ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第117局 今日ここで倒れたとしても

 決勝戦前日。

 千里山女子も他校と同じように決勝に向けてミーティングを行っていた。

 

 

「先鋒はこんなところです……すみません。こっちでも色々考えたのですが、最終的に倉橋選手に対する明確な対策法は出せませんでした」

 

「ええよ~。去年戦った時からわかっとったことやしなあ」

 

 怜は以前、大会で多恵と対戦したことがある。

 その時はなす術なく完敗し、自身の無力さを知った。

 

 しかしそこから一歩も進めていないわけではない。

 怜からすれば『一巡先を視る』ということ自体、元々急にふってわいた幸運。その大きすぎるアドバンテージを活かしきれていないことを理解していた。

 

 

 「……セーラは、倉橋さんに勝ったことあるんやろ?」

 

 会議室が少しの沈黙に包まれていたその時、思い立ったように竜華がセーラに声をかけた。

 セーラと多恵は幼馴染。対局も相当な量こなしていて、勝ったことだってある。

 すがるようなその視線に、セーラはガシガシと頭を掻いた。

 

 

 「まあ……トータルで勝ってるわけやないけどな。そら勝ったこともあったけど……」

 

 「その数回の話が聞きたいんや」

 

 「……怜、お前……」

 

 

 いつになく真剣な表情の怜。

 その様子を見てセーラもニヤリと笑ってみせた。

 

 

 「せやな。明日一回、ぶちのめせればええんやからな!」

 

 「表現が物騒やわ……」

 

 「けどなあ……オレは基本打点でゴリ押して、ツモでブチ抜いて多恵の顔から生気を奪うことを楽しみに麻雀打ってたからなあ……怜にできる対策法ってなると難しいもんやな」

 

 「……あれ、なんか急に倉橋さんが不憫に思えてきたのはウチだけ?」

 

 セーラの話に苦笑いする竜華。

 どうやら竜華には死んだ顔をしている多恵が想像できてしまったようだ。

 

 

 「まあ、一つ言えることとすればや。あいつは多面張にさせてまうと手がつけられん。速攻でツモやらロンやらで和了られる。せやからもし怜に防ぐことができるとすれば……リーチの手前、『入り目』やな」

 

 「入り目……」

 

 入り目とは、聴牌したタイミングで持ってきた牌のことである。

 待ちの読みの本線になることが多く、また、宣言牌の周辺になることも多い。

 

 

 「あいつは待ちが多面張になることが多い……んやけど、入り目は多面張じゃないことがほとんどや。そもそも限られた手牌の中で2ブロックも多面張であることが少ないんやからな」

 

 「つまり、本来のツモ筋をずらして、倉橋選手に多面張の聴牌を入れさせなければ……ということですか?」

 

 「かなあ~っと思ったんやけど、それは難しいか」

 

 

 船Qが入れた補足説明に、自分が言ったことの難易度の高さを感じたのか、セーラがまた頭を掻く。

 怜は手を顎に当てると、そのやり方が可能なのかどうか考えていた。

 

 怜の結論は、可能かもしれないという判断。しかしそれは、去年自分が多恵と戦って得た新しい感覚に手を伸ばすことになり、同時に危険な賭けになるかもしれないというリスクを孕んでいたが。

 

 

 「怜。アレは絶対ダメやで?」

 

 「……竜華、私まだなんも言ってへんやん」

 

 

 色々な方法を模索していた怜の顔を覗き込んだのは、竜華だった。

 

 

 

 「いや。今怜無茶しようとする顔やったもん」

 

 「……はあ。竜華はなんでもお見通しやなあ」

 

 「やっぱり……絶対ダメやからね?怜の体が一番なんやから」

 

 最初、千里山メンバーにとって怜の能力は未知数だった。

 未来を視ることができる巡目は本当に一巡だけなのか。時間制限なのか。

 

 その様々な可能性を追うべく、怜自身も色々な方法を試し……そして倒れた。

 

 それ以来、怜は過剰な能力の使用を禁止され、部内の麻雀であっても、一巡先より先を視ることは禁止されていた。

 

 

 しかし去年、インターハイが終わった後。

 怜は新たな可能性を見つけた。見つけてしまった。

 

 多恵に勝ちたくて、どうしても勝ちたくて手を伸ばした先に、怜の能力は更なる進化を見せようとしたのだ。

 

 

 

 しかしそれを竜華やセーラに伝えた時の反応は、あまり良いものではなく。

 

 

 『……確かに、それができたら強いんはわかるけど……怜の身体に、すっごいダメージが行くんちゃう?』

 

 『オレも反対や。そんなことして対局中にぶっ倒れたらどないすんねん』

 

 

 当然と言えば当然だった。

 怜のことを大切に思うからこそ、怜の身体が一番大事。

 

 二人が身体のことを気遣ってくれていることは怜も分かっていた。

 

 

 

 

 その後も、怜以外のメンバーで多恵への対策方法を議論する。

 

 しかし怜の気持ちはこの時既に決まっていた。

 

 危険な賭けかもしれない。

 自分の体にどれだけの負荷がかかるかはわからない。

 

 それでも。

 

 

 

 (私の実力は、昔と変わってへんねん。三軍にいた頃の私のまんまなんや。たまたま詐欺くさい力を手に入れてしまっただけ……それに別に私は、プロになりたいわけやない。今は詐欺でもなんでもええ。……仮に明日倒れたとしても。皆で勝てれば、それで)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南3局 1本場 親 多恵

 

 

 

 

 

『さあ倉橋選手の親での満貫ツモで、状況はまたわからなくなってきました!』

 

『クラリンからしたらこの親は手放したくないだろうし、この連荘ももしかしたら長く続くかもしれないねえ……?』

 

 

 

 多恵の満貫ツモで、怜の立場は更に苦しくなった。

 放銃をしないという自分のアドバンテージは、最初からあってないようなもの。

 

 

 (前半戦と後半戦の間に休憩がある。そこで体力を少しでも回復させられるはずや)

 

 二巡先を視たことによる負荷は、今も怜の身体を蝕んでいる。

 しかしそれでも足りない。

 

 この最強の騎士の親番を潜り抜けるには、足りない。

 

 

 

 

 7巡目 怜 手牌 ドラ{9}

 {②③③6799三四中中白白} ツモ{8}

 

 手牌は6ブロック。麻雀は4面子1雀頭の5ブロックを目指す競技であることから、怜はこの中から一つのターツを外さなくてはならない。

 

 怜が、一巡先を視る。

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 

 

『リーチ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 (……この巡目に、クラリンから親リーチ……)

 

 ちらりと上家に座る多恵に視線を向ける。

 

 このまま放置すればリーチを打たれることはわかった。

 ではどうすればその未来を避けられるのか?

 

 怜が、目を閉じる。

 

 

 (……ごめんな、竜華。危険なんはわかってる。……けど、皆の想いがくれたこの能力は、今ここで使うべきやと思う)

 

 

 怜は前回多恵と対戦した時に、とある感覚を得ていた。

 

 多恵の強さに対抗するべく、何度も何度も未来を観測し、そしてどんな未来でも多恵にツモられてしまった。

 

 怜の能力は、基本的に一巡に何度も使えるものではない。

 自身が捨てる牌を決めてから一巡分の未来が視えるだけ。

 

 二巡先や、三巡先の未来まで視ようとすることもできたが、やはりそれも確定した未来一つだけだった。

 

 途中で自分が鳴ける牌が出た時、自分が鳴くかどうかは自分の思考に寄った選択を取るだけで、仮にそこで鳴かなかった未来は視ることができない。

 

 

 

 しかし、去年多恵と対局したとき、少しだけ視えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 選択肢から分岐する……()()の未来が。

 

 

 

 

 

 怜の瞳が、()色に光りだす。

 

 

 

 

 

 

 

 (行くで……無限の光(アウル)よ……!二巡先(ダブル)……!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 

 怜 手牌

 {②③③67899三四中中白白} 打{中}

 

 

 『ポン』

 

 

 やえ 打{⑧}

 

 

 

 怜 手牌

 {②③③67899三四中白白} 打{中}

 

 

 

 『リーチ』

 

 

 これやったら意味ない。一巡延びただけ……違う選択肢……!

 

 

 

 

 

 怜 手牌

 {②③③67899三四中中白白} 打{③}

 

 

 『チー』

 

 照 打{⑨}

 

 

 

 

 怜 手牌

 {②③67899二三四中中白白} 打{中}

 

 

 『ポン』 

 

 やえ 打{七}

 

 

 

 

 

―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガンッ、と大き目の音がして、怜が自動卓の端を掴む。

 いきなりの物音に驚く他3人。

 

 

 肩で息をする怜の瞳の色は、元通りに戻っていた。

 

 

 (視えたで……!)

 

 

 明確に震え出した右手で、怜が1枚の牌を握る。

 

 そうして河に出た牌は、{③}だった。

 

 

 「チー」

 

 抑揚のない声が、対局室に響く。

 照が手牌を晒して、怜から切られた{③}を右端へと持っていく。

 

 

 やえは持ってきた牌を手中に収め、多恵はツモってきた牌をそのまま切った。

 

 

 

 8巡目 怜 手牌

{②③67899三四中中白白} ツモ{二}

 

 

 (これがクラリンの欲しかった入り目の牌……それでもって……)

 

 怜が1枚の牌を切る。

 

 それに反応したのはやえだ。

 

 

 「ポン」

 

 

 やえの鳴きが入り、多恵がもう一度ツモ番を迎える。

 

 

 多恵 手牌

 {②③④赤⑤⑤⑤⑥123一三五} ツモ{⑦}

 

 

 聴牌。しかし多恵の目にはこの聴牌は違和感として映り込む。

 

 

 (園城寺さんになにかされている気がする……今の鳴きで多分……)

 

 今も尚肩で息をして辛そうな怜の方に向いていた多恵の視線が、逆側に座るやえへと移る。

 

 

 

 やえ 手牌

 {789一一赤五五発発発} {中横中中}

 

 

 

 

 (やえに追い付かれた)

 

 (捕まえたわよ多恵)

 

 最終打牌と照らし合わせて、ほぼやえに聴牌が入ったことを確信する多恵。

 

 仕方なしに多恵は手牌の{1}に手をかける。

 

 

 

 

 

 怜が引き出したかったのは、多恵に回る選択肢を取ってもらえるこの未来。

 半ば強引に引き寄せた未来が、怜の、千里山の勝利を呼び寄せる。

 

 

 (確定した一つの未来だけやと、どうしてもクラリンの待ちに追いつけへん。……せやけど、これなら……これなら戦える……!)

 

 

 

 

 

 

 

 実はとても単純な話で。

 

 

 去年の悔しさを抱えているのは何もやえと多恵だけではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『……セーラは、倉橋さんにリベンジしなくてよかったん?』

 

 『そらぁリベンジできるんやったらしたかったけどな、別にええんよ』

 

 

 

 

 

 

 『怜が多恵をぶっ倒してくれれば、オレが勝ったのとおんなじくらい嬉しいからな!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ツモ……!」

 

 

 

 

 

 怜 手牌

{②③④67899二三四白白} ツモ{白}

 

 

 

 

 

 「2100、4100……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日ここで倒れてもいい。

 

 

 

 そう思えるだけの覚悟が、想いが。

 

 

 

 

 今の 園城寺怜(千里山のエース)を支えている。

 

 

 

 

 


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