点数状況
東家 江口セーラ 48000(-1000)
南家 末原恭子 27300
西家 岡橋初瀬 0(ー1000)
北家 園城寺怜 23700
少し昔を思い出していた怜は、閉じていた瞳を開ける。
目に入ってきたのは、イキイキとした表情で晩成の1年生と相対するセーラ。
このセーラも、様々な挫折と努力を繰り返してきたことを知っている。
これだけの実力を手にするまでに彼女が繰り返してきた研鑽を知っている。
怜と竜華が勝利を誓ったあの日、セーラも確かに、同じような感情を覚えていたことを怜は知っている。
同じ関西の、それも幼馴染2人が所属する高校に完敗。
セーラの性格から考えても悔しくないはずがない。
絶対に勝ってやるという強い意気込みで今年のインターハイに臨んだのは、千里山女子全員に言えることだった。
全てを出し尽くし、団体戦は終わった。
ここからは個人戦。
積み重ねてきた年月と、この高校生活3年間の想いをぶつけるように、今最大限に勝負を楽しむセーラの姿は眩しく見えた。
(楽しそうやんかセーラ)
状況は今まさに初瀬が追いかけとなるリーチを打ったところ。
ビリビリと火花を通り越えて火が吹きそうなそのリーチは、恭子と怜に冷や汗をかかせるには十分過ぎて。
セーラこそこの状況を楽しんでいるように見えるが、まさか目の前のルーキーが追いかけリーチにまで踏み切ってくるとは思わなかっただろう。
それもそうだ。このリーチを打ってしまえば、誰かに何をツモられてもトビ終了。
恭子が聴牌かどうかもわからないこの状況なら、一旦恭子の様子を見るのが常道。
しかしその巡目すらいらないと感じた初瀬から繰り出される、文字通り命がけのこのリーチは他3者の顔を引きつらせた。
怜が牌をツモり、手牌の横に置いて一つ息をつく。
(せやけどな。ここは個人戦。セーラ、恨みっこなしやで……)
瞬間、怜の右目がエメラルドに光る。
”一巡先を視る者”。常時発動することは今の怜には難しいが、こういった大事なシーンではしっかりと発動してくれる。
自分がこの牌を切った後の、起こりうる未来。
その未来を一瞬で観測し……。
(?!)
怜は跳ねるように初瀬の方を見た。
(ハハハ……ホンマ……この子はおもろいなあ……せやけどな、ここは動かせてもらうわ)
怜が苦笑いを隠せない。
リーチ者が2人というこの状況は、怜にとって未来を観測しやすい。
リーチという行為は、行った者に縛りをかける。打点を上げる代わりにそれ以降全ての牌をツモ切るという代償。
つまりここからの打牌に、リーチを行った2人の意志は介在しない。
だからこそ確定的で、分岐が少ないこの状況は怜にとってやりやすい場だった。
セーラが力強く牌を切り、当たれるもんなら当たってみろという表情を初瀬に向ける。
恭子の手番だ。
恭子 手牌
{①①789一二三七九} {白白横白} ツモ{中}
(生牌の字牌ドラ……最悪や。染め手っぽく見える江口には到底切れん牌。しゃあないな……)
愚形とはいえ和了りやすそうな待ちであっただけに、苦々しい表情で持ってきた{中}を見つめる恭子。
多少の牌であれば押してやろうかとも考えていたのだが、ここまで厳しい牌は押せない。
恭子の鳴きは最速を求めながらも、バランスの鳴き。
しっかりとオリる時のことも考えていた恭子は、2人に対してかなり安全度の高い{九}を切り出す。
その打牌を見届けた後、鬼気迫った表情の初瀬が勢いよく山に手を伸ばそうとして
「ポン」
虚を突かれたように怜の声に邪魔される。
おずおずといった動作で手を膝の上に戻す初瀬は、冷静になって怜が何故ポンしたのかを考えていた。
(園城寺怜がポン……?何の狙いだ……?)
初瀬も怜が一巡先を視ることはもちろん知っている。
普通に考えれば、怜が避けたかった未来があるということ。
すると俄然、今手が伸びかけたあの牌に何かある可能性が高い。
そこまで考えた上で……「どうせリーチしてるしこれ以上考えるのも無駄か」。
と思考を放棄した。確かに。
牌を切りだし、一仕事を終えたように目を閉じる怜。
その様子を見留めてから、セーラがツモ山へと手を伸ばした。
セーラの親指に触れたのは、4本の筋。
「おいおいおいおい……マジで言ってんのかあ?!」
盲牌したまま見ることもなく河へと叩きつけられたその牌は。
{4}だった。
「ロン!!!!」
初瀬の声が響き渡る。
初瀬 手牌 裏ドラ{⑦}
{①②③赤⑤⑥⑦35四赤五六八八} ロン{4}
「8000!」
『きいまったああああ!!!!命を差し出して得たのは、値千金のトップからの直撃いい!!!!岡橋初瀬!!復☆活!!!』
『驚きましたね……園城寺さんの鳴きが無ければ一発ツモがついて跳満……彼女の勝負強さは恐ろしいですね……』
快活に笑いながら、セーラが初瀬に点棒を渡す。
「驚いたわ……ホンマおもろいわ……流石やえの弟子やな!認めるわ、お前の強さ!」
江口セーラに認められるということは、たいていの1年生にとってはとても喜ばしいこと。すぐにでも自慢したくなるようなその賛辞に、しかし初瀬は表情を崩さない。
「まだです……」
「ほお……?」
セーラの言葉に、異を唱える初瀬。
その目には、自身の今の点棒状況しか映っていないように見えた。
「まだ、3分の1しか返してもらってませんから」
「……上等や……!」
認められるということは、少なくとも下に見られているということ。
認めてもらう必要はない。初瀬が喜べるのは、この一戦の勝利以外ありえない。
そんな強気な初瀬の瞳が、セーラと交錯して火花を散らす。
「頼むから他でやってくれへん……?」
恭子の悲しい呟きは虚空に消えた。
東3局。
まだ勝負は始まったばかりだ。
東3局 親 初瀬
噴き出した炎の勢いはまだまだ衰えることが無い。
「ポン!」
軽快に{東}を仕掛けたのは初瀬。
ダブ東を持っていたら鳴かないことは無いと話す彼女の真っすぐな打ち筋が、上級生3人の打牌を制限する。
『仕掛けていったあ!まだ手形は良くないですが、ガンガン行きそうですね!』
『彼女の場合、他3人はリーチするにしても確かな自信のある待ちでない限り行き辛いですからね。何筋押されるかわからないので……』
健夜の言う通り、初瀬の強みはその打ち方故に相手も簡単に吹っ掛けることができないということ。
押しの強い打ち手に対してリーチを打つということは、相手に掴ませるか自分でツモれる自信が無いといけない。
そして待ちを作りに行くには、多少なりとも時間がかかることが多い。
5巡目 恭子 手牌 ドラ{2}
{⑤⑦46789三四五六七七} ツモ{⑥}
最速を目指していた恭子が最初の聴牌。
(……ほぐしやな)
しかしあまりにも打点も無く待ちが弱く、そして他の形が良い。
ほぐして良形の聴牌に持っていった方が、勝率は抜群に上がるだろう。
恭子が行くのは和了りまでの最速であって、聴牌までの最速ではない。
ここで勝負を焦って愚形リーチに行くような打ち方は、していなかった。
もちろん本来ツモになっていた{5}を持ってきた時のことも想定している。
(岡橋相手にフリテンリーチはしたないな……とはいえ3面張リーチせずは弱気すぎる……願わくば良い待ちになってほしい所やな)
様々な可能性を考慮して、切っていったのは{4}。
これにかみついたのはやはり初瀬。
「チー!」
初瀬が晒したのは{赤56}。
これでダブ東に赤を加えて5800以上が確定した。
親のダブ東を加えた2鳴き。
普通ならいつ12000が飛んできてもおかしくない。そんな状況に、卓の緊張感も増していく。
(聴牌……?いや、岡橋ならまだ張ってないことの方が多いやろ)
(ハッ!関係ねえな!)
恭子は疑いの目、セーラは全く引く気がないといった様子。
初瀬もプレッシャーを感じてはいるが、おめおめと引き下がるつもりはない。
なにより今自分は有利な状況にある。
強い意志を持って勢いよく切り出したのは{④}。他者から見ると濃いところで、聴牌に見えなくもない。
「リーチ」
瞬間、強烈な波動が初瀬の下家から放たれる。
怜が取り出した千点棒は静かに、そして威圧的に場の中央付近に直立した。
初瀬が、生唾を飲み込む。
団体戦決勝で見た。この独特なリーチの仕方は。
”一巡先を視る者”がリーチをする。
その意味は。
怜 手牌 ドラ{2}
{⑨⑨234789三四五八八}
(((ツモられる……ッ!)))
両目を光らせた怜が、ニコリと静かに笑った。