俺が高校生になってから1か月が経過した。朝の教室ではクラスの連中がそこら中でグループを組み、担任が来るまでの時間を雑談に費やしている。
俺はというと、初日から変わらず自分の席で音のならないイヤホンを耳にさして机に突っ伏している。
つまりは、俺は友達作りに失敗したのだ。最初のうちは声をかけてくるやつもいたが、俺の会話が下手すぎて一週間もすれば彼らと話す機会もなくなっていた。
まあ、別に気にしてはいないが。
「よ、武藤!」
だが、一人だけ違うやつがいた。それは入学式の日に俺に声をかけてきた五和ダイゴだった。こいつだけは毎朝俺の席にやってきてはよくわからん世間話を一方的に始めるのだ。
「……なんだ五和」
「相変わらずテンション低いなあお前は」
「朝からハイテンションな方がおかしいんだよ」
「まあ、そう言うなって!」
「それで、何の用だ?」
俺はイヤホンを外して顔を上げる。話す気はさらさらないのだが、一応礼儀として話している五和が不快感を抱かないようにはしている。
「いやそれがさ、こないだ姉貴に言われて部屋片づけてたんだけどよ、そしたらなに見つかったと思う?」
「いかがわしいゲームか?」
「ちげえよ!俺を何だと思ってんだ!見つかったのはこれだよこれ!」
そういって五和が机の上に出したのは、紅茶の箱だった。
「流石に数年越しで見つけた紅茶は飲まない方がいいと思うぞ」
「飲むかそんなの!てか、これ中身は紅茶じゃねーんだよ!ほら!」
箱のふたを開けた五和が俺に見せたのは、クリボーのカードだった。
「……クリボー?」
「クリボーだけじゃねえんだよ、これ、俺が小学生くらいの時に集めてた遊戯王のカードがたくさん入ってたんだ!」
五和は意気揚々と箱からカードを取り出し、机の上に並べる。
「いやー、懐かしいなーこれ!ほら、マハーヴァイロとか、デーモンの斧とかさ!あーあとブラッドヴォルス!昔近所に住んでた友達とトレードしたんだよなあ!」
確かに、机の上に出されたカードは懐かしいものが多かった。イグザリオンユニバースやマジシャンオブブラックカオス。処刑人マキュラなんかもあった。
「それで?このカードを俺に見せてどうするんだ?」
「いや、あれだよ、ネットで見たんだけど、今って昔のカードが価値上がってんだろ?俺もそれに便乗して小遣い稼ぎしようかなーってさ!」
「なるほど」
「なあ、なんか値段つきそうなカードあるか?」
「なぜ俺に聞く」
「いや、前に遊戯王の話したら詳しそうだったからさ!」
「……」
仕方ない。このまま延々と話されてもいい迷惑だ。さっさと査定して、あとはカードショップにでも任せよう。
「そうだな……このウルトラレアのマキュラは値段つくと思うぞ」
「まじ!?いくらだ!?」
「まあ、500円くらいか」
「ずこーっ!ご、500円って!1時間アルバイトしたほうが高いじゃねーか!」
「これでもかなり譲歩した査定だ。キズや折れもあるからショップに持っていけば200円すればいい方だぞ」
「うう……俺の億万長者への道が……」
カードで億万長者って、もしこいつがDMの世界にいたら王の右手の栄光にすぐに食いつくだろうな……。
「うーん……それしか値段つかないなら保管しとくしかないな……」
「そうだな」
「そういえばさ、こないだ遊戯王部の見学に行ったんだけどよ」
「まだ続くのか……」
「部長の真崎先輩、めちゃくちゃ可愛いよな~!遊戯王もすげー強かったし、いいよな~!」
「……お前、真崎先輩とデュエルしたのか?」
「え?ああ、まあな。貸し出しデッキ借りてやったんだけど、もうボロ負けでさー。今ってブラックマジシャンすげー強いんだな!」
あの先輩、初心者相手にブラマジ使ったのか……。いや、真剣にやることは悪くはないけど。
「でさ、今度は武藤も一緒に行こうぜ!」
「行かない」
「えー、なんでだよ?デッキなくても貸してくれるし、部室も広いし、先輩可愛いし、最高だと思うぜ?」
そろそろ担任が来てくれると嬉しいんだが、残念ながらホームルームまであと10分もある。このまま五和と話していると全くリラックスできない。
なら……。
「五和、お前真崎先輩に負けたんだろ?仮にもう一度行ってデュエルしてまた負けたらカッコつかないぞ?」
「そ、それはそうかもしれねーけど……」
よし、これでこいつも諦めるだろう。
「だったら、特訓だ!」
「は?」
「特訓だよ特訓!遊戯王の腕上げて、そんでもってまた真崎先輩とデュエルする!そして勝つ!どうだ?完璧だろ?」
「いや、どこが?」
「よーし!そんじゃ放課後、駅前のカードショップに行くぞ!武藤、頼むぜ!」
「は?なんで俺まで……」
「はーい、席つけー」
俺が断りを入れようとした矢先、担任が教室に入ってきたため、俺の発言はタイミングを逃してしまった。
***
そして放課後、何とかうまく姿を消そうとした俺だったがチャイムと同時に五和につかまり、勢いに流されて駅前のカードショップに来てしまった。
「おっほー!まだ5時前なのに人がたくさんいるな!」
デュエルスペースやショーケースに密集する客たちを見て、五和は歓喜の声を上げている。
「よかったですね、マスター!お友達とカードショップに来れて!」
ふわふわと俺の目の前に出てくるサイマジは上機嫌だが、俺はそれに反応はしない。この場で急にしゃべりだしたらどこぞの宝玉獣使いと勘違いされそうだし、脳内で会話するのも面倒だし。
「あ、武藤!あそこ空いたぜ!座ろう!」
「お、おい!」
容赦なく俺の腕を引っ張る五和。仕方なく長机の隅っこの席に着席することになってしまった。
「それで?特訓ってなにすんだよ?」
「まずはデッキだ!俺のオリジナルデッキを作るんだよ!」
まあ、デッキがないと始まらないのは確かではある。
「で、デッキってどうやって作るんだ?」
「丸投げかよ……。取り合えず、予算はいくらだ?」
「え?2000円くらいで作れんじゃないの?」
2000円って……。確かに遊戯王やってない人ならそれで足りると考えてもおかしくないが、2000円だとストラク3個合体すらできない。単品で集めても2000円となると難しいところだ。
「予算はこれ以上増やせないって認識でいいんだな?」
「え?ああ、まあそうだな。今月カラオケとかボウリングめっちゃ行ったし」
「なら、まず主軸にするカードを決めよう。そこからそのカードをサポートできるカードを集める。できればショーケースの中のものよりストレージに落ちているものだけで組めるようなデッキだ」
「すとれーじってなんだ?」
「……要するにノーマルカードコーナーだ」
「なるほどな!ノーマルなら安価で組めるってことだな!」
そこから、五和のデッキの主軸になるカードについての話し合いが始まった。
「やっぱドラゴンだよドラゴン!攻撃力の高いドラゴンで勝つ!」
ドラゴン。様々なカードゲームがあるが、その中で一番人気なのはやはりドラゴンなわけで、遊戯王にも強いドラゴンはたくさんいる。ブルーアイズやレッドアイズ、カオスエンペラー……。
ただ、人気というだけあってドラゴンやそのパーツのカードはそこそこ値段がする。レアリティコレクションなんかで再録されているものもあるが、2000円で全部揃うかは怪しいところだ。
「ドラゴン……か」
「え?無理そう?」
「無理ってわけじゃないが、2000円だとそこそこのが作れるかどうかってとこだ」
「まじかよ……」
「だが、方法はある」
「え?」
「今の遊戯王にはエクストラデッキから出せる強いモンスターがたくさんいる。メインデッキはそれを出すための素材カードで固めて、切り札級のドラゴンをエクストラデッキから特殊召喚すればいい」
まあ、流石にヴァレソとかスカルデットは厳しいけど。
「なるほどな!今の遊戯王ってそんな構築もあるのか!」
「それじゃあ一端ショーケースを見てみるか。500円くらいのカードなら予算的にも間に合いそうだ」
「おうよ!」
そこからショーケースを眺めること10分。
「よし!こいつにするぜ!」
五和が選んだのはヴァレルロードドラゴン。ハノイの崇高なるモンスターであるこいつは強力な効果を持ったリンクモンスターだ。以前リボルバーストラクで再録されたのと、たまたま特価コーナーにあったため、380円で購入できた。
「後は、このカードと相性のいいカードをストレージから集めよう」
「えーと、このヴァレルロードは効果モンスター3体以上を素材に出せるのか」
「ああ、つまりたくさんモンスターを展開できるカードが相性がいいだろうな」
まあ、本当ならリボルバーストラクを3つ買えば相性のいいヴァレットデッキを組めるんだが。
「どんなのにすればいいんだ?」
「それは自分で考えろ。俺がカードを選んでも、それはお前のデッキじゃない」
「おお、なんか深いな今の言葉!」
「ほら、ストレージはあっちだ」
「よし!わかった!行ってくるぜ!」
意気揚々とストレージコーナーへ向かう五和を見送った後、俺は近くの空席に腰掛けて、小さく息を吐く。
「五和さん、どんなデッキを作るんでしょうね?」
その俺の上空でせわしなく飛び回るサイマジが今度は脳内に話しかけてくる。
『さあな。もしかしたらとんでもないジャンクデッキを作ってくるかもな』
『むー。それならマスターが教えてあげればいいじゃないですかー』
『いやだよめんどくさい。それに、さっきも言ったろ?俺が指示して作ったデッキは五和のデッキにはならないって。最初は手探りでも自分でカードを選ぶ方が後の成長につながるんだ』
『あれえ?マスター渋々って感じでここに来たのに結構親身になってあげてるんですね?』
『まあ、そうかもな』
『何か理由でもあるんですか』
『今朝教室であいつが部屋から引っ張り出したカードに値が付かないと知った時、あいつは保管しとくって言ったろ?」
『言ってましたね』
『遊戯王に何の興味もなければそのカードたちは古ぼけたブリキ人形同然。すなわち捨てるって選択肢になる。でもあいつはそうはしなかった。それはあいつの中にあのカードたちと一緒に遊んだ記憶が残っているからだ』
『なるほど……流石マスター!そんな何気ない一言からそこまで察するなんて!』
サイマジは大げさにうなずく。
「クリクリ~」
『?なんか言ったかサイマジ?』
『え?何も言ってないですよ?』
『いや、今確かに何か聞こえたぞ?』
『そりゃあ人たくさんいますし』
『……聞き間違いか』
それから20分くらいで五和は戻ってきた。
「武藤!カード買ってきたぜ!あと、スリーブってやつも買ってきた!この黒いやつが70枚入りで安かったぜ!」
そう言って五和が見せてくるのは、俺がよく使うものと同じスリーブだった。
「お疲れさん。てか、スリーブも予算内で買えたのか?」
「いや、それがさ、小銭入れに500円玉入っててさ、結局予算は2500円にしたんだ」
「なるほど。じゃあ買ってきたカードをスリーブにいれとけ」
「おうよ!」
五和はカードを包装から取り出し、70枚入りのスリーブを開封してカードを入れ始めた。その様子を見ながら、俺はふと昔のことを思い出していた。あの頃の俺も、今の五和のように小遣い貯めてカード屋に入り浸っていた。お年玉なんかもらった日には新弾を2箱も買って親に怒られた記憶がある。あの時の記憶は、今でもはっきりと覚えているのに……。
「よっし!買ったカードは全部入れたぜ!後は……」
五和はカバンを開けて、今朝の紅茶箱を取り出す。
「えーと……あ、あった!クリボー!」
「クリボーを入れるのか?」
「ああ、実はこのクリボーは昔初めてパックを買ったときに出たやつでさ、昔は弱っちいなって思ってたけど、アニメで活躍してたからデッキに入れてたんだ。まあ、お守りみたいなもんだな!」
「そうか。いいんじゃないか」
「後はこれをシャッフルして……と。よし、武藤!デュエルだ!」
「……え?」
「なんだよ、早くやろうぜ?」
「いや、俺そろそろ帰ろうと思ってたんだが」
「何言ってんだよ、特訓だって言ったろ?」
五和はぐいぐいと詰め寄ってくる。
「別に、俺じゃなくてもその辺のやつにフリー対戦を申し込めばいいだろ」
「いや、でも初対面で話しかけるのは……」
「学校で一緒の連中と知り合うときも初対面だったろうが」
「いや、でもなあ……」
はあ、全くこいつは陽キャなんだか陰キャなんだか……。
「なあ、頼むよ!」
「いや、でもほら、俺デッキが……」
「え?お前の目の前に置いてあるじゃん」
「は?」
テーブルに視線を戻すと、そこには確かに俺のデッキが置いてあった。思い当たる節は十二分にある。
『おい、サイマジ』
『デッキづくりに協力したのなら最後まで付き合ってあげましょうよ!』
全く。遊戯王部の時といい勝手に俺のカバンからものを出すのはやめていただきたい。
だが、五和もサイマジもデュエルをしろと俺に要求している。2対1、多数決は俺の負け。
「……わかったよ。一戦だけな」
「おお!さんきゅ!」
「ルール説明はいるか?」
「いや、それは遊戯王部で教えてもらったぜ!確か先攻ドローは無いんだよな?」
「ああ。それじゃあ始めるか」
俺は携帯をとりだして電卓アプリを起動して五和にも見えるように置く。
「へえ、そんなアプリあるんだ。俺もあとで入れとこ」
俺はシャッフルした自分のデッキを五和に渡しカットしてもらう。それと同時に五和のデッキをカットしようとしたが……。
「おい、やけに分厚いんだが」
「え?60枚以下ならいいんじゃないのか?」
「いや、まあルール的に問題はないが……」
こりゃもう少し教えたほうがよかったか?というか2500円でよく60枚も揃えたな……。
「よーし。カット終わったぜ!」
「よし、じゃあ行くぞ」
「「デュエル!」」