スマホに映る一通のメール画面を前に、私は内心で大変困惑していた。
応募しようと決めた次の日には履歴書を書いて郵送し、その数日後に書類選考に通って通話での面談をしたのだ。出来る技能やどういう事をしてきたのか、得意なゲームやキャラロールについてなども話した。他にも沢山の人が応募をしているだろうから、採用される可能性など全然考えておらず、その結果が――この、採用通知のメールである。
電話が来たのが授業中だった為出られなく、代わりにメールでの連絡として届いたらしい。しかし採用のメールが来ていても、いくつかの関門が私には残っている。一つは両親へ軽くしか話していなかった事だ。面談の時には両親の許可は得ていると言ってしまっていたのだが、実際は履歴書を出す時にアイドルの募集に出すだけ出してみていいかという風に聞いただけである。まさか両親もこうなるとは思っていないだろう。
そしてもう一つは学校から芸能活動の許可を得る事である。バーチャルでも企業に所属するタレントという扱いになるので必要らしい。芸能活動を禁止していない学校とはいえ、普通の芸能事務所のタレントなら理解はあるかもしれないが、まだ新しい分野のタレントとなると許可が下りるのか? という疑問が浮かぶ。
一先ず折り返しで電話を担当者へ繋ぎ、両親へ採用の事を話してから学校の許可を貰う事を伝えて了承を得る。残りの授業を終わらせたら、今日は急いで家に帰る事に決めた。
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その日の晩御飯の後、両親に話し合いの時間を作ってもらう。先日に送った書類の後に面談をして採用になった事、それとVtuberについての説明をする。
「色々と言いたい事はある。けど、これだけ聞く。鈴、これがお前のやりたい事なのか?」
「……うん、送った時はその、記念とかそんな気持ちもあったけど。でも、今はちゃんとやりたいと思ってる」
「父さんはまだVtuberが良く分かってないけど、会社に所属するという事は、仕事になる。趣味でやってるのとは違って、思い通りに出来ない事もあるかもしれない。辛いと思うかもしれない。それでもか?」
「うん、それでもやりたい。――お願いします、Vtuberをやらせてください」
父の目を見て、しっかりと言う。今の私はVtuberをしたいと思っている。帰ってから両親と話すまで、自分の心に尋ねていた。楽しんで実況をしていて、Vtuberを初めて見て、それからその配信を追い続けて。その気持ちの名前がなんなのか、まだはっきりと分からないけど――今まで見ていたVtuber達の様になりたい、とそう思う。
「すーちゃんがやりたいなら、いいんじゃないかしら?」
「そうだな。鈴が決めたなら、うん。……で、何か父さん達がする事はあるのか?」
「ありがとう、お父さん、お母さん。後は学校に芸能許可証を貰う感じなんだけど……明日先生に聞いてみて、保護者のサインとか面談が必要だったらお願い」
よかった。両親の許可を無事に貰えた……。後は、明日学校で許可を貰えれば……。
そんな翌日の学校での芸能許可証については、結果として思いの他スムーズに許可を貰う事が出来た。朝に職員室で担任の先生にお願いして、校長先生にアポイントメントを取ってもらい、放課後に校長室で話す事となる。
放課後のその場には校長と担任、それから何故か地理の先生が居て、地理の先生はVtuberについて知識があったから呼ばれたらしい。知識があるという話は本当で、ぶいすてーじに所属すると言ったら驚いた後に全面的に校長へのお話の協力をしてくれた。ぶいすてーじがVtuber業界では大手で怪しい所ではなく、最新の技術にも触れられて生徒にとっても良い経験となる。という先生のアシストもあって、電話で母とも確認を取り許可を貰った。
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無事に採用となったのでマネージャーさんも付いて、これからデビューまでの準備をしていく事となる。まず最初に決めるのは、私が演じる事になるリスの女の子の命名だ。先輩達の名前を見ながら、この子の名前をあーでもないこーでもないと考える。
じーっとこの子の緑色の目を見つめていると、やっぱり最初に見た時の様に綺麗だと感じる。そう、まるで宝石のような。緑の宝石、エメラルド、翠玉、翡翠。その連想から、翠という字で悩む。
何か一つ足りない、そう思いつつスマホの画面をとんとんと叩く。触れられないこの子、透明な壁、ガラス。……ガラス? 玻璃、璃……璃翠。うん、苗字はこれがいいと思う。
コップを持ち、ふーっ、ふーっと湯気を立てるココアを覚ましながら飲む。考え事をする時には甘味を得ると頭が回る気がする。ずずっと飲んで甘さに落ち着くとともに天啓を得た。
――そうだ、ここあにしよう。この子の名前は
このリスの女の子と共に頑張ろう。そう、私は心に決めた。