「ヴァーミリオンを名乗る?」
「はい、私たちは……その、そういう仲ですし、ラクナはファーストネームがないですし、だからですね、ええと……」
「ああ、それいいな」
「本当ですか!」
「ああ、ラクナ・ヴァーミリオン。いいじゃん、完璧だ」
「えへへ」
出会ってから、どのくらい経っただろうか。冬は何回か超えた気がする。それくらいの時間が経てば、俺たちの関係にも変化が出てきた。簡単に言えば恋仲になったのだ。
「……なあ、メイヴィ」
「なんですか?」
「今、幸せか?」
「ええ、とても」
にこりと笑うメイビスの表情は、どこか辛そうだった。
年月が経つ毎に楽しい事も増えていくが、積み重なる死は無くなることはない。頻度は少ないとはいえ、着実に積み重なっていく死はメイビスを蝕んでいる。ああ、これは良くない。
「メイヴィ、散歩に行かないか」
「いやです。外には、出たくありません」
最近は、外に出ようとすらしなくなった。死を極端に恐れるようになったメイビスは、家に閉じこもるようになった。動物が、人が死ぬところを見たくないメイビスが、心を保つ為の自衛だろう。
多分、ギリギリのところで踏みとどまっているはず。これ以上死を見たら壊れるのではないか。そんな気がする。確証はないけど。
「そうだな、それじゃあ少し横になろうか」
「いいですね! 来てください!」
横になる。なんやかんやの収入もあって、今は寝具などは揃っている。それでもメイビスは、俺の腕枕が好きなようだ。
「……落ち着くんです。ラクナの側にいると、とても」
「そうか」
「私の撒き散らす理不尽な死が効かない。無条件に私を愛してくれるラクナといると、私はとても満たされます。でも、常に私が殺してきた命が、そんな幸せは許さないと囁くんです」
「……そうか」
「これのおかげで、ラクナに出会えました。感謝しています。でも、怖い。今日まで大丈夫でも、次の瞬間にラクナが死んでしまったら? 私は耐えられません」
「俺は死なないよ」
「分かっています。だってこれまでの間何の影響も無かったんですから。でも、怖い。ラクナと触れ合っている今でさえ怖い。私は、もう誰かが私のせいで死ぬのを見たくない……」
「ああ」
「私は魔導士です。曲がりなりにもギルドのトップで、荒事だって経験してしてきました。でも、周りの大切な命が、リタが死んだ時の、命が消える音が頭から離れない。マカロフまで死んでしまっていたらと思うと……私は、どうにかなってしまいそうです」
「……」
「助けてください、ラクナ。私を、殺してください。私を、この恐怖から解放してください」
「……俺に、メイヴィを殺せと。メイヴィがリタを殺した咎を、俺にも味えと」
「ちがっ、私はそんなつもりじゃ──」
「分かってる。ちょっと意地悪を言ったな。メイヴィに会った時からずっと考えていた。殺してと言われたら、そうしようって」
その時が来ただけだ。メイビスも限界で、俺にはメイビスを殺すだけの力がある。予想外なのは、恋仲になった事で殺すのが躊躇われるってところだろうか。
「……思えばラクナは初めて会った時からずっと優しかったです。一人ぼっちだった私を、助けてくれて。どうして私に、こんな理不尽な死を招くだけの存在の私に、良くしてくれたのですか?」
なんでって、そりゃあ──
「──よくわからない場所に来ちまって、出会った女の子が泣いていたんだ。そりゃあ助けるしかないだろう」
「こんな、枯れた世界でですか?」
「この程度。メイヴィが撒き散らす程度の呪いじゃ、俺は死なないから。特に予定も無い身の上だ。少しばかり捧げてやるのも悪く無いってな」
「だからって──優しすぎます」
大した事じゃない、とは思うのだが。それでメイビスが救われたのならいいだろう。
「明日。明日……お別れだ」
「はい。大好きです。ラクナ」
寂しいが、仕方ない。また、会えるさ。
「さて、それじゃあいいか」
「はい」
「じゃあな、メイヴィ。また会おう」
「待ってください。最後に一つだけ」
目一杯背伸びしたメイビスにキスされて、離れる。
「ッ……! おいおい、メイヴィ。泣いてるぞ」
「ラクナこそ……号泣じゃないですか」
ああ、悲しいよ。でもやるしかない。それが、メイビスの望んだ事だから。
メイビスに手をかざす。
魔法の行使は一瞬だ。痛みもなければ、傷もつかない。ただ命だけを刈り取る。
「さようなら、ラクナ」
「また会おう、メイヴィ」
ふっ、とメイビスの身体の力が抜ける。
「……死後の身体は
今のメイビスは死を撒き散らしてはいない。うん、これなら大丈夫だろう。
支部長を、本部にお届けしようか。
「メイビス・ヴァーミリオンを預けに来た」
扉を開けると、ギルドは閑散としていた。一人しかいないじゃないか。これなら支部の方が人多いぞ。
「……どういう、事だ」
「何かを話すつもりはない。
「初代を、こちらに」
「ああ、優しくな」
「死んで……」
「話すつもりはない。メイビス・ヴァーミリオンをどうするのかは任せる」
背を向けて、歩きだす。しばらく一人になりたい気分だ。
とりあえず、支部に帰って眠ろう。
少し、疲れた。
原作に沿って作ろうとしている都合上、どうしてもここで一旦退場してもらいます。
ヒロインが全く出てこないのはどうかと思うので、ちょくちょく出しつつ書いていきたいなと。
メイビスヒロインの少ないから、増えてくれると嬉しい。