現実世界で遊戯王!   作:たけぽん

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22.虚構の今

8月。世間一般の学生たちは定期試験を終え、夏休みに入っている。仲間内で海に行ったり、祭りに行ったり、花火をしたり、そして最終日に後回しにした宿題を悲鳴を上げながら解いたりと、高校生の夏休みはやることが目白押しだ。

当然、俺の通う学校も夏休みに突入している。

だが、俺はというとそんな夏休みを楽しく過ごすわけでも、大量に出された宿題を解くわけでもなく、この4日間ずっと家の床に寝転がっていた。

 

『マスター、元気なさそうですね……』

『うむ。あのゼロというデュエリストとのデュエルが相当応えているようだ』

『私があの時、無理にデュエルさせたから……』

『……』

『何とかできないでしょうか?』

『これは、マスターと私たちの犯した罪に対する報いのようなもの。同罪の我々が慰めの言葉をかけたとて、意味はない』

『そう……ですよね』

 

台所の方でソードマンとサイマジが何か喋っているが、その声は開いた窓から聞こえる選挙カーの演説でかき消され俺の耳には届かなかった。

 

『弱いデュエリストなんて必要ねえんだよ!』

 

『弱きデュエリストなど必要ない!』

 

ゼロの言葉は、いや言葉だけじゃない、強者との戦いを求め弱者を切り捨てるその姿勢も、そのすべてが『あの時』の俺と同じだ。

 

 

「やっぱり、デュエルなんてするんじゃなかったな……」

 

つぶやきながら寝がえりを打つと、枕元の携帯が鳴った。

顔をしかめながらも画面を見ると、電話の主は竹田だった。

 

「……もしもし」

「た、大変だハル君!緊急事態だ!」

「……!」

 

ま、まさかミス・ドリームが動き出したのか?あの竹田がここまであわてた様子で電話してくるなんてただ事じゃない。

 

「落ち着け、何があった!?」

「説明してる時間は無いんだ!すぐに駅前広場に来てほしい!」

「わ、わかった。すぐに行く!」

 

そこで通話は切れる。

俺は急いで起き上がりたんすから普段着を取り出し着替える。

 

『ど、どうしたんですか、マスター!?』

 

その様子にサイマジが驚いている。

 

「竹田から連絡があった。どうやら緊急事態らしい」

『緊急事態、もしやあの仮面のデュエリストでしょうか?』

「わからん。だが電話の様子からして一刻を争う事態みたいだ。行くぞ!」

『は、はい!』

『御意』

 

俺はベルトについている2つのデッキケースにデッキを入れ、玄関で靴をはき、大急ぎで家を飛び出した。

 

竹田、無事でいろよ……!

 

 

夏真っ只中なだけあって、外気温は毎日30度を超えている。そんな中を全力でダッシュしたため、駅前広場に着くころには俺の息は相当上がっていた。

 

「はあ……、はあ……」

 

荒い呼吸を整えながら、携帯を取り出し竹田へと連絡する。

 

「もしもし?」

「竹田……、駅前広場に……着いたぞ……」

「おー、早いねえ。お疲れさん」

「……?お前、今どこだ?」

「んー?ハル君の後ろだよ、後ろ」

 

振り向くと半そで短パンで片手に携帯、もう片方に炭酸飲料のペットボトルを持った竹田の姿があった。

 

「やっほー、ハル君。元気?」

「おい、お前それのどこが緊急事態なんだ」

 

どうやら、この一件は竹田の悪ふざけだったらしい。俺はまんまとはめられたってわけだ。

 

「このやろう、ふざけんな。……俺は帰るぞ」

「あー、待って待って、今みんな来るからさ」

「は?みんな?それってどういう」

「あ、いた!竹田さーん!」

 

大きな声で竹田のことを呼ぶのは、あろうことか真崎だった。何故かその手には旅行用の鞄が下げられており、その後ろには五和と遊城の姿もある。

 

「おー、待ってたよ真崎ちゃん!」

 

え、こいつらそんなに仲良かったっけ?むしろ喋ったのって俺が入院してた時の、それもたった一瞬じゃなかったっけ?

 

「遅れてすみません……って、武藤君!?」

「武藤、ほんとに来たよ。す、すげー!どうやって呼び出したんスか竹田さん!?」

「ふっふーん。ま、僕にかかれば朝飯前だよ」

 

五和まで竹田と親しげだ。いつのまにか俺の知らないところでこいつらに繋がりができていたらしい。

 

「こんにちは、武藤君」

 

遊城の方は、特にいつもと変わらない様子だ。

 

「……で、この状況はなんなんだよ」

 

緊急事態だと言われてきてみれば、何故か竹田と真崎たちが知り合いになっていて、何故かそのくだらないやり取りをすぐそこで見せられている。もはや意味不明だ。

 

「よく聞いてくれたね、ハル君。君たちをここに集めたのは他でもない……。夏といえばー?」

「は?」

「「「海だ―!」」」

「え?え?」

「海といえば―?」

「「「バーベキュー!」」」

「そしてー?」

「「「花火花火―!」」」

「つまりー?」

「「「合宿だ―!」」」

 

俺が困惑する中、竹田と真崎たちのコール&レスポンスが成立する。

 

 

「……合宿?」

「そう!合宿さ。せっかくの夏休み、ただ家でゴロゴロしてても仕方ないだろ?ここはみんなで遊びに行こうよってこと!」

「凄いんだぜ武藤!なんとこの合宿、レンタカー代から食費も、はたまた宿泊費も、全部竹田さんの奢りなんだ!」

「はは、天才大学生はお金持ちなんだよー」

「かーっこいいぜぇー!」

「……馬鹿馬鹿しい」

 

盛り上がる一同を尻目に、俺は自宅の方へと踵を返す。

 

「む、武藤君!待ってよ!」

「なんですか?先輩?」

「いいじゃない、みんなで出かけましょうよ?あなたのことだから、どうせ家にいてもやることないんでしょ?」

「行きたいなら先輩たちだけで行ってください。俺は帰ります」

 

そう言い残して、今度こそ帰るつもりだった。

 

「おやおや、ハル君。いったいどこへ帰るつもりだい?」

「どこって、自宅に決まってんだろ」

「ところがどっこい、今現在ハル君の借りているアパートの部屋は業者さんが改装工事中なんだ!」

「……は?」

 

改装工事?そんなのは頼んだ覚えもないしそもそも頼むほどの金もない。竹田は何を言っているんだ?

 

『マスター、その……』

『なんだ、こんなときに』

『今、テレポートでおうちを見てきたんですけど……業者さん、本当に来てました』

「なん……だと」

「言ったろ?天才大学生はお金持ちだって。さあどうする?僕たちと一緒に出かけて旅館のおいしいご飯と、あったかい布団で心地よく過ごすのと、炎天下の中野宿するのと、どっちがいい?」

「……」

 

この選択肢で、流石に後者を選べるやつはいないだろう。

 

***

 

「……」

「そう不貞腐れないでよ、ハル君」

 

高速道路をスピード違反すれすれの速度で走り抜け、信号もほとんどない田舎道をこれまた全速力で走るレンタカーを運転する竹田からの言葉も無視して、助手席に座る俺は車内に流れるクラシックの鑑賞にひたる。別にクラシックが好きなわけではないが、外の景色も変わり映えがないし、だからと言ってこの詐欺師の言葉に反応するのも癪だった。

 

「まったくだぜ武藤。ただ同然で旅行に行けるのに何が不満なんだよ?」

 

後部座席の五和の問いにも、俺は答えない。大体何が不満かといえば全てなのだから、全部説明するのも面倒だ。

 

「やれやれ、こりゃ重症だねえ」

 

からからと笑う竹田に対し俺の不満は募るばかりだが、それでも俺は沈黙を貫き通す。

 

「……だからね、このカードを軸にするなら、それを引きやすくするようにドローができるカードを増やすとか、デッキを圧縮できるカードを入れるのもいいと思うわ」

「なるほどです。じゃあ、このカードならどうですか?」

「あー、そのカードもありね。ただ、デメリットが大きいから相手の手札誘発には気をつけないと」

「うんうん。じゃあ、このカードを入れてみます。やった、これで完成!」

 

五和の隣の席では真崎と遊城がデッキを作っているようだ。乗り物で文字列見て酔ったりしないのかこいつら。

 

「ありがとうございます、真崎先輩!さすが遊戯王部部長ですね!」

「いえいえ、遊城さんも飲みこみが早いわ。すぐに強くなれるわよ」

「本当ですか。じゃあ、宿に着いたらデュエルしてください!」

「望むところよ……と言いたいけれど、アドバイスした私は遊城さんのデッキ構築を知ってるし、あまりフェアじゃないわね……」

「はっ!これは真崎先輩にアピールするチャンスでは!?」

 

五和、考えがダダ漏れなうえに俺のうしろで大声を出さないでくれ。と言ってやりたいが、さっきから沈黙を貫いている俺がここで口を開くとそこから雪崩のようにちょっかい出されるだろうしやめておこう。

 

「うーん、私以外に相手は……」

「はいはいはいはーい!真崎先輩、俺に任せてくださいよ!」

「竹田さん、お願いできますか?」

「ズコーっ!!華麗にスル―!?」

 

だから俺の後ろで大声を以下略。

 

「あーごめん。僕今デッキを人に貸しちゃってるんだよね」

「そうなんですか、残念ですね。えーっとじゃあ……」

「ほら!やっぱ俺ですよ先輩!」

「それしかなさそうね……」

「なんで苦肉の策みたいに言ってるんですか!?」

 

だから以下略。

 

「五和君でいいかしら?遊城さん」

「あの、なんで武藤君には聞かないんですか?」

 

遊城の問いに車内の空気が一気に凍りつく。唯一竹田だけは鼻歌をうたっているが、それさえもこの状況では虚しく響くだけだった。

 

「え、えーと、その、武藤君は……」

「調子が悪いんでしょうか?」

「いや、そんなことはねーけど、武藤は……」

 

いや、そんなに言いよどんだら明らかに何かあったことがバレバレじゃねーか。真崎たちの気遣い故なんだろうが、やるならもっと上手くやってもらいたいところだ。

 

「……別にいいですよ、俺は」

「え?む、武藤君?今の話の流れ聞いてなかったの?」

「聞いてましたよ。遊城のデッキ調整に付き合えばいいんでしょ?」

「そ、そうだけど……。いいの?」

「たかがデュエルにそこまでの意気込みはいらないでしょ」

「そ、そう。ならいいけど」

 

真崎も五和もそれ以上は何も言わなかった。それでも、その無言の裏に俺に対して言いたいこと、聞きたいことが山ほどあるのはひしひしと伝わってきた。

 

「さて、そろそろ目的地だよ。みんな、降りる準備してねー」

 

そんな沈黙をぶった切る竹田のお気楽前回の声で、俺たちは前方へ目を向ける。

 

さて、ここで皆に問いたいのは夏休みに団体で旅館に泊まるとしたらどんなところを想像するかってことだ。片田舎の温泉街?それとも緑豊かな山奥?

今回俺たちに与えられた答えは違った。大して期待していなかった俺でさえ、この場に着いたときは思わず『うへえ』と言ってしまいそうなくらいには意外性ナンバーワンな場所だったのだ。

 

「やってきました僕らのお宿!」

「あ、あの、竹田さん?ここって……」

 

先ほどまで馬鹿みたいにテンションの高かった五和ですらこれだ。

 

「ん?ああ、ちょっと古臭い宿だけど、お風呂も料理も一級品だから大丈夫だよ?」

「いや、古臭いっつーか、問題はそこじゃなくて……」

 

五和は大きく息を吸い込む。

 

「なんで墓地のど真ん中に旅館が建ってんだああああああ!」

 

そう、旅館の周囲には見渡す限りの墓石が並んでいる。つまるところ、ここは墓地だ。

 

「ここは僕の知り合いのやってる旅館でね、まあ少々奇抜な場所だけど、ここで殺人とか、自殺とかそういう恐ろしいことは起きてないから安心してよ」

「安心できねえ!そんなワードが出てくる時点で一ミリたりとも安心できねえ!」

「ま、まあ五和君。せっかく竹田さんが連れてきてくれたんだし……」

「ま、真崎先輩は平気なんですか!?」

「ぜ、全然……。ゆ、遊城さんはどう?」

「私は別に。こういうところにある旅館って初めてだから楽しみです」

 

そりゃ世界のどこを探してもこんなところに旅館を構えるやつはいないだろうに。いや、ここにいるってことなのか。

 

「さ、荷物も重いし、さっさと入ろうか」

「ええ……き、気乗りしねえ……」

 

ぶつくさ言いつつも五和は竹田の後に続いて旅館に入っていく。真崎と遊城もその後に続く。

 

『あの、マスター……』 

『なんだサイマジ』

『その、ここ、出たりしないんでしょうか?』

『なにが?』

『何って、ゆ、幽霊ですよ!マスター怖くないんですか!?』

『はっきり言って精霊も幽霊も大差ないからな』

『ガーン!私たちって幽霊と同じ扱い……?』

 

謎にショックを受けるサイマジはほっといて、俺も旅館へと歩を進める。

 

「おそいよハル君。みんなそろわないと部屋に行けないじゃないか」

「ああ、悪い」

「おや、あなたが竹ちゃんの言ってたハルカ君ですね」

 

そこに立っていたおそらくこの旅館人物であろう赤髪の女性。年齢的には竹田より少し上に見える。てっきり婆さんや爺さん出迎えてくるものかと思ったが、彼女の落ち着いた雰囲気やたたずまいはかなり大人びて見える。

 

「……どうも」

「やれやれ、相変わらずの無愛想だねえ」

「ほっとけ」

「ま、いいや。えっと、こちらはこの旅館の女将の神月ルカコさん。うちの大学の卒業生で、3年前からここでこの旅館を経営してる」

 

女将、というからにはこの旅館を経営している張本人であるということだ。竹田の話しならまだ20代のはず。相当なやり手ということだろうか。

 

「よろしくね」

「で、ルカコさん、こっちはハル君とそのお友達さ」

「ふふ、みんな若くていいですね。団体のお客様は久しぶりだから、私も張り切っちゃいます」

 

このルカコという女性、少し不思議な感じがする。何がと言われれば具体的な回答は一切ないのだが、なにか懐かしいような……。

 

「それでは、お部屋にご案内しますね」

 

まあ、とりあえずは荷物をおろしてからか。ずっと助手席に座りっぱなしだったから腰が痛い。

かくして、俺たちの長い夏が幕を開けた。

 

 

***

 

「えーっと、じゃあネオスペーシアンブラックパンサーでダイレクトアタック!」

 

ハルカLP1200→200

 

「よし、これが通れば私の勝ちです!ネオスペーシアンフレアスカラベでダイレクトアタック!」

「これが通ると遊城ちゃんの勝ちだけど……」

「ええ、武藤君なら何かあるはずよ」

 

俺のフィールドにはモンスターも伏せカードもない。手札は2枚のみ、

この状況で遊城の攻撃を防ぐのだとしたら、墓地から発動するカードかゴーズのような逆転のカードしかない。

俺は自分の手札を見て、自嘲気味に笑う。

 

「……対戦ありがとうございました」

「どえええええ!?な、なんもねえのかよ!」

「ご、ゴーズのような逆転のカードは……?」

 

ねーよ。つかゴーズならブラパンの攻撃後に出さないと意味ねーだろ。

 

「や、やった!勝ちましたよー!」

 

旅館の一室、俺たち男子の部屋のテーブルの上で行われた遊城の初陣は俺の敗北で幕を閉じた。

いやはや、遊城の強いこと強いこと。これは昇進確定だな。

 

 

「だな。じゃねーよ!武藤、お前やる気あんのかよ!」

「なんだよ五和。遊城の初勝利を祝ってやれよ」

「いや、それはそうなんだけど、なんつーか……」

「武藤君、あなたの第4ターンでの攻撃なのだけれど、あれは愚策だったと思うわ。遊城さんの公開領域のカードから踏まえても、十中八九カウンターが来ることはわかっていたでしょ?」

「へえ、そうなんですか。全然気づかなかったっす」

 

俺の適当な返答に、真崎は大きくテーブルを叩く。

 

「……なんすか」

「気づかなかったはずないじゃない!私の知ってる武藤君ならあれくらい……」

「先輩の知ってる俺ってなんすか。勝手な理想を押し付けないでくださいよ」

「……!もう、いいわよ!」

 

そう言い残して、真崎は部屋を出て行ってしまった。

 

「ちょっと、真崎先輩!まってくださいよー!」

 

それを追いかけるように、五和と遊城もどたどたと部屋を出ていく。

あとに残されたのはテーブルの上のカードに目を落とす俺と、窓辺で寝そべってアイスキャンディーを食べている竹田だけ。

 

「あーあ、ハル君振られちゃったねえ」

「なんでみんなデュエルで負けたくらいであんなに怒るんだよ、バカか」

「どの口が言ってんのさ」

「その皮肉は俺に効く、やめてくれ」

「あーはいはい」

 

竹田はもういいですと言いたげにアイスを食べ終え、持参していたキャリーケースを開ける。

 

「って、おい、お前それ!」

 

中身を見た俺は思わず声を荒げてしまう。なぜなら、その中身は先日俺とタケルが使ったデュエルディスクだったから。

「こんなところに持ち出すとか、正気か?」

「タケル君に預けとこうと思ったんだけどね。彼がそんな大それた役はできないってさ。大丈夫だよ。これは起動させなければただのガラクタにしか見えないからね」

「そういう問題かよ……」

「ま、そんなカリカリしないで。少し外の風にでもあたってきなよ。敗北者君」

 

外に行ったってあるのは墓地なのだか、このままこのマッドサイエンティストもどきと一緒にいるのもごめんだ。部屋を出るか。

 

そのあと旅館の中を歩き回ったが、特に何もなかったので、俺は外を探索し、たまたま見つけた足湯の浴槽に足をつけて、15分くらいぼーっとしていた。

そういや、サイマジのやつ、やけに静かだな。ソードマンも出てこないし。

 

「……ほんと、なんなんだろうね」

「なんなんでしょうね」

「……!」

 

唐突に隣に気配を感じ、そちらを見ると、神月さんが同じ足湯に浸かっていた。

 

「いつからいました?」

「いつからでしょう。ずっと前からいた気もするし、ついさっき来た気もします」

「は?」

「人生って、そんなものですよ。何もかも曖昧で、確かなものなんてどこにもない。黒も白もなくて、あるのはグレーな事象ばかり」

「はあ」

「でも、やっぱり確かなものが欲しくて、黒か白が欲しくて、グレーな現実を切り捨てようと、みんなあがいています。そんなの、生きている人間には無理なんですけどね」

 

神月さんは乾いた笑みを浮かべて、周囲の墓石を見渡す。

 

「でも、死んだってそれは同じ。天国も地獄もなくて、あるのはぼんやりとした概念と化した自分だけ」

「ぼんやりとした、自分」

「少し、思い当たりますか?」

「俺には……。俺自身の過去がない。用意された過去と、それに基づいた記憶があるだけで、武藤ハルカという現在も、虚ろな幻でしかない」

「じゃあ、あなたはその虚構の今を、どうしたい?」

「俺は……」

 

言い淀んでいると、ポケットの携帯が鳴った。着信画面を見ると、非通知。不審に思いながらも、応答する。

 

「はい?」

「武藤ハルカ。真崎キョウコの身柄を預かっている。返してほしければ、今から指定する時間に、指定の場所に来い」

 

聞きなれない声、というよりは機械で加工された声、しかし、話の抑揚などから、かろうじて女性の声であると認識できた。

 

「お前……、ミス・ドリームか?」

「知りたければこちらの要求通りに動いてもらおう」

「ふざけるのも大概にしろよ」

「では、もう一つ、武藤ハルカ、貴様の精霊のカード、サイレントマジシャンもこちらにある」

「な……!」

 

さっきからいないと思ったら、あいつ、何してんだ一体。

 

「……わかった。時間と場所を伝えてもらおうか」

 

通話が終わると同時に、俺はソードマンを呼び出す。

 

『まったく、彼女は何をしてるんだか……。申し訳ありませんマスター。私がいながら……』

『ソードマン。今の電話、本当にミス・ドリームだと思うか?』

『わかりません。彼女の息のかかったものか、あるいは……』

『とりあえず、行くしかないってことか』

『ですね』

 

小さくため息をつく。ふと隣を見ると、神月さんのすがたはなかった。気づけば足元の湯もだいぶぬるくなっており、夕日が真っ赤に燃えていた。

 

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