ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第11局 ニワカは相手にならんよ

インターハイ1回戦。東1局が始まった。

 

「ロン!2000点です!」

 

「はい」

 

その幕開けは静かに。

この先鋒戦、やえ以外の高校は実は利害が一致している。どこも警戒すべきは小走やえであることがわかっていて、晩成に対してはその後のオーダーなら巻き返せるかもしれないと思っている。

であればやることは一つ。

 

(((先鋒戦は最少失点で切り抜ける)))

 

やえはそんな東1局の様子をみて、パタンと手牌を閉じる。

ある程度警戒されていることはわかっていたので様子を見たが、案の定、他の3校は力を合わせて、乗り切るつもりらしい。

 

ふう、と一息つくやえ。

 

(こざかしい……)

 

 

 

続く東2局も早い展開になっていた。

親ではないやえの下家が早くも2副露。しかも対面からのポン2つなので、やえは手番を飛ばされる形になっている。

全員が鳴きを意識して、早い展開に持ち込もうとしていることが、外からみてもわかる光景だった。

 

 

 

 

 

 

「めちゃくちゃ警戒されとるなあやえは」

 

「まあ、他の3校からしてみれば、この先鋒戦はなるべく早く終わらせて、次鋒戦以降に望みをつなげたいだろうしね」

 

姫松高校の控室、いつも通りに椅子を逆側から座って対局を眺めているのは、やえを古くから知る2人だった。

そしてよく知る仲だからこそ、

 

「まあ、それだけの小細工でやえが止まるとは思えへんけどな」

 

「同感だね」

 

そううまい事流されてやるほど、甘い打ち手ではないのもわかっていた。

 

 

 

 

 

9巡目、やえの上家に座る東愛知代表の津貝高校の選手が対面の2副露を眺める。

 

(2副露してポン出しが{③}か……もう差し込みに行ったほうがよさそうだ)

 

小走の速度も気になるが、2度ツモ番を飛ばされているので、2副露の対面の方が速そうに見えた。手牌から面子になっている{④}を取り出して河に放つ。

 

「ロン!」

 

案の定対面から声がかかって安心しかけたのも束の間

 

「ロン、頭ハネ」

 

やえの手牌が開かれる。インターハイのルールにダブロンはない。やえの頭ハネでの和了りとなる。

 

やえ 手牌 ドラ{⑦}

 

{②③④⑤⑥赤567三四赤五七七}

 

「8000」

 

(なんで2回ツモ飛ばされてそんな良形3面張聴牌入ってるんだ……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小走、去年より手強くなってるな」

 

「サトハ、あの子知ってるデスか?」

 

臨海女子高校控室。今年の第3シードである臨海女子は、もし晩成が勝ち進めば次に当たる高校。先鋒には、去年個人準優勝の辻垣内智葉がいる。次鋒以降は留学生がメンバーを務め、全くもって隙がない。流石優勝候補の一角に数えられている高校といったところだろうか。

その臨海の副将メガンと、智葉が晩成の1回戦を見守っていた。

 

「小走は去年の個人戦決勝卓の一人だ。凶暴な獣のような、とてつもない暴れ方だったが……今はそれに、冷静さがついてきているように見えるな」

 

智葉は自身の対局時はつける眼鏡を外して、対局を見守る。画面の中の小走やえは東3局は3000、6000をツモり、リードを稼いだ。

 

「小走……その刃、去年までは狂戦士(バーサーカー)(たぐい)だったが、今年はどうやら違うようだな」

 

「サトハ……私達がやるのは麻雀ですヨネ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東4局。やえの、終わらない親番が始まった。

 

対局者の誰もが流したいと思いながらも、リーチをかけられると踏み込めない。

 

「ツモ。4000オール」

 

{1234赤5689二三四南南} ツモ{7}

 

「ツモ。6100オール」

 

{①②③222444西西東東} ツモ{東}

 

「ツモ。8000は8200オール」

 

{②③④23344赤5三四赤五五} ツモ{二}

 

 

その結果が何を生むのか。

まるでチャンピオンの対局だった。

誰も止めることができず、圧倒的な速度と打点でゴリ押される。

 

「止まらないーーー!!誰も小走やえのリーチを止めることができません!東場でもう他校との点差はおよそ10万点をこえました!!全く他校をよせつけることなく、蹂躙しています!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わかってへんなあ~。やえに愚形リーチ打たせる余裕持たせたらこうなるに決まってるやろ」

 

「セーラ、恐ろしいお友達がおるんやな……」

 

千里山高校控室。第4シードで今日試合がない千里山も、この対局を見ていた。セーラの隣に座るのは、どこか儚げな印象を持たせる、園城寺怜という少女だ。そしてこの少女が、千里山のエース、先鋒に座る選手でもある。

 

「小走さんは私も何回か対局したことあるんやけどー……もうあんまり相手にしたくはないなあ~」

 

苦笑いでそう話すのは大将を務める清水谷龍華だ。

 

「だいたいなあ、日和りすぎやねん。やえに狙い打ちされるのを恐れて、全員が手え縮こまっとる。それじゃあ和了れるもんも和了れんで」

 

セーラが他校の打ちまわしにイライラするなか、ようやくやえの親番が横移動で終わる。

 

「あ、やっと親番おとせたんやな」

 

直接対局になるかもしれない怜は、静かに対局を見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

起家マークがやっとのことで「南」に変わった。

もう晩成とそれ以外の点差は実に10万点ついてしまっている。

 

(晩成の小走はリーチに振り込まなければ流局も多いって言ったの誰だよ……!めちゃくちゃにツモられるじゃないか……!)

 

データ通りに行けば、小走やえのリーチは全員が回る選択肢をとることが多く、その性質上、流局も多い選手だった。なので、ある程度のリーチは流局するかに思われたのだが……。

 

「リーチ」

 

南場に入ってもやえの攻勢は変わらなかった。

親番が落ちてもリーチと打って出てくる。その姿は、まだ点数が足りない、と言わんばかりだ。

もう流局を期待することなど到底できようもない。

 

しかし、この局はやえの上家の津貝高校が同巡で追い付くことに成功する。

 

西家 手牌 ドラ{九}

 

{②④④567四五六七八西西} ツモ{西}

 

(よしっ!小走は同巡聴牌なら通ることも多い上に小走の初打が{③}、リーチだ!)

 

「通らばおっかけリーチ!」

 

勢いよく切り出された{②}。

しかし。

 

「通すわけないでしょ。ロン。12000」

 

やえ 手牌

 

{③④赤⑤⑥⑦456一二三九九} 

 

(その形で相手から当たり牌をつり出すために初打に3面張固定の{③}を打つのか……!)

 

「決まったあああ!!!これでもう晩成の点数は20万点近く!この半荘も既に6回目の和了!卓上の王者とは誰が呼んだか!小走やえの猛攻にみるみるうちに他校の点数が減っていきます!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありゃありゃ、こりゃもうこの後追い付けるかも怪しい点差になってきたね、テルー」

 

「小走さんは……本当に強い人だから」

 

去年の優勝校、白糸台高校もこの対局を見守っていた。大将の大星淡と、チャンピオン宮永照。

決勝に上がってこなければ関係のない逆ブロックの試合だったが、今日行われる試合は全部逆ブロックで、なぜか照が他のチームの対局を見ようとしないこともあり、白糸台の控室では、晩成の試合がずっと映っていた。

 

「照がそこまで言うとは……もし小走が幼馴染の倉橋、愛宕洋榎と同じ姫松や、江口セーラと同じ千里山に行っていたらと思うと……ゾッとするな」

 

真剣な表情でそう語るのは、白糸台の次鋒を務める、弘世菫だ。

 

「去年の個人戦決勝、意図せずタッグ打ちのような形になったから、勝てた。ただ、なりふり構わず、小走さんが突っ込んできていたら、どうなってたかはわからない」

 

謙遜しているわけでもなさそうな照の言葉に、その場にいた一同が息をのむ。

もちろん、諸刃の剣であることは間違いない。個人戦決勝卓では、その刃を上手く御すことで、倉橋多恵が智葉と照から出和了りを絡めとっていった。しかし、その手綱を放れて、小走やえが暴れまわっていたら……大きく負けていたか、勝ちに届いていたか、その結果は誰にも分らない。

 

「ま、当たらないかもしれない相手のこと考えても仕方ないっしょー、南場の親番だよ。この勢い、誰か止められるのかな?」

 

淡の言葉に、全員の視線がモニターへと戻る。そこには、凶暴な獣のような眼光を光らせた小走やえが映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「恐ろしい、恐ろしい親番がやってきました!他校にとってこれほど恐ろしい親番はないでしょう。小走やえ、この時点で23万点というこの得点は既に大会記録です!それほどの点数を持った状況で、南場の親番を迎えます……!」

 

麻雀というゲームは4人で行われる。

よって、通常和了できる確率は4分の1……25%だ。しかし、この世界で、圧倒的力量差があるとき、その常識は覆る。

 

(こんなこと言いたくないけど、この手が仕上がったら、多恵にもお礼を言わなきゃね)

 

配牌を受け取って、そんなことを考えるやえ。やえはこの対局の中で、段々と自分の感覚が研ぎ澄まされていくのを感じていた。打点も、上がってきている。

 

膝の上に手をやって、ポケットの感触を確かめれば、そこには小さな四角いお守り、ミニマム麻雀牌が入っていた。

 

(まだ終わってない、この局で……仕留める)

 

一方他校にとってみれば、地獄のような時間が続いていた。

この親番をしのぎ切ることができるのか?後半戦は?

 

しまいには、誰か和了ってくれ……と、他人任せになってしまう。

 

しかし、そんな思いをよそに、小走やえからの親リーチはなかなか飛んで来ず、オーラスは不気味な雰囲気で進行していた。

 

 

14巡目西家 手牌 ドラ{⑤}

 

{③④⑤⑤赤⑤2四赤五五六七八八} ツモ{六}

 

(タンヤオドラ5の聴牌……けど、小走の捨て牌……)

 

やえ 捨て牌

{①八一五白⑧}

{9⑥④七西西}

{①⑦}

 

(不気味すぎる……この{2}は通るのか……?)

 

2枚並んでいる{西}は手出しだったので対子落とし確定。以降はツモ切りが続いている。しかし点差はもう絶望的。

1校しか次へ行けない1回戦のルールだと、次鋒戦以降のためにも、少しでも点差を詰めておきたいと思う心がまだあるのは、普通なら良い事であった。

 

しかし、一つ運が悪かったことがあるとすれば…この卓の王者は()()ではなかったことか。

 

 

(行くしかない……!)

 

バシッと切られた{2}を見て、やえは静かに目を閉じ、そして小さくつぶやいた。

 

「多恵のおかげで、{8}が良く重なったなんて言ったら、笑われるかしらね」

 

そして自身の手を開く。同時に開かれた瞳には、稲妻のような閃光が走っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ロン。48000」

 

やえ 手牌

{2233444888発発発} ロン{2}

 

 

 

 

 

 

 

 

「りゅ、緑一色だあああああああ!!!!!それも面前自摸れば四暗刻もつくダブル役満!今大会初役満は、晩成の絶対王者、小走やえの手から飛び出しました!最下位の津貝高校から一閃!27万点という恐ろしい持ち点を抱えて、次鋒戦に回すどころか、後半戦にすら入らせずに1回戦突破だあ!!!!」

 

 

 

ガシャンと、そのまま卓に突っ伏してしまった津貝高校の先鋒と、その場に座ったまま顔面蒼白にしているほかの2人を見て、静かにその場を立つ小走やえ。

その姿はまさに絶対王者と呼ばれるにふさわしい。

 

そして去り際、小さく、目を細めて小走やえは言い放つ。

 

 

 

 

 

 

「ニワカは相手にならんよ」

 

 

 

 

 


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