ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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咲原作特有の過去回想……黒い背景ページをイメージしながら読んでくださいな。




第100局 千里山女子

 

 

まだ暑いというよりも温かいという言葉が先に出てくるような4月の終わり。

世間の新入生たちも浮ついた空気から少しずつ新しい環境に慣れ始めた時期。

 

全国の高校麻雀部にとっては、ちょうど夏のシード権をかけて戦う春季大会が終わった頃合いだ。

 

 

今年の関西大会ではやはり……姫松高校が制した。

元々ネットの評判でも姫松が優勢であるとの声は多数挙がっていたし、この決着は割と当然の結果、と高校麻雀ファンは捉えている。

 

人々の注目は早くも夏の予選に移っており……各校が獲得した新入生がどのような活躍をしてくれるかという話題も既にのぼっていた。

 

そんな中で、今回の結果を受け止めきれない高校が一つ。

 

 

「負けたなあ、怜」

 

「せやなあ……」

 

 

もう日が沈みかけている時間帯の公園。

 

園城寺怜と清水谷竜華の二人は、ベンチに腰を下ろしていた。

通りを1本挟んだ先にある大通りを通っていく人々や車の喧騒がどこか遠い。

 

目の前にぶら下がるブランコは誰が使ったわけでもなく、その役目を待ち静かに止まっていて。

 

 

無言で竜華の太ももの上に膝枕をするように寄り掛かった怜が、一つため息をついた。

 

 

「私な、勘違いしてたみたいやねん」

 

「……うん」

 

「去年えらい力に目覚めてしもて、これでウチも最強やー。これでようやくりゅーかやせーらの力になれるーって思ってたんよ」

 

「……うん」

 

 

園城寺怜という少女は、この千里山女子高校に入ってすぐに頭角を現したわけではない。

むしろほとんどの時間を3軍で過ごした雀士だった。

 

1軍でバリバリ活躍するセーラや竜華と幼馴染であったこともあり、誇らしさと同時に寂しさも覚えていたものの、病弱だった自身の気質もあってか、このまま何事もなく高校麻雀生活を終えるのだと思っていた。

 

 

しかし異変が訪れたのは昨年の秋。

病気で生死の境を彷徨った怜は、なんと生還したタイミングで、”一巡先が視える”という特異な能力に目覚めていた。

 

麻雀を少しやったことのある人間なら、この能力がどれだけ凄まじいことかはわかるだろう。

その力の恩恵は凄まじく、着々と勝率を上げていった怜は、いつのまにか幼馴染のセーラを抑えて強豪千里山女子の先鋒を務めるほどになったのだ。

 

全国でも指折りの強豪校、そのエース。

気弱だった彼女が自分の実力に自信をつけるのには時間がかかったが、確かな自信がすこしづつでき始めたそんな時期。

 

その自信はあっけなく崩れ去ることとなる。

 

同じ関西の、常勝を掲げる高校によって。

 

 

「……去年の秋季大会、初めて打ってな、何や、そん時はまだこの打ち方に慣れてへんからかもーなんて思ったりしてな?次こそはって、しーっかり準備して今回の春季大会に臨んだんよ」

 

「うん……」

 

「少しはやれるかと思って挑んだらな?……あんな赤子の手を捻るようにやられてしもたら、ポッキリ心いってまうやんか」

 

言いながら、怜は少し目を閉じる。

 

浮かんでくるのは、目の前に浮かぶ白銀の甲冑を着た騎士と、飛来するいくつもの剣。

容赦なく放たれるその剣に、怜はなす術もなく貫かれた。

 

どんな未来を辿っても、どんな選択をしても、確実にその剣は自分を貫く。

「理」という強固な意志によって放たれるその剣は、怜に明確な実力差を感じさせるには十分だった。

 

 

嫌な記憶を掘り起こしてしまい、憂鬱な気分になる怜の頬に、感じるのは水滴。

 

雨でも降って来たかと思って目を開けてみれば、大好きな親友がその瞳から涙をあふれさせていた。

 

 

「怜だけやないよ……!ウチも……ウチもなんもできへんかった……!せっかく船Qがチャンスを残してくれたのに……!何もできへんかった……!」

 

竜華の太ももに雨が降る。

握られた拳は力強く、ちょっとやそっとのことでは離れそうもない。

 

竜華も確実にこの2年間でレベルアップしていた。

元々府内ではかなりの実力者であった彼女が、「千里山女子」という環境を手に入れてメキメキとその実力を伸ばしていくことに、なんら疑問はなかった。

 

極限まで集中力を高めれば恐ろしいほどの実力を発揮する上に、そうでなくとも、自分の手の最終形をイメージし、それを完成させることができるほどに彼女の力は成長していた。

 

しかし、それでも。追い付かない。

 

 

「どんなに完成形が視えても、たどり着けへん……!怜が教えてくれた明るい未来に、たどり着かないんはウチのせいや……!」

 

どんなに手の完成形が視えたところで、道中で局が終わってしまえば何もならない。

一人の凡人によって蹂躙された大将卓は、史上最も早い時間で決着した。

 

もっとも、その凡人は「長引いていたら危なかった」などと抜かしていたが。

 

感覚をどれだけ研ぎ澄まして、鳴きも駆使して牌を引き寄せても、凡人の積み重ねが一歩上を行く。

それが積み重ねてきた研鑽の結果だということがわかってしまうから、尚更竜華の心は晴れなかった。

認めてしまったら、明確な差を押し付けられてしまうから。

 

 

 

二人を照らす公園の街頭は一つだけ。

竜華の小さい嗚咽だけが、もう暗くなった公園に響いている。

 

今回の春季大会では、頼みの綱であるセーラも、「守りの化身」によって完全に封殺され点棒を稼ぐことができず。

不機嫌そうに「帰る」とだけ残した彼女は、きっと今頃部屋で暴れているのだろう。

 

 

少しの静寂が、2人の間を支配した。

 

 

 

「強く……なりたい」

 

小さく呟いた竜華の言葉は、間違いなく彼女の今の心情を表すのに適していて。

 

怜も無言で、その言葉に頷く。

 

涙を無理やり止めようと、真上を向いた竜華の感情が堰を切ったように流れだした。

 

 

 

 

「強くなりたい強くなりたい強くなりたい強くなりたい強くなりたい強くなりたいッ!!!!!」

 

 

慟哭にも似た心の叫び。

親友のそんな姿を見て、怜は静かに大好きな竜華の太ももを離れ、ベンチから立つ。

 

ちょうど怜の視線と、座っている竜華の視線が平行に交わり、その時竜華は気付いた。

怜の瞳にも、同じように涙が溢れていたことに。

 

 

瞬間、竜華の顔がぬくもりに包まれる。

いつもとは違う、少し寂しさの混じった温かさ。

 

少し遅れて竜華は怜に抱きしめられたことに気付く。

 

 

 

 

 

 

 

「私も……強くなりたい。……なろう。私と竜華で。1番強くなるんや」

 

「うん……!うん!絶対……絶対次は負けへんから……!」

 

 

 

 

 

 

 

相変わらず、大通りを通る車の照明とエンジン音が煩い。

 

 

 

 

 

この夜、2人は決めたのだ。

 

今年は必ず、千里山が優勝する、と。

 

 

 

 


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