ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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ニワカ先輩の能力ってめちゃくちゃ強くないですか?


序章
第0局 誓い


 

 

 

 

 

――――――――「ツモったああ!これでオーシャンズの夢は断たれました!今シーズンも優勝はアベニューズです!」

 

 

 大歓声は、どこか遠く。

 

 広々とした部屋の中央には、やたらと綺麗な麻雀卓が一つ鎮座している。

 

 4人で行う競技のプレイヤーとして座っていた1人の男は、ゲーム終了を意味するブザーが鳴ったあと、力なく背もたれに寄りかかった。

 

 

 (まただ。どうして大事なところで牌が応えてくれない。こんなにも人事は尽くしているのに……!)

 

 人事を尽くせば勝てるゲームでないことなど、とうの昔に知っている。そう頭で理解できていても、納得できない自分がいた。

 ぐっ、と握りこんだ拳は雀卓の上で微かに震えていて。

 

 最年少雀士として、麻雀のプロリーグに鳴り物入りして早3年、今年も優勝という栄冠をつかむことができなかった。

 

 

 

――――――――「いやあ最年少雀士倉橋も最後まで食らいつきましたが及ばず、アベニューズの三連覇となりました」

 

 

 

 アナウンス会場と音声がつながり、聞こえてきているはずの声がとても遠く感じる。

 自らの視線の先には卓と牌しかない。無情にも開かれた対面の手は完璧な手順で組まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の帰路、倉橋は虚ろな目でスマートフォンを眺めていた。

 

 

 

「倉橋は牌効率ばっか追ってるうちは勝てない」「ネット雀士なんてこんなもんだろ」「華がないんだよなあ。いまいち応援できないっていうか」「見ていて面白くない麻雀。勝たなくてホッとしたよ」

 

 

 (言いたい放題だな……。)

 

 

 元々は最年少ということもあって応援の声も多かったが、表情の少ない麻雀に次第にファンは減っていた。

 プロの世界で「魅せる」麻雀を打つ手練れの猛者たちを相手にしたとき、どうしても彼の打ち筋は魅力に欠けていたのかもしれない。

 実際のところそんなこともなかったのだが、彼に浴びせられる非難の数々は彼の精神を徐々に蝕んでいた。

 

 

(今年もまたダメだった。俺はプロとして麻雀を打つ資格がないのかもしれない。ネットの世界で平面的な麻雀が似合っていたのかもな……。)

 

 そんな状態であったからだろうか。

 

 彼はスマートフォン以外の視覚に意識が行っていなかった。

 

 

 

――スピードを出しすぎたトラックがガードレールを突き破って歩道に向かってきたときには時すでに遅かった。

 

 

 

「え……?」

 

 (俺はこんな夢半ばな状態で死ぬのか。せめて今日優勝していれば、こんな事故に巻き込まれることもなかったのかな……。)

 

 走馬灯のように流れていく記憶の中も、ほとんどが麻雀のことだった。

 

(あぁ……どうか来世は、牌に愛される雀士になれますように……。)

 

(――その願い、聞き届けよう)

 

 薄れゆく意識の中で、そんな声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ!?」

 

 目を覚ます。

 慌てて辺りを見渡すも、視界に入ってくるのは見知らぬ路地。

 どうやら自分はここで一人仰向けで倒れていたらしいと判断するまで数十秒を要した。

 

 

 

(おかしい。俺はトラックに轢かれて……死んだと思ったんだが……。)

 

 手にしていたカバンも、マフラーも無かった。

 スマートフォンすら見つからない始末だったが、ポケットに何か固い感触。

 

 取り出してみると、いつもお守り代わりに対局にも持ち込んでいた麻雀牌だけが残っていた。

 

(皮肉なもんだな……こいつとは切っても切り離せないってか……それよりも)

 

 それはさておき、まずは状況を確認しなければいけない。

 何せ自分は死んだと思っていたのだから。

 病院のベッドに横たわっているならまだしも、寒空の路地で倒れているなど洒落にならない。

 

 そう思って重い腰を上げようとしたそんな時。

 

 

「ったく……どうなってい……」

 

 つぶやきかけたとき、異変に気付いた。異常に声が高い。それに立ったというのに明らかに視点が低い。

 はた、と隣のビルの窓に映っていた自分の姿を見やる。

 

 映っているのは、小柄な少女。

 

 そう。少女だ。

 

 

 

 「はああああああああ?!?!」

 

 

 空にこだまするソプラノボイス。

 最年少プロ雀士倉橋は、女子小学生としてあらたな生を受けた。

 

 

 これは前世で夢半ばにして心を折られた青年が、新たな世界で頂点に挑もうとするお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月日は流れて。

 

 

「リー即ヅモタンピン三色裏、4000、8000」

 

「だあああああああ!そんな運ゲーしてんじゃねえ!」

 

「へへへ毎度アリー、これで総まくりやな!」

 

 とある中学校の一室。「麻雀部」とかわいらしい字で書かれた張り紙を外に貼り付けただけの教室で、今日も麻雀が行われていた。

 

 

「セーラあのね?倍満ツモる確率って知ってる?一局あたり約0.9%だよ?」

 

「また始まったよ多恵の確率の話ー。いややわ~」

 

 セーラ、と呼ばれた短髪で男勝りな女子中学生、江口セーラは煩わしそうに頭をガシガシとやっている。

 

 

「まさにごっつあん。ごっつあん二着でごわす」

 

「口調ぶっ壊れてるし、キャラもぶっ壊れてるから洋榎やめて?」

 

 気だるそうにしながらもちゃっかり二着を確保して満足気に右手を左右に振るたれ目が特徴的な少女は名を愛宕洋榎といった。

 

 

「おかしい……明らかにおかしい……おr……私の知ってる麻雀ジャナイ」

 

 多恵と呼ばれた、銀髪を短くまとめているこの少女は倉橋多恵。かつて最年少雀士として世間を騒がせた張本人である。

 今は女子中学生であるが。

 

 名前は前世の名前を少しもじっただけだ。

 多恵はこうは言っているものの、もういつものことなので、そこまでショックは受けていない。

 

 

(なんだかんだこの状況にも慣れてきちまったなあ……)

 

 ぐーっと伸びをして、もう男だった頃の感覚なんか忘れてしまった己の姿を見る。

 

 多恵がこの世界に来てから、わかったことがいくつかある。

 まず、この世界は前の世界とは違う世界だということ。しかし、かなり酷似していることもあり、これは判断に時間がかかった。

 

 ではなにをもって彼女は違う世界か判断したのか。

 

 

(麻雀人口が多すぎる。ついでに前世で有名だった人たちの名前はないし、プロ雀士も知らない人ばっかりだ)

 

 前世で彼が愛した麻雀はここにはなく、頭を使うスポーツのような感覚でこの世界では受け入れられている。

 タバコと酒とギャンブルといったイメージは、この世界ではほとんど無い。

 

 甲子園と並行してインターハイが地上波で放送されるところからみても、その人気度はうかがえる。

 

 

(皮肉にも前世でみんなが目指していた理想郷ってわけだ……)

 

 しかしある意味この世界は多恵にとって好都合だった。

 

 

(俺がこの世界に生まれた理由……そんなもんはわからないけど、せっかくこれだけ麻雀が普及している世界に来れたんだ。この世界で、前世に取れなかった頂点を目指してやる)

 

 結局、前世で多恵はプロリーグでのリーグ優勝を果たすことはできなかった。思い出されるのは、最強と呼ばれる雀士達の、高い、高い壁。

 

 謎だらけな環境で信じられるのは自身が貫いてきた麻雀への誠意だけ。

 この世界で頂点に立てれば、未練がなくなる。そんな感覚が今の多恵を動かしていた。

 

 

「いや、凹んでるとこ悪いんだけどさ、親被ってラスったの私なんだけど……」

 

 苦い顔つきで、突っ伏した多恵の顔を覗き込んできたのは緑色の髪をサイドテールにまとめた女の子。

 小走やえというこの少女も、ここの麻雀部の一員だ。

 

 

「屈辱的すぎるわ……この私が3連続ラスだなんて……!多恵!あんたのせいよ!」

 

「ええ?!私今日全3着なんだけど?!」

 

 半分涙目になりながらやえは何故か多恵に八つ当たりしていた。

 

 

「これで最終収支も洋榎とウチのプラスやな!多恵帰りにガリガリ君奢りい!」

 

 

 セーラが上機嫌で荷物をまとめはじめる。

 

 

「なんか私が奢る回数増えたなぁ……」

 

 

 はあ、とため息をつく多恵。前世では最強雀士の一角であっただけに、女子中学生に敗北を喫するのは精神的につらい。

 麻雀は運の要素が強いゲームとはいえ、最初はほとんどが多恵の一人勝ちであったのに、彼女たちの成長は著しく、最近は負け越すことも増えてきた。

 

 それはこの少女たちが世代では無類の才覚を秘めていたからというのも大きな理由だったのだが。

 

 それでも一定の勝率はキープしているあたり、多恵も前世とは違う感覚を得ている。

 

 中学校の大会ではこの4人でほとんどのタイトルを総なめにし、教室の後方には数々のトロフィーが並んでいる。

 

 

 実はこの世界は前世とは違い、女性のほうが麻雀が強い。

 前世で多恵は強い女流雀士も数々見てきたが、どうしてもトップに立つのは男性のほうが圧倒的に多かった。

 男女差の少ない競技ではあったが、そもそも人口の割合としても男性のほうが多かったことが男性有利の大きな原因なのではあるが。

 

 しかし多恵がこの世界に来てテレビで活躍するプロ雀士のほとんどが女性。

 他のメンバーに聞いても女性のほうが強い人が多いとのこと。

 

 

(それならこの女で生まれたというのもむしろ好都合か……)

 

 

 最初は戸惑った多恵であったが今はもう違和感なく生活できている。

 一人称や口癖は麻雀中たまに素に戻っているが、日常はもうほとんどが女子中学生のそれだ。

 

 

「お疲れさんさんさんころり~」

 

 夕日が差し込む窓際で自動卓の1つに腰掛ける洋榎。手には雑巾が握られている。

 

 ふと、セーラが思いついたように全員の方へ振り返った。

 

「そーいや皆は進路どないするんやっけ?」

 

 進路。麻雀を愛する者にとって、高校選びは重要だ。

 甲子園と同レベルで扱われるのが麻雀のインターハイなのだから、高校選びが慎重になるのも当たり前の話だろう。

 

 

「別々の高校行って全国で会おうってそういう話だったわね」

 

 ひょんなことから小学校で出会ったこの四人は、同じ中学に入ろう!と意気投合したまではよかったが、中学校に入ってみるとあまりにも周りとのレベル差がついており、彼女たちと対等に打てる雀士は関西にはいなくなっていた。

 

 なので4人は別々の高校に入ることで、全国の舞台で本気の勝負をする。そう誓いを立てたのだ。

 

 

「ウチは千里山!そっちにも知り合いおるからなー洋榎には負けへんで?」

 

「ボコボコのボコのボコにしたるわ。ウチは姫松から特待きとるし、姫松いくで」

 

「ボコが1個多いんじゃボケえ」

 

 洋榎が手際良く洗牌をしながら、そういえば、とこちらを振り返った。

 

「多恵はどないするん?まだ聞いてへんよな?」

 

「あー、一応三箇牧にでも行こうかなとは思ってるよ」

 

 三箇牧高校。関西の全国常連校であり、毎年強いエースを育ててくることで有名な高校であった。

 多恵はインターハイで目立つことでプロになれると聞き、進学に対しては割とやる気である。

 

 

(まあ、どうせ前世の記憶がある俺からすれば高校受験なんてフリーパスみたいなもんだしな……)

 

 

「三箇牧かあ、多恵が三箇牧に行くとか、めちゃ強くなりそうやな……」

 

「まあせいぜい頑張りなさいよ。私は奈良の晩成高校行くからとりあえずインターハイは出場できそうね」

 

 やえも奈良の強豪、晩成高校から特待が決まっている。

 

 

「団体戦はともかく、個人戦なら全員が全国に行けるチャンスがあるっちゅうことや。必ず皆で全国で会おな!」

 

 おー、と4人の声が教室にこだまする。

 

 彼女たちの物語はここから始まるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――これはネット雀士からトッププロへとのぼりつめた雀士と、全国を誓い合った4人の少女の軌跡――

 

 

 

 

 


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