ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

11 / 221
第10局 小走やえの葛藤

1年ほど前のお話。

 

丁度インターハイも終わり、どの高校でも代替わりのシーズン。

そんな中にあって今日は小走やえの家に多恵が呼び出されていた。

 

不機嫌そうにサイドテールをくるくると回すやえ。

 

(なんか怒ってるなあ~……)

 

そんな様子を見ながら、なんとなく今日呼び出された理由に思い当たる部分がある多恵。

と、言うのも小走やえは1年時から団体戦の花形であるエース区間、先鋒を任され、常にチームの柱として戦ってきた。

しかしそれは同時に、小走やえ以上とは言わないまでも、同等レベルの打ち手がいないということも意味している。

全国大会での晩成の成績は良いとは言えなかった。

やえが先鋒戦で稼いでも、力あるチームにそれ以降の戦いで追い付かれ、追い抜かれる。晩成はそんな負け方が続いていた。

 

「個人戦決勝、悔しかったわね」

 

「そうだね……私とやえで1,2フィニッシュだーとか思ってたのに、あの2人めちゃくちゃ強かったね。三倍満(トリプル)2回和了って勝てないんだからめちゃくちゃだよ」

 

「国際大会への枠もあの2人に持っていかれちゃったし、気に食わないわ!」

 

今年の個人戦決勝卓は、宮永照と辻垣内智葉に負け、多恵が3着、やえが4着という結果に終わっていた。この結果を受け、チャンピオンと2位の智葉は国際大会にも出場する運びとなっている。

 

「でもね、私は個人戦は楽しかったからいいのよ。もっと気に食わないのは……団体戦」

 

そういってベッドの上で膝を抱えるやえ。

 

(まあ……そうだよね)

 

団体戦で戦おうと意気込んでいた今年も、やえ率いる晩成高校は初戦で姿を消した。

このままでは来年も、決勝はおろか、姫松とも、千里山とも当たることがなく3年間が終わってしまう。

もちろん個人戦も大事だがやはり大きな注目を浴びるのは団体戦だった。

 

「やえからみてさ、成長が期待できる後輩とか、同い年はいないの?ほら、字牌多めの配牌5向聴気付いたら面混(メンホン)張ってる説みたいに」

 

「頼りがいがある子はいるのよ。けど、少なくともあなたたちと戦って勝てるとは思えない……」

 

やえレベルの付き合いになると多恵の麻雀あるあるは無視される。

 

やえがこのような弱気な発言をするのは、実は多恵の前だけだった。どこにいても、自信満々、不遜な態度が似合うやえだったが、その心は本当の所は強くない。むしろ強くないからこそ虚勢を張っているともいえる。

 

やえにとって初めて麻雀を通じて友達になった多恵はそれだけ特別だった。

少しの沈黙がその場を包む。

 

「そうだ」

 

そんな雰囲気を少しでも払拭できればと思って多恵がもってきた鞄を漁りだす。

 

「気晴らしにさ、久しぶりにアレ、やろうか」

 

とりあえずやえをまず元気付けてあげようと持ってきたミニマム牌を取り出す。全部持ってくるのはさすがに重かったので、索子だけ。

清一色麻雀だ。

 

「へえ、私に挑もうなんて、いい度胸ね」

 

「そんなこと言って、コレで私に勝ったことまだないでしょうに、今日も理牌無しだからね」

 

笑いながら牌を並べだす2人。

いつだって2人は麻雀を通して仲良くなってきた。

清一色麻雀は、文字通り筒子か萬子、索子のどれかだけを使って麻雀をする。もちろん手牌は一色に染まるので、待ちが複雑になることもあるのだが、この2人はそれを理牌無しで行う。

 

やえが牌理や牌効率に精通することができたのは、こういった日々の多恵との遊びからなのだが、本人はそれを認めたがらない。

 

「私、強い高校に行けば、あんたみたいな友達ができると思ってた」

 

「うん……」

 

カチャカチャと牌を混ぜながらやえがポソっとそんなことを口にする。

 

「でも、私についてきてくれる人もいたけど、離れていく人もいたの。最初は戸惑ったわ」

 

やえのやり方は多恵からすると想像でしかないのだが、その性格上、自分の強さで全員を引っ張っていこうとしたのだろう。それは決して悪いことではないが、言葉が足りない部分があるとどうしても離れていく人もいるだろう。

 

「私だけが強くても、団体戦は勝てないし。どうしたらいいのかわからなくて……」

 

(例えば私と洋榎に恭子がいたように、力だけじゃなくて誰かをまとめてくれるような人がチームを強くする。やえにはそんな存在がきっといないんだろう)

 

前世でもそうだった。プロリーグに所属していた多恵は、チームとして対局をすることも多かった。そしてそこには、勝てば喜びを分かち合い、負ければみんなで悔しがり、励ましあう。そんな仲間が多恵にもいた。

 

「私の立場からあんまり偉そうなことは言えないけどさ」

 

多恵はかける言葉に迷っていた。今も昔も仲間に恵まれていると思う自分が、仲間がいつかできるよなんて無責任なことは言いたくない。

だから。

 

「やえは今のスタイルでいいんじゃないかな。それで、もっともっと強くなろうとする姿を皆に見せ続ければ」

 

「え、でも」

 

「今までだってそうだったかもしれないけど、やえの必死に努力する姿と、自分1人で相手校全てをねじ伏せようとする姿は、きっと皆見てる。それを見てなにも思わない後輩たちなんていないはずだよ」

 

一番の教育は、自分の背中を見せること。どんな競技でもそれは言えることだ。

それにさ、と付け加えて清一色麻雀の準備を整えた多恵が言う。

 

「やえが1人で、対戦校1人を集中砲火して、トバしちゃえばいいじゃん!そうすれば無条件通過だよ!」

 

「……多恵あんた簡単に言うわね……」

 

多恵の言う通り、先鋒戦で誰かをトバせば、対局は終了する。しかし、団体戦の持ち点は10万点。普段の4倍だ。それを削りきるというのは、大会史上誰もなしえていない偉業だ。

 

「それができるくらいには、私はやえを見込んでるけど?」

 

「……言ってくれるじゃない!わかったわ、うじうじ悩んでも仕方ない!私がトバせなきゃ勝てないくらいの気持ちでいってやるわよ!!」

 

ダンと立ち上がってやえが力強く宣言する。

さっきまでの弱気な面は影を潜め、今ではすっかりいつものやえだ。

 

(こんな風に調子を取り戻してくれる誰かが、チームにいればいいんだけど……そうもいかなさそうだな)

 

誰だって弱気になるときはある。麻雀は運の絡むゲームで、それだけに精神(メンタル)の競技とも揶揄されるほどだ。

だからこそ、精神的支えになってくれる何かがあれば……と思った時に、多恵はゴソゴソとまた鞄を漁る。

 

「これ、持ってなよ。ちっちゃくて、持ち歩きやすいでしょ」

 

「なにこれ、{8}??」

 

多恵が取り出したのは、さらに小さな麻雀牌、{8}だった。

 

「やえって平仮名だけどさ、漢字だと「八」が「重」なるっぽいじゃん?だからおまじない。たくさんの「八」が重なりますようにって」

 

「あんた本当にデジタルの本を愛読する人間なの……?そもそもなんで索子なのよ。まあいいわ、もらっておく」

 

呆れたようにやえはそれを受け取ると、ポケットに乱雑に突っ込んだ。

恥ずかしさを隠しているのが、長い付き合いの多恵からすると丸わかりなのだが。

 

「よーしじゃあ気を取り直して清一色麻雀やろう」

 

「そうね!えーと、あーテンパってるわ。はいリーチ」

 

改めて手牌のバラバラに見える索子を頭の中で整理したのち、手牌から{9}を曲げるやえ。

しかし。

 

「ローン!!!」

 

多恵 手牌

 

{1112334455678} 待ち{235689}

 

「……私もやるって言った手前あれだけどさ……このゲームあなたに勝てる人類いるわけ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

インターハイ開催3日目。

 

「さて、じゃあ今日からこっち側のブロックなわけやし、見にいこか」

 

ホテルで朝食をとりながら、恭子がメンバー全員いるのを見渡して声をかける。

 

「お姉ちゃん、今日はやえちゃんさんの初戦やんな?」

 

「せやな。あいつのことやし、そんな心配はしとらんけど」

 

朝食に焼き鳥を食べて串を爪楊枝代わりにしている洋榎。

絹恵も、控えメンバーとして一緒に行動している。メンバーに万が一体調不良や、事故があったときのために、控えメンバーの帯同は許可されている。

絹恵がやえのことを「やえちゃんさん」と呼ぶのは、よく遊びに来ていたやえに対して「やえちゃん」と昔は呼んでいたが、敬称をつけたほうがいいだろうとなり、この形に収まっている。

どうしてそうなった。

 

今日から第2シードである姫松高校側のブロックの1回戦が始まる。

それはつまり、奈良の晩成高校の初戦の日でもあった。

晩成は……というよりは「小走やえ」は今大会の注目選手であるため、今日の観戦シートは満席だ。出場校には控室が与えられているのでそこから見ることができるが、運悪く席が確保できなかった人などは、外の大きなモニターで立ち見をしている始末だ。

 

「さあ、まもなく去年の個人戦ベスト4の1人、小走やえを擁する晩成高校の初戦です!他3校は先鋒戦でどれだけ食らいつき、そして次鋒戦以降でどれだけ点数を奪い返せるかがポイントとなってくるでしょう!」

 

実況席も、注目は先鋒戦だとアナウンスしているようだ。

 

(さあ、やえ、見せてくれ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方そのころ晩成高校控室。

 

「じゃあ行ってくるわね」

 

「やえさん!」

 

控室を後にしようとしたとき、声をかけてきたのは、化粧っ気が強く、今時の女子高生ぽい1年生。この生徒は、やえが今1番期待しているチームメイトの、新子憧だった。

 

「必ず今年は決勝!行きましょうね!」

 

憧はやえの境遇を知っている。旧知のメンバーと戦うために麻雀を打っていることも。

去年のインターハイ個人戦でのやえの戦いぶりを見て、友人の勧誘を断ってまで憧は晩成へと進学した。

入学後、メキメキとその才覚を発揮し、見事強豪晩成で1年生にしてレギュラーの座をつかんだ憧は、この3ヶ月間、やえを慕って、やえに教えを請い、そしてやえの話をよく聞きたがった。

 

(多恵が言ってた、背中を見せ続けるってことはこのことなのかもね。多恵、私の仲間は面混(メンホン)とまでは言わないけど、必死に仕掛けて、混一(ホンイツ)くらいにはなったわよ)

 

そんな的外れなことを、少し思う。

 

「心配しなさんな……どれだけ対策しようとニワカはニワカ」

 

後ろを振り返って、憧を筆頭にこの1年で成長してくれた自分のチームメイトを見渡すやえ。

今年こそは、私が皆を導く。その想いが今のやえの原動力だ。

 

「ニワカは……相手にならんよ」

 

不敵に笑うその瞳には稲妻のような光が走っていた。

 

 

 

 

 




作者の至らぬ点が多く、原作との矛盾をいくつか報告いただいています。
気を付けて書き進めているのですが、どうしてもそういうことがあった場合は報告いただけると嬉しいです。

評価、感想は作者の活力になってます!本当にありがとうございます。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。