ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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前話の感想で、ちらほら「自身のツモ番が無い状態でのリーチはできない」という声を頂きました。
実は、ツモ番が無くてもリーチができる、というルールがあり、最近では一番大きなプロの大会でも、このツモ番無しリーチアリのルールを採用しています。

咲の世界ではそこのルールに触れている描写はなかったので、今回は「ツモ番無しリーチ」はアリ、ということで進めさせていただきます。

元々主流ではないルールなので違和感を感じるのも当然ですよね汗
説明不足で混乱を招いてしまい申し訳ありません。


では気を取り直して、本編をお楽しみください。





第134局 火をつけろ

 

 

 漫の前半戦最後の親番が流された直後。

 南2局3本場も紀子が軽快に仕掛けて和了りを取った。

 

 南3局に漫が意地でリーチから和了を手にするものの、リーチツモドラ1の1000、2000と打点はあまり高くない。

 

 そして今、オーラス紀子の親番を迎えていたが……。

 

 

 「ロン」

 

 菫の発声と同時に、次鋒戦前半戦は終局を迎えたのだった。

 

 

 

 次鋒戦前半戦終局

 

 晩成  丸瀬紀子  118600

 姫松  上重漫   106200

 白糸台 弘世菫    94400

 千里山 二条泉    80800

 

 

 

 

 

 

 『次鋒戦前半戦終了!!次鋒戦は白糸台が有利かと思われていましたが、この前半戦を制したのは晩成高校丸瀬紀子!!派手な和了こそありませんでしたが、着実に点数を伸ばしました!』

 

 『ん~どこの高校も姫松を抑えにきてた感じがあったねえ~。んで、そういう戦法を一番得意としてたのが、晩成っぽいよねえ知らんけど。少なくとも千里山のコはかなり窮屈そうじゃね?』

 

 

 『様々な思惑が交錯してきましたこの団体決勝戦!次鋒後半戦はこのあとすぐです!』

 

 

 

 

 

 

 

 暗くなっていた照明に光が戻り、今まさに対局を行っていた4人が緊張を解く。

 

 漫はそんな中で悔しそうに点棒表示を見つめていた。

 

 

 (個人戦やったらハコやん……相手が強いとか、学年が上とか……そんなん言い訳にならん……!)

 

 他のメンバーが控室へと一旦戻る中、漫はその場から動けずにいた。

 前半戦での反省点が浮かんでは消え、浮かんでは消え……。

 確かに配牌やツモが良かったとは思わないが、反省点が無いわけではない。

 

 ずるずると悪い雰囲気のまま点数を減らしていってしまったこと。

 最後の放銃も、巡目が早かったとはいえ、自身の手と照らし合わせて、行く価値があるかどうかは微妙なところだった。

 

 漫の手に、じんわりと汗が広がる。

 

 このまま帰れるはずがない。

 

 先鋒戦であれだけの感動と共に、トップを持ち帰ってくれた多恵と。

 そして姫松の皆が、漫を笑顔で送り出してくれた。

 

 好きなように打ってきていい、と。

 

 先輩達は後がない最後の年で、1年の自分にこんなにも温かい言葉をかけてくれる。

 その気持ちに、応えたい。

 

 

 (後半戦は……後半戦は絶対……!)

 

 しかしその期待は、転じてプレッシャーにもなる。

 初めてのインターハイ。そして決勝戦。

 漫を押し潰すプレッシャーは、並大抵のものではなかった。

 

 早くなる心臓の鼓動をなんとか落ち着かせようと、漫が深呼吸を繰り返す。

 

 

 

 「なんちゅう顔してんねん」

 

 そんな漫の頭に、固い感触。

 ビクリと肩を震わせて後ろを振り向いてみれば、そこにはよく知る先輩の姿が。

 

 

 「すっ、末原先輩?!」

 

 そこには、いつものパンツスタイルで片手にバインダーを持つ恭子の姿があった。

 

 

 「すみません!あ、あの、後半戦は必ず……必ず点数増やして帰りますんで……!」

 

 「別にそんなん言いにきたわけやない……えーっとな……」

 

 反射的に頭を下げる漫に対して、恭子は困ったように額に手を当てた。

 

 

 「……このデータ、見てみ」

 

 「……え?」

 

 恭子がおもむろにバインダーを開き、一つのデータを漫へ見せる。

 そこには、晩成の丸瀬紀子の平均打点のデータが載っていた。

 

 

 「丸瀬、想像以上に厄介やったな。ウチらもめんどそうな相手やとは思っとったけど、まさかここまでとは思ってへんかった。……けど、平均打点自体はかなり低い。晩成の中やったらぶっちぎりで低いな。……せやから、惑わされることはない。いつも通りや。漫ちゃんやったらこの程度一撃で取り返せるわ」

 

 恭子に言われるがままデータを見てみれば、たしかに紀子の平均打点は非常に低い。

 この半荘を振り返ってみても、そこまでの高打点は無かったように思う。

 

 手数と打ちまわしに翻弄されて和了が遠のいていたが、そこまで絶望的な点差になっているわけでもないのだ。

 

 資料をじっと見つめる漫の肩に、恭子の手が置かれる。

 

 

 「気張らずに、いつも通りでええ。多恵も洋榎も、『漫ちゃんらしい麻雀してくればええ』って言っとったで」

 

 「いつも……通り」

 

 それが難しいことは、恭子も重々承知。

 この大舞台で1年生がいつも通りの打牌ができないことは、他でもない「凡人」である恭子にもよくわかる。

 

 それでも、この言葉を伝えたかったのだ。

 

 

 

 「あ、でも次の半荘も25000点失ったら漫ちゃんと多恵のデコの無事は保証できんな」

 

 「それはあんまりですよ?!」

 

 すこし大き目の声で突っ込んで……そこで漫は手のひらににじんでいた汗が引いていることに気付く。

 

 この目の前の少しだけ不器用な先輩が、自分を励ましに来てくれたことに、漫は感謝していた。

 

 

 (やっぱり……この先輩たちに……いや、この先輩たちと一緒に、優勝したい……!)

 

 

 この3ヶ月で、漫はたくさんの物をもらった。

 それは何も、麻雀の知識や経験だけではない。

 

 姫松の先輩たちからは、「努力は時に才能を凌駕する」ということを身をもって教えてくれた。

 

 それが漫にとってどれだけ眩しいものだったか。

 

 

 今日が、そんな先輩達に恩返しできる最後のチャンス。

 

 

 

 「あ、それとな。多恵から伝言や。『失敗しても、次の最善』やって。言えばわかるって言われたんやけど……」

 

 「……!」

 

 それは、この3ヶ月の特訓で多恵から繰り返し言われた言葉。

 

 失敗することも多かった漫は、多恵によくこう言われていたのだ。対局中は、とにかく次の最善を考えろ、と。

 反省も後悔も、終わった後でいい。大切なのは、対局中は愚直に、前へ進む道を模索し続けること。

 

 

 

 

 漫の瞳に、炎が宿る。

 

 

 

 「……はい!頑張ります!」

 

 

 その炎は、導火線に火を点けるに足りうるか。

 

 

 

 

 今できるベストを。

 

 次鋒後半戦が、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次鋒後半戦

 

 

 東家 千里山  二条泉

 南家 晩成  丸瀬紀子

 西家 姫松   上重漫

 北家 白糸台  弘世菫

 

 

 

 

 場決めが終わり、それぞれが席に着く。

 漫はまたもや紀子の下家になってしまったことに若干の焦りを覚えつつも、西家の席へと腰を下ろした。

 

 

 (けど、関係ないねん。ウチのベストをこの後半戦にぶつける…それだけや)

 

 一つ呼吸をして目を閉じれば、いつだって浮かんでくるのだ。この日のために費やしてきた研鑽の日々が。

 

 姫松で過ごしたこの3ヶ月という短い時間が、どれだけ自分にとって大切だったか。

 どれだけ自分に大きな影響を与えてくれたのか。

 

 1つ上の先輩が、どんな想いで自分にこのレギュラーの座を託したのか。

 

 

 多恵と共に教室の外からその想いに触れたことを、忘れた日はない。

 

 

 今、漫の想いは一つだけになった。

 

 

 

 『姫松高校に、先輩たちに。恩返しがしたい』

 

 

 

 

 ただ、それだけでいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 対局室の照明が落ち、中央の卓にのみスポットライトが当たる。

 

 対局開始を示すブザーが、鳴り響いた。

 

 

 

 『お待たせしました!次鋒後半戦開始です!三尋木プロ、後半戦はどのような展開が予想されますか?』

 

 『いや~基本的には前半戦と変わらねえと思うけど……って……思ったけど~。そうはならないかもねぇ〜…知らんけど』

 

 

 扇いでいた扇子を閉じて、咏が面白いものを見つけたとばかりにモニターへ視線をやる。

 解説席に備えられたモニターには、既に各選手の配牌が映し出されていた。

 

 

 

 

 

 

 東1局 親 泉

 

 

 「チー」

 

 紀子の発声は唐突に訪れた。

 まだ5巡目であるのにも関わらず、泉が切った{①}を{②③}でチー。

 

 泉の眼光が鋭くなる。

 

 

 (晩成……また早く局を流すつもりか……?)

 

 場に役牌が出切っていない今の状況で、紀子の役を絞ることは難しい。

 別段不思議な捨て牌をしているわけでもないため、チャンタ系や染め手の仕掛けとは思いにくい。

 

 

 しかしこの紀子の鳴きの狙いは、もっと別の所にあった。

 

 紀子の表情は、この局が始まってから一度も変わっていない。

 

 その表情は前半戦のときのような読み取れない無表情でも、余裕を感じるような表情でもない。

 

 表現するとしたら、そう。

 

 

 

 「リーチ」

 

 「……!」

 

 

 

 焦り、だった。

 

 

 

 『姫松高校のルーキー上重漫!先制リーチです!強気な打牌選択でここまできましたね!』

 

 『ひゅーう!いやあ調子が良い時ってのは打牌選択に迷いがないよねえ!知らんけど!』

 

   

 明らかに前半戦とは違う雰囲気の漫からのリーチ。

 {白⑤3四六横⑦} と並んだ漫の河は、他者から見れば脅威でしかない。

 

 

 「……チー」

 

 歯を食いしばって、菫が鳴きを入れる。

 せめてもの一発消し。

 

 

 (晩成も感じ取っていたか……しかしこれも、一時しのぎにしかならんだろうな……)

 

 漫の捨て牌の違和感。そして打牌選択の迷いの無さ。

 

 これらが導き出す答えは一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 「ツモ」

 

 

 

 

 瞬間、卓全体を爆風が襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 漫 手牌 ドラ{一}

 {⑦⑧⑨⑨⑨⑨七八九8999} ツモ{7}

 

 

 

 

 

 

 「3000、6000」

 

 

 

 

 

 『決まったああ!!後半戦挨拶代わりの跳満ツモ!!姫松高校上重漫!!後半戦から反撃開始です!』

 

 『っかあ!しっかり高目ツモかよ!気持ちいいねい!こりゃ後半戦面白くなってくるんじゃねえの?!』

 

 

 

 

 漫の瞳が鋭く光る。

 

 

 先輩達の想いを受け継ぎ、そしてその先輩達へ恩返しがしたいという強い想いは。

 

 

 

 

 今、この大舞台で『上重漫』という爆弾の導火線に、火を点けた。

 

 

 

 

 

 

 




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