ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第131局 泉の意地

 次鋒前半戦は、異様な空気のまま進行していた。

 展開自体は、こうなるかもしれないと危惧していた状態そのものだが、思ったよりもその振れ幅が大きい。

 

 次鋒戦開始時から、早くも点数状況は動いていた。

 

 

 

 点数状況

 

 姫松   上重漫 112600

 晩成  丸瀬紀子 108600

 白糸台  弘世菫 104800

 千里山  二条泉  72000

 

 

 

 『あっという間に姫松のリードは失われました!2着の晩成、更には3着の白糸台までが僅差!これは次鋒戦開始からわからなくなってきました……!』

 

 『いやー皆徹底してるねい……相手が1年生だろうが容赦なし……か。ま、でもこのままいくとは、限らなさそうだねい?』

 

 

 

 千里山以外の3校が均衡している。

 晩成と白糸台の徹底した姫松潰しが功を奏し、これで1位の行方はまったくわからなくなった。

 

 そのこと自体は良いことなのだが……この結果が気に食わないのが、千里山の泉だった。

 

 

 (ウチのことは完全無視ってか……山越の{④}。甘く見られたもんやな……)

 

 今の菫の和了は、泉にとっては屈辱的だった。

 自分から和了ることのできた12000を見逃して、わざわざ姫松から奪い取る。

 

 成功したから良いものの、あんなことが続くとは限らない。

 もし仮に今の手を泉がツモれていれば、白糸台にとっては和了れたものを和了せず、高打点をみすみす許していることになるのだから。

 

 それがわかるからこそ、泉にとっては腹立たしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千里山高校控室。

 

 

 「泉……熱くなりすぎるなよ」

 

 学ランを羽織ったセーラが、モニターの中で奮闘する泉の姿を見つめる。

 二条泉という一年生は、セーラが育てたと言っても過言ではなかった。

 

 

 「泉、大丈夫ですかね?」

 

 「大丈夫かどうかはわからん。あいつけっこー感情的なトコあるからな」

 

 船Qの質問に対して、セーラが両手を頭の後ろで組みながら答える。

 泉は入学当初から少し自信過剰で、どうしても他者を甘く見ることがあった。

 

 実力自体は申し分ないのだが、あれでは自身より同格かそれより下だと思っている相手に負けそうになった時のメンタルがもたない。

 

 そう思ったセーラが泉に対して最初に行ったのは……。

 

 

 「泉にとって最初の頃のセーラマジ怖かったやろな……」

 

 「そやねえ~……あれは泉じゃなくても心折れるよね……」

 

 「ちょっとした荒療治や。あれくらいなんてことないやろ」

 

 レギュラーにまで名を上げた泉のプライドを、ズッタズタにすることだった。

 

 

 

 

 『おら、24000や。ま~たトビかいな』

 

 『……ッ……!』

 

 

 

 あの時の泉の表情は忘れられない。

 

 元々セーラとは短くない付き合いがあり、自分の師匠だと思って接してきた相手にボコボコにされる。

 

 愛のある行為だとはわかっていても、その時の泉には堪えたであろうことは間違いない。

 

 

 

 

 

 「……あいつの強みは、あの負けん気や。空回りすることも多いんやけど……あいつの負けん気はプラスに働くことやってある。今日は油断なんぞしてないはずやし……これからやってくれるやろ」

 

 「……そうやね」

 

 セーラの泉を信じた物言いに、竜華も同意を示す。

 

 泉はこの千里山で1年生レギュラーを勝ち取った打ち手なのだ。

 舐められっぱなしでは、終わらない。

 

 

 

 

 「さあぶつけてこい。眼中にないのなら……無理やりにでも振り向かせてみい」

 

 

 セーラから攻撃の意志を引き継いだ1年生が、決勝の舞台で戦っているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東3局 1本場 親 菫

 

 

 配牌が配られる。

 親である菫が追加の1牌を手に加え、静かに理牌する。

 

 

 (今の所上手くハマってはいるが……晩成が少し鬱陶しいな)

 

 菫が打ちながら感じている違和感……それは晩成の丸瀬紀子から感じる違和感だった。

 

 自身が和了れないと見るやどこに和了らせたいのかを選ぶような打ち回し。

 そして利害が一致していると感じれば、すぐにでも支援してくる姿勢……。

 

 

 (団体戦、ということを理解して打っているようにしか思えんな)

 

 団体戦とはいえ、麻雀は個の競技。

 どうしても自分本位になりがちなこの競技で、紀子はチームのための打ち方を徹底している。

 

 

 (晩成王国……とはよく言ったものだな)

 

 王者小走やえの下に集まった、歴戦の戦士たち。

 

 なるほど確かに、その練度には目を見張るものがあるだろう。

 

 菫が口角を上げる。

 

 

 (いいだろう。それでもまとめて相手してやる。照がやられたら終わりなどと思われているのなら……目にものをみせてやろう)

 

 実際、白糸台の照以外の評価は高くない。

 しかし照が強すぎるからこそ、白糸台は優勝候補と言われていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 8巡目 菫 手牌 ドラ{三}

 {赤⑤⑥⑦2456677三三四} ツモ{二}

 

 

 一向聴。

 切る牌の候補としては{2}あたりが最有力候補になりそうだが……菫は隣に座る泉へと視線を移す。

 

 {発}を鳴いて河には萬子と筒子が並ぶ……どうやら索子の染め手模様だ。

 

 

 (……狙うか)

 

 千里山を狙うのは、千里山の現物で聴牌を組みたいという菫の意志の表れ。

 先ほどの局、この作戦が上手くいってトップ目の姫松から直撃をとることができた。 

 

 姫松は現状放銃を恐れている。

 それはそうだろう。あれだけの想いを持ってトップでバトンを渡されたのだ。

 

 その下級生が先輩からもらった点棒を減らしたくない……と守備的な思考になってしまうのは、仕方のない事。

 その思考を絡み取るのが、菫だった。

 

 

 (悪いが利用させてもらうぞ千里山。今は、姫松を潰すのが最優先だ)

 

 鋭い瞳が、泉に向かう。

 

 泉はそれを受けてピクリと肩を震わせたが、怖気づくことなく真正面から睨み返す。

 

 

 (上等だよ……!)

 

 菫の指が引かれると同時、その予備動作に反応を示したのは漫だった。

 

 

 (また……!けど油断はせえへん……!仮に千里山の安牌やったとしても、安易には切らんで……!)

 

 漫も先ほどの局の結果は重く受け止めている。

 しっかりと頭で整理し、冷静に状況を見据える。

 

 間違いなく多恵や恭子から受けた教えが活きていた。

 

 

 

 

 

 次巡 菫 手牌

 {赤⑤⑥⑦2456677二三四} ツモ{3}

 

 聴牌。先ほど索子を切らなかったのが功を奏して、{147}の三面張聴牌を入れることができた。

 前巡、泉は字牌を手から切り出している。

 

 つまり手はそこそこに育っており、そろそろ最後に1枚索子が溢れる頃合いだ。

 

 

 (おそらく出てくるのは{7}……もらうぞ)

 

 引き絞られた弓が、キリキリと音をたてる。

 

 シャープシューターによって定められた狙いは、寸分たがわず獲物を刈り取る。

 

 照が敗れたことによって、更に研ぎ澄まされた菫の麻雀が、次鋒戦で遺憾なく発揮されている。

 

 

 『来ました!白糸台弘世菫選手聴牌です!!先ほどドラを手放して索子を残したことで三面張テンパイを入れることに成功しました!』

 

 『いやー今日は冴えてるみたいだねいシャープシューター。けど……まだわっかんねーよ?』

 

 

 

 

 この局も、菫が制するかに思われた。

 少なくとも会場の意見は、一致していたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ツモ」

 

 

 

 

 

 

 

 持ってきた牌を勢いよく叩きつけ、手が開かれる。

 

 

 

 

 泉 手牌

 {12334赤57北北北} {横発発発} ツモ{7}

 

 

 

 

 

 

 「2000、4000は2100、4100……ッ!」

 

 

 

 

 

 この局を制したのは、泉だった。

 

 

 

 

 

 『ツモったのは千里山女子の1年生!二条泉!!意地で和了りを引き寄せました!!』

 

 『いやー好形テンパイに取らず余る予定だった{7}でツモ和了……良い和了なんじゃねえの?知らんけど!』

 

 

 歓声が上がる。

 好形三面張、それも親の高打点聴牌を入れていた菫をかいくぐったのだ。

 この和了の価値は高い。

 

 

 

 

 「よーっし!泉ナイス!」

 

 「うっし!」

 

 千里山の面々も、泉の機転を利かせた和了に喜びを示す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (余るはずの{7}単騎待ち……少なくとも準決勝ではそんな打ち回しはできていなかったはずだが……)

 

 点棒を渡しながら、菫が泉の手牌を見つめる。

 

 明らかにこちらの狙いを見越したツモ和了。

 あまり牌を雀頭にして和了を狙ったのだ。出和了りを重視するなら、前巡に切られた字牌単騎が好ましい形。

 

 

 

 「……眼中にないってんなら、無理やりにでも振り向かせてやりますよ」

 

 

 泉の声が、小さく響く。

 

 

 

 「ウチも千里山のレギュラーなんでね」

 

 

 

 千里山の1年生レギュラー。

 

 その瞳は、闘志に燃えている。

 

 

 

 

 

 




 

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