点数状況
東家 江口セーラ 36000
南家 末原恭子 23300
西家 岡橋初瀬 15000
北家 園城寺怜 25700
南1局 親 セーラ
グループ決勝戦は南場に突入した。
点数状況はややセーラがリードしているものの、それも安泰と呼べるほどではなく。
死の間際まで追い詰められた初瀬も、気が付けば決勝トーナメント進出が現実的に見えてくるほどに点数を回復していた。
5巡目 セーラ 手牌 ドラ{7}
{①②⑥⑦34678二二四赤五} ツモ{7}
(さてさて……)
セーラが持ってきたのは、ドラの{7}。
ブロック数は足りているので本来ならツモ切っても良いのだが、打点の種ともいえるこの牌をセーラはこの段階では手放さない。
『江口セーラ選手!ドラを持ってきましたがこれは使えますかね??』
『中ぶくれ、と呼ばれる6778のような形は、2面子作るのには最適な形ですからね。きっと索子を伸ばしてドラを使い切るつもりなのでしょう』
『ひえ~!ドラを使い切れれば満貫はほぼ確定のようなこの手牌!またも東1局のような大物手が飛び出すのか?!』
ゆったりと大きな手を狙って打つセーラの雀風。
それを理解しているからこそ、周りも対処せざるを得ない。
「チーや」
セーラから切られたのは{②}。
その牌に恭子が手牌から{③④}を晒して、鳴きを入れた。
江口セーラという打ち手を放っておくと大変なことになる。
それを理解しているからこそ、先に和了りきることが最大のセーラ対策と言えた。
6巡目 セーラ 手牌
{①⑥⑦346778二二四赤五} ツモ{中}
持ってきたのは生牌の{中}。
恭子に鳴きが入っているし、他の2人にも鳴かれる可能性のある役牌。
(……まあ、ポンまでなら許すわ)
余っている{①}よりも先に。
細やかな打牌選択だが、重ねられるより先に切りたいというセーラの意図が見えるこの打牌。
「ロン」
その牌を恭子が捉える。
恭子 手牌
{①①234二三四中中} {横②③④} ロン{中}
「2000や」
『ここはスピードスター末原恭子の和了り!!両面の{②}から仕掛けて2000点の和了です!!』
『両面とはいえ、三色にするならカンチャンやペンチャンと同様、待ちは1種類だけですからね。待ちも優秀なのであそこから仕掛けましたか』
少し恭子の河と手牌を眺めた後、セーラが恭子へと点棒を渡す。
「相変わらずはえーなあ?」
「……あいにくそれしか取り柄がないもんでな」
自嘲気味に呟いたその言葉は、紛れもなく恭子の本心だった。
南2局 親 恭子 ドラ{②}
配牌を受け取った初瀬が、一つ大きく息を吐く。
東4局の和了りでだいぶ点棒を回復した初瀬だったが、依然ラス目なのは変わらない。
親番があるとはいえ、ここにいるメンバーがそうやすやすと連荘させてくれるとは限らない。
とすると、やることは一つ。
(どこかのタイミング。あと1回あるかないかの勝負手が入った時、その手牌を仕上げて絶対に和了りきる)
初瀬の強さは、勝負手だと思った手牌を仕上げる強さ。
毎回ひたすらに押すわけではなく、自身の手牌価値と、和了りやすさを考慮して押しに行く初瀬のスタイルは、この3ヶ月で恐ろしいほど上手くチューニングがなされていた。
それはひとえに、育ててくれた人間が優秀だったからで。
(やえ先輩に認めてもらった攻めと、由華先輩に育ててもらった打点力。紀子ちゃん先輩に教えてもらった鳴きの技術……すべてを出し切って、ここで勝つ……!)
1人じゃない。
生意気だった自分をここまで面倒見てくれた先輩たちがいる。同級生がいる。
そんな仲間のためにも、自分がここで倒れるわけにはいかない。
そう気合を入れて、捨てる牌を選んでいく初瀬。
丁寧に手牌を育てていた5巡目のことだった。
突然下家に座る怜が目を伏せる。
そんな怜の様子に少しだけ感じた違和感の理由は、すぐに明かされた。
「ツモ」
(……は?!)
思わず初瀬が、声に出そうになるほどの驚愕。
まだ5巡目だ。
恭子 手牌 ドラ{②}
{②④⑦⑦333三四五} {⑧⑧横⑧} ツモ{③}
「1000オールや」
『速い~!!!!速すぎるぞスピードスター末原恭子!!5巡目にしてこの和了をものにしました!!』
『あの手牌から8pのポン……インターハイに出てる選手のうち、これを鳴いていける選手はかなり少ないかもしれませんね』
『まだ8pをポンした段階では2向聴!確かに残った形はくっつきやすいとても良い形でしたが、あっという間に仕上げてしまいました!』
電光石火。
常に最速をはじき出す恭子の頭脳が、この局も誰も追い付かせない速度で他者を振り切った。
点棒を渡す千里山の2人は、そんな恭子の速すぎる和了りに対して不満げで。
「……末原ちゃん、前よりも速くなってへん?」
「せやせや~。こんな速く1局終わったらつまらんや~ん」
「好き放題言いよって……」
額に青筋を浮かべながら点棒をしまう恭子。
そんな様子を見て、冷や汗が流れるのは初瀬だった。
(このメンツを相手に、勝負手を潰されずに和了りきれるのか……?!)
南2局1本場 親 恭子 ドラ{3}
4巡目。
「ポン」
恭子の声がまたしても響く。
軽快に{白}を鳴いていった恭子から出てきた{7}で、場に緊張感が張り詰めた。
『末原選手に鳴かれると、もう聴牌なのではないか?!と思ってしまいますよね!』
『おそらく、ここにいる選手たちは先ほどの和了りでその感覚を植え付けられましたね。私達は手牌が見えているので、まだ末原選手が2向聴なのがわかりますが、同卓している選手たちは気が気ではないでしょう』
初瀬の打牌にも制限がかかる。
そこまで打点も速さも見込めない手牌で、恭子の仕掛に踏み込んでいくのはかなり厳しい。
安全そうなところを選びながら、めいっぱいとはいかない手牌進行になってしまう。
8巡目 セーラ 手牌 ドラ{4}
{1244678八東東南発中} ツモ{南}
字牌が重なって染め手に一歩近づいたセーラだったが、既にこの{南}は2枚切れ。
あまり嬉しい重なり方ではなかった。
(末原の上家嫌やなあ……ま、和了りに行くんやったら関係ないんやけどな!)
自分が和了れば良いとばかりに切り出すのは{八}。
染め手に一直線だ。
恭子が手から牌をツモ切って、初瀬に手番が回ってくる。
初瀬 手牌
{③④⑦⑧2357一三八八九} ツモ{1}
和了りまではまだ遠く、かといってオリるには早すぎるそんな手牌。
今通った{八}を切っていくのは簡単なのだが、他に雀頭候補がないこの手牌で唯一の対子である{八}を切っていくのは流石に消極的過ぎる。
であれば捨て牌と合わせてノーチャンスになった{九}を切っていくのが、安全も買えて手牌もそこまで狭めずに進められる選択肢。
そこまで考えて、初瀬は{九}を切り出した。
「ロン」
そこまでを見通す者の目が、初瀬の打牌を許さなかった。
怜 手牌
{②③④⑤⑥⑦一二三九西西西} ロン{九}
「1300は……1600やな」
翡翠色に輝く怜の右目が、驚く初瀬の表情をしっかりと捉えている。
捨て牌には、{①}が置いてあった。
『出たあああ!!!一巡先を視る者園城寺怜!!三面張に取らず、単騎待ちで岡橋選手から打ち取りました!!』
『確実に見えていたんでしょうね。ここは確実に和了って、末原選手の親番を一刻も早く終わらせたいという考えもありましたか』
思わぬ放銃に回った初瀬だったが、気持ちの切り替えはすぐに終わっていた。
(打点低くて助かったわ。リーチかけられる方が嫌だったし……よし。勝負はこの親番)
勝負は南3局に移る。
初瀬にとっては、ここが決勝進出のための最後のチャンスだろう。
南3局 親 初瀬 ドラ{⑥}
ドラ表示を見る。
幸い、めくられている牌は{赤⑤}ではない。
自分の所に赤が来てくれるかもという淡い期待を抱きながら、初瀬が手牌を開けた。
初瀬 手牌
{①④赤⑤⑥334赤578二四赤五八}
目を閉じた。
赤が3枚、ドラが1枚。
満貫はもちろん跳満まで見える手牌。
様々な可能性。鳴く箇所。
それをまだ冷静な頭で決めた後。
勢いよく目を開く。
その瞳には、もはや闘志しか残されていない。
(全部行ってやる……!!!絶対にオリるもんか……!!)
相手が高校トップクラスの打点力を持った打ち手?……上回る打点を作ってみせよう。
速度に関して右に出る者がいない打ち手?……先に聴牌されても関係ない。全て押す。
一巡先を視る者が和了りをズラす?……ズラされても関係ない。1枚でも残っていれば引き和了る。
岡橋初瀬最後の挑戦が、始まろうとしていた。