新科学研究所でのデュエルからさらに1週間が経過し、俺は正式に退院することができた。
タケルと竹田の同居も問題なく出来ているようだし、ミス・ドリームや井上からのアクションも特にないので、俺はしばらくぶりに学校へ行くことにした。
「あー、今日から怪我で欠席していた武藤が出席する。授業や学校生活で困っている様子だったらみんなでサポートしてやるようにな」
朝のホームルームでの担任の話に教室内からまばらな返事が聞こえる。まあ、俺は別に目立つ存在じゃないからその反応はごく普通だろう。
俺はクラスメイト達に軽く会釈してから自分の席に着く。
「お久しぶりです、武藤君。怪我の方は大丈夫ですか?」
前の席に座る遊城が笑顔で声をかけてくれる。
「ああ、もう大丈夫だ」
「あの、これ」
遊城は一冊のノートを差し出してくる。
「これは?」
「武藤君がいない間の授業の要点がまとめてあります。もし分からないところがあればいつでも聞いてくださいね」
「あ、ああ。悪いな」
「いえ、いいんですよ。……その代わりと言ってはなんですけど」
「……?」
「今日、お昼一緒に食べませんか?」
「は?」
「場所は屋上でいいですか?」
「えーと……」
俺と一緒に昼食をとることにどういうメリットがあるのか知らないが、わざわざこんなノートまで作ってくれたんだし、それくらいのことなら応じてもいいか。
「わかった。じゃあ、昼休みな」
「はい。楽しみにしています」
そうこうしているうちにホームルームは終わり、一時間目の授業が始まった。
俺はというと、開始早々机に突っ伏し夢の世界へと旅立つことにした。
「それじゃあ、今日の授業はここまで。日直」
「起立!礼!」
気づけば4時間目の授業が終わり、昼休みの開始を告げるチャイムが鳴る。生徒たちは弁当を広げ机をくっつけて食事を始めたり、購買部へとダッシュしたり、先ほどの俺のように机に突っ伏したりと、各々の昼休みを過ごし始める。
「おーい、武藤!」
そんな中、懐かしい声が俺を呼ぶ。
「……五和か。どうかしたか?」
「んだよ、相変わらずノリ悪いなあ」
「……」
「ま、とりあえず退院おめでとさん。本当はさ、聞きたいことが山積みなんだけど、それはお前が話したくなったらでいいよ」
聞きたいこととはおそらく先日のモールでの一件だろう。てっきり五和は真相を知るまでしつこく食い下がってくると思っていたが、それとは間逆の言葉に少しばかり驚いてしまった。
「てか、そんなことよりさ、聞いてくれよ親友よ!」
「誰が親友だ。人を見下すのもいい加減にしろ」
「俺の親友ってポジションを悪口みたいに言うな!」
いつもの五和だ。どうやらあの一件については本当に俺が話すまで聞かないらしい。
「で、どうかしたのか?」
「ふっふっふ、お前が休んでいる間に、俺は手に入れたのさ……」
「レアカードかなんかか?」
「……お前って遊戯王以外やることねーのか?」
「じゃあ、なんだよ?」
「そ・れ・は!、真崎先輩の連絡先だよ!毎日遊戯王部に通った甲斐ありました~!」
「へー」
「リアクションうっす!?」
前に聞いたときは毎週水曜に遊戯王部に行ってるって言ってたのに、今じゃ毎日か。そりゃ真崎も根負けするってもんだ。
「まあ、よかったな」
とでも言えばいいんだろうか。あまりこういう時に気の利いたことを言える性質でもないんだが。
「おうよ!そんでな、今日は遊戯王部の部室で一緒に昼飯食う約束してんだ!」
「へえ、二人で?」
「……いや、遊戯王部のみんなで」
「……」
「あ、お前今俺のこと馬鹿にしただろ!見とけよ、すぐに二人で屋上で昼飯食うくらいの仲になって見せるからな!」
「そうか。まあ、がんばれ」
「あ、そうだ。今日はお前も部室で飯食わねえか?」
「いや、昼はいくところがある」
「あ、そう?じゃあしょうがねえな。……っと、もう行かねえと!待っててください、真崎先輩!」
腕時計を確認し、五和は足早に教室を出ていく。途中で一回転んでいたが、あいつは一回転んだくらいじゃへこたれないだろう。物理的にも、人間関係的にも。
「まったく、騒がしい奴だ」
そう呟いてから、カバンの中の弁当を取り出し俺も教室を出る。
廊下はたくさんの生徒でにぎわっており、まさに平和そのものだ。別にそれに感化されるわけでもないが、小さく背伸びをして屋上へ続く非常階段を昇る。
「にしても遊城のやつ、俺と昼飯なんて食ってどうするつもりなんだ?」
『そんなの決まってるじゃないですか!』
俺のつぶやきに対し、サイマジが急に現れ鼻息を荒くしている。
「急に出てくるな」
『それはそれとして、ですよ!』
「なんだよ?」
『恋ですよ、恋!』
「川とか池にいる淡水魚か?」
『違います!LOVE!ラヴですよ!』
こいつは本当に沈黙の魔術師なんて二つ名を持ったモンスターなのか?騒がしさなら五和といい勝負だ。
『遊城さんはきっと、マスターに恋してるんですよ!』
「……何言ってんのお前?」
『だってだって、転校してきた日もマスターに優しい笑みで挨拶してたし、今日も授業のことまとめたノート作ってくれるし!普通好きな相手じゃないとそこまでしませんって!』
「馬鹿馬鹿しい」
『むー。あ、ほらそれに、前にカードショップアンドウでも、わざわざマスターの肩をたたいてまで話しかけてきたじゃないですか!』
そういえば、そんなこともあったな。あの時の話だと、確か遊城も遊戯王をやっているとのことだったし、もしかしたら俺にカードのことでも聞きたいのではないのだろうか。
『違います!絶対に恋です!』
「読心術を使うな。大体その根拠は何だよ?」
『乙女の勘です!』
「……聞くんじゃなかった」
『さてさて、もう屋上は目の前ですよ!頑張って、マスター!私は遠くで見てますから!』
「好きにしてろ」
サイマジの姿が消えるのを確認してから、屋上へのドアのノブをひねる。
「……おお」
思えば入学してから今日まで屋上に足を運ぶことは無かったが、ここはかなりいい場所だ。
面積も広いし、日当たりもいい。ベンチも4か所に設置されているし自販機まである。今度授業サボるときはここで寝るのも悪くないな。
「あ、武藤君!こっちでーす!」
奥のベンチに座っている遊城が手を振っている。周囲には他に生徒はいないらしく、どうやら俺が来るまで一人でいたらしい。
「悪いな、待たせたみたいで」
「いえいえ、大丈夫ですよ。私の方こそ、急にお誘いしてしまって……」
社交辞令を交わしながら、俺は遊城の隣に座り、弁当箱のふたを開ける。
今日の弁当は、白飯の上に鮭の切り身。おかずはポテトサラダにミニトマト。少ないように思えるかもしれないが、俺はもともと小食なのでこれくらいの量で十分だ。
「へえ、おいしそうなお弁当ですね。お母様の手作りですか?」
「いや、違うけど」
「じゃあ、ご自分で?」
「まあ、そんな感じ」
実際のところ毎日弁当を作っているのはソードマンなのだが、カードの精霊に作ってもらってますなんて言ったところで狂った人間扱いされることは間違いないので、適当に濁す。
「武藤君って、お料理できるんですね。家庭的な男子って素敵だと思います」
良かったなソードマン。素敵だってよ。
「遊城の弁当は?」
「あ、私ですか?もちろん私の手作りです」
遊城の弁当は、サンドイッチと鶏のから揚げ、そしてミニトマトだ。
「朝から揚げ物なんてしてるのか?」
「私、朝起きるのが早いので」
「ふーん」
「じゃあ、食べましょうか」
遊城は手を合わせ、にこりと笑う。なので俺も手を合わせる。
「「いただきます」」
そこから5分くらいは、俺たちの間に会話はなかった。ただ箸と口を動かすだけの単純作業。それゆえに、結局遊城が何のために俺を昼飯に誘ったのかはまだわからないままだ。
「そういえば」
そう思っていると、遊城の方から話しかけてきた。
「武藤君、遊戯王部には入らないんですか?」
「……ずいぶん唐突だな」
「あれ、でも遊戯王やってるんですよね?この間もカードショップでお仕事していたし」
「まあ、やってるかやってないかの2択で言えば、やってる部類だ」
「ですよね。五和君に聞いたら、武藤君は鬼つよだって言ってましたし」
五和のやつ、いい加減俺の行動をペラペラと喋るのはやめてほしいんだが。
「そんな武藤君が遊戯王部に入ってないって聞いて、意外だったんです」
「それを聞きたくて、俺を昼飯に誘ったのか?」
「だって、遊戯王の部活なんてどこの学校にもあるわけじゃないですよ?遊戯王が好きで、この学校に入学できたのなら、入らない理由はないと思うんです」
思った以上にぐいぐい来るな……。
「別に、部活に入らない理由なんてごまんとあるだろ」
「じゃあ、武藤君はデュエルが嫌いなんですか?」
「……」
嫌いかと聞かれた場合、俺はなんと答えればいいのだろう。
客観的に考えれば『あんなこと』をした俺がデュエルを好きでいていいはずがない。だからこそ、俺は長い間他人とデュエルはしなかった。
だが、この学校に入学してから俺は一体何回デュエルをしたのだろうか。最初の内は、周囲に半強制的にさせられていた感があったが、あのショッピングモールの事件の日にミズキにデュエルのことを教えたり、先日タケルとソリッドヴィジョンを用いてデュエルしたとき、俺は心のどこかで楽しいと思っていたのではないか。
――俺は一体なにをしているんだろうか。
「でも、デュエルが嫌いなのに五和さん達とデュエルしたり、カードショップでアルバイトするなんて、矛盾してますよね?」
「黙れ!お前に何が……!」
つい、声を荒げてしまった。遊城の言葉は正論だ。俺のやってることは矛盾している。あれだけデュエルを遠ざけようとしていたのに、いつの間にか自分の方から近づいてしまっている。これを矛盾と言わずに何というのか。
「武藤君?」
「……すまない。急に怒ったりして」
食べかけの弁当にふたをしてベンチから腰を上げる。
「わざわざ誘ってくれたところ悪いが、なんだか食欲がなくなった。先に教室に戻る」
「そうやって、また逃げるんですね」
「何……?」
遊城の言葉が引っ掛かり、彼女の方へ視線を戻す。だが、彼女はまるで先ほどの言葉などなかったかのように食事を続けている。
「遊城、お前は一体……」
「む、武藤く~ん!」
俺の言葉を遮るように、屋上の入り口が勢いよく開かれ眼鏡をかけた男子生徒が飛び込んでくる。
「お前は……、確か、溝口」
春先に遊戯王部で真崎とデュエルしたときにいた部員の一人で、商店街で不良に追い回されていたところを俺とぶつかり、その後河川敷でこいつの為にデュエルをしたことがあった。
だがそれ以降こいつと関わることは無かったので、記憶の隅に消えていたが、こんなところまで一体何の用なのか?
「た、大変だよ武藤君!ゆ、遊戯王部に、殴り込みが!」
「な、殴り込み?」
「ほら、前にデュエルした虎尾君!彼の仲間たちが部室に入ってきて……。真崎部長と五和君が!」
どうやら、穏やかな話ではないようだ。虎尾の仲間、たしかデュエルギャングと名乗る不良集団だったか。そいつらが遊戯王部に殴り込みとは、部員のレアカードでも奪いに来たのか?
「……それで?」
「助けてよ武藤君!あの時みたいにさあ!」
「断る」
「え、ええ!?」
「この前は成り行き上致し方なかったが、今回は俺には何の関係もない。お前たちの部の問題はお前たちで何とかしろ」
俺は溝口の前を素通りし、非常階段を降りようとする。
「で、でも、相手は武藤君を出せって言ってるんだよ!」
「何?俺を?」
「う、うん。武藤ハルカを出さないと、部を潰すって……。だから君を呼びに来たんだよ!」
まさか、虎尾があの時の復讐に?いや、少なくともあの時デュエルした虎尾はデュエルに対しては真っすぐな奴だった。そんな奴が部外者まで巻き込んで復讐するとは思えない。
ならば、俺に用があるのはその仲間の方か。
『マスター、行きましょうよ!』
いつの間にか現れたサイマジが俺の肩に手を置く。
『マスターがデュエル好きとか嫌いとか、そんなことは今は置いといて、友達のピンチですよ!助けてあげないと!』
『だが……』
『友達を助けるのにいちいち理由なんていりませんって!』
「くっ……わかった。溝口、案内しろ」
「あ、ありがとう武藤君!行こう!」
先に非常階段を駆け下りる溝口の後ろに俺も続く。
この先一体どうなるのかは分からないが、まずは部室へ急ぐことにした。