ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第124局 立ち上がれ

 会場は、未だにどよめきが残っていた。

 耳をつんざくような歓声が上がったわけでもなければ、明らかな落胆が混じったため息が聞こえてくるわけでもない。

 

 ただただ、やはりチャンピオンなのかというある種納得したかのような空気が、会場を包んでいた。

 

 

 

 

 点数状況 

 

 1位 白糸台  宮永照 167100

 2位 千里山 園城寺怜  81600

 3位 晩成  小走やえ  77400

 4位 姫松  倉橋多恵  73900

 

 

 

 

 『厳しい点数状況になってしまいました……!しかし、しかしこれは団体戦です!今一位になるかどうかではく、次にどうつなぐかも大事になってきます!』

 

 

 『まあ、そりゃそーだけどさ。まずはこの親……止めないとね。……クラリンのメンタルは大丈夫かねぇ……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東四局 五本場 親 照

 

 

 

 

 

 

 

 

 何が悪かったのだろうか。

 

 

 

 努力が足りなかった?

 最善を積み重ねることができなかった?

 勝ちを掴み取る意志が足りなかった?

 

 

 

 

 違う、と。

 そうじゃない、と。

 

 

 圧倒的な運量の違いを見せつけられているだけだと、叫びたい自分がいる。

 

 どんな選択を繰り返しても、圧倒的な力の前では屈するしか無いのだと主張する自分がいる。

 

 

 

 

 ガラガラとやかましく騒ぐ自動卓の音だけが、空虚に響いていた。

 

 

 

 

 

 

 (また……勝てないのか)

 

 

 漆黒に染まっていた多恵の瞳は、生気を失い、ただ自動卓を見つめることしかできない。

 二回の人生で培ってきた自分の麻雀は、あっけなく砕け散った。

 

 二年前挫折を味わい、高校生活の全てを使って研究と研鑽を繰り返し、できる限りの全ての努力を尽くして尚。

 

 このチャンピオンには届かない。

 

 

 

 サイコロが回り、出た目は5。

 

 照が自分の山の右から数えて5番目で区切ると、その横の牌を四つ掴んで手元に置く。

 怜が苦しい表情で同じように配牌を取りに行き、やえもそれに続いて山から四枚の牌を持ち上げ、自身の手元に置く。

 

 そして、わずかな間。

 

 

 

 (……クラリン……?)

 

 次は多恵の番なのだが、多恵がなかなか山に手を伸ばさない。

 

 ふと気づいたかと思うと、その空虚な目つきのまま配牌を取りに向かった。

 

 

 

 

 

 怜 配牌 ドラ{3}

 {③④⑥⑨457一二三四東西} ツモ{六}

 

 

 怜が多恵の方を見やる。

 その表情は未だに力なく、先ほどの局の結果に絶望しているようだった。

 

 

 

 (クラリン……ごめんな……)

 

 先ほどの局、結果論ではあるが、怜が照のリーチに対して危険牌の{二}を押すことができていれば、多恵が切った{四}で平和のみの和了があったかもしれない。

 それが成就していれば、こんな大惨事にはならなかった。

 

 しかしそれはあくまで第三者視点での話。

 

 チャンピオン宮永照の放ってきたリーチ。

 多恵の力によって捻じ曲げられた状況でなお、打点を求めた照からかかったリーチの一発目。

 

 そこに踏み込むという行為が、どこまで恐ろしいかは想像に難くないだろう。

 どれだけ放銃率が低いとはいっても、当たる可能性がある以上、大きすぎる恐怖は判断を鈍らせる。

 

 

 

 多恵 配牌

 {①1226889二六八南西} ツモ{2}

 

 

 

 多恵の目は焦点が合っていない。

 麻雀と言う競技はどんなにひどい状況になったとしても、誰かの点棒が無くならない限り続いていく。

 それは天和と地和を連続で和了されたり、8巡目に四暗刻をツモられても、だ。

 

 多恵は自分の力の内容を理解していた。

 

 だからこそ、あの場面では自分が有利に立ち回れると信じていた。

 

 しかし、結果は残酷だった。

 その考えを根本から覆された。

 

 何を勘違いしていたのだろうか。なにせ麻雀はもともとそういう競技だ。

 

 極端な話、運さえあればどんな強者にだって勝ててしまう競技。

 将棋や囲碁などの盤上競技と違い、ルールさえ分かっていれば初心者でもプロに勝てる可能性がある競技。

 

 何十年も前に、そういう競技だということはわかっていたはずなのに。

 

 

 

 

 この世界の麻雀でここまで絶望を感じたのは初めてだった。

 

 

 

 (所詮私は、ネットで麻雀をやってたあの頃と何も変われてない。大事な場面で、こんな大舞台で使ってもらって、期待に応えられない)

 

 前世の最後のシーズンの光景が、脳裏にフラッシュバックする。

 完璧に実力を出し切った上で、その上を行かれた。

 

 いつもそうだ。自分には無い何かを持っている人間に、勝つことができない。

 

 

 多恵の思考は悪い方悪い方へと流れる。

 今年を逃せば、もう次のインターハイは無い。

 

 姫松の皆と笑顔で優勝することは、もうできない。

 

 そういえば、前世でもそうだった。

 

 前世でも期待に応えられずに私は―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『俺たちは、優勝したよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ッ?!」

 

 

 脳裏に響いたのは、いつか聞いた声。

 

 その声を皮切りに、自分の奥底で、何かが共鳴している。

 

 それは、今まで生きてきた彼女の……または彼の、歩んできた道のりで、出会ったたくさんの人たち。

 

 自分を応援してくれる誰かの声が、胸の中に響いている。

 

 

 

 『倉橋~!俺はお前の麻雀好きだぞ!』

 『勝ってきなさい。君は、強いよ』

 『クラリン頑張れ!!』

 『終わってない!まだ、負けてない!』

 『信じてる!』

 『お前の麻雀を、曲げるな。倉橋』

 

 

 無数の声が、多恵の身体全体に響いてくる。

 懐かしい声もあれば、少し前に聞いた声もある。

 

 自分に向けられている感情が、流れ込んでくる。

 

 多恵は、ようやく気付いた。

 

 今はもちろん、前世だって。

 

 私を応援してくれる人は、こんなにも、こんなにも沢山いたんだって。

 

 涙が溢れそうになる。

 絶望に打ちひしがれ、夜の道を、虚ろな目で歩いていたあの時。

 

 全世界の人たちが、自分を嫌いなんだと思ってしまったあの時。

 

 あの絶望の真っ暗闇の中でも、自分を応援してくれた人はいたんだと、今、ようやく気付けたから。

 

 

 じゃあ、今、何をすべきなのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ようやく気付いた?』

 

 

 

 前世の“俺”が笑ってみせる。

 

 

 

 

 

 

 

 『もう十分……お前は“愛される”打ち手になってるよ』

 

 

 チャンピオンリングを持っている“彼”は、とても、幸せそうで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『じゃ、行ってこい。お前も欲しいだろ?コレ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうだ。

 なら、立ち止まっている暇など、ありはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ッ!……ポン!」

 

 

 

 

 

 

 モノクロだった多恵の世界に、急激に光が戻ってくる。

 

 狭かった視界が広がり、的確に状況を追えるようになった。

 

 

 手牌を見ろ!

 最善を探せ!

 

 今するべきは絶望なんかじゃない。

 僅かな希望を信じて手繰り寄せるための手段を探すんだ!

 

 

 

 (そうだ……絶望してる暇なんかない!私は……私は今、姫松(みんな)の先鋒なんだ……ッ!)

 

 

 

 強く切り出していく牌は{①}。

 

 後悔も絶望も、南四局が終わった後でいい。

 

 今はただ、どんなことがあっても、最善を尽くす麻雀を。

 ここでそれすらも曲げてしまったら、自分の麻雀人生に嘘をつくことになる。

 

 それだけは、それだけはできない。

 

 

 

 多恵の瞳に赤が戻り、ナラビタツモノナシは効力を失う。

 

 けれど、それでいい。

 前世で培った経験と、この世界で貫いてきた麻雀は、確かに今ここにあるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「気付くのが遅いのよ……ほんと、バカなんだから……」

 

 

 

   

 

 小さく呟いたやえの言葉は、誰の耳にも入らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 7巡目 多恵 手牌

 {11222699南西} {横888} ツモ{8}

 

 

 

 

 最後の{8}が、多恵の所にやってきた。

 

 

 あの日渡したお守りは、今多恵の元へ返ってくる。

 

 (一人じゃ、ないんだ……!)

 

 

 多恵はラス目。迷いなく、自身の手牌の右端に開かれている三枚の{8}の上に、今持ってきた{8}を重ねる。

 

 2回の麻雀人生で培ってきたもの全てを積み重ねるように。

 

 

 

 「カン」

 

 

 

 

 多恵 手牌 新ドラ{1}

{11222699南西} {横8888} ※加槓 ツモ{9}

 

 

 

 

 

 『絶好のツモ……!そして新ドラ……!公式記録で倉橋選手がカンドラを2枚以上のせたのは初めてです!ここにきて倉橋選手に運が回ってきましたか……?!』

 

 『……確固たる意志……か。クラリン、お前ってやつあ本当に面白いねい……』

 

 

 咏が開いていた扇子を閉じて、モニターに映る多恵を指す。

 

 

 『そうだよクラリン。お前さんはもう、ただの姫松高校の先鋒倉橋多恵じゃあない。皆のクラリンなんだ。さぁ前向いて、いつものように繊細で愉快な麻雀、見せてくれるよねい!』

 

 

 咏の言葉に、視聴者も会場も熱気を増す。

 そうだ、まだ終わっちゃいない。

 

 この親番を超えれば、南場はまるまる残っているのだから。

 

 

 

 

 

 

 少しだけ見えた希望の光。

 

 しかしそれでも、一筋縄ではいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「リーチ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナラビタツモノナシの効力が切れたということは、照の手牌進行も早くなるということ。

 

 8巡目にしてかけられた絶望を運ぶ声は、もう一度立ち上がろうとした三人の足を止めるには十分すぎるように見えた。

 

 照の右手が再び暴風を纏う。

 

 

 

 

 

 

 

 しかし。

 

 多恵が一発目に切った牌は、無スジの{6}だった。

 

 

 

 

 『倉橋選手!いきなりキツいところを切っていった?!これは勝負ということですか?!』

 

 『クラリン、完全に切り替えたかな。……ま、ここで勝負にいけなきゃこの団体戦決勝そのものが終わりかねない。ここは大きなターニングポイントになるねぃ。知らんけど!』

 

 

  

 多恵の瞳が、今起こりうるすべての可能性を追う。

 培ってきた全ての知識が、今を打開するために総動員されている。

 

 

 ({8}が全見え。{69}はノーチャンスで、{5}→{7}の切り出しからドラ筋の{36}ターツも考えにくい。何より打点が伴っているなら、手牌の形は自然と予想がつく)

 

 

 (そして自身の手牌価値。和了価値指標。共に答えは同じ……前に、進め!!)

 

 

 

 

 抑えつけるために放ってきた照のリーチ。カンによってドラも増えた。

 照からすれば、加点を狙うなら好機であることは間違いない。

 

 

 

 「……チー」

 

 怜が静かに、手牌を晒す。

 

 照から出てきた牌を鳴いてツモ順をズラすことに成功した。

 

 

 (まだ完全に視えるわけやないけどな……これで、改変完了や)

 

 怜は多恵のナラビタツモノナシから解放されたものの、思うように未来を視ることができないでいた。

 たまに視えることもあるが、今は視えないことの方が多い。

 

 しかし怜はそれでいいと思っていた。

 

 まだ自分には、麻雀を楽しむことができると知ったから。

 

 

 

 

 

 

 次巡、照が持ってきた牌を手牌の上に乗せた瞬間、明らかに表情が曇る。

 

 直感で感じたのだ。

 

 この牌はまずい、と。

 

 

 

 (そうやチャンピオン)

 

 

 この牌は。

 

 

 

 (それが……それがクラリンの和了り牌……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ロン」

 

 

 

 

 

 

 

 一度折れた剣であっても。

 

 背負ったたくさんの想いが、もう一度剣に光をくれたから。

 

 

 

 

 立ちあがろう。

 

 何度だって立ち向かってきた。

 

 

 

 私は、今倉橋多恵(クラリン)なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 『行けよ。クラリン(ヒーロー)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()本の光り輝く剣が、チャンピオンの右腕を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 多恵 手牌

{1122233999} {横8888} ロン{3}

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……24000は……25500……ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 歓声が巻き起こる。

 

 

 自分のためだけじゃない。

 

 全ての想いを力に変えて。

 

 

 

 

 

 

 

 さあ、南入。

 

 

 先鋒戦は最終局面(クライマックス)だ。

 

 

 

 

 

 

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