芳香の忘れモノ   作:とるびす

3 / 3
第3話

 宮古芳香は夢を見下ろした。

 

 枯れていくこの想いは、果たしてただの勘違いなのか? いつかの日か、遠い夢の中で忘れたモノも同じだった。

 

 腫れ物のように焦ったくて、病魔のように纏わりつく不快感。

 底がないほどに落ちているような、そんな感覚。水面はどんどん遠ざかっていく。

 

 心を掴めない、触れることすらできない。

 己を知ることは能わず、それにこだわる意味すら忘れた。打ち棄てられていく思考。

 

 寄生された蟲のように、支配され、朽ち逝く。病の果てに、腹の内に黒いモノを孕んだ気がした。これが自身の罪という物なのか。

 

 罪というなら、そうなのだ。

 誰かの為だけに生きていきたかっただけなのに。貴方の為だけに、生きていきたかったのに。

 どうして心は壊れてくれなかったのか。

 

 こうして時折、自分の朽ち果てた思考と身体を覗きながら、苦しみ続けるのだろう。そしていつか忘れて、思い出して、また嗤う。

 自身が流す涙の訳も知らないまま、死と夢の狭間を彷徨うのだ。

 

 

 あなたさえ──今、欠けて、消えてゆく。

 

 

 

 

 

 澄み渡る秋空を仰いだ。目一杯視界に収めたくなったが、首が固くて思うように曲がらない。すとん、と地に倒れた。

 

 悪くない。

 では、舞い散る紅葉を棺としよう。

 

「おー」

 

 どう表現したものか。

 込み上げる変なモノに対して、訳も分からず声を上げてみる。取り敢えず声を出せばどうにかなると思った。

 

 ゆっくりと悲しげに、或いは極めて憂鬱で緩慢。そんな表情で唸る。

 時折、こうして景色に見惚れては、胸の奥からナニカが持ち上がるような、そんな感覚に苛まされていた。煩わしくて仕方ない。

 

 家に帰れば青娥が直してくれる。彼女が少し弄れば、しばらくは煩わしい『それ』に悩まされることはない。

 

 伸びきった腕を地面に叩きつけ、その反動力で直立する。棺としていた紅葉が風に煽られ、飛んでいった。やはり、何故だか残念だった。

 

 

「貴方が宮古芳香さん、でよろしいでしょうか」

「ん、誰だあぁ?」

 

 呼び止める声に身体を反転させる。舞い降りたのは包帯ぐるぐる巻きの大怪我をした女。多分、初めて見る者だった気がする。

 だが彼女からは、主人と同種の匂いがした。

 

「そのやんごとなき格好は仙人様だな! 私の主人は此処にはいないぞぅ」

「ええ、みたいですね。彼女はとても身勝手で利己的な人、そう簡単に会えるとは思っていません。貴方も、苦労されてるでしょう?」

「青娥を悪く言うのは、良くない!」

 

 備え付けられた闘争本能が過敏に反応し、牙を剥く。これに対して、仙人は謝意を込めて一礼するに留めた。

 

「ふふ、かの仙人が使役する死体。どのような者かと思い、要らぬ探りを入れてしまいました。申し訳ない」

「なんだ悪戯か。ほどほどになー」

「ぞんざいに扱われている死体がこれほど綺麗なわけがない。よく手入れされているのでしょう」

「おぅ。肌のケアには気を使ってるぞぉ」

「そうですか。それは良かった」

 

 朗らかに笑うその姿に、とてもじんわりとしたもの感じた。コレも嫌いだ。やっぱり今日は悪い事ばかりだ、と。らしくもなくうんざりする。

 そんな死体の存在もあやふやな心情を察したのか、仙人は目を細めて首を垂れた。

 

「近くに居ないのなら仕方ないですし、それでは、日を改めますね。お忙しそうなところ失礼しました」

「おー構わんよ。じゃーなー」

 

 手を振る事はできないので、身体全体を振り回して別れを表現した。そんな姿に微笑ましいものでも感じたのか、仙人は微笑みながら、死体の頬を撫でる。別離を惜しむかのように。

 

「また会いましょう。……さようなら」

 

 そうとだけ言うと、仙人は身を翻し、色艶やかな山へと消えていく。

 

 残された『死体』は、やはり気持ちの悪いものを感じずにはいられなかった。触れられた頬が爛れたように熱を帯びていた。

 

 何の問題もない。痛みを感じるすべはない。気に留める事ではない。

 決して──何も──。

 

 

「──今度こそ、本当に死ねるといいですね」

 

 

『よしか』は、何も聞かなかった事にした。




本当の愛を知っていたのはにゃんにゃんだけというオチです。

ちなみにこれは関係のない話ですが『よしか』が流行病に罹った時期は、当時四煌と呼ばれていた黒谷ヤマメの全盛期でもあります。そしてそのヤマメを討伐し、後に賢者となるほどの名声を手に入れたのが華扇なんですよね
なんでヤマメと戦ってたんでしょうね?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。