インターハイ団体戦決勝次鋒戦。
あまりにも熾烈な激戦だった先鋒戦に続き、次鋒戦は読みが交錯する見ている側も息が詰まる展開を繰り広げていた。
『さあ、東4局1本場は流局で流れ、前半戦は南場へと入っていきます!』
『今のも誰もリーチしてねえのにダマで聴牌が入っていた白糸台の待ちを読み切ってオリた晩成が流石だったねえ。このコあんま注目されてなかったけど、かなり上手なんじゃねえの?知らんけど!』
南1局 2本場 親 漫
東4局1本場は流局。
やられた分をやり返そうとダマで聴牌を入れた菫だったが、勢いよく打ち出した矢は今回も空を切った。
(晩成……想像していたよりよっぽど厄介だな……まあ、今はそれはいい。この局の目標は……)
せっかくの手牌だったが、悔やんでいても仕方がない。
前半戦も折り返し、南場に入った。まずこの南1局でやることは一つ。
「ポン」
紀子から打ち出された{中}に反応したのは、菫。
河から{中}を拾い上げる様子を、漫が苦々しく見守る。
(また流す気か……!させへん……)
徹底した姫松マーク。
漫を含めない点棒交換が一度挟まったところで、漫以外の認識は変わってなどいない。
この次鋒戦の命題はただ一つ。姫松をトップで中堅に回させないことなのだから。
ようやく漫にツモ番が回ってくる。
息を吐いて手牌の上にツモって来た牌を置いた。
3巡目 漫 手牌 ドラ{3}
{①①③④289一二七九白発} ツモ{⑦}
(いやいくらなんでも悪すぎやろ……!)
思わず顔に出しそうになるほどに手牌が悪いが、それを悟られるわけにはいかない。
漫はこの手をどのように聴牌まで持っていくかを、必死に考え始めた。
(状態は全然上がってへん。変に真っすぐ打ったら放銃するだけや……せめて手牌がもう少し良ければ……)
と、そこまで考えて漫はブンブンと大きく首を横に振った。
(配牌を嘆いててもなんも現状は変わらへん。先鋒戦の多恵先輩を思い出すんや。どんな時も、前を向いて最適解……!)
思い出すのは、いつも自分を指導してくれていた先輩たち。
運を言い訳にしない、強い先輩たち。
漫はこの3か月間、ずっと見てきたのだ。
今できる最善を取ろう。
手牌から{白}を切り出していく。
役牌を重ねられれば、和了率は上がるかもしれないが、このドラ無し赤無しの手牌で手牌を狭める行為は死に等しい。
ならば面前で安牌を持ちつつ、冷静に聴牌を狙っていく。
何も点数が完全に無くなったわけではないのだ。
9巡目。
「リーチや」
声がかかったのは、下家の泉。
鋭い眼光は、既に漫を睨みつけている。
(千里山……!)
現状ラス目の千里山のリーチには、どこの高校も行きにくい。
菫はすぐに手牌を崩し、安牌として持っていた{東}の暗刻に手をかけた。
紀子も一巡目は泉の安牌の牌を打ち出して、大人しめの進行。
漫 手牌
{①①②③④2389四六七中} ツモ{西}
(なんとかここまで持ってきたはええけど……リーチに押していけるほどやない……)
形は多少マシになったものの、良いとは言いづらい。最大のネックであるペン{7}の部分が既に河に2枚放たれており、ここが最終形になってしまえば勝ち目はかなり薄い。
以上のことから、無スジを押していけるだけの価値がこの手牌には無いのだ。
(けど……せやからって全てを諦める必要はないんや。とにかく聴牌だけでももぎとる…!)
通っている牌である{西}を切り出す。
先制リーチを打たれたことで、漫のこの手牌は和了することはかなり厳しくなってしまった。
しかしそこからでも諦めないのが姫松の麻雀。
粘り強く最後まで聴牌を目指すことを決めて、漫はもう一度大きく息をついた。
16巡目。
なかなかリーチの泉はツモれずにいた。
泉自身、両面待ちではあるものの、場況が良いとはとても言い難い待ちだっただけに、ツモれないこと自体にそこまでの不満は無い。
(まあ、ええやろ。ここで姫松の親を流せればとりあえずは目標達成……気に食わんけどな)
泉も、感情と理性がせめぎあって、複雑な心境だった。
同じ1年生であるはずなのに、ここまで徹底マークされる漫と、そのせいで準決勝でボコボコにされた相手に、決勝で見向きもされないという事実。
中堅戦以降のことを考えれば、ここで姫松を落とさなきゃいけないということはもちろん分かっている。
わかるからこそ、なにかモヤモヤとした気分が晴れなかった。
(ま、このまんま沈んでいくだけやったら、その程度ってことやろ。……ウチの方が、強い)
持ってきた牌は、和了牌ではない。
河へと切り飛ばす。
菫は盤石のオリで冷静に打牌をし、紀子のツモ番。
紀子は小考を挟んだ後、手から{7}を切り出した。
「……チー……!」
漫がその{7}に声をかける。
この{7}は喉から手が出るほど欲しかった急所の牌。
手から{七}を切り出して。
漫 手牌
{①①②③④23四五六} {横789}
なんとか聴牌へたどり着いた。
(まだ……まだ終わらせへん……!)
形式聴牌で危険牌を切りだしていくのは、勇気がいる。
自分は和了れない手牌で、相手に当たるかもしれない牌を切るのだ。そもそもからして釣り合っていない。
しかし、親権維持や、着順の関係によって、時として押したほうが有利になる場面がある。
漫はそのギリギリのラインを必死でもがきながら、最終局面でなんとか聴牌を入れたのだ。
今の打牌で聴牌が入ったことをほぼ確信した泉が、表情を歪める。
(聴牌入れられたか……。晩成もおそらく{7}しか安牌が無くなったのか……?)
ここまでの対局を見ていて、そうやすやすと対面に座る晩成の打ち手が、漫の欲しい牌を切るとは思えない。
しかしながら、親に鳴かれない牌を意識しすぎて、リーチに放銃してしまっては元も子もない。
だからこそ、捻りだした{7}。泉の目には、そう映っていた。
菫も少しだけ目を細めて紀子を一瞥した後、ここまで取っておいた最後の{東}に手をかける。
白糸台のエースを支え続けた3年生は、オリにも無駄がなかった。
そして、紀子にも最後のツモ番が回ってくる。
持ってきた牌を手牌の上に載せて、紀子がもう一度小考に入った。
(晩成……安牌が切れたのかな……?)
漫からしても、紀子から鳴ける牌が出てきたことは意外だった。
ここまで徹底した絞りをしてきた紀子なだけに、ここで聴牌を入れさせてくれるという期待はあまりしていなかったのだ。
ここで現時点トップ目の晩成から、ラス目の千里山への横移動は、漫にとってはプラスでしかない。
あまり手詰まり放銃を起こすようなタイプには見えないが、漫は紀子の打牌を静かに待った。
紀子が、一つ、頷く。
1枚の牌を、手牌から持ち上げた。
ぎりぎりまで考えて絞り出した紀子の答え。
その牌は。
「リーチ」
横を向いた。
(は?)
紀子が点箱を開ける音。
出てきた青い1本の棒は、間違いなく『リーチ』を告げる物。
残り山に目を向ける。残っているのは、1枚だけ。
悪寒が漫の全身を襲う。
『な、なんと!!!晩成の丸瀬紀子!!ツモ番無しリーチ敢行です!!!』
『いやえっぐいねえ……最後の牌がただの安牌ならこの千点は無駄になる。……けど、それ以上に姫松が聴牌を維持できなくなる方を選んだってことか』
驚いたのは、何も漫だけではなかった。
泉と菫も、まさかのツモ番無しリーチに目を見開く。
(そこまでやるか丸瀬紀子……!)
卓の中央に、2本目のリーチ棒が転がる。
(晩成……!そのリーチ棒、無駄になるかもしれないのに……!)
歯を食いしばって、漫が最後の牌に手を伸ばす。
(安全牌……なんなら和了り牌でもいい!海底がつけば1000オール。そのふざけたリーチ棒ごともらってやる……!)
漫 手牌
{①①②③④23四五六} {横789} ツモ{五}
現実は、最後まで漫に厳しかった。
『無スジ……!しかもリーチ者両名に通っていない無スジです……!』
『いや、えっぐいわ……私も若干引いてるわ。しかしそれでいて天晴れだねえ晩成の次鋒。本当に効果的に相手の嫌がることができてる。こういう麻雀を貫けるってえのは、芯が強くないとなかなかできないよ』
漫が持ってきた{五}を右端に置いて、右手で強く握りしめる。
(……ぐ……!)
到底切れる牌ではない。
紀子のリーチが無くたって泉にはとても切れる牌ではないのだ。
スジはかなり通ってしまっていて、両面で泉に当たるスジは2スジしか残っていない。
その一つが、{五八}のスジだった。
まんまと罠に嵌められ、紀子を睨みつける漫。
しかし、ここで感情的になってこれを切り飛ばせば、それこそ意味がない。
深呼吸を繰り返し、頭を冷やす。
冷静になった頭で考えれば、これはやはり、切れる牌ではなかった。
『流局です!!最後の最後でオリを選択せざるを得ませんでした上重漫!晩成と千里山の2人聴牌で局は進みます!』
『いやー、危なかったねい。1年生とは思えないくらい冷静だったねえ。ここまでの徹底マークで相当フラストレーション溜まっているだろうし、切っちゃうかもなあって思ったんだけどねえ。知らんけど』
『踏みとどまりました上重漫!最後の{五}を切っていたら千里山に満貫放銃でしたからね……!』
泉と紀子の聴牌形を確認して、漫は海底で回ってきた{五}が本当に当たり牌であったことを知った。
(大丈夫。まだ冷静に戦えてるはずや……先輩たちに会う前のウチやったら絶対放銃しとる。自信もって、戦うんや……!)
親番は流れてしまった。
しかし晩成との点数差がそれほど離れているわけではない。
だから、まだ大丈夫。
(せやけどやっぱり……)
漫はこの3ヶ月で、自分の能力とも言える強みを理解し始めていた。
そしてその能力が、劣勢に立った時に発動しやすい、とも。
しかし実は、漫の能力は、運量で押し切られたり、非常に高い手を放銃したり、自らのミスで発動することが多かったのだ。
今の状況は、そのどれにも当てはまらない。
能力に頼るつもりは一切ないが、このジリジリと削られていく展開が、漫にとって最悪のパターンだった。
自動卓が、次の配牌を用意すべくガラガラと音をたてる。
下家の泉が卓の中央のボタンを押してサイコロを回した。
漫が唾を飲み込む。
(強い……これが、インターハイ決勝なんか……!)
まるで表情を崩さない3人が、漫からはとても大きく見えていた。