いや、先鋒戦熱すぎですね!
我らが小走やえにも1コマだけ出番があったとかなかったとか……。
第9局 夏が始まる
メンバー発表を終えた、姫松高校麻雀部の部室。
メンバーに入れて喜ぶ者、入れずに悲嘆にくれる者……
現実は過酷で、どんな競技においても、努力してもその努力の量に結果が比例するとは限らない。
「あ、あの……絹恵先輩……」
「なんや、そんな辛気臭い顔して」
日も暮れて、もう人も少なくなった部室で、鞄を持って出ていこうとする絹恵に、漫はたまらず声をかけた。
最終選考の結果、姫松高校の団体戦のオーダーは次のように決まった。
先鋒 倉橋多恵
次鋒 上重漫
中堅 愛宕洋榎
副将 真瀬由子
大将 末原恭子
部内でも話題になっていた団体戦最後の1枠を勝ち取ったのは、漫だった。
最終選考のレギュラー陣も交えた対局で、漫は驚くべき数字を残した。たった1局ではあるが、洋榎と多恵を抑えての1着。それの意味するところは大きい。他校の強者たちにも通用する力を証明したのだ。そしてその卓には、絹恵も入っていた。
「漫ちゃんホンマ強かったわ。ウチには来年もあるんやし、心強い1年生がいてくれてうれしいで」
「で、でも……!」
心からそう思っているように、絹恵は笑顔で漫にそう答えた。
しかし、もちろん漫も絹恵がどれだけの想いでこれまでの大会に挑み、そして今回の最終選考に挑んでいたかを知っている。それだけに、絹恵ともっとちゃんと話がしたい。
漫はそう思って口を開こうとする。
その時だった。
「漫ちゃーん帰んでー」
「わ!ちょっと!多恵先輩?!待って……ってか力強ないですか?!」
そんなタイミングで部室の外にいた多恵がひょいと漫の襟を持ち上げて、文字通り漫を持って帰っていった。
漫を見込んで実力をつけさせたのが多恵だということは絹恵ももちろん知っている。最初は複雑な心境にもなったが、それでも実力でレギュラーを勝ち取ろうという想いはあったし、姉である洋榎からも、「絹ならいけるやろ」と言われていた。
しかし、蓋を開けてみれば惨敗。姉と出られる最後のインターハイのレギュラーを、勝ち取ることはできなかった。
「絹」
「お姉……ちゃん?」
もう誰もいないと思っていた部室の奥から姉である洋榎が出てくる。洋榎はマメで、もう3年である洋榎はしなくても良い洗牌をして、最後まで部室に残っていることがあった。本人は「やりたいからやってるだけや」と言ってはいるが。
洋榎は多恵が出ていった部室の外を見やってから、絹恵の方に向き直った。
「多恵はな、本気で優勝狙ってるんや。去年のインターハイでチャンピオンに負けて、ウチらが準優勝止まりだったこと、自分のせいにしとる。誰も多恵のせいやなんて思っとるやつおらんのにな」
「多恵姉でも、弱気になること、あるんだね」
「あいつホンマはただの麻雀バカやからな!」
いつも通りにガハハのハ!と笑って、
そして一呼吸してから。
「……だから多恵も必死なんや。別に絹をレギュラーから外したかったわけやない」
「ッ……!」
心のどこかで思ってしまっていた。私が弱いから外そうとしたんじゃないかって。長い付き合いになり、そんなことする人なはずがないって知ってるはずなのに。自分の弱さを隠したいがために、どこか言い訳でそんなことを考えている自分がいた。絹恵はそんな自分が、どうしようもないほど嫌いだった。
「う……ウチ……ウチ……!お姉ちゃんとの最後のインターハイ、一緒に出たかった……!」
想いが溢れて、目からは大粒の涙がこぼれていた。
「お姉ちゃんと交代で卓に向かう瞬間が本当に好きで……誇らしくて…っ!みんなでつなぐ団体戦にホンマに出たかった……ッ!」
「せやな。ウチも、絹と一緒に、団体戦やりたかったわ」
洋榎はあやすように妹をそっと抱きしめると、トントンと背中を叩いた。
試合に出たいと思う気持ちは誰にでもある。しかし、こと絹恵にとってこの姉と出れる最後のインターハイには特別な意味合いがあった。初めて姉と同じ団体戦のメンバーに入れた時、それはもう嬉しかった。そして同時に、このメンバーで全国優勝を果たしたいという想いも強くなり、「姉と共に全国優勝」が狙える最後のチャンスが、この夏のインターハイだった。
そして、その部室のドアをまたいで、うずくまって膝を抱える生徒が一人。
「……」
「1年生の漫ちゃんには酷なことかもしれないけど、試合に出るからにはこの絹ちゃんの想いも、そしてメンバーを外れた3年生の想いも、私たちが背負っていかなきゃいけない」
多恵の言葉を聞いてさらにぎゅう、と制服のスカートを強く握りしめる漫。
「はい……必ず……!」
涙を浮かべる漫の顔には、確かな覚悟が宿っていた。
第71回夏の全国高等学校麻雀選手権大会。
真夏の東京で、その抽選会が間もなく開始されようとしていた。
「抽選って響きがどことなく風船よな」
ここ、東京のとある施設で子供たちに風船を配るイベントを見ながら洋榎がそう言った。
「いや、 せん だけやん」
「はー……麻雀は上手くてもツッコミはノミレベルやな多恵……」
「め、めう……」
姫松高校は危なげなく予選を突破し、ここ、東京で開催されるインターハイへ駒を進めていた。春季大会での成績も考慮され、姫松は第2シードが確定している。しかし敵はシード校だけではない。無名校がとんでもない強さを発揮してくることだってある。そういった事態に備えて、姫松の面々は全員で抽選会の会場に来ていた。
会場内の控室に着くと、恭子がとりあえず全国の高校をまとめたデータを話す。
「シード以外の強豪校だと要注意なんは、福岡の新道寺、鹿児島の永水女子、奈良の晩成、あとは去年あれだけ暴れまわった長野の龍門渕が出てきてないんは不気味ですね」
「あのチビっ子か。あれはヤバかったな。去年は臨海のトコで助かったわ」
洋榎にそこまで言わせるのが、龍門渕高校。長野の高校で、去年は3校まとめてトバすなど、散々暴れまわったのだが、今年は出てきていない。去年のメンバーが丸々残っていたはずの龍門渕を抑えて、今年出てきた清澄がどこまで強いのか未知数だ。
「とにかくウチのブロックにどの高校が来ても対応できるように、抽選会が終わり次第データ班には動いてもらうことにしとる」
「よっしゃどこが来てもボコボコにしたるで~かかってこいやあ~!」
やる気満々といった様子で椅子の上に立ちあがる洋榎。
今日の抽選会の様子を、姫松高校の面々は控室のモニターから見ることになっている。シード権を持っている高校は直接会場に行く必要がないからだ。
「それでは、これより第71回全国高等学校麻雀選手権大会抽選会を行います。予備番号順にお呼びしますので、呼ばれた高校の主将は前に出てきてくじを引いてください」
ざわざわとまだ落ち着かない会場内で、1校ずつ順番に呼ばれていく。
そうしている内に、初めて見知った顔が出てきたのは、もう半分以上が埋まった後のことだった。
「奈良県、晩成高校」
特徴的な緑髪のサイドテールを揺らしながら、去年の個人戦決勝卓にいた一人、小走やえが中央に歩いてくる。もちろん会場内の高校も晩成は警戒しているようで、固唾をのんで見守っていた。
「晩成高校、30番!晩成高校30番!」
やえが高々と数字の書かれた板を掲げるのと同時に、おおおおお~~!!という大きなどよめきが会場内に巻き起こる。逆のブロックで安心したもの、1回戦から当たってしまって悲しむもの。感情は様々だろう。
「早くてもやえに当たるのは準決勝卓だね」
やえの晩成が入ったブロックは第3シードの臨海女子のいるブロック。
「とりあえず、ウチらが初戦で当たりそうなんは……目立つところだと福岡の新道寺女子か」
「そうなりますね。とりあえず由子とウチは、なにかしらの対策を練る必要がありそうやな」
「大変なのよ~」
福岡の新道寺女子。九州の強豪校だ。今年からオーダーを組み替えて、副将にエースの白水哩を持ってきている。
「とりあえず~落ち着いてまずは他の初戦を見よか~せっかくうちは一回戦免除なんやし~」
ほっぺに手を当てながらそう皆に伝えるのは赤阪監督代行だ。確かに1年生の漫などは浮ついているのが目に見えてわかる。一回落ち着かせてあげることは大事だろう。
抽選会を終え、昼ごはんを控室で食べていると、洋榎と多恵の携帯が同時に鳴った。
「お、どうやらお呼び出しやな」
「そうだね。皆、ちょっと外すけどすぐ戻るね」
そう言って多恵と洋榎が控室の外へ出る。
どこに行ったのかわからない漫は、扉がしまってから行先に心当たりのありそうな恭子に行先を聞いてみた。
「あれ、多恵先輩と主将はどこへ行ったんですか??」
「ああ、あの4人で集まるんやろ、……関西の4強とか呼ばれてるあの4人や」
まだマスコミも少し残る抽選会場の出口付近で、腕を組んで待っている人物がいる。不遜なあの態度は晩成の小走やえだなと思われる程度には、やえの実力は世間に浸透していた。
「待ってたわよ。多恵、洋榎」
「まだマスコミ残ってる所にするあたり、やえは目立ちたがりやな~」
暑さにやられて両手を前に出しながらだるそうに洋榎が手を振る。
「私達が会うんだから、それくらいは当然でしょ」
傲慢ともとれるその態度に、短髪の勝気な少女が割って入る。
「その自信はいったいどこから来てるんだ?やえよお」
「セーラ!随分遅かったじゃない」
「おー。あ、洋榎いいところに。早く30円返せ」
「パチンコ玉10個くらいでええか?」
「こんの……!」
遅れてセーラも合流する。笑ってはいるがいつもセーラは洋榎のペースに調子を狂わされ気味だ。
これで4人が全国の舞台で相まみえることとなった。
「いい、先に言わせてもらうわ。今年こそは晩成が全国優勝……個人戦も私が優勝する」
「ほお~随分と自信満々やないか。まさかそれだけ言いにここまで呼び出したんちゃうやろな?」
挑発気味にセーラがそう口にする。
学ランを羽織ってポケットに手を突っ込むセーラの姿は、場所が違えば不良と間違えられてもおかしくなさそうだ。
「今年はね……やっと良い感じの後輩が入ってきたの。今年は団体戦も勝って見せるわ」
「こっちも新しく1年生入って強くなってるよ、去年までとはまた一味違う」
多恵が自信ありげにこれを受ける。多恵自身も漫にはかなり期待している部分が大きい。
「まーそういうのは試合の時に語ろうや。言っとくけどな、この場にいる全員に負ける気はあらへん。全員ぶっ倒すために千里山に来たんや。俺が伝えるのはこれだけや。決勝で待ってるで」
そう言い残すとセーラはひらひらと手を振りながら帰っていく。もう言いたいことは言ったといわんばかりだ。
「ウチらも帰んで、多恵」
「うん」
そう言ってその場を去ろうとした。が、
「多恵!」
呼ばれて多恵が後ろを振り返ると、やえが真っすぐにこちらを見ている。
「今年こそは……今年こそはあんたと団体戦で戦うんだから……!首を洗って待ってなさいよ!」
「……もちろん、楽しみにしてる」
フン!と振り返って走っていくやえ。その姿を見送って、多恵はうれしさと、悲しさが同居したような変な気分になった。
(今年こそは……良い仲間に恵まれてほしいな。やえ。)
やえはその性格上あまり人と仲良くなることがなかった。もともと多恵とも奇妙な縁でつながっただけだ。そのやえが高校で苦しんでいるのは、多恵はよく知っている。
多恵はそんな去年のことを思い出していた。