入試でトップの成績で今の大学に合格し、特待生として周りから有り余るほど期待されていたのだが、なにをとち狂ったのかソリッドヴィジョン開発という前代未聞のプロジェクトを一人で立ち上げ、この研究室にこもり日夜研究に明け暮れているかなりの変人だ。俺とは以前ちょっとした事で知り合い、俺の持つ精霊のカードに大いに興味を示し、異世界研究とか言うソリッドヴィジョンより数段狂った研究に足を踏み入れたらへんでこの研究室の合い鍵をもらい今に至るわけだ。
「にしても汚い部屋だな」
「おかげさまでね」
「サイマジ、掃除してくれ」
隣にたたずむサイマジに頼んでみるも、彼女はじとーっとした目でこちらを見るだけだった。
「お、今日はサイマジちゃんもいるのか。それじゃあこいつの出番だな」
竹田はソファの前のガラクタだらけの机をひっかきまわすとバカでかいサングラスの様な機械をとりだした。
当たり前だが、サイマジの姿を目視できるのは俺しかいないわけで、竹田は見ることができない。だが、精霊の存在についてなぜかあっさり信用した竹田はサーモグラフィーやら何やらを組み合わせ、精霊を見ることができる機械という世紀の大発明をやってのけたのだ。ただ、残念なことに、竹田の人脈的な都合でこのサングラスの使用者が竹田しかおらず、精霊がいるのか、はたまた俺と竹田の頭が偶然同じベクトルで狂っているのか判断に困るところである。
「やっほーサイマジちゃん。元気?」
「あ、はい。元気ですよ~」
姿は見えても声は聞こえないため、サイマジは手を振って答える。
「さて、話しを戻そう。サイマジ、掃除してくれ」
「マスター、私をお掃除ロボットと勘違いしてませんか?」
「掃除してくれたら帰りにコンビニであんパンを買ってやろう」
「ホントですか!掃除します!」
これがたったの120円。みなさん如何でしょう、一家に一枚サイレントマジシャン。
「それじゃあ行きますよ~それえ!」
サイマジが杖をふると、落ちていた工具や辞典が宙に浮き、もとあった棚へとひとりでに収まっていく。物理法則をまったく無視したこの様子が確認できる以上、俺も竹田も精霊の存在を否定できないのだ。
「さて、ハル君コーヒーでも飲むかい?」
「そうだな、もらおうか」
竹田がコーヒーメーカーをセットしている間、ゆかに胡坐をかき、鞄からデッキをとり出す。
「あれ、ハル君がデッキを見てるなんてめずらしいね。いつもは滅多に鞄から出さないのにさ」
コーヒーの入ったカップを持ってきた竹田が物珍しそうに言う。俺は受け取ったコーヒーでのどを潤す。
「気になることがあってな」
「気になること?」
「このカードなんだが」
俺はさっき廊下で拾ったシクレアの虹クリボーを竹田に見せる。
「虹クリボーか。使いやすいカードだよね」
「……それだけか?」
「それだけって?」
「このカードの加工だよ。シクレアになってるだろ?」
「うん?僕には普通のスーレア加工に見えるけど……」
どういうことだ?俺にはシクレアに見えて竹田にはスーレアに見えている?そんなバカな。
「ハル君にはシクレアに見えるのかい?」
「ああ」
隣に座っているサイマジも頷く。どうやらこいつは俺と同じように見えているようだ。
「なるほど、これは非常に興味深い!」
竹田が急に高らかに声を上げる。
「なんだよ急に」
「僕には見えないものが精霊のサイマジちゃんとそのマスターであるハル君には見える!つまりこの虹クリボーは精霊とおおきな関係がある可能性を秘めているという仮説がたつ!」
そう言えば、さっき虹クリボーをドローした時なにか聞こえた気がするが、あれも精霊だったのだろうか。だが、360度見回しても虹クリボーの姿はカードのイラストの中にしかない。
「ハル君、しばらくこの虹クリボーのカード、あずかってもいいかい?ぜひとも研究したい!」
「それはいいけど」
どうせ拾ったカードだしな。
***
その後すぐに竹田は虹クリボーの研究に没頭してしまったため、やることがなくなった俺は街の中央にある広場でホットドックを食べていた。
「マスター、さっきの虹クリボー、竹田さんに預けて本当に良かったんですか?」
隣でコンビニのあんパンを食べるサイマジが尋ねてくる。
「いいも何も、竹田に調べてもらった方がお前たちの為にもなるだろ」
「それはそうですけど……」
「お前まさか、今のままでいいなんて思ってないだろうな?」
「そんなことは……ないです」
サイマジはしょぼんとうなだれる。流石にそれ以上追撃するわけにもいかないので俺は再びホットドックをかじる。
『ここで臨時ニュースです』
ひろばの真ん中に位置するモニターが急にニュース画面に切り替わった。とくにやることもないのでそれに視線を向けてみる。
『先ほど、○○駅周辺の飲食店で、原因不明の火災がありました。現在、消防が出動し、消火作業に当たっています。この火災で、死者は出ておりません。繰り返します……』
物騒なもんだな。そういえば ここ最近火災のニュースが多い気もする。放火魔でもいるのだろうか。さっさとつかまってくれるとありがたいんだが。
「物騒ですね」
そう呟いたのは俺でもなくサイマジでもなく、いつの間にか俺の横に座っていたソードマンだった。
「お前か。瞑想は終わったのか」
「はい、今日の分は」
「そうか」
そこで沈黙が訪れる。どうにも俺は会話するのがヘタだ。それは人間相手でも精霊相手でも変わらないようで、今まで人と会話して10分もった記憶がない。
「そういえば」
ソードマンが沈黙を破る。沈黙の剣士とは何だったのか。
「先ほどの遊戯王部の勧誘、本当に断って良かったのですか?」
その質問に、サイマジが不安そうにこちらを見ているのが分かる。質問を投げかけてきたソードマンも、表情が曇っていた。
「いいんだよ。俺はもう誰かと遊戯王を楽しむことはできないんだ」
「そう……ですか」
「それに、真崎のデュエルははっきり言って弱かった」
「ずばっといいますね……」
「本人に言ってないんだからいいだろ」
時計が4時を回ったのを見て俺はベンチから腰をあげる。そろそろ帰るか。
***
家、といってもそんな大層なものではなく、家賃が安いアパートの一室。俺は鍵を開けさっさと靴を脱ぎ、台所で手を洗う。そんな俺を迎える住人は残念ながらこの家にはいない。とある事情で今年から俺はここで一人暮らしを始めた。まあ、家族がいなくとも俺の周りには二人の同居人がいる訳だし、さわがしさに変わりは無い。
「さて、家についたし実体化してもいいですよね?マスター」
「好きにしろ」
「かしこま!」
そう言うとサイマジは目を閉じる。するとさっきまで半透明だったからだが変わって行く。これが、精霊の実体化。ソードマンもサイマジも最初はこれができず、現実世界のものはマスターである俺が触れたものしにか触れなかった。だが、ある時を境に自由に実体化ができるようになったのだ。
「それでは私も」
ソードマンも実体化する。彼は実体化するとすぐに食卓の椅子に引っかかっていたエプロンを腰に巻き、冷蔵庫を開ける。この家でのこいつの役割は料理当番なのだ。
「マスター、掃除機かけるんで床のものどけてください」
サイマジはそう言いながら掃除機のコンセントを挿す。こいつの役割は掃除当番。
そして俺はというと、特にやることがない。一応家賃の為にバイトをしているが、今日は休みなため本当にやることがない。そして、なぜ俺が料理と掃除を二人に任せているかというと、俺は料理も掃除も全くできないからだ。そういうこともあって、俺もこいつらを家に置かざるを得ないわけだ。
なので俺は床のものをかたづけ、食卓の椅子に座りながら週刊誌を読む。これがいつもの日常なのだ。まあ、今日は入学早々デュエルなんてイレギュラーもあったのだが。
「あ、マスター。申し訳ないのですがスーパーで卵を買ってきていただけないでしょうか」
冷蔵庫を見ていたソードマンが申し訳なさそうに頼んでくる。
「構わないが……卵このまえ買わなかったか?」
「いえ、その卵はこの前オムライスに全部使いました」
「はあ……飯作ってくれてるからあんまり偉そうには言えないけど、もうすこし計画的に使ってくれ」
「以後気をつけます」
「はいよ」
卵を買うには商店街まで行かなくてはいけない。俺は駐輪場でエコバックを自転車のかごに乗せ、サドルにまたがりゆっくりとこぎ始めた。
温かな春の風を感じながら川沿いをゆっくりと自転車をこぐ。この街に来て間もないが、この川沿いの景色は格別だ。、川の水はきれいできらきらと光っているし、なにせ人通りが少なく、落ち着いた雰囲気を感じられる。商店街まで行くには遠回りだが、俺はいつもここを通っている。そんな川沿いを通り過ぎ、今日登校した並木道を横切り、商店街へとやってきた。商店街の通りはせまいので、自転車からおり、押して歩く。スーパーまではまだ少し距離があるので、俺はイヤホンを耳につけ何を聞くでもなく歩き続ける。
精肉店を通り過ぎ、門で曲がろうとした時、体に強い衝撃を感じ、俺は自転車ごと倒れた。
い、いてえ……。なんだ?
「ご、ごめんなさい!」
見上げると、立っていたのはメガネをかけた小柄な男だった。申し訳なさそうに差し延ばされた手に遠慮なくつかまり、自転車を起こしながら立ち上がる。
「本当にごめんなさい、急いでたもので……」
「いや、俺も不注意だったし……」
ごく普通の言葉を返すと、メガネの男は急に俺の方をじろじろと見てきた。
「な、なんだ?」
「き、君武藤君だよね!?」
なぜこの男は俺の名前を知っているのだろう。俺は基本的に誰かと仲良くなって自己紹介をすることは無いし、この男は俺の知人ではない。ならば誰だ?
「あ、ぼ、僕は溝口!遊戯王部の部員で……」
そういえば、さっきの真崎とのデュエルを見ていた部員の中にこいつはいたような気がする。
「さっきの君のデュエル、本当にすごかったよ!部長を相手にワンターンキルだなんて!僕、感動した!」
早口になりながら喋り捲る溝口は意に介せず、俺は倒れた自転車を立て直す。
「え、ちょ、ちょっと武藤君!」
「ぶつかって悪かったな。それじゃあ」
「い、いや、せっかくだしもっとデュエルの話を……」
「おーい!溝口、てめえ!」
尚も食い下がってくる溝口を振り払おうとした矢先、遠くからものすごい形相でこちらへ走ってくるスキンヘッドの男が見えた。
「げ!や、やばい!武藤君、逃げよう!」
「は?おい、なんで俺が」
俺の疑問に答えずに、溝口は俺の腕を引っ張り走り出す。その勢いが強すぎて、俺の後方では俺の手元から離れた自転車が盛大にひっくり返る音がした。