ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第136局 漫が信じたもの

 

 上重漫は、昔から特に秀でて麻雀が強いわけではなかった。

 

 家族に教えられるがままに麻雀を覚えはじめ、多くの少女達が思うように、強くなりたいと思った。 

 それはきっと、多くの野球少年が幼い頃にプロ野球選手を志すのと似ている。

 

 小学生の時は周りでも麻雀は強い方で、意気揚々と麻雀が強い中学校へと進学し、そこで上には上がいることを知る。

 

 時にそれは理不尽な強さであったり、理論に基づいた強さであったり。そのどちらであっても、自分より上がいることを思い知らされた。

 

 強くなりたいと願った漫だったが、その想いとは裏腹に、実は漫には大きな欠点があった。

 

 漫はおっちょこちょいだったのだ。

 理論も頭で理解できるし、ここ一番での爆発力は光るものがあるのに、たまに大きなミスを起こしてしまう。

 

 その悪癖が、彼女の成績を落とす大きな要因になっていた。

 

 姫松に入学したのも、そんな自分を変えたいという想いが一役買っていた。

 もちろん姫松はここ最近関西では負けなし。全国優勝の景色を関西で見たいと思うなら、まず最初に候補に挙がる高校。

 

 最初に姫松に行きたいといった時の周りの反応は反対の声が多かった。

 

 姫松には推薦制度がある。中学時代に数多の実績を残した面々が、この姫松に集まってくるのだ。

 部員数はゆうに100人を超え、卒業まで公式戦に出られないことなどざらにある。

 

 そういう環境に、漫は飛び込むというのだ。

 

 結局周囲の反対を押し切って、漫は姫松に入学した。

 それはやはりテレビで見た今の最強世代が全国制覇するのを見たいという想いと、その最強世代の意志を受け継いで強い姫松で自ら全国に出たいという想いから。

 

 テレビで見た姫松の選手たちは、キラキラしていたのだ。

 

 しかしまさか、入学して間もない新入生の段階で憧れに憧れていた先鋒の選手から声をかけられるとは思っていなかった。

 

 

 そこからは、激動の毎日だった。

 

 毎日課題に取り組み、実践に落とし込む。麻雀漬けの毎日が始まった。

 

 しかしそれは、漫にとって苦ではなかった。

 こんな環境にいれることこそ、むしろ光栄なこと。

 

 ここで全力で取り組まずに、いつ取り組むというのか。

 

 

 そして漫は、レギュラーの座を勝ち取った。

 未だにたまに大きなミスをしてしまうことはあるが、それ以上にハマったときの高火力が今の姫松に必要とされて。

 

 自分が入ったことでレギュラーから落ちてしまった2年生の先輩の想いに触れて、漫は覚悟を決めた。

 

 

 憧れているだけでは、もうダメなのだと。

 

 同級生と、先輩達と、姫松の全ての人間の想いを背負って、打つしかないのだと。

 

 漫の覚悟は、間違いなく彼女の麻雀力を押し上げていた。

 

 

 

 

 おそらく、インターハイに出場している全1年生の中で、漫が一番強いということはないかもしれない。

 それどころか5本の指に入るかどうかも怪しい。今年は1年生もバケモノ揃いだ。

 

 

 しかし、こと「姫松高校のメンバーに入ったとして」という点においてだけは。

 

 

 他の誰よりも上重漫が適しているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南2局 親 紀子 

 

 

 

 「ツモ!」

 

 

 力強く卓に牌を叩きつける音と同時に、ビリビリと衝撃が走る。

 

 

 泉 手牌

 {②③④赤⑤⑥西西} {横⑨⑨⑨} {横白白白} ツモ {①}

 

 

 

 「2000,4000!」

 

 

 燃える千里山の魂そのままに、泉が更に加点した。

 

 

 

 『決まったあああ!!!千里山の二条泉!!後半戦は暴れまわっています!!』

 

 『いいねえ!ルーキーとは思えないくらい肝が据わってるよ!晩成のリーチもなんのその。このへんは強気でいいんじゃねえの?』

 

 『そして勝負の南3局!!姫松高校上重漫は踏ん張れるか!!』

 

 『そうだねえ……おそらくこの親番が最後のチャンス。ここでかなり取り返したいところだけどねい。本人もそれはわかってんじゃね?知らんけど 』

 

 

 後半戦南3局がやってきた。

 

 ここまでの3局、漫の手牌の状態はなんとか保っている。上の数牌はきてくれるし、ツモも良い。

 しかし配牌の向聴数が遅いことから、他に先を越される展開が続いていた。

 

 菫と泉の叩きあい。

 準決勝でボコボコにされ、その雪辱に燃える泉が、むりやりにでも菫の注意を引こうと、強気に菫を睨んでいる。

 

 

 (いつまでも姫松にばかり構ってられると思うなよ……!)

 

 (千里山……準決勝の時より明らかにスジが良い……気持ちの変化だけでこうなるものか……?)

 

 

 紀子も局回しに全力を注いでいるものの、前半戦のようにうまく抑え込めず、周りのツモにじわじわと点数を削られる展開。

 しかし紀子にとって幸いだったのは、姫松が一番削られていることだった。

 

 姫松トップで中堅戦という事態を避ければ、とりあえず次にバトンを託すことができる。

 

 目立つ役は自分でなくていい。

 

 そう考える紀子だからこそ、割り切って局を進めていた。

 

 

 

 南3局 親 漫 ドラ{⑨}

 

 

 サイコロを回して出た目は9。自身の前にある山を器用に区切って、9番目の三つ隣を開けば、ドラ表示牌が現れる。

 現れたのは{⑧}。つまりドラは{⑨}だ。

 

 

 (ええドラや……使えれば高打点の種になる……!)

 

 丁寧に山から4枚の牌を手元に引き寄せ、開く。

 

 

 漫 配牌

 {⑧⑨9八}

 

 

 配る式の配牌の時、与えられた4枚ずつを開くか、全てを取り切った後に開くかは、個性が出る。

 4枚ずつ開けばそのたびに興奮があり、同時に落胆もある。

 

 そういった感情を抜きにして、全部まとめて開いてしまえば、途中経過など関係なしに平常な視点で配牌を見ることができる。

 

 漫は4枚ずつの高揚感を大事にするタイプだった。

 

 

 漫 配牌

 {⑧⑨9八⑨七白⑨}

 

 

 (……!!)

 

 ドラ3が確定した。配牌8枚までで、既にドラが3枚。

 漫の心臓が跳ねる。この手は確実にモノにしなければならない……!

 

 

 漫配牌

 {⑧⑨9八⑨七白⑨⑥2白八}

 

 

 最後の4枚を取って、役牌である{白}が重なっていることがわかる。これで役を無理に作りに行かずとも、白ドラ3で親の満貫、12000点の出来上がりだ。

 その上それが最低限保証されているというだけで、もっと高い打点まで見ることができる。チャンタはもちろん、上手くいけば対々和や三暗刻。

 様々な未来がこの手には見える。

 

 心臓が早鐘を打つ。牌を持つ右手は震え、左手も膝の上で小刻みに揺れている。

 

 

 漫 配牌

 {⑧⑨9八⑨七白⑨⑥2白八白5}

 

 

 (……!!)

 

 

 最後の2枚で白が暗刻になった!

 これで絞られる心配すらない。想像以上の配牌に、漫も思わずつばを飲み込む。

 ここまで耐えに耐え、姫松の全員の気持ちを背負って戦ってきたご褒美が、こんなタイミングで舞い降りた。

 

 手が震えているのを悟られないように、必死で理牌する。

 白が暗刻である以上、どこから鳴くかを考える必要もある。

 

 どこかふわふわとした落ち着かない気持ちの中、漫は必死で目の前の牌達と向き合った。

 

 

 漫 配牌 ドラ{⑨}

 {⑥⑧⑨⑨⑨259七八八白白白}

 

 理牌を終え、もう一度手牌を眺める。かなりの好配牌だが、油断はできない。現状ターツも足りていないし、対子が多いわけではないのでそうやすやすとポンもできない。

 カン{⑦}のチーはどうだろうか。確かに急所ではあるが、自分の特性を知っている周りが、もし仮に{⑥⑦⑧}の自分のチーを見たら、必要以上に警戒をされてしまうのではないか、という危惧はある。

 

 チャンタ系を決め打つ{九}チーは?

 上がいい感じに重なってきてくれているというのに、それはいささか消極的過ぎる。

 

 漫はこの3ヶ月で、様々な思考を巡らせることができるようになった。

 知識が豊富すぎる上級生たちのおかげで、幅広い選択肢が麻雀にはあることを改めて知ることができた。

 

 おそらく以前までであれば、ここまでの様々な可能性など考慮せず、早々と一打目を切り飛ばしていただろう。

 

 

 それが、今の漫であったから。

 

 成長するために必死で努力し続けた漫であったから。

 

 時間がかかってしまった。

 

 この長時間の極度の緊張と思考は、漫の脳に重大な負荷をかけていた。

 

 

 

 意識が配牌にだけに割かれ、心臓の鼓動だけが自らの内で響いている。

 そんな状況だったからだろうか。周りの全員の視線が自分に集まっていることに気付くのに遅れてしまった。

 

 

 (アカン、警戒させてまう前に早くツモらんと……)

 

 親が第一打を切らなければ、局は始まらない。

 あまり長いこと最初のツモをしないと、周りからも不審がられてしまうだろう。

 

 漫は少し焦り気味に、第一ツモに手を伸ばした。

 

 もう1枚、牌を補充したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 漫 配牌

 {⑥⑧⑨⑨⑨259七八八白白白} ツモ{②}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思わず持ってきた牌をそのまま戻そうとして。

 

 

 警告を知らせるブザーが対局室にけたたましく鳴り響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬で漫の顔から血の気が引いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『こちら実況解説席です。え~……今親番の上重漫選手が、「多牌」をしてしまいましたので、大会規定に則り、この局上重選手は“和了り放棄”となります。そのまま、第一打を切ってください。以降はそのまま次の山から牌をツモってください。……以上です。それでは、試合を再開してください』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前が、まっくらになった。

 

 

 「多牌」。通常の状態よりも1枚多く牌をツモってしまう反則。

 これを行ってしまうと、インターハイのルールではその局は和了り放棄……つまりロンやツモができなくなる。さらに言えば、聴牌流局すらもできなくなるため、この瞬間に、漫の最後の親番が落ちたことが決定した。

 

 

 

 『はい……今マイクをこちらに戻しましたが……これはとんでもないことになってしまいましたね』

 

 『……珍しいことじゃねえんだよな……この大舞台、高校の想いを背負って抜擢されたとはいえまだまだルーキー。初めてのインターハイで決勝。最後のチャンスに巡ってきた超好配牌。全部の要素が、上重ちゃんをいつもの状態から少しづつ外しちまった。緊張は焦りを生み、焦りは思わぬミスを呼ぶ……あたしも公式大会でチョンボしたことあるからさぁ~、これは責められねえよ』

 

 『それだけの重圧が、このインターハイという舞台にはあるんですね……。さて、上重選手がこの局和了り放棄なのは残念ですが、まだ終わったわけではありません!しっかりと最後まで次鋒戦を見届けましょう……!』

 

 

 会場がどよめきに包まれ……咏の解説からのフォローで静まった。

 インターハイでのチョンボは、別段珍しいことではない。彼女たちはまだ高校生なのだ。

 それも1年生でこの決勝戦という大舞台に立ってしまえば、このくらいのことは起こりうる。

 

 不運だったのは、それが最後の親番、それも超がつくほどの好配牌のタイミングで起こってしまったこと。

 逆に言えば、超好配牌だったからこそ、焦りを生んだともいえる。

 付け加えて、姫松にある自動卓は、自動配牌式。親番の人間は、1枚牌を持ってきてスタートという形式の自動卓だった。

 

 その慣れが、ここで出てしまった。

 

 

 

 

 

 震える手で第一打を切り出した漫を見やる菫。

 その表情からは血の気が失せ、生気を失っている。

 

 

 (……心苦しいが……これはインターハイ。手抜きをしてやれるほど、余裕はないぞ……)

 

 菫自身も数多く、こういった公式大会で反則をしてしまうシーンを見てきた。

 同じ世界で麻雀を打つものなら、誰しもが同情する所。しかし、菫もチームを背負ってこの決勝の舞台に乗り込んでいる。

 

 手を緩めるつもりは、なかった。

 

 同様に、紀子もそんな漫の様子を見つめていて。

 

 

 (姫松の上重さん……ごめんね。でもこれは大会だから。私達からかける情けなんて、むしろ彼女を冒涜することになる)

 

 漫の心中は察するに余りあるが、それでも最後まで全力でぶつかるだけ。

 そう覚悟を決めて、紀子は手牌から1枚の牌を切りだしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 もう一度、漫の手番がきた。

 

 

 

 

 

 漫 手牌

 {⑥⑧⑨⑨⑨259七八八白白白} ツモ{③}

 

 

 悪夢だった。

 先輩たちと、姫松の人たち全員の想いを背負って、この次鋒戦に挑んだはずだった。

 それが今、どうなっている?

 

 思わず漫は、下を向く。

 

 握りしめた両拳が、膝の上で震えた。

 視界が、歪んでいく。

 

 大粒の涙が、手の甲に落ちては消えていく。

 

 

 (ウチは……ウチはなんも変わってへん)

 

 中学時代、姫松のメンバーがインターハイで躍動する姿を見て、この人達のいるチームに入りたいと願った。

 大した実績も無く、実力も伴っていなかった自分は、周囲に反対され、無謀だと止められた。

 

 反対を押し切って入学した1年目で、レギュラーに選ばれた。

 

 ものすごくうれしくて、夢のような気分だった。

 

 必死で努力して、大会までにやれることは全部やろうと息巻いた。

 

 毎日夜まで課題と実践の繰り返し……それがきっと、このチームのためになると思って。

 

 

 その結果が、これだ。

 

 結局自分はあの頃の大事なところでミスをしてしまう上重漫と、何も変わってなどいない。

 価値なんてない。

 辞退するべきだったのだ。絹恵先輩にレギュラーを譲って、自分よりもきっといい結果が出るに決まっているのだから。

 

 自分がこんなところに座っていること自体が、場違いだったのだ。

 

 こんな1年生のために、不甲斐ない自分のために、先輩達に多大な時間を使わせてしまったことに、反吐が出る。

 

 

 せっかく休憩中にだって末原先輩が励ましにきてくれたのに……。

 

 

 末原先輩……?

 

 

 

 

 

 『気張らずに、いつも通りでええ。多恵も洋榎も、漫ちゃんらしい麻雀してくれればええって言っとったで』

 

 

 

 

 時に厳しく、時に優しかった末原先輩。

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 『私達が背負っていかなきゃいけない。メンバーを外れた人の分も、全部』

 

 

 

 

 

 憧れていた人が言っていた。

 選ばれたからには、背負っていかなければいけないんだ、と。

 

 その強い想いは。心の燈火は。多恵から確かに受け取ったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『あ、それとな。多恵から伝言や。「失敗しても、次の最善」やって』

 

 

 

 

 

 

 次の、最善。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ちっがあああう!!そこは{6}切りが正解!!!』

 

 『ごめんなさいごめんなさいい~!今戻しますんで!』

 

 『……いや、戻さずに行こう。実際の対局では戻すことなんてできないでしょ?麻雀は常に「次の最善」を考えるゲーム!どんなミスをしてしまっても、後悔も反省も、局が終わった後!まずは今この瞬間の「次の最善」を考えよう!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、できる次の最善は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 泉がぎょっとして漫の方を見やった。

 

 苦しむように涙をこぼしていた漫が前を向いたかと思うと、震える手で1枚の牌を切りだしていく。

 その牌は、ドラの{⑨}だった。

 

 

 (上重……心が折れたんか?……いや)

 

 次巡、漫は涙をこらえながら次の打牌を選ぶ。

 出てきたのは、もう一度{⑨}。

 

 そして更にその次巡も。

 

 

 「……ッぁぁッ……!」

 

 身を切る痛みに悶えるように苦しみながら、漫がドラの{⑨}を三連打。

 これには、周りの3人も驚きを隠せない。

 

 

 

 

 『これは……!上重漫選手、ドラの{⑨}を3枚切っていきました……!』

 

 『なんてメンタルしてんだよ……現状、手牌で一番あぶねえのはドラの{⑨}。もう和了れないことが決まってるこの局で、こんな暗刻なんか持ってても手牌を圧縮するだけ。だから先に切って、安全牌をなるべく多く確保する。いや、それは分かってるけどよ?こんな状況で、こんなことがあったあとで、そんな冷静に判断できる1年生が他にいんのかよ……!』

 

 

 

 

 

 

 

 (終わって……ない!……反省も後悔も、局が終わった後でいい……!今はただ、ただひたすらに、『次の最善』や……!)

 

 苦しくないはずがない。

 今にも吐きそうなほどに、漫の精神はズタボロだ。

 

 それでも前を向いて、涙を枯らして歩き出せるのは、姫松に入ってからの3ヶ月があるから。

 

 メンバーに選ばれる喜びも、選ばれなかった悲しみも知った。

 先輩達がどんな想いで戦ってきたのかを知った。

 

 今年にかける、絶対に優勝したいという想いに触れた。

 

 

 

 

 今自分が諦めて良い道理がどこにある?

 

 

 

 

 (終わってない……!終わってないんや……!)

 

 もうツモは上に偏ってこない。

 能力の方はとうにガス欠だ。それでも。より多くの点棒を持ち帰るために、漫は泣きながら歩を進める。

 

 止まってしまったら、あの時と何も変わらないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南4局 親 菫

 

 

 漫 配牌 ドラ{東}

 {⑦⑦⑨899二二四五五東東} ツモ{⑦}

 

 

 迎えたオーラス。

 ドラの{東}が対子だが、残念ながらこれはオタ風。役牌ではない。

 

 初ツモで暗刻ができたのは嬉しいが、如何せん手牌が重い。

 

 もう上への重なりは期待できない。漫の手牌はもう通常の状態に戻ってしまっている。

 

 更に厳しい要素として、いきなり紀子が{東}を初打で手放してきた。

 打点は不要と割り切った紀子が、字牌ドラを捨てにきたのだ。

 

 漫が深呼吸を2回……3回と繰り返してから、目を見開く。

 

 切り出したのは、{四}だった。

 

 

 

 

 『姫松高校上重漫選手、初打から両面ターツを壊していきましたよ?これは一体……』

 

 『狙いは七対子が本線だろうねい。暗刻手も否定したくないから重なりやすい牌と、対子には手をかけられない。思い切った良い一打なんじゃねえの?知らんけど』

 

 

 

 しかし前に進みだした漫に、更なる追い打ちがかかる。

 

 親の菫からも、ドラの{東}が切られたのだ。

 

 

 (……ッ!)

 

 

 鳴けない。鳴いたら役はほぼ対々和に絞らなければいけなくなる。

 そんな仕掛けを、許してくれるような面々でないことは、この2半荘でよくわかっている。

 

 

 

 

 4巡目 漫 手牌

 {⑦⑦⑦⑨899二二五五東東} ツモ{②}

 

 

 ドラはもうない。暗刻になる可能性はゼロ。

 赤も絡めなければ、リーチツモ七対子ドラドラの跳満が最高打点か。

 七対子の一向聴。重なる牌をマックスに残すなら、切るのは{⑦}だ。

 

 ドラの東が重ならない以上、暗刻手の成就は難しい。

 

 

 漫が目を細めて、河の状況を観察する。

 

 泉が初打に{⑨}。1枚切れてあることからも、自分が{⑦}を3枚抱えていることからも、{⑨}の場況はとてもよく見える。

 {②}は生牌だが、この時点では場況はよくわからない。

 

 漫がもう一度深呼吸をした。

 

 手が、動く。

 

 

 切り出したのは……ドラの{東}だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姫松高校控室。

 

 

 「漫ちゃん対子のドラを切ったのよ~!?」

 

 「……!」

 

 漫が、ドラの対子に手をかけた。

 洋榎が食い入るように場況を見つめる。

 

 ドラ対子落としの、その意図は。

 

 多恵が、一つの可能性にたどり着いて、思考にふけっていた顔をハッ、と上げる。

 

 

 「まさか……漫ちゃん……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 7巡目 漫 手牌

 {②⑦⑦⑦⑨899二二五五東} ツモ{五}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 漫は{東}をもう一度切り出していく。

 

 最善を、選び抜く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 9巡目 漫 手牌

 {②⑦⑦⑦⑨899二二五五五} ツモ{9}

 

 

 

 

 

 

 この牌姿から漫が選んだのは、{⑨}だった。

 場況の良さそうな1枚切れの{⑨}よりも、生牌の{②8}を残した。

 

 これは、自分がずっと持っていた上の方が重なりやすいという能力に反する行動かもしれないのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『“四暗刻効率”って知ってる?』

 

 『え、多恵先輩なんですか?それ』

 

 『まあこれは条件戦とかで用いられる戦法のひとつなんだけど……七対子をやるときってさ、場況のいい牌を残すよね?』

 

 『そうですね。相手が使いにくそうなところやったりとか……』

 

 『そうだね!けど、どうしても打点が欲しい時。七対子じゃ打点が足りない時。七対子から変化する可能性のある一番打点の高い役って何かわかる?』

 

 『四暗刻ですよね!』

 

 『そう!んで、四暗刻を狙う時は、七対子と違って1枚重ねるだけじゃ足りない。2枚持ってこなきゃいけないでしょ?』

 

 『確かに……』

 

 『だから、そういう時は、場況の良い1枚切れの牌よりも、生牌を残したりする、っていうのが、四暗刻効率って呼ばれてたりするんだよね』

 

 『へえ~……けど、生牌やからって、相手が持ってへんとは限りませんよね?』

 

 『ま、そうなんだけどね!これは頭の片隅に置いておくだけで良いよ。稀に、そっちの選択肢の方が有利なことがあるってだけだから』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 漫 手牌

 {②⑦⑦⑦8999二二五五五} ツモ{②}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「リーチ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実況解説席の二人が、あまりの衝撃に口を開けた。

 

 

 

 

 姫松の控室で、多恵と由子が祈るように顔の前で両手を握っている。

 

 洋榎も、拳を握りしめて、いけ、と小さく呟いて。

 

 

 

 恭子が椅子を立ちあがって、モニターに向かって力の限り叫ぶ。

 

 

 「いけえ!漫!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 インターハイを見ている全ての人間の視線が、漫に集まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家のテレビで、インターハイを見ていたんだ。

 

 画面に映るのは、全国の舞台で躍動する姫松の選手たち。

 1年生だというのに、上級生にまったく引けをとらない闘牌。

 

 

 キラキラしていた。

 カッコよかった。

 

 こんな風になりたいと、心の底から思った。

 

 

 

 

 

 

 あの日無邪気な顔で、おさげを揺らしていた一人の少女。

 

 

 

 その姿に、姫松の制服が重なる。

 

 

 

 姫松高校全員から受けついだ想いの燈火は。

 

 

 漫の“能力”ではない。

 

 

 上重漫という『姫松高校の1年生』の心に、確かに火を点けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ツモ」

 

 

 

 

 

 

 漫 手牌

 {②②⑦⑦⑦999二二五五五} ツモ{②}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後に漫を支えたのは。

 

 この3ヶ月で誰よりも真摯に向き合ってくれた、先輩達の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次鋒戦決着 点数結果

 

 姫松  上重漫 111100

 晩成 丸瀬紀子 103600

 白糸台 弘世菫  94600

 千里山 二条泉  90700

 

 

 

 

 

 

 


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