ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

141 / 221
第123局 牌に愛されし者

 ―――一年前。インターハイ個人戦決勝。

 

 

 

 

 

 

 『決ィィまったああああ!!!チャンピオンの6000は6400オールのツモ!!これで大きなトップ目に躍り出ました!!』

 

 『これは……他三者はかなり厳しくなりましたね……親番が残っていない小走選手はもちろん、親番が残っている辻垣内選手と倉橋選手も厳しい戦いを強いられます』

 

 『そしてなにより!!!このチャンピオンの親番を止めないと勝利はないぞお?!?!』

 

 

 『……ッ……!?』

 

 『……急にどしたのすこやん?』

 

 

 

 チャンピオン宮永照はあの日、初めて多恵に秘められた力を直に受けた。

 

 自身の頭は真っ白になり、同卓している二人も驚いたような表情で多恵を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 『なんだなんだあ?!今度は打って変わって倉橋選手がツモるツモる!このままトップの宮永選手まで追い抜いてしまうのか?!』

 

 『一打一打の精度が恐ろしく高いですね……私では解説しきれませんが、一巡一巡で変わる状況を常に追いかけていないとできない芸当だと思います』

 

 

 

 何もできない。

 今自分がやっている競技が一体何なのかすらわからず、思ったような手牌にはならない。

 

 ひたすらに多恵に和了られ続ける。間違いなく、人生で一番放銃しただろう。

 

 照にとって、悪夢のような時間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ツモ。700、1300は……1200、1800」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『……ッ!!!決着!!!!今年のインターハイチャンピオンは!!!やはり宮永照!!!今年もその強さを見せつけました!!!!』

 

 

 『最後は紙一重……4人全員が素晴らしい対局を見せてくれましたね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 点棒を見る。

 自分が一番持ち点が多い。

 ということはおそらく、自分はチャンピオンになったのだろう。

 

 

 しかしなんだこの気持ちは。

 

 なにもできず、最後はただただ放銃し続けた自分が、インターハイチャンピオン?

 

 

 

 

 

 

 

 『今年のインターハイはこれですべて終了!!最高の戦いをありがとーう!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 遠くに聞こえる歓声は照の耳には入らない。

 

 

 放心したような状態で見つめる先には、ボロボロにオリ続けた自分の手牌。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宮永照はインターハイ二連覇という名誉と同時に、『敗北』の味を知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東四局 三本場 親 照

 

 

 

 「聴牌」

 

 

 「「「ノーテン」」」

 

 

 

 一巡目に聴牌が入ったこの東四局は、照の一人聴牌という意外な形で流局となった。

 依然として、多恵から発された黒い覇気が、卓内を包み込んでいる。

 照の大物手が流局になった理由には、間違いなく多恵のこの力が絡んでいた。

 

 

 『流局……!!急に手牌が進まなくなり、そして誰もチャンピオンに振り込みませんでした……!途中から急に空気が変わったような、そんな感じでしたね』

 

 『……間違いなく、対局室の空気は変わったね。それを信じるか信じないかは、皆に任せるケドねー』

 

 

 テレビの前や会場で見ている視聴者はわからずとも、同卓している3人は肌で感じていいる。

 確かに何かが変わったことを。

 

 

 

 (クラリン……これが準決勝で急に清澄の先鋒のコが東場なのに手牌が悪くなった何か……去年の個人戦決勝でもあったって船Qがゆーてたな)

 

 “ナラビタツモノナシ”と名付けられたこの力は、サンプルが少なく千里山のデータ班でもどういった力なのかの詳細まではわかっていない。

 しかし信頼できる後輩の浩子が少ないデータの中から推測して言うには、強力な「打ち消しの力」ではないかということ。

 

 確かにそれであれば納得がいく。

 一番の証拠は今の怜自身の状態。

 

 

 (まったく視えなくなった……さっき私が視えなくてもいいなんて思ったから……まあ、それは偶然やろな)

 

 怜の大きな武器である未来視。その効力が今無くなっている。

 二巡先はおろか、一巡先すらも視えない状況。

 

 

 (それやったら、チャンピオンもアホみたいに良い手牌やないはずや……!)

 

 もしこの力が卓全体に及んでいるとするならば、照だってその支配からは逃れられていないはず。

 流石のチャンピオンもこの力には対抗できないというのは、去年の個人戦で実証済みだ。

 

 

 

 

 

 

 多恵 配牌 ドラ{5}

{①②⑤2689二三四東東北}

 

 

 多恵の配牌は悪い。

 一面子あるとはいえ打点も見えない上に愚形が多い。

 

 多恵自身、一種のゾーンに入ったことは理解していた。

 しかし、それが自らの意志ではなく、何かに引きずられるような形であったことも、理解していた。

 思考はクリアだが、今の手牌に和了れる気はあまりしない。

 それでも最善を導くべく、多恵の黒い瞳は静かに手牌を眺めていた。

 

 

 

 

 照 配牌 

 {⑧⑧224四五六六六西西北} ツモ{八}

 

 一方照は悪くない。

 タンピン系の手になれば打点まで見えてくる。

 

 これだ。この状態だ。

 

 この状況を打開するために、宮永照は一年を費やした。

 

 

 

 

 照はこの手牌を理牌し終えた後、珍しく大きく息を吸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――昨日のこと。

 

 

 

 

 「なあ照。教えてくれないか」

 

 鞄を持って帰ろうとした照を、菫が呼び止める。

 照は菫の方を振り返ると、その無表情のままで首をかしげた。質問の主語がわからない、と言った風に。

 菫がため息をつきながら話を続ける。

 

 

 「倉橋に対する対策だ。……去年と同じあの力が発動した場合、どうするつもりなんだ?」

 

 「……」

 

 菫の問いに対して、照が静かに空を仰ぐ。

 もう日は沈み、とっくに闇夜が空を支配していた。

 

 

 「……自分を、曲げないこと」

 

 「なに……?」

 

 「去年、私はなにをしていいかわからなくて、すぐに手を壊した。今までやってきたことが通じないのが怖かったから」

 

  

 いつもならここが入る、という感覚が無くなり、照魔境でわかっていたはずの相手の思考も読めなくなり、照からすれば、急に違うゲームが始まってしまったかのような感覚だった。

 だからこそ混乱し……そしてその状態のまま去年の個人戦は終了した。

 

 

 

 「色々、考えた。『一般』と呼ばれる戦略本も、たくさん読んだ。それ自体はすごく私の力になったと思う……けどね」

 

 照が、菫の方へ真っすぐに振り返る。

 無表情に見えるその瞳は、しかし燃えていた。

 

 

 「()()()()()じゃ、倉橋さんには勝てない。それが、私の結論」 

 

 「……まあ、確かにそれはわかるが……」

 

 いくら照が普通の戦略を学んだところで、所詮は付け焼刃。その鈍らな刃では、クラリンこと多恵の聖剣に立ち向かうには値しない。

 

 だからこそ、照は違う道を選ぶ。

 

 

 

 

 「私は、私の麻雀を貫く。それが私ができる、唯一の対抗策」

 

 「……お前がそう言うのなら、そうなのだろうな」

 

 

 菫はこの時、少し照を心配していた自分を恥じた。

 心配なぞせずとも、この少女はいつも平気な顔をして帰ってくる。

 

 憎たらしいほどに、彼女は強い。

 

 

 

 (確かにそうだな。それが一番、お前に似合っているさ)

 

 

 

 

 言い終えると、照は菫の方へ向かっていた所から踵を返し、歩いていく。

 

 その後ろ姿は、いつもより頼もしく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2巡目 照 手牌

 {⑧⑧224四五六六六八西西} ツモ{6}

 

 

 

 

 『チャンピオン、良いところを持ってきましたね。これでタンヤオ一盃口まで見えてきましたか』

 

 『この形ならもう{西}切っていんじゃね?それこそ{七}とか引いてきたらうまうまっしょ!知らんけど!』

 

 

 咏の言う通り、この手は{西}を対子落とししていくに見合うだけの手に育っている。

 まだ巡目の早いこの段階であれば、やわらかく打ってタンヤオ系。平和一盃口にドラまでつけば、なお良しだ。

 

 

 しかし照は少し考えた後、{八}を切り出す。

 この{八}切りは、{七}の受け入れを消してしまう分、少しロスの可能性がある打牌だ。

 

 

 『チャンピオン、打{八}としました!これは……?』

 

 『……いや、まさかな……いやわっかんねー!まあ、七対子も見てんじゃねえの?』

 

 

 照の表情は読めない。

 

 その間にも、局は進んでいく。

 

 

 

 

 2巡目 多恵 手牌

 {①②⑤⑦1368二三四東東} ツモ{④}

 

 

 『対して倉橋選手は手が重いですね……!これはこの役牌の{東}は鳴いていけますか……?』

 

 『いや、雀頭がない上に守備力も打点もない……これは鳴けねんじゃねえかな……知らんけど』

 

 『しかしそうすると手牌はかなり遅くなってしまいそうですね……』

 

 

 多恵の手牌は重い。極限まで思考がクリアになっているとはいえ、手牌が育たなかったら和了れない。

 

 一局が終わった時に、捨て牌と合わせても聴牌すらできない……なんてことが良く起こり、そんな状況であっても、苦しい手牌の時は我慢するしかない。

 それが麻雀だ。

 

 

 そんな苦しい手牌が、この状況で入ってしまうことが、一番まずいのだが。

 

 

 

 

 

 3巡目 照 手牌

 {⑧⑧2246四五六六六西西} ツモ{五}

 

 反対に、照の手牌は淀みなく進んでいく。

 

 

 『チャンピオンまたもう一歩前進です!今度こそ{西}に手がかかりますか……?』

 

 『……七対子を見てるんだったら、{6}切りなんてことあんのか……?ドラ受けだけどねえ』

 

 咏の言葉を待つか待たないかぐらいのタイミングで、照は{6}を切り出す。

 その様子は迷いがなく、前から決めていたような切り方。

 

 

 『あら、そうですねここは{6}切りでドラ受けを外しました……七対子の一向聴になったのが大きいですかね……三尋木プロ?』

 

 照が迷いなく{6}を切った瞬間。

 

 咏の中で、一つ、仮説が立った。

 

 

 

 『……おい、ちょっと待てよ。まさか……』

 

 『……三尋木プロ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4巡目 照 手牌

{⑧⑧224四五五六六六西西} ツモ{2}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分を曲げないということは、口にすることは簡単だが、行うのは難しい。

 

 照が自分を曲げずに麻雀を打ち続けるということは、変わらずに打点を作りに行くことに他ならない。

 今であれば、先ほど和了した6000オール以上の手牌。

 

 普段なら『能力』という強固な力が働いているからこそ、照の悪魔じみた連続和了は可能となる。

 

 しかし『連続和了の能力』というその異能自体は、あくまで恩恵に過ぎない。

 

 

 何の恩恵か?

 

 

 

 

 『牌に愛されている』ということの、恩恵に過ぎないのだ。

 

 

 

 高校麻雀界で誰よりも『牌に愛されている』宮永照という少女は、この大一番で、能力が封殺されて尚。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 7巡目 照 手牌

 {⑧⑧222四五五六六六西西} ツモ{⑧}

 

 

 

 

 

 

 

 

 「リーチ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 奇跡の一片を、手繰り寄せることができる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その声に、三者が背筋を凍らせた。

 この状況であるのに、7巡目にしてかかった照のリーチ。

 恐ろしいほどに嫌な予感が、三人を襲う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同巡 怜 手牌

 {③④⑤⑦⑦789二二三七九} ツモ{八}

 

 

 

 聴牌。怜がいつものように一巡先の未来を視ようとして……できないことに気付く。

 

 照の宣言牌は{四}。一発目に切り出す牌としては、{二}も{三}も怖すぎる牌。

 

 役ありに構えるなら、切り出す牌は決まっているが。

 

 震える怜の右手が、{二}を持ち上げる。

 

 

 しかし、なかなかこの牌を前に持っていくことができない。

 この数センチ先に表向きで牌を置くことが、できない。

 

 

 

 

 (“怖い”……振り込むリスクってこんなに怖かったんか……?!)

 

 

 加速する動悸。

 頭痛こそ消えたが、今まさに怜を飲み込まんとする恐怖が、怜の判断を鈍らせる。

 

 照の姿が、とても、とても大きく見える。

 

 

 チャンピオンからの親リーチ。

 自身は平和のみの1000点。

 今は一発目。

 

 

 

 

 

 (怖い……怖い……!竜華……!私はどないすれば……!)

 

 

 

 

 

 

 振り込めばまた18000かもしれない。

 一発がつけば24000かもしれない。

 多恵の力が作用しているとはいえ、高打点でない保証などどこにもないのだ。

 

 いつもなら未来が視える。

 

 この牌が通るか通らないかがわかる。

 だからこそ、回るか勝負するかの選択が容易に行える。

 

 しかし今はそうではない。

 先ほどまでは強気に行きたいと思っていた怜の心は、放銃という恐怖を目の当たりにして、震えている。

 

 長らく感じていなかった、大一番での、負ける怖さ。

 

 ついさっき望んだばかりの、『勝負』という行為は、この状態の怜にとってあまりにも大きすぎる重圧で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怜が震える手で切り出した牌は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今持ってきた安牌の{八}だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やえがこの場の異常さを感じながらも、安牌を切った。

 唇を噛み締めながら。

 

 

 多恵が背筋に流れる嫌な汗を感じて、自分の手牌と数十秒睨めあった後、{四}を切り出す。

 やれることは、あまりにも少ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チャンピオンの手が、ツモ山に伸びる。

 

 

 

 その手は暴風を纏っているわけでもなければ、光り輝いているわけでもない。

 

 

 

 

 それでも。

 

 

 

 

 

 彼女は『愛されている』。

 

 

 

 

 

 

 ここ一番で自分を曲げなかった『牌に愛されし者』は、奇跡とも呼べる和了を成し遂げんと手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「麻雀って、不平等なゲームだよな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背もたれに寄り掛かって上を向いた咏の呟きは、マイクに拾われることはなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ツモ」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 照 手牌

 {⑧⑧⑧222五五六六六西西} ツモ{赤五}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「16000は、16400オール」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトリ、と音を立てて。

 

 

 

 

 

 恭子からもらったヘアピンが一つ、地面に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。