世間はバレンタイン(遅い
「バレンタインデー?」
「ああ、気になる異性にチョコを贈る日が別の世界にあってな」
「ふーん……あっ、ラクナは私からチョコが欲しいんですね?」
「でもなーメイヴィは料理が出来ないからな」
「で、出来ますよ! この暮らしで少しは作れるようになったんですから!」
バレンタインデー、或いは本命のあの人に想いを伝える日。それは、既に親密な仲にある人達にも無関係ではなく、愛情表現としてチョコを贈る女性も多い。
俺が欲しいかどうかは全く関係ないが、メイビスはやる気になってくれたようである。この調子でチョコ作りも成功させて欲しいところ。
「ラクナ……あの、買い出しをお願い出来ませんか?」
「任せろ。いくら失敗してもいいようにたくさん買ってくるな!」
「一言余計です!」
スタコラ。
まさかメイビスに買い出しに行かせるわけにはいかないので俺が僭越ながら買い出し係を務める事になった。
頼まれた材料で何を作りたいのかぼんやりとわかってしまうが、ここは見て見ぬふりをするのが男というもの。悪ふざけにもラインがある事を弁えなければならない。親しき仲にも礼儀ありとはよく言ったものだ。
「これと、これと……あと、これをお願い」
「あいよー! なんだい兄ちゃんが作んのか?」
「いや、俺は買い出し係だ。ちょっと外に出られない身体でな、苦渋の決断というわけだ」
「そうかい、そいつは悪い事を聞いた! 詫びと言っちゃあなんだが、コイツを値引いてやろう」
「ん……? めちゃくちゃ高いけど、こんなとこじゃ売れないから程よく売ろうとしてるだけだろ?」
「まあまあ、そんなこと言わずに! どうだい、兄ちゃん!」
「……んー、もらおう」
「あいよ! 彼女さんは幸せモンだねぇ!」
「ははっ、その通りである事を願うよ」
呪いに蝕まれているメイビスが、心から幸せを感じる事があれば、どんなに嬉しい事か。
「あっ、おかえりなさい。ラクナ」
「頼まれた物だ。 ……んで、その指は?」
「早速作るので出ていってくださいという意思表示です」
「早いね。怪我だけはしないように気をつけてな」
「ラクナは私を子供か何かと勘違いしているのですか……?」
「まさか。じゃ、俺は外で待ってるよ!」
「あっ、逃げ……て、いいんでした。そういえば」
「ラクナ! 出来ました!」
バン! と勢いよく扉を開けて、メイビスが出てくる。途中「あーーー!!」とか「何故ーー!?」とか聴こえてきたけど、無事完成したのだろうか。
作り始めてからかなりの時間が経っているので、試行錯誤の末の代物であろう事は明白……?
「これは?」
「生チョコです!」
そう言われて出されたチョコは何やら不恰好で、最早生チョコのテイを成していないように感じる。
「生チョコか」
「そう……です。わかってます、不恰好で美味しくなさそうだなって思ったんですよね。私もそう思いました。でも、せっかく一生懸命作ったのだからラクナに食べてほしくて……」
「待て待て、食べないなんて言ってない。じゃあいただくとするかな」
ひょいぱく。
甘くなくて、固くて、なんか舌触りがざらざらしているチョコを噛み砕き、飲み込む。
「……うん、美味しい」
「本当ですか? 無理しなくていいんですよ?」
「無理なんてしてないさ。もう一つもらおうかな」
「あっ……たくさん、食べてくださいね」
「ああ」
俺以外のヤツが食べたところで、このチョコなんて美味しくないと言うだろう。でも、料理があまり得意ではないメイビスが、何度も試行錯誤して、ようやく完成させた俺の為のチョコが不味いわけがない。
「ありがとう、メイヴィ。美味しかった」
「……えへへ」
頭を撫でれば、嬉しそうにはにかむ。
まだ、チョコをくれたお返しをしてなかったな。
「じゃあ、俺からも。チョコじゃないけど」
するっと先程の店のおっちゃんから買ったネックレスを掛けてあげる。
「メイヴィの髪の色に合うと思ってな」
「わあ……!」
白の宝石が象られたネックレスが場違いな値段で売っていた。
「ありがとうございます! 大切にしますね!」
「うん、そうしてくれると嬉しい」
一頻り宝石を笑顔で眺めたあと、俺に向き直って、メイビスはこう言った。
「ラクナ、私……幸せです!」
「……大げさだよ」
「そんな事ないです! ……呪いの事なんて無かったんじゃないかって思えるくらい。今日くらいは、忘れられる気がします」
「それは良かった」
その笑顔が見れただけで、俺は満足だよ。メイビス。
天狼島編まで遠くない?